山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

車内・船内・機内

予定通りに「落合簗」で鮎を堪能したあとはとりあえず帰るだけだが、ここがちょっとだけ思案のしどころ。在来線で大宮まで行こうとすると、渋川駅17時25分発の電車に乗って、高崎で乗り換えすれば19時25分に到着し、料金は1,690円。一方、同じ電車で高崎から新幹線に乗り換えると大宮到着は18時26分となり、料金は3,560円かかる。
差額の1,870円で約1時間の「時間」を買うかどうかという問題。(そもそも電車に長く座っているのは嫌いだ、という方の意見は別として)もうそのまま家まで帰るのであれば金で「時間」を買う必要も無いが、小生の場合は買った時間を大宮で使おうという魂胆である。しかもその時間だけ、そこでも金を遣うわけだからダブルで金が必要となる訳なのに、折角の遠出だからそれもまた佳かろうと、酔った勢いで良い様に解釈し、すんなり新幹線の乗り場へ向かうことにした。
こうなった場合は、その余禄としてこの地域限定のビールを買うことにしようと、新幹線改札内のKIOSKを覗く。目当ての「上越線ビール」はちゃんとあった。月夜野クラフトビールが、JR東日本とタイアップして売り出したビールで、1年前にも高崎駅のベックスで呑んだことがある。
この「上越線ビール」には2種類あって、そのときに呑んだのは「C61 20ピルスナー」という種類。今回の目当ては、未だ呑んでいなかったもう一つの「D51 498BLACK」なのである。C61 20号機もD51 498号機も、どちらも上越線に所縁がある蒸気機関車で、しかも現役。「SLみなかみ号」に使われていて、個人的には2年前に見かけたことがあるので、D51 498号機の方が馴染み深い。
このビールの特徴はもう一つあって、なんとペットボトルに入っている。何故かペットボトル入りビールを見ることは無く、知る限り国産ではこれだけだ。ググッた範囲では、PET樹脂は完全に空気を遮断できず僅かながら酸化が進むらしいが、買って直ぐ呑む分には全く問題ないレベル。
肝心の「D51 498BLACK」の味は、コクだけでなくキレもあってかなり美味いと感じた。いつか機会があれば、山に持って行ってみたい。

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「柳都shu*kura」で上越妙高から新潟まで辿ったあとは、上越新幹線で帰郷。新潟14時19分発の「とき326号」に乗れば、大宮には16時02分に到着。今日1日の走行距離は760km余り。このうち北陸新幹線と上越新幹線で550kmを稼いでいるので、新幹線でなければ叶わない芸当。
その点、新潟県は北陸新幹線と上越新幹線の2本が通っているので、こういった観光列車の楽しみ方が可能と云える。長野県と新潟県の間にはもうひとつ、飯山線を走り長野駅と十日町駅を結ぶ「おいこっと」という観光列車があるので、これにもいつか乗ってみたい。
新潟駅構内の「ちゃぶぜん」でもそれなりに呑んだが、これから大宮まで1時間半以上あるので、手ぶらじゃどうも乗りにくい、やっぱりKIOSKで缶ビールを買うことにした。そうなると、選ぶのはエチゴビール。いくつかの種類が並んでいたので、その中から選んだのはヴァイツェン。
つまみは、新潟なので柿の種にしよう。これも実に様々な種類が並んでいて大いに迷うが、食べたことが無いものがいいと、「タレかつ丼風味」にしてみた。「タレかつ丼」とは我々にとっては、いわゆる普通の「かつ丼」のことだろう、「ソースかつ丼」も同居する地域ならではの表記方法なのだろうと思っていた。
ところがググってみると実態は違っていて(例えばこちらのサイトをご覧あれ)、新潟県でポピュラーな「かつ丼」とは「醤油ダレかつ丼」のことを指すらしい。しかも、群馬県の主流は「ソースかつ丼」、埼玉県と東京都が「玉子とじかつ丼」ということで、上越新幹線は3種類の「かつ丼」文化圏を跨ることになっている。従って、新潟県の「かつ丼」を採用した柿の種をKIOSKで販売する上では、どうしても「タレかつ丼風味」と表記せざるを得なかったのだろう。ひとつ、勉強になった。
ついでにもう一つ。車内の案内図には、日本語、英語、ハングル以外に、2種類の漢字表記がある。ひとつは明らかに中国の簡体字だが、もうひとつは繁体字。何故、旧字体である繁体字表記が必要なのか、俄かに判らなかったが、同じくググってみると、台湾や香港は今でも繁体字表記なのだと知った。今日は2つ、勉強になった次第。

