山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

銭湯・共同浴場

両神山からの帰り道、日向大谷BS午後3時10分発のバスが行ってしまったばかりだったので、次のバスは午後5時20分。流石にそれまで待つ気にはならないのでタクシーを呼ぶが、長躯、西武秩父駅からやってくるとのこと、それまでの時間、結局たっぷり1時間以上「両神山荘」でビールを呑みながらまったりした(山行記録はこちら)。
漸くやってきたタクシーに乗ったら、そのまま秩父の銭湯「クラブ湯」へ直行。乗ったタクシーの運転手に「クラブ湯まで」と云ったら、何故か「知らない」という。えーっ、そんなんで秩父のタクシー運転手が務まるのですか?と思わず云ってしまいそうだったが思い留まり、心の中でひそかに「この運転手はもぐりか~?」と云ってみる。まあ、タクシーで「クラブ湯」に乗り付ける客も少ないだろうけどね。少なくともこのタクシー運転手は、秩父出身ではなさそうである。
既に午後5時を廻っているので、風呂上りの待ち合わせ場所は「大むら本店」だと申し合わせ、男湯の引き戸を開ける。いつのまにかもう、4年ぶりだ。先客は地元の方と思しきご年配が4人、山帰りらしい若者がひとり、いつものようにそれなりに繁盛しているようである。
脱衣所も浴室も見たところ記憶の通り、ちっとも変わっていないのがうれしい。湯の熱さも相変わらずだった。
昨今、西武秩父駅前に「祭の湯」ができて、「クラブ湯」にも少なからず影響があるのでは、と少々心穏やかではなかったが、それは概ね杞憂だったようだ。そもそも客層が違うのだろう。地元客はともかくとして、我々のように山から下りたら先ず風呂、と考える客は意外に少ないようだし、山帰りの客で長年「クラブ湯」を愛用している者は、「祭の湯」が出来たからと云って(我々のように)ぶれることは無いのかも知れない。

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大菩薩連嶺と奥秩父を繋ぐ尾根にある寂峰、倉掛山に登った。その前後は防火帯が延々と続くと知っていたので、さぞかし眺めがいいだろうと想像していたが、当日は生憎どんよりと雲が垂れ込んでいて、遠望は利かず。それでも降られなかっただけましか。晴れたらきっといい眺めだろう、とは感じた。
板橋峠付近には大規模な太陽光発電施設があり、やや興ざめ。昨今、山中を歩いていると思わぬところで太陽光パネルに出くわすことがある。
倉掛山山頂は木々に覆われていて眺めは無く、かつ狭くひっそりとしているので長居する感じではない。防火帯には、延々とワラビが群生していて、ワラビの藪漕ぎ状態となる。その気になって(山登りはそっちのけで)ここへ来れば、ひと儲け出来そうである。白沢峠には、荷台から木が生えている噂のダッジWC54があって、独特の雰囲気を醸している。ここでテント泊するのも良さそうだ。
白沢沿いのやや荒れた径を下って秩父往還に出たら、タクシーを呼んでいつもの宏池荘に向かう。実は菊丸がまだ宏池荘の日帰り温泉風呂(銭湯)に入ったことがないと聞いて吃驚、じゃあ行こうということになったのだった。
小生の知る限り、会としての初入湯はたぶん6年前(記録はこちら)だから(実はそのときには何らかの理由で小生は不参加、それから下ることの4年前が個人的初入湯)、もう皆さん入湯済かと思ったけれど、そうでもなかった。
入口は知らないと判り難い。でも扉を開けるとちゃんと若女将がいて、「いらっしゃいませ」と笑顔を見せてくれる。入ってみると一番風呂だった。

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今回は榛名山の東端にある水沢山を登って、伊香保温泉へ下る山行。水沢山は東西方向から眺めると鋭利な槍の如く聳えて見え、これはこれでひとかどの山だと思う。登り口は門前のうどん屋で有名な水澤観音。
ここへのアプローチは、高崎駅から伊香保温泉へと繋ぐ群馬バスを使うしかないのだが、些かタイミングが悪い。そこで、渋川駅から伊香保行きの関越交通バスに乗り、そこから逆モーションで水澤観音経由で高崎駅へ向かう群馬バスに乗り継ぐプランを立ててみた。
ところがところが、渋川から乗った関越交通バスが(さして交通渋滞があったとは思えないが)遅れてしまったのだ。群馬バスが待っていてくれる筈も無く、乗り継ぎは虚しく失敗、結局タクシーを呼ぶ破目になり高くついた。
折角なので、水澤観音をお参り。土産物屋のおかあさん達から「お茶を飲んでいって」と誘われるが、ここで油を売る訳にはいかない。既に雨なので、歩き出しからレインウェアを完全装備。もう梅雨入りしているので朝から雨も覚悟の上だが、水沢山山頂からの眺めが無いのはやや残念。
山頂までの山径は、ちょうどコアジサイが花盛りだ。それにしても、登る我々と行き違うハイカーが、こんな天気でも意外に多い。皆さん、地元の方ばかりのようで、我々のリュックサックの大きさに驚いてみせたり、わざわざ東京からようこそ、と云って呉れたりで、他の山とはちょっと趣きが違って賑やかだ。
眺望ゼロの山頂には長居をせずに、そのまま東側へさっさと下山。こちらもコアジサイロード。降り立った場所は伊香保神社。つまり石段街のてっぺん。ここから下りていく途中にある、「石段の湯」という共同浴場に入って温まることにした。ここも伊香保温泉らしく、赤茶色に濁った湯だった。
中に休憩室はあるが、残念ながらビールが無い。そこで、石段を挟んで目の前にあった「石段たまこんにゃく」で缶ビールを購入。店の中で呑むには、食事を頼まなくてはならない、と女将が仰るので、石段脇のベンチに座りながらグビっとやる。石段を行き交う観光客を眺めながら呑むのも乙だ。

