山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

車内・船内・機内

ぶどうの丘の「展望ワインレストラン」に結局、我々の後からは客はやってこないまま、ティータイム終了前に店を出た。駅までタクシーを呼んだものの、空いていれば5分と経たずにやってくるのに、なかなか現れず。そういえば、ぶどうの丘にやって来たときのタクシー運転手が、この時期何処のワイナリーも、ウィズコロナ時代のため特に宣伝はしていないが、ワイン祭り的なことはやっていると云っていた。そのせいだろうか。
やがてやって来たタクシーで勝沼ぶどう郷駅へ移動。さっそく駅の売店で何か土産でも買おうかと思ったら閉まっていた。これもコロナの影響か。もうすっかり日が暮れた。
ホームへ上がると程なく、17時9分発のホリデー快速ビューやまなし号が到着。この列車は我々の山の会ではとても贔屓にしていて、かれこれもう両手では足りないぐらいに利用している。乗るのは昨年の7月以来だ。
それでもこの215系のオール2階建て特別仕様列車の印象が薄いのか、「この車両に乗るのは初めてかしら」と仰る者もいた。オール2階建ては在来線ではこれが唯一無二、かなり特徴的な車両だと思うけれど。車内は比較的空いていたので2階席に座れた。尤も外はもう真っ暗なので、何処に座っても違いはない。
ちなみに何故、ホリデー快速ビューやまなし号は12月から翌年の2月まで運行されないのかと云えば、この車両は元々東海道線を走ることを前提に製造されたため、耐寒耐雪構造になっていない(具体的にどの装置が寒さに弱いのかは不明)のだそうな。
高尾駅に到着したらとりあえず下車し、京王線組のひろちゃんとはここでバイバイ。でもまだ6時過ぎですよ。どうする?

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すっかり暗くなってきた頃、下今市駅に到着。ここで17時32分発の東武特急「けごん44号」に乗り換え。もちろん、さっき会津高原尾瀬口駅から乗る前に、スマホからチケットレス指定席を購入。だいたい山行の帰りに特急を利用する場合、下山時間がブレる可能性があるので事前には購入しない。そのため、チケットレス購入がとても便利。この頃は東武特急だけでなく、小田急も西武もチケットレスが普通。JRで出来ない筈はないと思うが、今のところは普通列車のグリーン券ぐらいか。
しかし東武も、例えば北千住駅で特急専用ホームに入るときには駅員に、スマホのチケットレス購入画面を見せる必要があるが、それだって必要ないのでは?と思う。問題はちゃんと購入した席に座っているか、否かをチェックすればいいだけの筈だ。
ヨーロッパの特急(例えばユーロスターなど)は、そのチェックすらきっちりやっているかどうか怪しい。しかもヨーロッパの駅には改札口なんて無いのが普通。それが大人の扱いということ。もし無賃乗車が発覚したら、正規料金の何倍も罰金を取られるらしい。日本がそんな「大人の社会」になるには、まだ時間が必要なのかも知れない。話が逸れた。
下今市駅での乗り換えは、同じホームの反対側なので特に問題は無いが、乗換時間はわずか1分、指定席のある車両までちょっと小走りする。車内はどのシートにも乗客がいる状況。やはり紅葉のシーズンだけのことはある。
とりあえず席まで辿り着いたらもう発車。ここには自粛警察はいないようなので(この頃、何がウザいかって、自粛警察ほどウザい輩はいない)、荷物を整理して、つまみとコップと酒瓶を取り出し、準備が出来たら続きを開始。北千住まで、1時間半の呑み会。

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「夢の湯」の玄関で寛いでいると、母娘(又は義母と嫁)と思われる二人が廊下を歩いてきて、娘(又は嫁)が「じゃあ明日、朝迎えに来るからね」と云いおいて外へ出ていった。その時に初めて、ここは単なる日帰り温泉施設じゃなく、日帰りも出来る旅館なのだと気が付いた。HPを見ると、1泊2食付で8,925円~となっている。駅に近いしリーズナブルなので、今後使う機会もありそうだ。
会津高原尾瀬口駅までは数分の距離だが、右足を捻挫したせいでちょっと難儀する。界隈の紅葉はほぼ見頃を過ぎた感じ。もうこの辺りは秋も終わりなのだ。
駅舎は小洒落た建物で、中には軽食を出しているところと土産物屋がある。これから北千住までは道中が長いので地酒を仕入れようと物色。会津田島の地酒「國権」山廃純米の四合瓶(1,400円税別)を仕入れる。ついでにネギ味噌の瓶詰も土産としてゲット。これを油揚げに塗ってちょっと焙れば酒の肴としては絶品の筈。足が痛むからと、重いものを増やすのを止めようとしないところが我乍らエラい。
駅の待合室にはストーブが焚かれている。16時9分発の列車に乗車。やってきたのは東武の6050系。会津田島駅始発なので車内はガラガラ。4人で2ボックスを確保して、黄昏時の景色を肴に一杯やる。ただこの路線、トンネルが多いのが玉にキズ。それもひとつひとつが結構長いのだ。「國権」山廃純米は、期待通りに旨味と酸味のバランスが良い。
最初は空いていた車内だったが、栃木県内へ入ると各駅から次々と乗客があり、特に川治温泉辺りから急に増え、鬼怒川温泉辺りからは立ち席まで出来る始末。いまは紅葉狩りシーズンなのだと気が付いた。きっと龍王峡辺りは丁度良いのかも知れない。