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今回の目当ては、観光列車「柳都shu*kura」の乗車。この列車は、日にちによって行先と列車名が変わる。すなわち、十日町行きは「越乃shu*kura」、越後湯沢行きは「ゆざわShu*Kura」、新潟行きは「柳都shu*kura」となるが、車両は全て同じ。今日は偶々「柳都shu*kura」が走る日だったので、新潟まで行くことになった次第。
我々は1号車の指定席で、酒と肴が付いている。座席はペアシートが主体、すべて日本海側を向いている。中間車両の2号車には、イベントスペースとサービスカウンターがあり、中央部にはスタンディングテーブル、窓際にはカウンターテーブルとバーベンチが設置されている。今日はJAZZの生演奏付き。3号車は普通のリクライニングシートの座席指定席で、酒と肴は付いていないが、2号車で酒やつまみは売っているので、それなりに楽しめる。
上越妙高駅まではいい天気だったが、日本海に近づくにつれ天気が悪くなり、信越線を走り出すと外は雨。生憎だが、それほど残念でもない。酒を呑みつつ、雨の日本海を眺めるのもまた一興だ。
生演奏が始まる時間になったら2号車へ移動。かなり客が集まっているが入れない程ではない。フルートとキーボードとエレクトリックベースのトリオ。2号車は窓が大きいので、過ぎ去る景色の中での音楽鑑賞は、異次元の体験。窓の外は結構な嵐状態なのに、車内は全くの別世界という対比が面白い。
はっきり云って、1号車の指定席に座って海を見ながらちびちびやっているよりも、2号車で音楽を聴きながら立ち呑みの方がずっと楽しい。結局、2回あった演奏とも聴き逃すことは無かった。
これで大宮からの周遊でひとり約2万2千円。新幹線代を差し引くと、「柳都shu*kura」の運賃と座席指定券と酒と肴で約7千6百円。これが高いと感じる人は、少なくとも乗り鉄、呑み鉄には向いていないと思います。

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昨日は朝から雨だったので、予定を変更して月夜見山に登ったのだったが、今朝は一転していい天気。今日は日帰りで長野に行ってから新潟へ向かう予定。ほぼ、ずっと列車移動することになるので(何故そんなに移動ばかりするのかは、追って明らかになります)、乗り鉄や呑み鉄じゃないとやってられないが、カミさんにもつきあってもらった。
先ずは大宮駅8時18分発の北陸新幹線「はくたか553号」に乗車。乗り換え予定の上越妙高駅到着は9時54分なので、1時間半強の新幹線旅となる。まだ朝とは云え、シラフで乗っているだけでは詰まらない(でも車内は景気良く一杯やっている輩はおらず、思った以上に静か)、ビールやら酒やら調達したいところだが、この先も長いので自重して缶ビール1本だけにした。
昨今、駅ナカのコンビニであっても様々なビールが置いてあるので目移りするが、今回は「復刻特製エビス」にしてみた。正直云って、普段流通している「エビス」とどう違うのか良く判らない。1時間半強を缶ビール1本で凌ぐため、ちびちび呑む。
天気は良くても、北陸新幹線はトンネルが多いので、車窓の眺めはいまいち冴えない。こういう時こそ読書の出番。いつも何冊かの本を平行して読んでいるが(たぶん、一冊の本を読み続ける根気が無いせいだろう)、いま興味深く読んでいるのは倉本一弘著、講談社現代新書刊「内戦の日本古代史」。
この本の主題は、世界の国々と比べると、日本は対外的な戦争は少なかったし、天下分け目の戦いのような内戦も殆ど無かったという、ちょっと興味深いテーマ。明治維新以前は、対外的に仕掛けた戦争はかの「白村江(我々は教科書で「はくすきえ」と習った覚えがあるが、今は「はくそんこう」と称するらしい)の戦い」ぐらいだという(有名な「蒙古襲来」は戦いを仕掛けられた方なので、対象外)。
内乱も殆ど無いというのは、天皇家を中心とする王権体制に歯向かった戦は殆ど無かったということで、明智光秀と豊臣秀吉との「山崎・天王山の戦い」や、東軍対西軍の「関が原の戦い」は王権を覆すものではなかったので、内戦には当たらないという主張。
なるほど、そう云われればそうだ、では何故、明治以降は対外的に喧嘩を売るようになったのか、はこれからのお楽しみである。そんなことをつらつら考えながら読んでいると、気が付けば上越妙高駅はもう間もなく。缶ビールも未だ飲み干していなかったので少し吃驚した。

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塩山駅15時55分発の高尾行き普通電車に乗る。でもその前に、駅のKIOSKで金精軒の「生信玄餅」を土産に購入。そういえばテレビか雑誌だったか、今日6月1日は、金精軒の「水信玄餅」を売り出す日だと聞いた。でも日持ちがしないので(というか、30分程度で美味しさが失われてしまうらしい)、本店か韮崎店しか売らないとのこと。わざわざそこまでして買うかどうか、特段、甘味には疎い小生は「生信玄餅」で十分だ(その後、店の前で辛抱強く待つ人の行列をテレビで見た。気が知れない)。
今回乗った211系は、久しぶりにセミクロスシート車両だ。往路はともかく(往路はシラフなので我慢できる)、帰り道だったらロングシートは勘弁して欲しい。さっそく窓枠に酒のボトルとカップとつまみを並べて「呑み鉄」の準備完了。
度々思うことだが、山屋にとって中央線の車窓からの眺めはとても贅沢である。山を嗜まない輩にとっても、列車旅が好きな「乗り鉄」や「呑み鉄」であれば、少なくとも飽きない眺めであるはず(一方、山屋でも、乗り鉄でも、呑み鉄でもない者にとっては、退屈なだけだろう)。
特に、日野春から小淵沢辺りまでと、この塩山から勝沼ぶどう郷までの眺めは、日本三大車窓にも匹敵すると個人的に確信している。現在はそのひとつ、狩勝峠越えが廃線で無くなってしまった。代わりに中央線を入れるべきと思う。日野春から小淵沢と、塩山から勝沼ぶどう郷間のどちらを挙げるべきかかなり悩ましいが、甲州高尾山の下を抜ける大日影トンネルを出ると、ぱっと広がる南アルプス、特に白根三山の眺めは、他に比類するものが無いと思うので、後者かなと。
今回は復路なので大展望は、列車がトンネルに入り突然、一巻の終わりとなった。

