前回、暖簾が出ていたにも拘らず、鍵がかかっていて入れなかったため(生憎、偶々店主は買い物に出かけていたようだ)、今回は事前に電話を入れて用意周到に準備。「クラブ湯」で汗を流した後、勇んでやってきた。でも恐る恐る引き戸を開けてみると、果たして動いた。ありがたや、やっと入店が叶った。外観だけでなく、内装も力一杯レトロである。店主は暇を持て余していたらしく、新聞を読んでいた。さっそく「いらっしゃい」と、お茶を淹れてくれた。折角だけど山帰り風呂上がりなので、当然ビールである。一呼吸置いて、おもむろにビールと餃子を注文する。ビールにはかっぱえびせんが付いてくる。餃子は薄皮で素朴な味わい。やがて湯上り女子デュオも到着。ニラレバ炒めと八宝菜も追加注文。店の雰囲気もさることながら、どちらの料理もノスタルジックである。ビールの後は酒、秩父錦の小瓶で、ニラレバ炒めと八宝菜を肴にちびちびやる。
料理を作り終えて暇になった店主から昔話を聞く。この店の「パリー」という名前は先代が付けたとのことだが、由来までは聞いていなかったらしい。昭和2年の創業当初は、女給を置いた、いわゆるカフェーだったとのこと。かなり賑わっていたようだ。秩父に芸者が100人もいた時代のこと。そんな時代もあったわけだ。そんな当時の賑わいを支えていたのは、武甲山等で採れる石灰岩をベースにしたセメント産業だ。云うなれば、武甲山の現状の痛々しい姿は、かつての賑わいの代償でもあるし、もっと云えば、かつて海の底で形成されたサンゴ礁のお陰で、秩父にセメント産業が生まれたことにもなる。
そう云えば、タクシーの運転手から聞いたのだが、もう秩父には太平洋セメント(旧秩父セメント)の工場は閉鎖され、無くなったらしい。現在も武甲山から採掘している石灰岩は、熊谷にある工場に鉄道輸送しているだけになった。あとは横瀬に三菱マテリアルがあるだけ。秩父の一時代が終わり、また新たな歴史が始まっているのかも知れない。

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