山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

旅館

今週末に目指した山は、奥多摩の九龍山(またの名を九重山)。この山が山行計画の俎上に乗ったのは、菊丸からリクエストがあったためなのだが、ウィズコロナの時代としては、なるべくなら(ちょっと密になる)バスには乗らず、駅から歩ける山がリスク削減の点からも好ましいという気が働くので、そんな点からも九龍山は悪くないんじゃないかなと選んだのだった。
奥多摩駅から西は、多摩川右岸の登山道は鋸尾根を始めとして何れも登り応えがあるなかで、この九龍山から江戸小屋山を経て鞘口山へと連なる江戸小屋尾根(という名前が付いていると「松浦本」で知った)は、それ程の険しさが無いので天候に左右されない感じだし、人気(ひとけ)の無いコースなので静かな山登りを楽しめる。、ウィズコロナ時代に相応しいだけでなく、我々にもお誂え向きな山だ。
当日は朝から今にも泣き出しそうな空模様で、案の定、登り始めて直ぐ本降りの雨となった。踏み跡はしっかりあるので(取り付いて直ぐはやや藪っぽいが)足元に不安は全くない。九龍山、江戸小屋山、鞘口山までは難無くクリア。
九龍山はどうってことない山だが、その先、江戸小屋山までは西側が伐採地なので、雨模様でも眺めは悪くない。その雨は途中で上がりガスも切れてきて、見る見るうちに御前山が姿を現してちょっと得した気分。
結構大変なのは、鋸尾根の下り。昔からここは、登るうえでも下るうえでも難儀な場所だ(特に冬季は緊張を強いられる)。それでも愛宕神社まで辿り着けば、もう奥多摩の街は目の前。でも安心することなかれ、この後の下りで何故か径を踏み外し、よりによって地蜂(たぶん、クロアナバチ。スズメバチじゃなくてほんと良かった)の巣に頭を突っ込み、怒り狂った蜂たちに強か刺された淑女もいるのだ(とばっちりで刺された紳士もいる)。
尾根の末端にある、名物の急階段を下ったら、最寄りの玉翠荘へ向かい、汗を流すことにする。Woodyさんと地下1階の男子風呂に入って(一方、女子達にはまだ地下4階までの階段地獄が待っている)、いつものようにサッと入ってサッと出た。

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ウィズ新型コロナ山行第2弾且つ奥多摩の重箱の隅を穿る山行第2弾は、奥多摩の三ノ木戸山。はっきり云ってこんな山、今まで地図上でも気にしたことが無い。改めて地図を見る限り、石尾根縦走路から僅かに外れているので、きっと登ったことはないのだろう。石尾根を末端の奥多摩駅から登るのは、恐らく高校1年生の夏山トレーニング以来のはず。つまり45年ぶりということになる。そのときもたぶん、三ノ木戸山はスルーしたはずだ。
何故この山かと云えば、先週(頭窓山~三ノ戸山)と同様、東京都、埼玉県及び神奈川県内で(基本、県外移動が自粛されているため)バスを使わず駅から登れる山で、余り人に踏まれていない山は無いか、と地図を舐めるように俯瞰した次第。出来れば、個人的に初登頂であればなお良い。
三ノ木戸山は何れの条件にも合致した山で、人気の石尾根上にある点はややマイナスながら、石尾根を上り下りするハイカーはあっても、昼頃に三ノ木戸山あたりを彷徨くような輩は少ないだろうとの読みも働いた。結果的に、山中で出会ったのは単独行1名、トレランのグループ1つと、法面工事現場での警備員1名だけで、ほぼ読み通り。
三ノ木戸山は縦走路から僅かに外れているだけなのに、果たしてひっそりと静かなる山だった(山行記録はこちら)。昼寝でもするのに良さそうである。このコースを歩いたことも、鷹ノ巣避難小屋に泊まって以来16年ぶり(その時は逆コース)、唯々懐かしい。
時間が早かったので、もうちょっと石尾根を登ってから引き返す。防火帯は解放感が気持ちイイ。帰路は十二天尾根を林道まで下りたら、あとは不老林道を辿るだけ。法面工事現場に戻り、急階段を下りて日原街道に出れば、いつもの日帰り入浴「玉翠荘」には14時過ぎに到着。
若旦那に訊けば、2週間前から再開したとのこと。入浴料はタオル付800円になっていた。男風呂は先客1名、あとから2名組。脱衣所で、これから風呂に入るのであれば洗い流せば済む感じだが、風呂から上がって着替えている際に「密」になるのはやや気がかりだ。