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奥多摩駅2階にある「オクタマ・エキウエ・ショップ」の「ビア・カフェ・バテレ」で長々と寛いでいたのは、奥多摩駅17時30分発の「快速・お座敷青梅奥多摩号」に乗るため。コロナ禍のせいでつい先日(9月19日から21日)の3連休は運転休止になっていたらしく、今日の運行も危ぶまれたが、上手い具合に運行することになった。青梅線を走るお座敷列車は、今回が2回目の乗車になる。
前回は7月だったので、立川駅に着いてもまだ明るかったが、「秋の日はつるべ落とし」という通り、今はホームに上がった時点でもう既に黄昏時。残念乍ら、車窓からの眺めを楽しめる時期ではない。そうとなれば車内での飲食を楽しもう。
3号車の乗車口へ向かうと、2人連れの若者男子が先にいる。乗り鉄かと思ったら、車内に入って写真を撮ったら直ぐに降りていった。乗らないのかよ!?と突っ込みたくなる。どうせ東京方面に帰るんだったら乗ったらいいのにと思うが、グリーン料金780円が惜しかったのかも知れない。
我々は5人なので、6人掛けのテーブルかと思ったが、ウィズコロナ時代は6人掛けは4人までで、もうひとりは隣のテーブルとなる。でもまあ、一緒のテーブルで乾杯。一車両に我々5人だけ。こりゃ豪勢だ。でも御嶽駅から若者3人組が乗ってきて、反対側のテーブルに着席。彼らは酒は呑まず、大人しく個別にスマホ操作。何のためのお座敷列車!?と突っ込みたいのは我慢する。おじさんおばさん集団は気にせずぐびぐびやる。
つまみは、奥多摩駅前の肉屋兼総菜屋で女性陣が買ってきてくれたコロッケと、Woodyさんがわざわざ背負ってきた、到底食べ切れない程大量の缶詰。どちらも美味しくいただいた(缶詰は2個だけいただきました)。

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「小嶋屋」で呑んで喰っていい気持になって19時1分発のE7系の「とき342号」に乗車(自粛警察も近所に乗車していて水を差される)。E7系の「とき」は初めてだ。
それにしても今回は、ドンピシャで紅葉の最盛期に当たったことが印象的。毎週のように登っていてもなかなか巡り合うことは少ない。しかしそのせいで、思わぬ経験もした。要因としては、①紅葉の最盛期なので(コロナ禍にもかかわらず)人が多くやって来たこと、②ロープウェイの始発が8時、最終が16時までの、都合8時間のあいだに登らなくてはならないこと、そして③大日岳直下には鎖が1本しかないこと。
この3つの相乗効果で、大日岳の鎖場では大渋滞が発生したと思われる。これを分析してみたい。
仮定が多いが取り敢えず適当に想定してみると、登山者はロープウェイの定員81人×4台分としても324人(多分もっと多かった)。それが大日岳へ到着したとしてそれは次第にバラけるが、恐らくは何処かの時間帯に集中するので(多分、正規分布に近い形になると想定できるので)、例えば偏差値60%を想定すれば324人の約7割が±10%の時間範囲に入ることになり、226人。一方、その時間幅を考えてみれば、ロープウェイ山頂駅から大日岳までは、標準コースタイム225分。とすると±10%バラつくとすれば45分間の間に、226人が集中することになる(これはまさしく数珠つなぎ状態)。つまり登りと下りが重なる最盛期では、1分間の間に登る人5人、下る人5人が睨み合う計算。登ってみて良く判るが、1分間の間に都合10人が上下することはほぼ不可能。だいたいこんな状況に近かったと思う。
ともかく渋滞した。渋滞したと云えば、他人の迷惑を顧みない15人の団体ツアー。また沸々とイライラを思い出す。何処のツアー会社か知らないが、ツアー会社としての在り方、休み易い場所をどう選ぶとか、ペース配分など、もっと勉強せよ!!!