46 伊香保神社に到着。

47 観光客で賑わっている。

48 伊香保名物。

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個人的に長年の懸案だった小太郎山登頂を目出度く果たしたあとは、広河原13時発のバスに乗り、甲府に14時50分到着。腹も空いたが、先ずは風呂だ。甲府には何故か温泉の銭湯が多い。而して、直ちにタクシーに乗り換え、未だ入ったことが無い銭湯の中で最寄の「都温泉」を目指すことにした。実はここは土曜日が定休日、(いつも土曜日に計画する)日帰りの山行でここに寄ることはできないので、泊まりの山行の時に行ってみようと、以前から狙っていた。
ところが、タクシーの運転手に行先を告げても「み~や~こ~お~ん~せ~ん??」と首を捻るばかり。住所を教えても「そんなのあったかな~」と云うので、小生がナビすることにした。行ってみると、道から奥まっていて、しかも看板がない(正確には、葦簀の陰になって見えない)。これじゃあ、判らなくっても仕方がないかも知れないが、噂も聞いていないのだろうか。少なくとも、タクシーで乗り付ける客は少ないようだ。
都温泉の敷地に入ると、ズボンに半袖下着姿のおやじがいて、煙草を吸っている。どうやらここの主人らしい。顔は強面だが、話し始めると人懐っこくて、歯が殆ど無いので愛嬌もある。飄々としていて、ぜんぜん商売っ気がない感じもする。
建物は簡素な感じで、確かに看板が無かったら銭湯には見えない。中に入ると昔風に番台がある。おやじに、石鹸も買いたいというと、「これを使って」と使い掛けの石鹸を渡される。先客はお一人だけ。後からぱらぱらとやってきたが、ほぼ地元民のようである。湯は熱く(43度ぐらいか)、30秒ほど浸かっただけでも汗が止まらない。
扇風機に当たっていると、また話好きおやじが番台から降りてきて、一頻りおしゃべり。帰るときに、「年賀状を出したいから住所を教えて」と仰る。銭湯から年賀状を貰ったことは無かったので何となく楽しみ。年賀状が来たら、また行ってみようかと思いそうだ。

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野外すき焼きパーティーでのんびり・まったりした後、住宅街を縫う坂を下って京急田浦駅へ。その後、暫し京急に乗って黄金町駅下車。大岡川に沿って東へ歩くと、Woodyさんの家はすぐ。さらにちょっとだけ南へ向かえばもう伊勢佐木町。Woodyさん宅から伊勢佐木町はほんとに近い。何かと誘惑が多いだろうとお察しします。
今回、Woodyさんに連れられて伊勢佐木町にやってきたのは、ここにある銭湯「利世館」に浸かるため。ググってみると、この界隈には意外に銭湯が多く、以前、入ったことがある「恵びす温泉」も含めすぐ10軒ぐらい見つかる。住民向けというよりも、仕事前あるいは仕事帰りに寄る人が多いような気がする。
伊勢佐木町通りは普通に繁華街だが、すぐ裏道の曙町通りには風俗店が建ち並ぶ怪しげな通り。利世館はその間に挟まれた場所にあった。風俗店の従業員に愛されている銭湯かも知れない。伊勢佐木町と聞けば、つい青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」(1968年)を連想してしまうのは、さすがにちょっと古すぎるか。
何れにしても伊勢佐木町に銭湯があるとは知らなかった。石川町の「恵びす温泉」と同様、ビルの中にあるのでパッと見は銭湯っぽくない。調べてみるとここは1936年2月26日 創業とのこと、現在の場所になったのは1983年3月11日からと云う。ビル化したのはその時らしい。
フロントで470円を支払って男湯へ。入って見ると、浴槽が2つあり、一つは明らかに黒っぽい。あとで成分表が貼られているのに気がつき、あれが天然温泉だったと判る。海辺に近い温泉らしく、黒湯だった。繁華街で温泉とは、なんとなく得した気分だ。