01 石尾根の登山口がここ。

03 奥多摩駅前のシンボル、愛宕山。

05 振り返るとゴンザス尾根。

08 羽黒三田神社。

20 ここにも神社。

24 癒しの緑。

30 本来の道は抉られて赤土が露出しているので迂回。

34 三ノ木戸山はここを左に上がる。

35 三ノ木戸山に到着。

39 まだ時間が早いのでもうちょっと先へ行ってみる。

41 気持ちが良いところ。

43 左端に踏み跡。

55 大岳山に向かって下る。

64 この辺りがちょっと急降下。

今宵の宿は「横手館」。伊香保温泉には、社員旅行(今は死語か)も含め何度か泊りに来ているが、その度に気になっていた宿が「横手館」である。何が気になると云えば、この建物の佇まい。大正九年築というからもう一世紀。総桧造り三階建て(一部四階建て)ということも勿論だが、白壁に白木という外観の旅館は余り他に例を見ない。昼間よりも夜間照明で浮かび上がる様が素敵で、それこそインスタ映えする。
チェックインして通された部屋は3階。案内してくれた仲居さんは老舗旅館らしさは無く、ごく普通の田舎のオバサンっぽくて和む。さっそく風呂へ行く。ここには露天風呂は無いが、内湯は十分な大きさがあって寛げる。風呂場も廊下も、若者客が結構多い。昨今は海外旅行が当たり前だと思っていたが、やはり学生の卒業旅行でここに泊まっているのだろうか。新型コロナのせいばかりとは云えまい。学生の甲高い声は、老舗木造温泉旅館にはちょっと似合わない感じ。この宿の良さ、分かるかね、君たち。
風呂上りにビールを呑みながらぼーっとしていると、そのうち夕食。お品書きを見るとこんなにあって喰い切れるかしらん、と不安になるがボリュームはそれ程ではないのか、最後の水菓子まできれいに喰い切った(しかしご飯には手が届かず、長芋の煮物はカミさん任せ)。
ちょっと食休みしたあと、下駄を履いて外へ出てみる。期待通りに建物がライトアップされていて、暫し見惚れる。暦の上では春とはいえ、流石に夜は冷える。じっとしていると凍えて来るので、撮るだけ撮ったらさっさと部屋に戻った。
しかしこの宿は(この東棟だけか?)眺めが悪いのが玉に瑕。目の前は、ほぼ廃墟になったような旅館(実はまだ営業中の、あの「金大夫」だ)の上から、僅かに遠くの山の頭が覗かせるのみなのだ。

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「上杉伯爵邸」でランチを堪能して外へ出ると相変わらず空模様は怪しい。上杉神社に参拝したことが無い人と有る人が分かれ、米沢市上杉博物館で待ち合わせ。既に神社は見ている小生は、何もしないと時間を持て余すので、博物館へ入ってみた(入館料は620円だったか?)。
米沢藩の歴史などが懇切丁寧に紹介されている。ここの設備は随分立派で、金が掛かっているように見受けられる。能舞台も展示(?)されているが、その舞台は何故か水平移動出来るようになっている(移動先には観客席があるらしい)。
外へ出てみると冷たい風が吹いていて、しかも氷雨が落ちてきたのでまた館内に戻ってタクシー待ち。やがてやってきたタクシー2台に分乗して白布温泉へ。向かった先はやはり3年前と同じ「中屋別館不動閣」だ(後で聞くと、宿で送迎してくれたらしい)。玄関脇には、客(幹事)の名前が書かれた札がずらり。巷にCOVID-19が増えてきた割に、意外に予約が入っている。
男子3人が案内された先は奇しくも(っていうか、同じプランなので必然的にそうなるのかも)3年前と同じ、オリンピック風呂の上の部屋だった。ここの座布団は、相撲力士用かと思うくらいデカくて分厚い。荷物を整理したら早速、風呂だ。露天風呂に行ってみると、温好きの小生にとっても随分と温い。さすがに温まらないので、オリンピック風呂へ入り直す。脱衣所と風呂場を仕切る自動ドアは、3年前と同様に(湯気のせい?)で誤作動を起こす。頻繁に壊れるのか、3年前から直していないのかは分からない。
風呂上りに部屋に戻ってビールを楽しんだ後はもう夕食。場所は、前回は他の客を交えた大広間だったが、今日は我々だけの個室だった(朝食も同じ)。これも新型コロナ対策だろうか。