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「巴」で鮎尽くし料理を堪能した後は、またタクシーを呼んで沼田駅へ戻って、13時31分発の新前橋行に乗車。新前橋駅は14時6分着。ここで14時10分発の両毛線伊勢崎始発高崎行の電車に乗り換え、高崎駅には14時20分到着。更にここで14時24分発伊東行の上野東京ラインに乗り換える。乗り換えが面倒だが、待ち合わせ時間が短いのでスムーズ。
この頃は酒が入って気が大きくなると、高崎から新幹線に乗ることが間々あるが、今日は未だ時間が早いので在来線で帰ることにした。その代わりに、やっぱり少々気が大きくなっているので、グリーン車に乗ることにした。
なおちゃんとWoodyさんには座席を確保してもらうことにして、小生は券売機へ。グリーン券の買い方は知っているつもりだったが、ここでちょっと間違えた。てっきり3人分、まとめて買えると思っていたら、操作しているうちにそれは出来ないことに気が付く。待ち合わせは4分しかない。
慌てて目が合ったWoodyさんに、券売機へ来てもらうよう頼む。車内のなおちゃんにも身振り手振りで、来て貰うようサインを送ったがなかなか通じず。漸くなんとか各自買わないといけないと分かって貰ったが、もう時間が無い。
発車のメロディーが鳴り終わっても発券が終わらず、ドアが閉まり出したところでなおちゃん滑り込みセーフ(実際には足でドアを止めていた)。危うく、本人とリュックサックが泣き別れになるところだった。
後日、JRのホームページを確認すると、やはりグリーン券は各自のSUICAでしか購入できないと書いてあった。次回は、各自のSUICAを集めてから券売機へ向かうことにしようと心に刻んでみたものの、これはそもそもJR側の都合。もうちょっとユーザーフレンドリーになりませんかね、JRさんよ。

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茅野駅前の「モン蓼科」で時間調整したあとは、茅野駅15時42分発の「特急あずさ42号」に乗車して帰る。これで立川駅までは2時間弱の列車旅。今回はオーレン小屋泊りが目的だったのであまり気にはならなかったが、まあまあ天気が良かったのは1日目のアプローチと2日目の下界で、山の上はいまいち。
それもそのはず、前線を伴った大型の台風10号がやってきていたせい。九州地方と朝鮮半島は直接的な被害があったものの、不幸中の幸いというか、本州内陸部への影響は小さかったので、多少雨に降られた程度で済んで良かった。
小生はオーレン小屋を出たところで降り始めたため、雨具も付けないうちに小屋へ戻ったので被害ゼロだった。おかげで1日目は山に登れなかったものの、小屋でのんびり本を読んで過ごしたので、これはこれでちっとも悪くは無い(一方の女子連+Woodyさんは多少粘ったせいで、結構降られたようだった)。
泊りの山行プランは3ヶ月前ぐらいには決めてあるので、この季節の天候はまさしく神頼み、何れにしても、台風がこちらに来なかっただけラッキーだった。基本、雨で山行を中止することは無いが、台風だけは無理しないことにしている。
今回、もし直撃だったらオーレン小屋泊りは諦めて、何処か麓の宿か、最悪、駅前のビジネスホテルにでも泊まって、翌日、公共交通が生きていればオーレン小屋に日帰り往復しようか、などと考えていたが、それも鉄道が動かなければ茅野駅へ行くことも、帰ってくることも出来ない。とにかく台風(それと滅多に無いが大雪)には細心の注意が必要だ。
立川駅17時38分着。この頃は在宅勤務とはいえ、いちおう明日は仕事なので素直に帰宅した。

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小諸の蕎麦屋「丁字庵」でまったりしていたときのこと、そろそろ帰りの電車の時間を調べようかとスマホを検索していたら、ちょうど、しなの鉄道が誇るジョイフルトレイン「ろくもん」がやって来る時間と判る。時節柄、コロナ禍で電車旅をするのに多少憚る人もいるだろうから、空席があるだろうと期待しつつ、いそいそと駅へ向かう。
小諸駅に着いてみると、すでに「ろくもん」は入線済み。早速、切符売り場に行ってみると、まさかと云うかやっぱりと云うか、期待に反して「満席です」との返答。ブレない人気ぶり。仕方がなくホームで列車を眺めつつ、カメラに収めたりしているうちに、どうねじ込んだのか、このちゃんが「二人と三人に分かれれば席が取れる」と云う。流石。もう「永世渉外係長」に認定したい。
乗ったのは個人的に4年ぶりだ(前回はこちら)。我々の席がある車両は1号車。前回は2号車だった。こちら1号車の方がよりカジュアルな雰囲気である。指定席料金は1,020円。15時21分に発車。空いているのは5席分だと聞いていたので、他の乗客は駅の外へ出て観光でもしているのかと思いきや、ドアが閉まっても他の席はがらがら、乗り鉄系の男性ひとりだけしか見かけなかった。もう途中駅(含、小諸駅)で降りてしまったのだろうか。
次の停車駅が終点の軽井沢のせいか、結構飛ばす。右党の皆はリンゴジュースやアイスコーヒーを頼んでいるが、小生は白ワインを注文し、ちびちび呑みながら車窓の旅を味わう。外はうだるような暑さのせいか、浅間山はぼんやりとしていて良く見えない。
僅か30分の旅ながら、指定席料金1,020円はちっとも高くない。とにかく乗っているだけで楽しい。次回は是非、コンパートメント形式になっている3号車に乗って、フレンチ料理と酒を楽しみたい。