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七日町を観光し、「田事」で郷土料理の昼食を摂り、地酒等土産物を物色しているうちに、そろそろ会津をオサラバする時間だ。でも実は、個人的にはこれからがメイン・イベント。郡山廻りで新幹線利用すれば3時間も掛からずに東京へ帰れるが、そこを5時間以上掛けてゆったり列車旅を楽しもうと、先ずは会津田島まで「会津浪漫星号」というお座敷&トロッコ列車に乗ることにしたのだった。
この列車は、トロッコ車両とお座敷展望車両との2両編成。本来ならばトロッコ車両に乗るべきところだが、今日は暑くて暑くてとてもじゃないが無理、エアコンが効いたお座敷展望車両じゃないと耐えられない。しかし何故か、我々以外にお座敷展望車両に乗った客はゼロだった(トロッコ車両にはその後、団体が乗ってきてかなり賑わっていた)。皆さん、暑さに我慢強い。
お座敷展望車両は、風を感じられないものの、窓は大きくて眺めは申し分ない。昨日の残り酒と乾きものを取り出し。ちびちびやる。会津鉄道はほぼ全て阿賀野川の源流に沿っているので、基本的に渓谷の眺めが続く。芦ノ牧温泉駅には少々停車。ここには「ネコ駅長」がいるが、なおちゃんが見に行ったらお昼寝中で出てこなかった由(ネコはだいたい、そんなものである)。
湯野上温泉駅は、5年前に民宿「にしきや」に泊まった際利用した、藁葺き屋根の駅舎があり、懐かしい。養鱒公園駅辺りから見える山が、そのときに登った三倉山だろうか。
やがて終点の会津田島駅に到着、ここから東武線直通のの各駅停車に乗り換え、次は下今市まで向かう。乗り換え時間に駅構内をぶらぶらしていたら、地酒(カップ酒ではない)の自動販売機があった。さすがは酒どころ会津だと、いたく感心した。

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結局、最終日は観光だけだったとは云え、なんだかんだずっと雨天だった(降られなかったのは、朝一番の「碌山美術館」だけ)。今年のGW前半は甚だ天候不順だった。例年、GWはピーカンの天気に恵まれてきた(酷い日焼けをした思い出ばかりだった)ので、ここ10数年ではこのような天気は記憶が無い。
そんな状況で、なんとか涸沢まで行けたのは上出来だったと云えるだろうし、蝶ヶ岳を避けたことで悪天候の稜線を歩かずに済んだのは、まずまず妥当な判断だったと密かに自画自賛している。もし雪の稜線で雨に降られ濡れると、気分が萎えるし本当に凍えてくる。
学生時代、正月の八ヶ岳で丸一日本降りの雨に遭遇し、エラい目にあった覚えがある。衣類だけでなくシュラフもぐっしょり濡れてしまい、夏沢峠の冬季避難小屋へ逃げ込み、寝たくても寝られない大変気持ちが悪い一夜を過ごした。
そう考えれば、天候不順は厄介な事象ながら偶には遭遇すると覚悟が必要。CO2増加による地球温暖化だけでは説明が付かないような気がする。上高地周辺だったからエスケーププラン、コンティンジェンシープランを選択する余地があるが、必ずしもそんなに便利な場所ばかりでは無い。
ということで、今回は何かと考えさせられる山行だった。そんなことを思い浮かべながら、帰途につく。なんだかんだ観光で動き回った時間が長かったせいでまた喉が渇いたので、駅の売店では日本酒(真澄)以外にビール(やっぱり信州浪漫)もゲット。17時丁度発の「特急あずさ56号」に乗ったら、窓脇にずらりと缶と瓶を並べて発車を待つ(呑み鉄的には、車輪が一回転するまでは呑んではいけないという不文律を守らなくてはならない)。
E353系がスムーズな加速で一路、新宿へ動きだすと、あとは山の反省と思い出話を肴に、列車酒場と化したのであった。