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今年の年越しの宿と決めたのは、檜原村のどん詰まり、数馬にある「兜家」。武蔵五日市から乗ったバスは、我々を含めて4人。他の2人は一見、若者カップルのようだが、女性はどうも日本人ではなさそうだし、男子はなんとなく連れてきただけのような態度。こんな大晦日の山の中で、不思議な組み合わせに見える(勝手な妄想です)。彼らは途中で降りていった。何処へ行くのだろう。どうでもいいけど。
終点の数馬バス停から宿までは暫し上り坂があって、歩いて15分ぐらいかかる。途中には22品膳で有名な「三頭山荘」があるが、人影は全くないので果たして営業しているのかどうかと訝しい感じ。やがて目印の茅葺が見えてくる。
茅葺屋根の宿という触れ込みの兜家旅館、しかし泊まった部屋は新館なので、和モダン。茅葺屋根の建物に泊まれるのかと期待していたのでちょっと残念。でも部屋に囲炉裏が切ってあるのでまあ良い感じ。部屋にテレビが無いのは、先の「星のや」もそうだったし、同じく大晦日の晩でいえば箱根の「俵石閣」に泊まって以来だ。
訊けば大部屋に大スクリーンのテレビがあるというので、夕食の後、生ビールを持って行ってみると、誰も居なかった。他の泊り客の皆さん、紅白歌合戦を見たいとは思わない様子だ。それともここに来る輩は抑々テレビが無いことを求めているのか。分かっちゃいないのは我々だけかも知れない。カミさんはおしまいまで見たようだが、小生は10時前に就寝。
夕食は(朝食も)可もなく不可もないが、宿の雰囲気は佳し。何となく、ハードウェア(設備、料理)はちゃんと揃っているのに、ソフトウェア(ホスピタリティ)がそれに追いついていないという感じがする。ということでやや残念。ついでに云えば、トイレにビール瓶の装飾(というか、オブジェ?)はいらないと思う。

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今日は久しぶりに秩父の山に登ることにした。個人的には、秩父界隈は里山的な低山を除きほぼ登り尽くした感があるので、降雪時を除きなかなかこちらに足を向ける気にならないが、今回は未だ訪れたことが無い城峯公園の冬桜を愛でてみようかと思い付き、その行き掛けの駄賃に城峯山をチョイスした(そんなことを書くと、平将門の怨霊の怒りに触れるか?)。
城峯山は実に13年ぶり(そのときの山行記録はこちら)。その時は皆野から登って皆野に戻ったので、神流川(神川町)側へ下るのは今回初めて。ガイドブックだけでなくネットで検索しても殆ど見かけないコースだし、先日の台風15号、19号でどうなっているのかやや案じたが、行ってみれば影響は特にみられず。
良い天気にもかかわらず、城峯山山頂には何人かのハイカーがいたものの、その前後は全く我々だけの世界、特に城峯山と城峯公園の間は誰にも遭わず仕舞。城峯神社(秩父側)の紅葉がちょうど見頃だった(今回の山行記録はこちら)。
城峯山から先、問題なく城峯公園に到着すると、そこはかなりの賑わい。駐車場に入れない車の列が、「冬桜の宿神泉」の前を越えて、坂の下の方まで続いている(どこまでなのかは確認できず)。山の上なので、駐車場のキャパは少ないのだろう、マイカー観光の泣き所。我々は山から下りてきたので渋滞とは無縁の世界、ちょっといい気分。
城峯公園の冬桜もまさに見頃。紅葉と桜のコラボを堪能したら、汗を流しに「冬桜の宿神泉」まで渋滞の列に沿って移動する。宿の前には仲居さんがいて何しているのだろうと思ったら、泊まりもしないのに車を駐車しようする輩が現れないよう、目を光らせているだと。渋滞で大変なのは、マイカー観光客だけでなく、宿の仲居さんもそうだった。

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ウェスパ椿山駅から、無料送迎シャトルバスに揺られること10分足らずで「黄金崎不老不死温泉」に到着。名前からして最果ての地、黄泉の国の入口のような場所を想像するが、デーンと立派な鉄筋コンクリート造の温泉ホテルが建っていた。鄙びた旅館をイメージしていたが全然違って近代的だ。
しかし周りは本当に何も無いところで、人家どころか田圃や畑も無い、あるのは荒れ地と日本海だけ。つい吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」を思い出すが、それ以前に本当に何も無い。よくぞこんな場所に温泉を見つけてホテルを建てたものだと感心する。
勿論宿泊客は我々だけではない、送迎バスがいっぱいになるほどの客だ(といっても送迎バスはこの時間帯だけだ)。客層はだいたい我々から上、若者もいないわけではないがかなり少ない。
チェックインを済ませ、部屋を確認したら早速風呂だ。まだ暗くなるまで少々時間があるので、噂の露天風呂へ行こう。建物を出ると、吹き曝しの木道を100mぐらい進む先に露天風呂がある。11月でもだいぶ寒い思いをするので、真冬だったらここまで来るのはさぞかし難儀だろう。
本当に波打ち際なので、波の音が煩い。優雅に湯船に浸かるというイメージからはかなり遠いが、確かに野趣溢れる露天風呂であることに間違いはない。お湯は伊香保温泉の如く赤茶色で、ややぬるい。大して温まらないうちに、意を決して湯舟を出て、さっさと建物へ逃げ込む。
夕食は大食堂へ集合。食事の量はなんとか食べ切れる程度(除、ごはん)で、我々にはこれで十分。腹を空かしていたら丁度良かったかも知れない。
夕食後は、エントランスホールで津軽三味線の生演奏を鑑賞できるとのことでいってみる。大入満員。津軽三味線については全く門外漢だが、演者の技量は大したものだと感じ入った。