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「石川啄木記念館」で明治時代の生活に触れた後は、再びタクシーに乗って渋民駅へ向かう。運転手は一見、無口のようだが喋り出すと止まらない。頼みもしないのに色々な話を聞かせてくれる。その中で、この辺りは水が豊富で、渇水には無縁だという話を披露してくれた。
その水源は川の水ではなく地下水だという。富士山のように広大な岩手山の裾野に降った雨が伏流水となるらしい。地図を見ると、確かに岩手山の東側斜面は北上川までの間には大して大きな川は見られない。一方、いくつかの小さな川が岩手山の裾野から急に現れ、北上川に注いでいる。まさしく富士山の御殿場や富士宮辺りで見られる感じとよく似ている。御殿場市の水源も地下水(富士山と箱根山の伏流水)だと聞いたことがある。
渋民駅の手前でもコンビニに寄ってもらい、また缶ビールを手に入れた。渋民駅は、今でこそ第3セクター、IGRいわて銀河鉄道の駅だが、かつてはJR東日本の幹線、東北本線の駅だった。上野駅から青森駅まで日本最長の営業キロを持つ路線だったが、東北新幹線の八戸および新青森延伸に伴って盛岡駅から先が「IGRいわて銀河鉄道」と「青い森鉄道」に移ったため、最長ではなくなった(現在の最長は山陰本線)。
ちなみにIGRいわて銀河鉄道は、第3セクターとしては珍しく営業収益が黒字である。昨年度の決算を見てみると旅客運輸収入が約12億円であるのに対して、鉄道線路使用料収入が27億円もある。これは恐らくJR貨物からの貨物列車運行料金だと思われ、旧東北本線であったことの恩恵が大きい。
JR時代の渋民駅を知らないが、駅の雰囲気はきっとそのままなのだろう。無人駅だが、味わい深い建物である。待っていると、IGR7000系100番台がやってきた。JR東日本の701系と同じ車体だが、外装のカラーリングが違うとまた別の車両のように感じる。中は姫神山側がロングシートで岩手山側はクロスシートという、面白い配置になっていた。

072 渋民駅に到着。

073 今はいわて銀河鉄道線のローカル駅。

074 これで盛岡へ移動。

075 山から下りたら車内で。

ゴトメキ界隈での倒木跨ぎ地獄で時間を喰ったせいで当初計画より随分と遅れ、「はやぶさ温泉」からタクシーで塩山駅に着いた時点で20時。もう今日は何処にも寄らず、このまま帰るのが無難だろう、塩山駅のキオスクで酒を買い込んで車内で一杯やりながら帰ろうかと話していた。
駅に着いて階段を上がり、観光案内所も兼ねているキオスクへ入ろうとしたら、シャッターが下りていた。青天の霹靂、まさかの営業終了だ。
こんな時間でもう営業終了なのか、迂闊だったと、気を取り直して再び階段を下りて駅前ロータリーを見渡すが、開いている店が見当たらない。そうだ、確かあそこに酒屋があったはず、と思って走って行ったらやっぱり閉まっていた。塩山は20時でもう深夜なのだ。こんな時に限って今日は、リュックサックには何も入っていない(少なくともウィズコロナ時代以前であれば、たいてい日本酒がリュックに忍ばせてあった)。
がっくり、気を落として列車を待つことになった。シラフで上り特急列車に乗るのも久しぶりだ。こんな時間なので車内販売だって期待出来ないし、そもそも車内販売なんてウィズコロナで止めてしまったじゃないかとマイナス思考。
やって来たのは「特急かいじ」。乗車率は、半分近くが埋まっている感じ。外は真っ暗なので景色を眺めることも出来ない。ブルーな気持ちでいると、そのうち、まさかの車内販売がやってきた。地獄に仏とはこのことだ。缶酎ハイとカップ酒とじゃがりこを買って、ありがたく呑ませていただく。こんなに車内販売が嬉しいことは無かった。ついさっきまでモノクロトーンだった車内が、突然フルカラーになった。

