コロナ禍のせいで今シーズンは殆どスノーシューを履いていなかったので、これが最後のチャンスだろうと勇んで鹿沢温泉へやってきた。本来は吾妻線の万座鹿沢口駅からアプローチするのが常套。しかし今回は、時間を金で買って、しなの鉄道の滋野駅からタクシーを飛ばすことにした。どんよりとした空模様だった。
個人的に今回の宿「紅葉館」は2回目なのだが、その時に泊まったはずの旧館の向かいにモダンな木造新館が出来ていた。かつて西堀栄三郎たちが天下国家を論じていた(?)頃の鄙びた感は失われたものの、また新たな世界の「紅葉館」が生まれていたと知る。
荷物を置かせてほしいと頼むと、部屋に案内された。もう泊まる部屋に入れるということだ。余計な荷物をリュックサックから取り出し、雪用のウェアに着替え、スノーシューとストックを持って出発。所々、雪が融けてしまったところもあるが、標高1,600mを過ぎると一面の雪。やや緩んでいるので、キックステップで登れるような状態ではない。1,660m付近でスノーシューを履き、夏道を離れて角間山を直登するコースをとる。笹藪を避けながら登り、山頂直下の急登をクリアすればもう山頂だった。暫くするうちに青空が見え始め、湯ノ丸山や篭ノ登山、水ノ登山などが見えてきた。
思いの外早く山頂に着いてしまったので、復路は角間峠を経由してゆっくりと下った。それでも宿に戻ったのは午後2時前。さっそく風呂へ。ここの浴室は超レトロ、昔のままだった。誰もいない湯船にゆったり浸かる。湯上りは部屋に戻って、ビールを呑みながらつまみを突く。
陽が暮れてくると夕食の時間。食堂へ行くと、我々以外にもう一組だけだった。吹き抜けになっていて解放感あり、なかなかいい気分。BGMはジャズ。レコード盤を替えに来るのは大旦那、料理番は若旦那、給仕は大女将だった(女将はお子さんの相手で忙しそうだった)。雰囲気も料理も兎に角、申し分なかった。
個人的に今回の宿「紅葉館」は2回目なのだが、その時に泊まったはずの旧館の向かいにモダンな木造新館が出来ていた。かつて西堀栄三郎たちが天下国家を論じていた(?)頃の鄙びた感は失われたものの、また新たな世界の「紅葉館」が生まれていたと知る。
荷物を置かせてほしいと頼むと、部屋に案内された。もう泊まる部屋に入れるということだ。余計な荷物をリュックサックから取り出し、雪用のウェアに着替え、スノーシューとストックを持って出発。所々、雪が融けてしまったところもあるが、標高1,600mを過ぎると一面の雪。やや緩んでいるので、キックステップで登れるような状態ではない。1,660m付近でスノーシューを履き、夏道を離れて角間山を直登するコースをとる。笹藪を避けながら登り、山頂直下の急登をクリアすればもう山頂だった。暫くするうちに青空が見え始め、湯ノ丸山や篭ノ登山、水ノ登山などが見えてきた。
思いの外早く山頂に着いてしまったので、復路は角間峠を経由してゆっくりと下った。それでも宿に戻ったのは午後2時前。さっそく風呂へ。ここの浴室は超レトロ、昔のままだった。誰もいない湯船にゆったり浸かる。湯上りは部屋に戻って、ビールを呑みながらつまみを突く。
陽が暮れてくると夕食の時間。食堂へ行くと、我々以外にもう一組だけだった。吹き抜けになっていて解放感あり、なかなかいい気分。BGMはジャズ。レコード盤を替えに来るのは大旦那、料理番は若旦那、給仕は大女将だった(女将はお子さんの相手で忙しそうだった)。雰囲気も料理も兎に角、申し分なかった。