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高ボッチ山に登った2日目は、せっかく塩尻まで来たので、そのついでに霧訪山に登るつもりだったが、結局いつものように観光100%。常に計画は易き方向に流れる。分水嶺でもある善知鳥峠で、謡曲「善知鳥峠」の世界に思いを馳せてみたあとは、下諏訪へ移動し諏訪大社下社秋宮に参拝することになった。
でもその前に、禊を兼ねて(?)下諏訪温泉に浸かることにした。町内には立ち寄り湯ができる施設はいくつかあるが、何処も湯温が高いのが下諏訪温泉の特徴のようである。ここ菅野温泉も、源泉の温度は58.5℃もあるらしいが、水でうめることなく適温に調整しているらしい。源泉は2つあるとのことで、なんと贅沢な共同浴場だろうか。
入口が判り難くく、間違って反対側から入った。アーケード街のようになっているが、この共同浴場だけのための設えのようだ。入口の扉が男女別になっていたが、番台の手前で一緒になっていたのはご愛嬌。券売機に230円を入れ、番台には誰もいなかったので、とりあえずそのまま男風呂へ。
さっそく入ってみると、ここが「下諏訪温泉の中では入り易い方」との事前情報が、俄かに信じられない。たぶん、44~45℃ぐらいはあったはず。こんなに熱い湯に浸かったのは、那須湯本の「鹿の湯」以来だろうか。明らかに小生の限界を超えているので、なんとか凡そ30秒浸かっただけで出た。
番台にいたおばちゃんに券を渡して外に出る。あとでアヒルちゃんに聞いた話では、小生があまりに早く上がったので、なにか気分を害したのではないかとおばちゃんが気を揉んだそうな。まったくそのような訳ではないが、もしかすると様々な風呂でそのような疑念を感じさせてきたのかも知れぬ。湯当たりしない範囲で、もうちょっとゆっくり入ることも覚えなくてはならないか、と思い始めてみたところである。

「菅野温泉」にて

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忘年会2日目は、いつも通りであれば観光100%、ということになるが、今回はもうひと山稼ごうと、子檀嶺岳へ登ることになった。この山も、独鈷山と並んで塩田平を囲む山々の中では、何処から望んでもそれと判る特徴的な山容である。やはり火山岩頸の一つなのだろうか。
見た目同様、地図で確認した限り、どちらから登っても頂上直下が急傾斜な割りに、山頂が思った以上に広い(というか長い)プチ・テーブルマウンテンとなっている。山頂からは、遮るものが無い、申し分ない眺望が得られるが、生憎、天候がいまいちで、麓ぐらいしか見えなかった(山頂からの眺めはこちら。山行記録はこちら)。
直ぐ隣の夫神山が、微かに視認出来たに過ぎないが、気分はいい眺め。そこそこ満足できたので、あとは一気に下るだけ。頂上直下だけ気を付ければ次第になだらかになり、いつのまにか登山口。林道を無心に進んで、バス道路に出たら、もう「くつろぎの湯」は目の前である。
建物は、如何にも自治体の手による建物らしく、味も素っ気も無い。調べてみれば、やはり青木村が建てた施設、運営は青木村社会福祉協議会に委託しているとのこと。やってくる客も、殆どが地元の高齢者という感じで、ここは少なくとも観光施設ではなく100%福祉施設感満載。
受付で300円を支払ったら男湯へ。先客はご高齢の地元民がお二人だけ。風呂は明るくて広いので気持ちがいい。さっぱりしたあと、食事処が無いことは判っていたが、飲物の自動販売機にあるのは清涼飲料水のみ。残念ながらビールは無い。やってくるのが地元の高齢者だけであれば、アルコールは不要ということだろう。
でも青木村のHPを眺める限り、ここ「くつろぎの湯」は福祉施設ではなく観光施設としての扱い。であれば村外から観光客を呼ぶためには、お食事処ぐらいあっても良いような気がするし、(いち観光客として云わせてもらえれば)せめてビールの自動販売機は欲しい。今後の善処に期待したい。

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「橋本屋食堂」でいっぷくしたら、せっかく「信州の鎌倉」と称される別所温泉に来たのだ、宿に帰るまで何処か観光しようか、ということになった。今回の参加者のなかには「別所温泉は初めて」という人だっている。もう何度も観光した(2年前にも来た)小生だけはその間、その辺りの店でちびちび般若湯でも呑もうかと一瞬、妄想してみたものの、考えてみればそんな店がこの時間で開いている筈もなし。ということで直ぐに諦め、やっぱり皆の後ろに付いて行くことにした。
先ずは定番の常楽寺。曹洞宗の禅寺である。ここまで来たら、国宝たる「八角三重塔」を拝まない訳にはいかないが、かなり高いところにある。ちょこっとだけビールが入っているため、階段を登るのはなかなかしんどい。何故アルコールは、かくも足の筋肉を弛緩させるのだろう、と恨み節も出る。
「八角三重塔」の国宝としての価値は、安楽寺のHPに詳しいのでここでは触れないが、素人目には悲しいかな、何度見ても(たぶん4回目)四重の塔に見えてしまう。しかし、屋根を支える扇垂木と斗棋の造形美が、この塔独特の美しさを表していると感じるのは小生だけだろうか。そのうちに、ぞろぞろと外国人観光客(恐らくは中国系)が上がってきたところで、我々は入れ替わりで引き上げる。
次は北向観音。安楽寺と同様、前回やってきた時は幕の内だったせいか、参道の人出も開いている店もそれなりに多かったが、今日はかなり閑散としているし、初詣に合わせた飾り付けも未だの様子で、やや物悲しさも漂っている。
北向観音参拝の後、せっかく信州最古の湯である別所温泉に来たし身体も冷え切っていたので、何処か共同浴場に浸かろうということになり、手近な「大師湯」に入った。番台で150円を支払い男湯へ。先客は数名で、湯船はほぼ定員一杯状態。ここは石鹸が使えないので、只、浸かるだけ。湯温は小生には少々熱いが、我慢して入ると冷えた身体が融けるようだった。