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「中屋別館不動閣」で西吾妻山登頂の祝杯を挙げたあと、宿のマイクロバスで米沢駅まで送って貰う。みどりの窓口では、丁度やってくる米沢駅16時38分発の山形新幹線つばさ150号の切符を購入でき、しかも上手い具合にボックス2つ並べて席が取れた。さっそくKIOSKで呑み物、土産物などを買い込んで乗車。との~から地ビール「山形ビール」をふるまっていただき、また祝杯。
ところで毎度感じていたことだが、JRの特急列車の座席を廻して向かい合わせにすると、東武特急や小田急ロマンスカーの場合と違って背凭れに付いたテーブルが使えなくなり、辛うじて窓の下の張り出しだけがテーブル代わり。
でもこの大きさでは酒やつまみを並べるには甚だ不便だし、汁が滴るつまみだと置くこと自体も不安定で気になる。このような厄介さは我々だけが感じている訳ではないのは確かだし、きっとそのうち誰か気が利いた奴が、JRのどの車両にも合うような携帯式テーブルを開発して売りに出さないか(或いは貸し出さないか)とずっと妄想し続けていた。
そこで話はちょっと遡り先日、雪の蔵王を登りに行って敗退したときのこと、こんなことがあった。東京駅6時12分発山形新幹線つばさ121号新庄行に、大宮から乗り込んでみると、向かい合わせの4人が通路の両側で2組、都合8人が、まさに妄想していたようなテーブルを夫々持ち込んで朝から宴会の真っ最中。チラッと見ただけでも、テーブルの上には酒、乾き物だけでなく刺身盛り合わせまで並んでいる。
その後、彼らが赤湯駅で降りたので見ていると、どうやらキャンプ用の可搬式テーブルを持参してきたようだった。自家用車による移動ならばどうと云うことも無いが、あれを電車に持ち込むとはかなりヤル。相当の吞兵衛集団だとお見受けした次第。しかし、我々山登り集団があのようなテーブルを担いでくる訳にはいかない、彼らを見送った我々の眼差しはきっと羨ましげだったに違いない。

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刈込湖スノーシューイングした翌日、東照宮界隈(東照宮には参拝せず)で観光してからランチは「和み茶屋」。用事があるというこのちゃんは慌ただしく料理を平らげ、ひと足早く1本前の東武特急で帰ったあと、残りの3人は引き続きのんびりランチを楽しんでから、ぶらぶらと東武日光駅へと向かう。
街なかも、中国系や東南アジア系の観光客が皆無のせいか閑散としている。これを寂しいと感じるか、静かで良いと感じるかは人それぞれだろう。飲食店経営者や旅行業関係者としては悪夢なのだろうが、小生はひと昔前に戻ったような郷愁を感じる。
東武日光駅も客は疎ら。駅構内に2つある売店を行きつ戻りつ物色し、まだ持参した酒と肴の残りがあるからと思い直し、結局、缶ビール1本だけを買って改札口を通り抜ける。我々を待っていたのは13時59分発「特急きりふり284号」浅草行だ。
ノスタルジックな東武300系に乗るのは、尾瀬から日光沢まで歩いた時以来で、3年半ぶり。もう廃車になっているかと思ったら、さすがに定期運行ではなく季節運行なのだろうが、どっこい未だ現役だった。何となくうれしい。
オールドファッション車両に再会するのもうれしいし、特急料金が100系スペーシアや500系リバティに較べて安い(100系及び500系が1,470円に対して、300系は1,050円)のも得したようでうれしい。そして臨時列車なので、乗客が少ないのももうひとつ、うれしい。こんな些細なことでも、ついていると思えてしまうから不思議だ。
席に着いたら徐に缶ビールを取り出し、昨日の残り酒とつまみも取り出して、折り畳み式の長テーブルに置いて準備完了。あとはドアが閉まり、車輪が一回転するのを待つだけだ。

098 帰りの「きりふり」車内。

100 1時間弱遅れて北千住到着。

「大菩薩の湯」で温まった後は、路線バスに乗って塩山駅へ向かう。地元の方と思しき人が数人、乗っては降りていった。我々以外に山姿はいない。雪がしんしんと降り続けているなかを滑るように走り、あっと云う間に塩山駅南口に到着。
次の列車までちょっとだけ時間があるので、駅構内にあるKIOSK兼甲州市観光案内所(っていうスタイルは珍しくないか)に入って少々物色。「金精軒」の「生信玄餅」を買おうか、「山の湯宿はまやらわ」の「名水わらび餅」を買おうかと暫し迷ったが、やはり何方も買わないことにした。何れにせよ全部カミさんに喰わせるのは身体に毒だ。
ホームに降りると、やたらに冷えてきた。雪は一向に降り止む気配が無い。15時54分発の高尾行に乗車。持参した日本酒を取り出し。チビチビと呑む。つまみはチーズ系が2種類。ワインにも日本酒にも合うせいか(もちろんチーズの種類にもよるが)、我々の山の会では、特に申し合わせが無いとチーズ系つまみがダントツに人気が高い。
塩山駅を出ると直ぐに進行方向を南に取るので、晴れていれば甲府盆地の奥に白根三山が見えるはずだが、今は低い雲で煙って甲府盆地の僅かしか見渡せない。塩ノ山だけがぽっかりと浮き出ている。新大日影トンネルに入るとそれも終わり。
新深沢トンネルを抜けて甲斐大和駅に着くと、心なしか降雪の勢いが増した感じがする。笹子トンネルを抜けると笹子駅。何故か、明らかに笹子駅辺りが一番雪が多い。笹子駅の標高602mは、塩山駅の410mよりも高いので、ある意味当然だが、甲斐大和駅(677.7m)より雪が多いのはやや解せない。とかく、国中と郡内で気候が違うことが間々ある。