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「トロッコわっしー号」で運転中の運転士と会話をしたあと、大間々駅に停車。以前、ネットで調べたことがあったが、ここから歩いて直ぐのところに、「ながめ余興場」という変わった名前が付いた木造の劇場がある。創建は昭和12年とのことだから、もう80年以上も経っているが、まだバリバリの現役。木造建築好きとしては見逃せない。いつか、時間に余裕がある時にでも見学をしてみたいと思っている。
間もなく相老駅に停車。いつものようにここで東武線へ乗り換えるわけだが、実は「トロッコわっしー号」の終点は桐生駅。やっぱり一度は、終点まで乗ってみたい。但し、桐生駅まで行ってしまうと、その後帰るためには足利駅までJRに乗り、東武の足利市駅まで歩くか、それとも両毛線で高崎に出るかしか無く、ちょっと不便。山登りと関係ない時に(もうそうなると完全に乗り鉄旅!)でも行ってみるか。
「特急りょうもう」に乗るのも、この3年間で7回目。そのうち4回は相老駅からの乗車。かなりの頻度でこの駅を利用していることになる。尤も駅の外へ出たことは無く、乗換えのみ。一度、話の種に外に出てみるのもいいかも知れない。
歩いて数分のところには、「桐生明治館」なる重要文化財施設もあるらしい。しかし見学をするとなると、山の滞在時間や温泉入浴に影響するのでなかなか難しい。これも乗り鉄旅か、泊まりのプランに組み込むしか無さそうである。
さらに、相老駅から徒歩10分くらいのところに上毛電鉄線の天王宿駅があり、約20分離れたところにはJR両毛線の下新田駅があるので、意外にこの界隈は駅の密度が高い。そういった乗り換えは地元の人ならではだろうが、もし乗り鉄旅を実行するのであれば、そのような乗り換えにもチャレンジしてみたい。これは乗り鉄じゃなくて、乗り換え鉄か(そんな分野があるか?)。

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水沼温泉センターでギリギリまでのんびりした後、登山靴を履いて外に出ればもうそこは水沼駅のホーム。毎度のことながら、ここは全く便利だ。他の私鉄ローカル線も是非見習うべきだと思うが、あまりそうなった事例は聞かない。インバウンド需要だって見込めそうなものだが如何だろうか。
程なく、「トロッコわっしー6号」が到着。気動車の2両編成、乗るのは勿論、1号車のトロッコ車両(2号車はごく普通の車両なので、雨天でもない限り乗る価値がない)。1号車には思った以上に客が乗っていて(とは云っても、たいてい4人掛けに1人か2人)、我々は端っこの(売店の脇の)ボックス席に座るしかない。
席に着いたらしっかりジャケットを着込む。スピードが速い「トロッコわっしー号」の場合、思った以上に風を受けるので、この時期は防寒(防風)対策が必要である。
途中の上神梅駅は通過駅なのだが、必ずスピードを緩め車内放送がある。この駅舎が国の登録有形文化財になっているせいだ(神戸駅の駅舎も同様)。鉄道模型マニアならずとも、自作ジオラマにはこの駅(か神戸駅)を使ってみたいと思うはず。
毎度、トロッコ車両から席を立って彷徨くことをしないので、今回はちょっと先頭車両(2号車)へいってみる。先頭部分の左半分が運転席となっていて、右側は窓まで近づける。乗り鉄だったらここに立つしかないところ。線路の両脇に色々な花が咲いているのが分かる。薄紫色の花はなんだろう。
写真を撮っていたら、若い運転手に話しかけられた。ちょっと吃驚。普通、運転席はオープンになって居ないので、話し掛けるどころか声すら届かない。この車両はまるでバスのようである。ちょっとだけ、運転手と沿線談義。いやいや、貴重な経験をしました。

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赤倉山から下りて、赤倉BSで桜を眺めながらのんびりしたあと、田舎のバスにしては(失礼!)ほぼ定刻通りにやってきた日光市営バス(日光交通が運営受託して運行している)に乗って、足尾駅まで移動する。結構、乗っていた皆さんは、日光からやってきたらしく、目当ては我々と同じ「トロッコ」のようである。
我々はこれまで山から下りたら、「トロッコ」はたいてい神戸(ごうど)駅から乗っていたが、今回は始発の足尾駅からの乗車にした。どっぷり「トロッコ」に浸ろうという魂胆である。
バスを降りて足尾駅に入ると、「トロッコわたらせ渓谷4号」は既に入線済み。真っ赤なジャケットを着た女性車掌さんが切符を拝見。我々の先に、幼稚園児の集団がワイワイと2号車へ乗り込んでいった。あんな小さい頃からトロッコに乗れるなんて羨ましい。同じ車両はちょっと煩そうなので(でも隣から見ていた限り、おりこうさんにしていた模様)、我々は3号車へ。こちらはスカスカで、好きな場所に座れる。
列車はゆっくりと発車。通洞駅周辺はかつての足尾精錬所の構造物が立ち並び、廃墟マニアには堪らない光景。沿線の桜は丁度見頃だ。原向(はらむこう)駅から沢入(そうり)駅までの間は、渡良瀬川の左岸を走るようになり、眺めが良い。この辺りは御影石(花崗岩)の渓谷とのことで、川床が真っ白である。
草木湖を渡ると、すぐ草木トンネルに入る。このトンネルは飽きるほど長く、また音が反響して喧しいが、車両の天井に青色LEDランプ(銀河をイメージしているのか?)が点灯して気を紛らわしてくれる。
トンネルを抜けると馴染みの神戸(ごうど)駅に停車。花桃はもう盛りを過ぎていた。ここはお土産やアイスクリーム等の立ち売りの人(たぶん、列車レストランの従業員)がいっぱい出てきている。つい、鶏の唐揚げを買ってしまった。
このあとはいつもの風景だが、足尾駅から水沼駅まで所要時間約1時間15分は、(草木トンネルは長く感じるものの)あっという間だった。また来年もなんとか山の計画と合わせて、足尾駅から乗ってみたい。