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「桐生簗」で鮎を堪能した後は、当初の予定通りに、風呂だ。桐生は古い街の証しとして、銭湯が5つもある。今回はそのうちの一つ、「三吉湯」に寄ってみることにして、呼んだタクシーに乗り込む。道中、広場ではノミの市のようなイベントをやっていた。
タクシーを降りると、「三吉湯」はノスタルジックな木造の洋館だった。我々も銭湯にはだいぶうるさくなってきたが、この手の銭湯は見たことがない。看板の文字が右から書かれているので、戦前の建物なのだろう。道の反対側は屋根がノコギリ式になっている木造の建物。おそらくこれは織物工場だったのだろう。現役だろうか。なんだかタイムスリップしたような場所である。わくわくして暖簾を潜る。
中は意外に現代風。なぜかテーブルがいくつかあるが、よく見ればここは食堂。「桐巨樹」という名前の食堂。つまり、銭湯に食堂がついている。さらに奥に、ちゃんと男湯、女湯の暖簾が下がった扉がある。番台は無いので、食堂のカウンターにいたおばちゃんに400円を支払って(石鹸も買って)男湯へ。
脱衣所はあまり広くない。結構、先客がいて、もう出てくる人もいる。風呂場には数人がいる。ほぼ全員、年金生活者と思われる。湯船の奥には典型的な富士山絵。なんだか新しい(あとで調べてみると、知る人ぞ知る銭湯絵師の中島盛夫氏が、つい4ヶ月前に公開制作したばかりだったようだ)。さっぱり汗を洗い流したら、なにげに湯船に足を突っ込むと、「あちっ!」とうっかり声が出そうになった。猛烈に熱い。とても身体を沈める勇気が起きず、足を突っ込んだだけで諦めた。おじいちゃん達は、顔色も変えず浸かっている。どうなっているのだろう。
さっさと上がり、食堂に戻る。カウンター内のおばちゃんに生ビールを頼む。ついで、料理も頼もうとしたら、おばちゃん曰く、あたしは留守番なのでビールしか出せないの、今日はイベントがあって、息子たちは露店をやっているので未だ帰ってこないの等々、説明を受けた。うー残念!

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ビールですっかりいい気持ちになった後、広河原山荘からふらふらとバス停へ向かうと、「野呂川広河原インフォメーションセンター」(こんな立派な建物、前回に来たときは無かった)の前で数人のおじさん集団に出くわす。明らかに登山者ではなく、何れも乗り合いタクシーの運転手のようである。
バスはさっき出たばっかり、次は2時間後だよと云われるので、うぇ、じゃあタクシーしかないじゃん、と呟き、甲府までいくら?と問えば、間髪を入れず「ひとり2,800円」との答えが返ってくる。バスでも2,050円かかるから、2時間弱待つくらいだったらまあよかろうと即断即決、契約成立。但し、甲府駅でなく何処か銭湯まで連れて行ってもらうこととした。
そのタクシー運転手がお勧めだったのが「喜久乃湯」だった。銭湯だが、お湯は温泉である。甲府には何故か、温泉銭湯が4軒もある。太宰治が近所に住んでいたことがあり(といっても、甲府で大人しくしていたのは数ヶ月だったようだ)、ここの銭湯に通っていたそうな。太宰は、我々の行く先々で待ち構えるように足跡を残している。
外観は鉄筋コンクリート造り風のやや味気ない姿。創業は昭和元年(1926年)とのことなので、建て替えているようだ。中へ入れば、いつもの銭湯らしい昭和レトロな雰囲気。番台で400円を支払って(石鹸も買って)、脱衣所へ。先客はいかにも常連さんが数人。
ここの湯船は銭湯らしからぬ形。風呂場のど真ん中にひょうたん型に切ってある。数人入っても全然問題ない大きさである。こちらはちょうどいい湯加減。奥にあった湯船は源泉のまま、27℃とのこと。ちょっとだけ浸かってすぐ出た。

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すっかり桃源郷(=桃の花)を堪能し「ももの里温泉」に浸かった後は、バスで甲府に出て、偶には駅前の店で一杯やりたいと思っていたのだが、思いの外、時間が押したので(というか、そもそも山での所要コースタイムの目算を見誤ったので)、そんなに時間の余裕はなくなった。とはいえ、帰りの電車にはまだ早過ぎる。どうするか。
とりあえず甲府は止めにして、石和温泉に出るとすれば、時間を潰す場所は自ずと限られてくる。この時間に入れる店として思い付くのは、駅前のイオン内にある「中華料理・大唐」か、駅ナカの観光案内所の一角にある「ワイン立呑みコーナー」か、蕎麦屋「し奈乃」か、大衆食堂付き天然温泉銭湯の「石和温泉」ぐらいか。そう考えると、ちょい呑みに最も相応しいのは「石和温泉」かなということになる。
もう「ももの里温泉」でひと風呂浴びているので、入浴は不要。風呂にも入らずに「石和温泉」に入るのは少々気が引ける感じもするがまあ良かろう。決まったところでタクシーを呼び、石和温泉に乗り付ける。
「石和温泉」はほぼ一年ぶり(前回はこちら)。当然かもしれないが、食堂で一杯やっている客はまだおらず、風呂に入っている先客も一人だけのようだ。その後、ぽつぽつと客はやってくるが、皆、食堂は見向きもせずに風呂へ向かう。
我々は、すでにビールはいらないので、日本酒を注文。ここには「七賢」(一合400円)がある。料理は蕨の卵とじ(350円)とモツ煮込み(???円)を注文。蕨の卵とじなんて、この季節限定だろうが、それにしても珍しい。これだけで田舎の大衆食堂に来たと実感する。小一時間ほど居て、電車待ちには丁度良い。
今回は風呂には入らずに、呑みだけにしたが、こんな使い方も出来るこの店は、偶に石和温泉駅にやってくる我々にはとても便利な公衆浴場兼大衆食堂だ。また、そのうち来るに違いない。