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伊豆の山旅&海の幸忘年ツアーは、三島駅前の食堂「源氏」で締めくくり。「源氏」に入る前、「極楽湯」で湯上りビールをやりながら帰りの足を調べてみた。帰りは往路と同様、新幹線「こだま」に乗ってさっと移動するのが普通だろう。
この時間であれば、三島14時54分発の「こだま724号」がちょうど良いか。東京駅着は15時48分で所要時間は54分。帰るには早過ぎるきらいもあるが、まあこれで行こうか、と思った一方、在来線の特急「踊り子」だったらどうだろうと調べてみると、14時46分発の「踊り子110号」があり、東京には16時32分に着く。こちらは所要時間1時間46分とほぼ2倍かかる。
でもこれだったらWoodyさんは横浜駅で降りればいいし、のりちゃんも川崎駅が都合が良いはず。料金は320円しか違わない(「こだま」利用で4,800円、「踊り子号」が4,480円)が、急ぐ旅でもないし、在来線をトコトコ帰るのも乙かも知れない。皆に諮れば全員一致でOKとなった。
念のため、「源氏」で呑んでいる最中に目の前の三島駅みどりの窓口へ行き、切符を購入。自由席にする手もあったが、「踊り子号」は修善寺始発なのでそれなりに客が乗っている可能性も考えられたので、指定席を購入した。
「源氏」で腹一杯になったあと、時間になったので三島駅へ。ホームで待っていると、伊豆箱根鉄道駿豆線から乗り入れ線を辿ってJR185系がやってきた。もうこの型式は定期運行していないと思っていたが、まだ現役だった。いまどき希少価値がある、「窓が開く特急車両」である(今は冬なので開ける気はしないが)。ホームにはそれなりに乗客がいたが、乗ろうとしている輩はほぼいない。乗ってみると、我々の指定席車両には誰もおらず、途中の駅からも誰一人乗ってこなかった。修善寺発の「踊り子号」って、これが普通の状態?

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我々が高松山の山頂で富士山を眺めながらのんびり野点をやっていた頃、何故か目の前に見える金時山に和尚が登っていて、あとで山北で我々に合流すると云ってきた。こちらはたぶん2時頃には下りてひと風呂浴び、3時には「YAMAKITAバル」に入れるだろうと踏んだ(だいたいその通りになった)。
一方、金時山にいる和尚の方は、山から下りてバスに乗り小田原に出ても御殿場に出ても、何処にも寄らずに真っ直ぐ来たとしても我々の方がだいぶ早いだろう。だったら気長に待つしかないかと、チビチビ呑んでいると案の定、我々より1時間半ほど後になって姿を見せた(といっても店を前を一度通り過ぎたりして、なかなか入ってこないお約束のパフォーマンスを見せてくれた)。もうあと30分遅ければ、いつもの「特急ふじさん12号」に乗れるかと気を揉むところだった。
而して和尚の滞在時間は少し短かったが、この続きは車内でやろうと店を出て、山北駅へ。御殿場線もようやくSUICA・PASMOが使えるようになったので(JR東海はTOICA)、便利になった。松田駅で下車し、「特急ふじさん12号」の指定席券を購入。この手間は変わらないが、それでも駅員は卒なくこなすので、以前のような話のタネが生まれることはない。
すっかり日が短くなったので、とっぷりと暮れてからやってきた「特急ふじさん」に乗り込む。和尚は初めての乗車だという。この「特急ふじさん」には麻薬的常習性があり、一度乗るとその利便性に嵌ってしまい、もう普通電車で新宿へ帰れなくなる、ということはまだ和尚は知らない。
ともあれ、席に着いたら持参したつまみやら日本酒やらを出す。はいはい皆さん、カップを出してねと云うと、なおちゃんは先日、屋久島でゲットしたばかり屋久杉ぐい吞みを取り出した。流石である。このあと新宿まで、高松山と金時山の山談義に花が咲いた。