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今回もギリギリなんとか貯まったマイルを吐き出し、目出度くビジネスクラスへアップグレード。何故か事前に、アップグレードができたというメールは来なかったが(単に見過ごしただけか)、チェックインカウンターではすんなり「お取出来ています」との説明でほっとする。「但し、窓側ですが」とのことだが、ビジネスクラスだったら窓側であっても何ら関係ない。
今回も787ドリームライナー。搭乗すればさっそくCAがやってきてご挨拶。いつものように白ワインをもらう。離陸してベルト着用サインが消えたら、直ちに座席を倒してアイマスクをしたら毛布に潜り込む。酒が入ればあっという間に爆睡。
またCAに、情け容赦なく叩き起こされて目が覚める。いつも通りに気分が甚だ悪いが、それなりに深い眠りについていたということだろう。他の機材(今までは777)と違って、787は機体にカーボン素材を多く使って強度が向上している関係上、気圧も湿度も高めに設定されているせいで快適なのかも知れない。
ホットタオルで顔を拭いたらトイレへ。周りは意外に皆、寝たままだ。朝食はいらないと意思表示した客が随分多い。今日が日曜日だから到着してからゆっくり摂るつもりか、それとも昨日呑み過ぎたのだろうか。やがて日の出。787の窓は、透過光量を段階調整できる電気式なので、太陽が昇ってきても外の眺めを遮断する必要が無い。
眠い眼をなんとか開きつつ、機内サービスを操作し映画を見る。何でも良かったが、話題の「グリーン・ブック(Green Book)」を観ることにした。今の時代にまた、黒人差別を題材にする狙いはよく判らない。でもまあ面白く出来ている。ところが到着が普段よりも30分以上も早くなったせいで、ラスト15分ぐらいを残したところで機内サービス終了。激しく不完全燃焼。レンタルで観なくてはならぬ。
羽田からはモノレールで移動。時間が早いので、ガラガラで快適。窓の外を見れば、満開の桜。散らないでいてくれたようだ。

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GA241便は、スマランのアフマド・ヤニ空港を定刻通り15時30分に出発。本当はこの約1時間後のGA243便の方が、ジャカルタでの乗り継ぎ上都合がいいのだが、何故かこの頃、欠航となっていることが多く、この日もそうだった。LCCのバティック・エアとかライオン・エアに、客を獲られつつあるのだろうか。
アフマド・ヤニ空港は滑走路が1本しかないが、発着便が少ないのでタキシングが始まれば途中一度も止まることなく、離陸する。窓の外はスコールで真っ暗だが、特段の揺れも無く上昇し、程なくベルト着用サインが消える。
また今回も、慌しくCAがやってきてランチボックスの配布開始。別に腹を空かせているわけでもないのに、こういうときは何となくブロイラーになった気分というか、はたまた親鳥が持って来るエサを待つヒナの気分が味わえる。
ボックスを開けて見ると、先日スマランへやってきたGA246便と同様、やっぱりパンが入っていない。思わず周りを見渡しても同様の状況のようである。もしかしてケータリングサービス会社の係員が偶々ポンコツで入れるのを忘れたのか、とGA246便の時に思ったが、どうやらそれは間違いだったらしい。別にちっとも残念ではないものの、変えた理由が知りたい。
乗客からあんな不味いパンはやめてくれと苦情が出たのか、それともこれまで暫くの間、パンの支給はあくまでも試験的にやっていただけなのか、あるいは何かの期間限定販売促進キャンペーンだったのか、はたまたこの数ヶ月の間にガルーダ・インドネシア航空の経営が俄かに厳しくなって経費節減に走ったのか、などと色々妄想する。いったい何故だろう。

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ジャカルタ、スカルノ・ハッタ空港ターミナル3の国際線の到着ゲートは東側、一方、スマラン行きの国内線GA246便が出るのはターミナル3の西の端。しかしチェックインカウンターや手荷物検査場の位置は真ん中だったり反対側だったりして、スムーズな移動にはかなり難がある。
結果的に到着してから搭乗するまで、長さが1キロ以上ある建物のほぼ端から端までを1往復以上する感じで、それなりに良い運動になる。エアコンは利いているものの、汗が止まらなくなる。この先、またここへ戻ってくるまではほぼ運動をすることが無いので(出張先ではデスクに座っているばかりなので)、歩けるのも今のうちだと思えば苦にはならない。
しかしたいていの客(ほぼ全て、インドネシア人)は、歩くどころか動く歩道すらも使わず、ターミナル内を行ったり来たりする電気自動車の乗り場で待っている。結構なスピードで走り回っているので、確かに待っていたほうが速いかも知れない。
空港係員(警備員?)は、ドヤ顔でセグウェイに乗ってうろうろしている。あれって何時間ぐらいもつのだろうか、まさか丸1日は無理だと思うけど。取っ替え引っ替え使うんだろうか。それとも見周りは1日1時間ぐらいなのだろうか。
掃除係だって、走る電動掃除機に乗って行ったり来たりしている。歩いている空港関係者は意外に少ない。まあ、とにかくここは広いので仕方が無い。端から端まで歩くのは、歩くことしか知らない日本人旅行客ぐらいかも知れない。
今日のGA246便は、7割ぐらいの乗船率。小生の隣はインドネシア人の親子連れ。定刻通りに出発。直ぐにベルト着用サインが消えて、CAがぽんとランチボックスを手渡す。あれ、なんだか軽い。開けてみると、何故か、パンが入っていない。箱の中がスカスカなのは、小生だけじゃないみたい。ケータリングサービス会社の係員が偶々ポンコツで、入れ忘れたのかとも思ったがそうじゃないみたい。パンは金が掛かるし、止めたのかな? もう夕飯は喰ったし、別に大した問題じゃないが。でもちょっと寂しい。