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「藤野アルプス&日連アルプス」に登ったあとのこと。がっつり登って、下りて店に入ったら完全リラックス、といきたいところだったが、結局、「カフェ・Shu」からJR藤野駅まで約2kmを、アルコールで重くなった足を引き摺りながらみっちり30分、歩くこととなった。これじゃあ、また「カフェ・Shu」に寄ろうというモチベーションがやや下がる。もうちょっと駅に近くないと、日連アルプス限定の店ということになってしまうだろう。
それはともかく、今回、山中を歩いている途中でカメラのレンズフードを落としてしまったらしい。「らしい」というのは、何処で落としたのか全く気が付かなかったせい。この日以降、「藤野アルプス&日連アルプス」の何処かでもし拾った人がいたとしても、まるで役に立たないシロモノだと思う。DSC-RX1Rを持っている人が、偶々拾うという確率はほぼ皆無。
同じような話で、山径でハンカチや手袋が落ちているのをよく見掛けるが(そもそも拾って交番に届けるなんてことはしないし)、ネコババしようと思っても洗濯して自分で使う気なんて起こる筈もない。従ってこれらは、持主にとっては大切なモノであっても、我々には単なるゴミ。持ち主の手を離れた瞬間からゴミになるのは何となく勿体ない話だ。せいぜい、ストックの先端のゴムだったら、拾って有り難いと思うが(勿論、拾うよりも落とす方が圧倒的に多い。Woodyさんは接着剤で固定しているそうだ)。
この間、「ぶなの湯」から戻る道で手袋が落ちているのを見つけ、「勿体ないなー」と思ったら、菊丸が「それ、あたしの!」と云った。往路と同じ径を復路でも辿ると、偶にはそんなラッキーなこともある。
藤野駅に着いたら、八王子駅まで移動し、「稲荷湯」へ。今日は1階が男湯だった。まだ5時前なのに、かなり賑わっていた。早々と一日の汗を流す者と、さっぱりしてこれから仕事だという者が交差したようだった。

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鑁阿寺に参詣し、大日茶屋で足利シュウマイを喰いながらビールをぐびっとやっても、まだ「花の湯」始業時間まで間があったので、今度は足利学校へ。ここでの教育は儒学が基本であったことから、孔子廟も祀られている。創建年代は諸説あって定かではないが(ここでの展示では、平安時代前期の小野篁が創建者だとしている)、少なくとも12世紀の鎌倉時代ぐらいまでは遡れそうで、900年以上の歴史を持つ、世界でも屈指の歴史ある学校であるのは間違いない。
庭の一角に、顔回の74代目子孫、顔振鴻氏が手植したというクスノキがあった。酒見賢一の「陋巷に在り」を読んだことがあったので、孔子の随一の弟子にして、この小説の主人公「顔回」には親しみがあった。勿論、顔回は紀元前の人(紀元前481年没)。その顔回の子孫が、足利学校にやって来て植樹したと聞くと、遥か2,500年前の人物像が蘇ってくる気がして、密かに感動すら覚える。それに、自分の祖先を74代遡れるなんて、流石、中国だ。日本じゃ天皇家だってそこまで辿れるかどうか・・・。閑話休題。
足利学校で歴史に触れたあと、そろそろ「花の湯」が開く時間。同じ道を戻ると、10分ほどで到着。館内のレトロ感は秩父の「クラブ湯」や「たから湯」といい勝負だが、外観は「花の湯」の方が遥かに立派だ。番台で女将に350円を支払、さらに「石鹸も下さい」というと、女将さんが使い掛けの石鹸をそっと出す。持参することも買うことも不要なのだ(勿論、新品を買うこともできる)。こういうざっくばらんな感じがいい。
ふと見ると「花乃湯セット1,000円」とのポスターが貼ってある。三軒となりにある「美川巴町店」という居酒屋とのコラボで、入浴料とビール大瓶、焼鳥5本、小鉢がセットになっているらしい。なかなかのアイデアだし随分お得感があるが、「美川巴町店」の開店が午後5時半とのことで、残念ながらそこまでは待てない。
すでに風呂場には、常連と思しき先客が数人入っていた。湯船の湯はしびれるほど熱いが、常連は澄まして入っている。新参者は、うめることはできない。小生も何とか澄まし顔で入り、30秒ほど我慢して浸かって出た。