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五能線を五所川原駅で下車。今日は真っ直ぐ帰郷するのではなく、折角ここまで来たのでちょっとだけ観光することにして、ストーブ列車で有名な津軽鉄道に乗り換えた。残念ながらまだストーブの季節ではない。
乗ったディーゼルカーのエンブレムには、「走れメロス」とある。いいね、このネーミング。一両編成ってところも良い。だったらワンマンカーかと思いきや、乗り込むと美人女性車掌がにこやかに迎えてくれる。検札だけでなく、沿線ガイドも車内販売もやるマルチぶり。津軽弁(コテコテではないが、イントネーションが津軽弁的)のガイドが郷愁を感じさせる。呑んだくれて話がしつこくなってきた我々オヤジ4人組に対しても、物腰柔らかに接してくれた。
金木まで行って「斜陽館」を見学するつもりだと伝えると、だったら「斜陽館」もさることながら「太宰治疎開の家(旧津島家新座敷)」を是非お勧めします、という。専門ガイドが案内してくれ、太宰治の生い立ちと金木での生活を懇切丁寧に解説してくれるとのこと。
そこまで仰るのなら行かずばなるまいと、「斜陽館」は後回しにて行ってみた。金木駅から「斜陽館」までは歩いて10分くらいの距離だが、当時そこまで全てが太宰治の実家、津島家の土地だったというから、いやはや大した家のお坊ちゃんだったのだと実感。
「太宰治疎開の家」は「斜陽館」まで行く途中にある。ここで太宰は、戦争疎開中に23もの作品を執筆したという。そのとき使われた文机もちゃんと残っていて、ちょっとだけ太宰治が身近に感じられる。
津軽鉄道ガイドお姐さんの云う通り、案内してくれた「疎開の家」ガイドさん(意外にお若い)は、片手に太宰治の文庫本を持って、いくつか作品の一部を引用しながら、案内してくれる各部屋にまつわるエピソードをじっくりと説明してもらった。太宰の作品をまた読んでみようかな、と思わせる解説だった。十分観光気分を味わったせいで結局、当初目的の「斜陽館」は外から眺めるだけにした。

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黄金崎不老不死温泉に泊まった翌朝。やっぱり昨晩は早い時間に寝てしまったので、寝覚めは早い。折角なので、朝風呂に入るべく大浴場(内湯)へ行ってみた。まだ午前6時だが、何処にも早起きの年寄りはいるもので、既に何人も湯船に浸かっていた。
朝食はやはり、大食堂でビュッフェ形式。なかなかメニューは豊富で、すべての料理を味見することは到底できない(万座の某温泉ホテルとはだいぶ違う)。ついつい喰い過ぎてしまう。でもそれはここに限ったことではない。旅先の朝食は、たとえ前日しっかり呑んだとしても(よほど悪酒を呑まない限り)、御飯一膳では足りないといつも思う。
しっかり食休みした後(また風呂に行った者もいた)、またウェスパ椿山駅までシャトルバスで送ってもらい、今度は9時丁度発の普通列車弘前行に乗り込む。今日も乗客は少なく、一車両に数名程度だ。さっそく昨日の残りの酒とつまみを取り出し、心置きなく迎え酒と洒落込む。
再び車窓の外は日本海。今日は昨日よりは多少天気が良いせいか、海の色がやや明るい。でも昨日ぐらいが、日本海という感じがする。それにしても、今日も五能線はひたすら海岸線を走る。海好きには堪らないだろうが、そうでもない者は段々見飽きてくる。我々は二日間に渡っているのでまだましだろうが、通しで乗るとなるともう海は当分いい、ということになりそうだ。そう云えば、学生時代に来た時も、この先の深浦にあったユースホステルに泊まったのだった。
千畳敷駅まで来ると、海の向こうに北海道が見えるようになる。遠くまで来た気がしてきた。鰺ケ沢を過ぎると漸くというか、残念ながらというか、日本海とはお別れ。その代わりに今度は津軽平野と津軽富士(岩木山)が迎えてくれる。
何れにせよ、わざわざリゾート列車たる「リゾートしらかみ」じゃなくても、普通列車でかなり五能線を楽しめる。次に来るときは、通しで乗ってみるか。

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「本家あべや」で本場のきりたんぽ鍋に舌鼓を打ったあとは、今回のメインイベントのひとつ、「リゾートしらかみ号」に乗って五能線を辿ることになっている。我々が乗るのは13時58分発の「5号」。降車するウェスパ椿山駅(何故こんなハイカラな名前かは追って)まで2時間強の列車旅だ。
一杯やるにはちょうど良い時間だが、我々はすでにもう大宮から呑み始めて6時間経っているので、転寝(或いは爆睡)をするには良い頃合いである。東能代駅から先が五能線となるが、この線は全体の8割以上が海岸線を走るので、進行方向左側(東能代で進行方向が変わるので、秋田駅では右側)の座席を取らないとかなり残念な気持ちになれる。
乗車率は至って少ない。予約は必要なかったようだ。学生の頃、五能線は辿った頃がありそれ以来。朧げな記憶だが、夏休みでも列車はガラガラで、我々の乗った車両には他に誰もいなかった。
ハタハタで有名な八森を過ぎると、もう日本海。海辺ギリギリを延々と走る感じで、暫くは酒をちびちびやりながら単に海を眺めているだけで楽しめるが、そのうち段々飽きてくる。飽きてくると眠くなる(乗った頃から既に寝ている方もいる)。うとうとしてふと目が覚めてもまだ海岸線を走っている。いつの間にか青森県に入ったようだ。皆、海を見てばかりいるが、実は山側は、かの世界自然遺産の白神山地。いつか、白神岳を登りに来なくてはいけない。十二湖も山側だが、山の中なので五能線からは全く見えない。
やがてウェスパ椿山駅に到着。ここで宿の送迎車に乗ることになっている。駅を降りると人家は全くなく、何やら欧風の建物が見える。これが「ウェスパ椿山」というリゾート施設。レジャー施設も宿泊施設もある。この施設のために駅を造ってしまったらしい。こんな辺鄙な場所によくぞこんなものを建てたものだ、というのが率直な印象。我々の目的地はここではない。送迎者に乗って、いざ「不老不死温泉」へ。