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年度末なのでどのフライトも混雑している様子。そのおかげでいつものようには、通路側の席を確保できなかったが、たまたまエコノミークラス席でも一番前だったので、通路側の人にいちいちことわる事無くトイレに行けるので問題ない。窓側席だったら、絶対ここに限ると思った。
やや翼が邪魔だが、それなりに外は見える。離陸して旋回する際、眼下に東京湾アクアラインの人工島が見えた。さらにその先には雪を被った富士山も見える。いつもは山の上から見るばかりだが、都心のビル越に望む富士山も悪くない。
今日は天気がいいし、久しぶりの窓側席なので、まるで子供のようについつい外ばかり見てしまう。富士山を越えると眼下に見えるのは、白き南アルプス。とりわけ白いのは、白根三山と仙丈ヶ岳。やや黒っぽい甲斐駒ヶ岳も視認出来る。ここから見ても、仙丈ヶ岳はやはり大きな山だと判る。
やがて飲み物のサービス。もうビールはさっき、ラウンジで散々呑んだので、白ワインをいただく。ちびちび呑みながら、機内サービスのモニターを立ち上げる。何も考えず、直感で"L'OSPITE(英語名:The Guest)"という題名の、イタリア、スイス及びフランスの合作映画を観た。
30代の夫婦の物語で、旦那が主人公。妻は、旦那が度々、マンマの元に帰ってパスタソースを貰ってくるのが気に入らない。一方、旦那は旦那で、妻が浮気しているらしいと思い悩みながら、自分ではあっちこっちに彼女がいる状況。その旦那の男友達も、奥さんが妊娠中に昔の彼女と浮気中で、その奥さんから相談を受けている、なんだか訳が判らない映画。良くも悪くもヨーロッパ映画の雰囲気は出ているが、たぶん日本じゃ一般公開しないだろうなと思う。
一本観てすっかり疲れたので、後は本(電子書籍)を読んで時を過ごした。

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「北澤美術館」でガラス工芸のアール・ヌーボーを堪能したあとは、もう電車に乗って帰るだけ。JR上諏訪駅までは、ぶらぶら歩いても20分程度で戻れる。途中でまた「タケヤ味噌会館」を横目で眺める。ウリが、豚汁とごまみそソフトクリームだけでは、確かに小生もちょっと食指が動き難い。
少なくとも、焼き味噌とか蕗味噌なんかを揃えてもらって、上諏訪の酒蔵とコラボした立ち呑みコーナーでも置いてもらえると、魅力度はぐっと違ってくるのだが。だいたい、豚汁とごまみそソフトクリームで客を呼ぶなんざ、いったいどんな客層をターゲットにしているのか。成年男子が喜ぶのはもっと違うだろ、と云いたい(ってか、そもそもターゲットに年寄りか女子供以外は入っていない?!)。それでも、味噌屋が作る豚汁の味はどんなものか、ちょっとだけ気になった。
上諏訪駅に戻ったら、コインロッカーからリュックサックを回収。ロッカーは駅の北口にあるので、跨線橋を渡る。降りた目の前では、小じんまりと物産市をやっていた。ざっと目を通した限り、欲しいものは見当たらず。そもそも温泉地の土産物は「甘いもの」と相場が決まっている。小生の好みのものが置いてある筈が無い。さっさとリュックサックを背負い、駅構内のキオスクへ向かう。
酒とビールしか好みが無いと思われるのも癪だが、結局のところ、小生の琴線に触れるのはそのたぐいか、そのたぐいのあてとなるシロモノぐらいしかない。買ったのは、やっぱり上諏訪・麗人酒造のビール。勿論、地元の「諏訪浪漫」を選ぶべきだろうが、またそれじゃあ芸が無いかなと「信州浪漫」にした。
E353系の「特急あずさ」に乗り込み一路、立川へ。中央線からは、霧ヶ峰(車山)を望める場所は極めて限られる。山村正光著実業之日本社刊「車窓の山旅」によれば唯一、茅野駅の先辺りらしいが、見逃した。もう霧ヶ峰は既に記憶の彼方に遠ざかってしまったようだ。