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一時帰国中の2回目の土曜日。今日は偶々、「かつぬまぶどうまつり」の当日。丁度、今回の一時帰国にマッチしたワイン祭りが見つかったので、そのついでに山へ登ることにした。毎度、この手の山を探すのは少々苦労する。できれば、昼食は山から下りて食べるぐらい、お手軽な山が良いのだが、なかなかそんな簡単な山は無い。塩山駅の直ぐ北にある塩ノ山だったら目的に適うが、余りにも安直過ぎる。
あれこれ悩んだ結果、塩山駅の北側にある扇山、別名恵林寺山へ登ることにした。ガイドブックなどはないし、ヤマレコでも記録が無いが、なんとかなるだろう。塩山駅から玉宮地区にある高森院というお寺の先までタクシーに乗り、そこから舗装された仕事道を辿る。今日は久しぶりに兄とふたり登山。一昨年のトムラウシ以来か。
かなりの高さまで、葡萄畑が延々と広がっている。舗装道の行き止まりには軽トラが止まっていて、その先に草刈作業中の地元の方がいた。その方は、この道をやってくる登山客を見たのは久しぶりだ、と嬉しそうに仰る。逆に我々としては、やはりここを辿って登る人もいるのだ、と得心。でも、この先を登って辿り着く、峠の名前が何かを聞き逃した。地元の、しかも長老のような方だったので、きっと知っていたはず、残念。
草刈の直ぐ先に、フェンスと扉。扉を潜ると植林帯。右側の小尾根に上がるのも一策だろうが、ついさっきまでの雨で足元が緩そう。谷筋を忠実に辿ることにする。一頻り登ると峠に到着、で一服。ここから尾根筋を南下するが、先ず1,004m峰まで、急勾配の防火帯を直登すれば、あとは扇山まで概ねなだらか。扇山山頂は眺めは全く無い。あとは下るだけだが、最も下りが短い尾根を行けば、結局、タクシーを降りた場所まで戻ることになった。またタクシーを呼んでもよかったが、まだ昼前、そのまま塩山温泉まで歩いてしまった。
ここにはいくつかお湯に入れる宿があるが、先ず廣友館に入り、呼んではみたが誰も出てこなかったので、スルー。井筒屋旅館は玄関が閉まっていてカーテンが掛かっていた。とうとう廃業したのか。結局、いつもの宏池荘の銭湯部へ、2年ぶりにやってきた。テレビを見ていた大将に訪いを入れ、400円を支払って男湯へ。いつも思うが、ここは入口はしょぼいが、風呂は立派。時間が早いせいか、我々の貸切状態。泉質のせいで床はつるつる、滑り易いので注意が必要。湯温はかなり高めの43℃。さっと入ってさっと出た。おかげで、さっぱりした。さて、何処かでビールを呑まねば・・・

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「おお西」で発芽蕎麦を堪能した後は、再び温泉街に戻る。途中、「日野出食堂」なる渋めの食堂があり、結構、客が入っているようだった。今日は残念だけど、次の機会には覗いてみるか。
温泉街を抜け、北向観音に詣でる。ここも午前中に拝観した常楽寺の一部。本堂の方は、ひっそりとしていたが、こちらはまだ松の内らしく、正月飾りで華やかだ。ここに来たのはこれで3回目だが、門前の店が殆ど開いているのは、初めて見た。
いちおう主だった寺は訪問したので、もう上田に戻っても良いが、折角、別所温泉まで来たので、温泉に入らなくてはなるまい。北向観音の直ぐ傍にある「大師湯」に入ってみることにした。
そもそも別所温泉は信州最古の温泉と云われていて、共同浴場も4つある。なかでも「大師湯」は、比叡山延暦寺の座主にもなった円仁(平泉の中尊寺や、山形の山寺・立石寺等の開祖としても有名。諡号は慈覚大師)が、825年に北向観音堂建立のため当地を訪れ、入浴したため名付けられた湯とのこと。もう1,200年近い歴史がある、とても由緒ある湯屋である。
「大師湯」の建物もなかなか趣きがあって、いかにも湯治場の共同浴場という感じだ。入口から男湯、女湯が別れていて、真ん中の番台のような受付で150円を支払って脱衣所へ。風呂場はかなりこじんまりとしてる。先客は3人だけだった(うち、1人はちっちゃい女の子)が、湯船は5、6人ぐらいがいいところだろう。源泉は51.3℃で、Ph8.6と弱アルカリ。無色無臭で柔らかい肌触りだ。
わずか150円でぽかぽか、いい気持ちになれるのは有り難い。空はどんよりとしていて今にも泣き出しそうな感じだが、ぽかぽか気分で駅に向かった。 