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今回の「オヤジばっかり月いち居酒屋ツアー」は、趣向を変えて一泊旅行。先ずは秋田新幹線「こまち」で終点まで車内宴会となる。個人的に秋田へ行くことも久しぶりだけれど(恐らくは学生時代以来)、「こまち」に乗って秋田まで行くのは多分、初めてだ。
大宮駅で酒やつまみ、あれやこれやを買い出しして、8時2分発の「こまち3号」に乗車。これで秋田に着くのは11時25分。新幹線だとは云え、やはり結構時間がかかる、否、呑み甲斐がある。先が長いのでゆったりペースで呑むべきだが、ごく一部の者は「そんなの関係ねえ」とカパカパ呑んでいる。
今回、つまみの中にわざわざ出張先の豊橋で買ってきてくれた「ヤマサのちくわ」があった。全国に様々なちくわがあるが、きっと豊橋のちくわが最も有名で、その中でも「ヤマサ」が一番のブランドだと信じている。プリプリさ加減に特徴があるように思う。今回はもう一つご当地名物があって、云わずと知れた「崎陽軒のシウマイ」。個人的にこのシウマイは、今回のように電車に乗っていて酒の肴に喰う場合が殆どなので、旅気分には欠かせない一品である。
今日は良い天気なので、車窓の山旅もなかなか良い。日光連山、塩原・那須連山に始まり、安達太良、吾妻、蔵王、栗駒、焼石、岩手山に至るまで(何故か左側の車窓ばかりだが)、北関東、東北の名山のズラリ競演が続く。山に関心があるのは小生だけなので暫し、独り悦に入る。
盛岡まで全く速いが、田沢湖線(秋田新幹線)に入ると、途端にのんびり田舎旅の雰囲気。土地勘がないので、車窓から山容を見てもどれが何という山なのかよく分からない。そうなると自然と呑みに走るようになり、急に酔いが回ってきた。まだ今日は半ばだというのに、マズイマズイ。

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大峰奥駈3日目、「小仲坊」がある「前鬼」はまだ俗界ではないので、俗界の出口にある前鬼口バス停まで2時間半の道程を歩かなくてはならない。バスの時間は7時31分だから5時頃には宿を出なくてはならないな、などと話をしていると、それを聞いていた五鬼助さんから「今日は振替休日なのでそのバスは無いですよ」と聞いて吃驚!迂闊!
さらに、あるのは15時22分発なので(1日1本だけ!!)、それまで日帰り温泉でゆっくりしていけばとアドバイスを受ける。が、どうあっても今日中に帰らなくてはならない。さてどうするかとあたふたしていると五鬼助さん、タクシーがあると仰るが、こんな山の中に来るのかと半信半疑。
正確にはタクシーではなく、NPO法人による「過疎地有償運送」というもので、公共交通機関が不十分な地域での足を提供しているとてもありがたい存在。藁にもすがる思いで五鬼助さんに電話をお願いし(電話が繋がるのでやはりここは俗界か)、事なきを得た。
近鉄・大和上市駅までの運賃(ではなく過疎地有償運送事業会員登録料+有償運送利用料)は1台17,000円。うち登録料(5,000円)は年度毎なので、もし来年以降に来る時にはまた登録する必要があるが、それでも5人で割れば3,400円(ちなみにバス代は2,200円)、しかも「小仲坊」まで来てくれるので、一歩も歩かずに済んでかえって楽チンになってしまった。災い転じて福となる。禍福は糾える縄の如し。
大和上市駅に着いたら、阿部野橋行の特急までちょうどいい時間。駅前に土産物屋があったので覗いて見ると、美味そうな地酒があったのでゲット。ついでになんと缶ビールも売っていたので(ここは土産物屋兼KIOSKのようだ)勿論ゲット。特急に乗ったらさっそく、ありがたくプシュッとやった。

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