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上諏訪駅まで普通電車で移動し、「特急あずさ」に乗車。上りの(つまり、酒が呑める)E353系に乗るのは今回、初めて。何故かE353系は、E351系の970mmピッチから960mmピッチに、10mm狭くなっているらしいが、実感するほどではない。
今後は「あずさ」や「かいじ」だけでなく、かつてホリデー快速だった「富士山」が、「富士回遊」として特急に格上げされ、やはりE353系が使われるらしい(つまり今まで快速電車で運賃だけだったのが、これから特急料金もふんだくろうという魂胆)。すなわち中央線を走る特急車両は、全てE353系になる。猫も杓子もE353系になるのは、何だか味気ない気がしないでもない。
E351系では「振り子式」だったが、E353系は「空気ばね式」車体傾斜装置になった。そのせいか、カーブの曲がり始めがスムーズでなく、なんだかぎこちない感じがする。左右の揺れ具合は、改善されたようには思わないが気のせいか。
一方、車内照明にLEDを採用したのはJR東日本の特急車両では初めてらしい。交換の手間を考えれば、LEDにするのが妥当とは思うが、LEDは白熱灯や蛍光灯とは違い、ここが寿命、というところが判りにくいところが難点か。
白熱灯は切れたらおしまいだし、蛍光灯もチカチカしたら寿命なので単純明快だが、LEDは使用時間に伴い、徐々に暗くなっていく。一般的に寿命は40,000時間と言われているが、それは当初の70%の明るさになることが目安だという。車内の明るさが何%まで我慢できるかは、人によって違いがありそうだ。JRはどう決めているのか気になる。話がだいぶ逸れた。
E353系には荷物置き場が出来た。インバウンドのスーツケース利用を考慮した結果だとは思うが、我々にとってもだいぶ使い勝手が良い。特に今回のように、リュックサックだけでなくスノーシューを持ち歩いている身にとっては有難い。
今日は天気が良いので、甲斐駒ヶ岳が輝いて見えた。かたや反対側の車窓からは、中央線からは意外に見られる場所が限られている金峰山と瑞牆山を視認することが出来た。スノーシューが役に立たなかったことを除けば、今回は上々吉の山旅だったように思う。

E353系「特急スーパーあずさ」車内にて

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2日目の観光も終えて、長野から「かがやき540号」に乗車して帰路に付く。6人なので、3人掛けのシートを回してちょうど収まる。
長野から大宮までノンストップ、1時間掛からないのだから、信濃の国も随分、近くなったものだと改めて実感する。こんなにも短いとゆっくり呑んでいる場合じゃない。そこで、買うんだったらやっぱりビールが良いかと売店で物色。
目に留まったのは信州浪漫ビールのアルクマデザイン缶、ウィートエールだ。またまた上諏訪・麗人酒造のビール。この頃、麗人酒造のビールは、地元の「諏訪浪漫」だけでなく、「善光寺浪漫」、「安曇野浪漫」、「信州浪漫」とバリエーションが豊富なせいか、長野県に来ると呑む機会が多いような気がする。麗人酒造が、本来は日本酒の蔵元であることを忘れそうである。
しかし、それぞれ味がどう異なるのかどうかは良く判らない(まさかラベルが違うだけじゃ無いと思うけど)。その点で、この「信州浪漫」ウィートエールは他の「浪漫」シリーズには無いような気がする。「ウィート」と名がついている通り、これは大麦ではなく小麦で作ったシロモノ。呑んでみると、喉越しは柔らかい感じだ。
アルクマはいわゆる長野県のマスコットキャラクター。クマモンほどの知名度は無いだろうが、長野県内ではそれなりに目に付くことがあるので、そこそこ人気があるように見える。デザインされているのは、アルクマの登山バージョンだ。我々に相応しい絵柄と云えるだろう。今後も贔屓にしてみたい。

長野駅13番線ホーム
かがやき540号車内

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坂巻温泉に投宿した翌日は、基本的に俗世間へ戻るだけだが、のんちゃんが善光寺に行ったことが無いとのことなので、ならばと長野へ行くこととなった。先ずはタクシーに乗って新島々駅まで移動。この運転手はコニカをリストラしてアルピコタクシーに就職したとのことで、日野にあった小西六工場が懐かしく思い出された。それにしても饒舌な運転手であった。
新島々駅で電車を待つ間、旧駅舎を眺めにいった。なかなか味がある建物。そのまま飾っておくだけでは勿体無い、カフェでもやらないものか。道路沿いに酒屋があって、店主(?)が店を開けて掃除をしていた。ビールを買おうかと思ったが、やっぱりちょっと早すぎるかと思い留まった。
アルピコ交通上高地線の電車は、かつて井の頭線で走っていた旧京王3000系。たとえアルピコ交通のカラーリングがされ、マスコットキャラの「渕東なぎさ」が描かれていても、何となく親しみが沸いてくる。
松本駅でJRに乗り換え、10時7分発の「特急ワイドビューしなの3号」に乗車。でもその前に、キオスクでしっかり缶ビールをゲット。今回は「安曇野浪漫・くろゆり」。これも「諏訪浪漫」と同じ麗人酒造のビール。いわゆる黒ビールの「くろゆり」も「諏訪浪漫」にある。
篠ノ井線に乗るのは、いつ以来か思い出せないほど久しぶりである。もしかすると前回は、冠着山(姥捨山)に登った時かも知れない。「特急ワイドビューしなの」で篠ノ井線を走るのはたぶん初めて。千曲川の河岸段丘の上を走る篠ノ井線からの眺めはなかなか良い。
姥捨駅からの眺め(特に夜景)が「日本三大車窓」のひとつになっているのは、昔から知っていた。たぶん国鉄時代からの話。ググッてみると確かにそのとおりだったが、そのうち狩勝峠越えの根室本線は既に廃線になっているので、現在は「日本二大車窓」になっているようである。もうひとつは肥薩線の矢岳越えだが、SLが無くなってからはきっといまいちのはず。その点で、篠ノ井線の眺めは、失われつつあるどころか、むしろ眼下の街並みは増えているはずなので、夜景は一層、輝きを増しているはずだ。