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毎度、秩父に来て銭湯に入る場合は、御花畑駅に近い「クラブ湯」ばかり入っていたが、今日は秩父にもう一つある「たから湯」に入ってみようと算段。行ってみたかった蕎麦屋が、「たから湯」から行った方が都合が良かったのがその理由。白久駅から秩父鉄道に乗って、御花畑駅を素通りして秩父駅まで行ったのは、初めてのような気がする。
秩父駅から「たから湯」までは歩いて5分ほど。途中、映画館の建物の中に、「イタリアンダイニング&カフェ トラゲット」なる店があり(ネット情報では中休み無し)、開いているようだったので、風呂上がりの待ち合わせはここにしようと申し合わせ。ちょっと先に「ねこあそび!」なる猫カフェがあったのだが、ワンドリンク付き1,000円はやや高い感じだし、猫と遊んでいる時間も無いのでやめた。
「たから湯」へ行ってみると、外観は「クラブ湯」に負けず劣らず超レトロ。中も、入口から脱衣所、風呂場が直線的に並んでいるのは、全く昔風で、これも「クラブ湯」とよく似ている。何故か衣類篭も、「クラブ湯」と全く同じものを使っている。番台には、大女将と思しきおばあちゃんがちんまり座っていた。客はほぼ、地元のご長老達のようである。風呂場の背景画は、駿河湾から望む富士山である(女湯は何でしょうか?)。湯は少々熱いが、耐えられない程ではない。
秩父に、このようなレトロ銭湯が二つも残っているのは、或る意味、奇跡のようだが、秩父の街自体、レトロな建物が結構あるので、このレトロ感は街にすっかり溶け込んでおり、あまり目立つことはない。
とあるHPを覗いてみると、埼玉県には2016年8月現在でいわゆる銭湯(除、スーパー銭湯及び日帰り温泉)は56軒あるそうだが、昔からの風情をそのまま保っている銭湯は、そう多くは無いはずだ。そういう意味では、この建物やボイラーの耐用年数が限界に達したとき、あるいは番台にいるおばあちゃんの身体が動かなくなったときが、このような銭湯の大きな節目になるのだろう。

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山から下りて、上野原の「一福食堂」でランチ(≒打ち上げその1)を取ったあとは、汗を流すところへ移動。本日は八王子在住のアニーと殿にも参加いただいているので、やっぱり八王子が良かろうと、しばし希望やアイデアが出され、結論は南口の「稲荷湯」へ。そうすれば、蕎麦屋の「まかど」にも近いので、一石二鳥の考えである。
昨年の沢歩きの帰りに、八王子まつり当日にやって来て以来の「稲荷湯」である(前回はこちら)。駅から歩いても数分の距離なのでアクセス的にはとても便利。それに、ここでは缶ビールも呑める。
銭湯でビールが呑めるのは、今のところ知る限り4湯。一番居心地が良いのは、何と云っても「石和温泉」だ(そもそも、休憩所が居酒屋になっているので、少々反則気味だが・・・)。ここ「稲荷湯」も悪くは無いが、小さな休憩スペースにある、一組しかないソファーを、確保できるかどうかが全てである。立川「梅の湯」はスペース的には問題ないが、漫画本に没頭する若者達に囲まれながら、のんびりビールを呑む気になれるかどうかが鍵。横浜・石川町の「恵びす温泉」は、脱衣所にビール自販機がある関係上、オヤジ達の裸を眺めながらビールを呑むことができるかどうかが大きな問題である。話が逸れた。
前回は2階が男湯だったが、今日は1階が男湯だ(奇数日には、1階が男湯ということらしい)。脱衣所がやや狭いせいで、リュックサックはフロントで預かってもらうことになる。従って、着替えだけを持参して男湯へ。入ってみると、風呂場の雰囲気は和風。2階は南欧風(?)だったので、だいぶ趣きが異なる。どちらかと云えば1階の方が落ち着く感じ。
さっと洗ってさっと浸かって出て来てしまったが、訊けば奥に露天風呂があったそうである。惜しいことをした。マンションの1階にある関係上、空をどの程度眺められるのかは推して知るべしであるが、是非、次回確かめてみたいと思う。それはともかく、やっぱり湯上り缶ビールだ。券売機で購入してフロントで受け取る。缶ビールと一緒に、柿ピーが入った小さなパッケージを呉れるところが泣かせる。テレビの前のソファーは空いていたので、有り難く座らせていただく。また今日も、皆が湯から上がってくるまでの、ひとときをまったりできた。

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午後3時丁度に「梅の湯」を目指すつもりだったが、なんとなく「大衆割烹武蔵野」の居心地が良かったのか、少々遅れての入店(といっても、これまでで最も早い)。靴箱を見れば、もう既に結構、客が入っているのに気付く。午後3時開店時には、入口で待っている客だっていそうだ。いつものように券売機で入浴券を購入し、フロントで店の人(今日は若旦那じゃなかった)へ渡したら風呂場へ。今日は2階が男湯の週だった。
洗い場に行くと、カランが壊れているのに気が付く。それも一つではない。普通に扱えばそんな簡単に壊れるようなシロモノとは思えないが、扱いが粗雑なのだろうか、とか思ってしまう。こんなことで日本の将来を憂うつもりはないが。
2階の露天風呂は、真上の空しか見えないものの、それだけでも内湯よりは随分と気持ちが良い。やはり風呂には開放感が必要である。さっぱりしたら1階の休憩室に戻り、Woodyさんとなおちゃんを待つ。自動券売機の生ビール400円のボタンが少々目に入ったが、さっき呑んだばかりだし、今日は自重することにした。
ここ「梅の湯」は「東京一高齢者が少ない銭湯」なんだそうである。ってことはたぶん日本一。それが本当かどうかはともかく、若者が多いのは確かだ。小生より年配の方は間違いなく少ない。その理由は、漫画本がタダで読めることと無関係ではない。その数、一万冊とのこと。自らを「スーパーマニアック銭湯」と称するだけのことはある。
一方、年配の方が少ないためか、ここには会話と云うものが存在しない。フロントにいる店の人も基本的に無口である。ここが、浮世風呂ではないにしろ、昔ながらの銭湯や郊外の日帰り温泉のような、お年寄りのサロンの場ではないせいだろう。休憩室にいる者は、たまにビールを呑んでいるごく一部(含、前回の小生)を除き、皆、漫画本に没頭している。もし酒を呑んで管を巻いていたりすると、漫画本を熟読中の若者に睨まれそうな気がする。ふと考えれば、普通の銭湯には無い、不思議な光景がここにはある。

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貉山(むじなやま)直下へやってきたタクシーの運転手に、行先は「石和温泉」と告げると、明らかに怪訝な顔。運転手曰く、「普通のお客さんは、「なごみの湯」とか「みさかの湯」とか云いますけどねぇ」と。運転手には、我々が変わり者と思われたようである。実は、そのどちらも入ったことが無いので、反論のしようも無い。
ともあれ、「石和温泉」に到着後、近くの「モンデワイン」で暫し時間調整した後、戻ってみると丁度、開いたところだった。地元のおかあさんと同じタイミングになったが、「お先にどうぞ、どうぞ」とおかあさんに云われ、市外からやってきた我々に「一番風呂」の栄誉を授けてもらう。
レジで400円払ったら早速、風呂場へ。カランから湯が出るまでは時間が掛かるが、一番風呂の栄誉を得るための僅かな代償に過ぎない。ゆったり湯船に浸かり、見上げれば富士山の絵。当たり前の光景のようだが、山梨の銭湯で富士山の絵があるのはここだけ、と聞いたことがある。山梨県こそ、富士山の絵が相応しいと思ってしまうが、山梨県民にとっては、当たり前すぎてつまらないのかも知れない。
ちなみにこの絵は、山中湖から眺めた富士山だと思われる。昨年から今年にかけて、富士山の周りの山をぐるっと巡ったので、見る角度によって富士山の形が微妙に異なることが判ってしまった。自慢じゃないけど(ちょっとだけ自慢になるかも知れないけど)、ほぼ間違いないと思う。
風呂上がりは食堂で生ビールだ。この、風呂場から10歩でビールを呑めるのが良い。つまみには、菜の花おひたし、しまあじ刺身、冷奴、焼き茄子、豚肉生姜焼きを注文。しまあじ刺身が今日のおすすめ、と張り紙がしてあったが、我々の注文の後はもう「今日のおすすめ」が別の料理に変わった。一番風呂だと、一品限定にもありつける訳だ。
我々がテーブルに着く前、店の人に、予約が入っているので6人掛けのテーブルは空けて下さい、と云われる。失礼だけど、この店(銭湯)に予約する客なんているんだ~、と感心してしまう。訊けば毎年、千葉の方からやってくるお客だそうで、ここの風呂とほうとう鍋を楽しみにしているそうな。ほうとう鍋なんて、メニューに無いが、そのお客さんに、どうしても食べたい、と毎度頼まれるらしい。そう云われるとがぜん、興味が湧いてくるが、とりあえずこの次は「なごみの湯」か「みさかの湯」に行ってみることにしよう。

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北鎌倉から洋光台まで、思いもよらぬロングコースで、(途中でビールを呑んだりする自分のせいなのに)やや扱かれた感が漂い、よたよたと石川町駅で下車。元町のお洒落な街並みは横目で見て、「恵びす温泉」に入る。パッと見、銭湯らしくない。ビルの2階がフロントと浴室になっている。ネーミングは「温泉」となっているが、実際は違うようだ。
ここにはラジウム原石を使ったラドン浴があるとのこと。難しく云えばラジウム-226がα崩壊してラドン-222ができる訳だが、いったいどれほどの放射性物質がこの原石に含まれているのだろう。この手の宣伝文句は、激しく眉唾である。人体に有益な影響(ホルミシス効果)が現れるほど含まれるのであれば、放射性物質の取り扱いはシロウトでは無理なような気がする。もっとも、ホルミシス効果はそれ自体、まだ仮説である。「放射能」という言葉には過敏なのに、ラジウム浴やラドン浴を有難がっているのは、いったい誰が世間を扇情した結果なのだろうか、気になる。閑話休題。
ラドン浴はともかく、ここにはサウナ以外に、超音波風呂、気泡風呂、電気風呂、座風呂、歩行浴、薬湯、ミスト風呂、水風呂と、実に多彩な風呂がある。風呂好きで、長風呂してものぼせない人であれば、かなり楽しめるのではなかろうか。簡単にのぼせてしまう小生は、ざぶっと気泡風呂へ入っただけでもう十分。
脱衣所には飲み物の自動販売機があり、なんとその中に缶ビールも並んでいた。心の中で喝采しそうになったが、他の銭湯と同様、やや騒然とした雰囲気の脱衣所なので、ちょっと呑み難い。何人か呑んでいる人がいればその気にもなるかも知れないが、そんな感じは無い。やっぱり自重した。
ビールでの時間調整を諦めたため、フロントの近くでみんなが出て来るのを待つ。その間、様々な客が出て行き、また新しい客がやってくるのを何の気なしに眺める。意外だが、カップル(夫婦又は恋人同士)で銭湯へやってくる二人連れが多い。しかも皆さん、サウナも利用できるようエキストラチャージも払っている。 
ここにじっとしていると、この二人はこれまでどういう人生を送って来ていて、今日はこれまでどう過ごして、これから何処へ行くのだろうかなどと、どうでもいい妄想をすることになる。

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