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「高峰温泉」でまったりした翌朝は、ちょっと早く起きて高峰山で日の出を見る。昨日以上に天気が良く、白銀の北アルプスがモルゲンロートに染まる姿も久しぶりに視認できた。宿に戻って朝食を摂ったあとは、雪上車で路線バスの発着所へ移動。
9時50分発の佐久平行きバスに乗車する。小諸駅前で途中下車し、佐久平から新幹線で直帰する3人を見送る。ここで降りたのは軽井沢でランチをしたいがため。この頃小諸駅を利用することは、ほんとに少なくなった。小海線に乗り換えるのも、湯の丸峠や高峰高原へ行くバスも佐久平駅から利用できるので、東京からやってくる場合には、小諸駅を利用することは無い。駅前の「丁字庵」に入る機会はもうやってこないのだろうか。
程なくやってきた電車は、しなの鉄道独自のカラーリングをした115系。115系は旧国鉄時代、高尾駅以西の中央線ではかなりお世話になった車両なので、正直、見飽きた感が強いが、カラーリングが異なるとそれなりに新鮮に見える。
いまどき、JR東日本区間で旧国鉄時代に製造された115系を見ることは殆ど無いが、しなの鉄道の車両は現在全て115系なのだそうである。そう云えば、あの「ろくもん」だって内装はまったく様変わりしているが、115系を改造した車両だ。東日本で115系に乗りたければ、しなの鉄道がお手軽だと思う。
一方、JR西日本にはまだ115系は結構残っているらしい。JRに限らず、総じて関西は関東に較べて電車の寿命が長いようである。使えるものは擦り切れるまで使おうとする、関西人気質が今も生きているようだ。
車窓からの風景を眺めながら、小諸駅の売店で買った缶ビールをグビっとやる。今回、手に入れたのはThe軽井沢ビールのクリア。ピルスナータイプで、クラフトビールにしてはすっきりキレが良い、呑み飽きない味わいである。

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「御殿酒場」で寛いだ後、店の隣のJR御殿場駅へ移動し、久しぶりに「ふじさん号」に乗車。でもその前に、キオスクで「御殿場高原ビール」と、つまみに「黒はんぺんの燻製」を購入。さっき入った「御殿酒場」でもそうだったが、「黒はんぺん」が何かと気になる。
箱根以西(つまり静岡側)では、昔は「黒はんぺん」などとは呼ばず、単に「はんぺん」だった。一方、関東人からすればこれは到底「はんぺん」の類ではなく、(魚のすり身を使った)平べったい「つみれ」としか思えない。
静岡の「はんぺん」に出会ったのは、たぶん学生時代、友人と静岡市内の居酒屋に入って頼んだのが最初だったと思う。関東からやって来た小生には、「フワフワなはんぺん」こそ「はんぺん」と信じ切っていたので、こんな「黒ずんでいて堅いはんぺん」なんて「はんぺん」じゃない、と云ったら静岡出身の学友や店員に「何云っているの?」と怪訝な顔をされた。
「フワフワはんぺん」こそ「はんぺん」だと主張してみたものの、だいたい、「フワフワはんぺん」は静岡では売っていないのだから(今はそんなことはないだろうが、これはおそらく当時、紀文の営業範囲が限られていたせい?)、皆さん見たことが無い。で、全然話にならないし説明のしようも無い。ともかく「フワフワはんぺん」が喰いたければ、静岡じゃ無理と知った。
時は移ろい、静岡の「はんぺん」はいつしか、「黒はんぺん」と称するようになった。静岡県人が何処かで、俺達の「はんぺん」は関東と違うようだと気がつき、しかも「フワフワはんぺん」の方がメジャーだと認めたのかも知れぬ(認めない輩は、あえて「白はんぺん」と呼ぶらしい)。
ともあれ、小生には当時の強烈なカルチャーショックがいまだに頭に残っているので、キオスクで「黒はんぺんの燻製」などというシロモノが目に入ると、つい気になって買ってしまうのである。たぶん、これは今でも静岡限定販売なんだろうなあと思う。
窓の外を見ると、今日はちっとも所在が分からなかった富士山が、頭に雲を載せた姿を見せていた。

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