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朝7時過ぎに苗場山山頂ヒュッテを出て、広々として気持ちが良い湿原をしばし逍遥してから、またテーブルマウンテンの端から急降下。このちゃんはやけに慎重に下るが、一度手を突いて骨折している過去があるのでさもありなん。だいいち、ズルッと滑って手を突いたら骨折する恐れが有るとなると、滑っても手を突けば済むと思っている小生だったら、ここに限らずそもそも山径なんて(っていうか、たとえ木道だってつるっと滑ることがあるし)恐ろしくって歩けない。
滑ったら、手が突けなけりゃゴロンと転がってしまう方がいいか(柔道の受身が役に立つかな)。ここだったら転がっても何処かで引っ掛かって止まるだろうが、勿論そうはいかない場所もあるだろうし・・・。
などと考えながら下っていくうちに、大きな沢に出た。「山口館」の前を流れる清津川だろう。橋を渡って川原を進むと、建物が現れた。これが待ちに待った「山口館」、もう40年近く恋焦がれてきた宿だ。
午前中に着いてしまったが、それもまた一興。入口の前に冷水に浸かったビールが目に入り、さっそくいただく。部屋に案内してもらったら、さっそく風呂へ浸かりに行く。誰もいないだろうと思ったら、意外にも直ぐ後から数人がやってきた。どうやら日帰り温泉へ入りにやってきたらしい。夕食時に出会った温泉女子3人組もそうだったが、ここの湯が好きで往復5時間を掛けて何度も入りに来る人は結構いるのだと知る。確かにここの露天風呂は唯一無二、よくぞこんなところに温泉を見つけたものだ。
さっぱりしたら、昼寝をしたり本を読んだりして静かな午後を過ごす。昨日の苗場山頂ヒュッテといい、二日続けてこんなにのんびり、贅沢な時間を過ごしたのは、守門岳へ登るため入広瀬で泊まって以来だろう。
今年初めて舞茸が採れたとのことで、夕食で天ぷらにして美味しくいただいた翌朝のこと。昨年、跡取りを亡くされたため、やむなくこの宿を引継ぎ先を探していると仰っていたこの宿の主に、思いもかけず秘蔵?の「舞茸ノート」を見せて貰った。舞茸を(数年後のサイクルで)収穫できる場所というのは決まっている、つまり菌床は基本的に動かないのだと知って吃驚。ここの温泉もそうだが、このノートも貴重な宝物といっていい。

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IMG_3106_お疲れ様、乾杯!

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IMG_3112_青湯 奥の野天風呂です

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せっかく「日原鍾乳洞売店」でビールを呑んだけれど、東日原バス停までの道のりがそれなりにあるので、またひと汗かく。たとえ缶ビール1本でも、確実に足が重くなっているからなおさらだ。さぞかし日原鍾乳洞の中は涼しいだろうなと想像してみるが、それで汗が引くことはない。
やっとこ東日原に着くと、2台のバスが待っていた。でも客はせいぜい座席半分が埋まるぐらいか。まだ発車まで時間があるが、ここでビールが呑める訳でもなし、さっさとバスに乗り込み、エアコンの吹き出し口を自分に向け、漸くひと心地つく。やっぱり、こんな季節に奥多摩へ来るのは間違いかと少々後悔。途中のバス停からは、殆ど客は乗って来なかった。
いつも思うが、川乗橋から川苔山を目指すハイカーは多いが、川乗橋をゴールにするハイカーが殆ど居ないのは何故だろう。今日も朝のバスでは乗客の半分が川乗橋BSで降りたが、復路のバスで乗ってきたハイカーはゼロ。ガイドブックに書かれているモデルコースがそうなっているのか。謎だ。個人的には、川乗橋に缶ビールの自動販売機が無いことが、ここをゴールとするには気が乗らない一因だけれど、まさか皆さんもそうなのか。
奥多摩駅に着いてみると、何やら広場が賑やか、看板に「オクタマーフェスト(奥多摩クラフトビールフェスティバル)」とある。もちろん興味津々。しかしともかく汗を流してさっぱりしたい。今日は独りなので何処でもいいが、芋を洗うような「もえぎの湯」には行く気が起こらない。結局やっぱり入り慣れた「玉翠荘」に足が向いた。
いつものようにフロントで宿の主に750円を支払ったら、リュックサックを縁台の上に置いて男湯がある地下1階へ。先客は若者お二人だけだったが、ほぼ入れ替わりのタイミングだったので、あとは一人だけで湯船に浸かりさっぱりした。さて次は「オクタマーフェスト」を覗いてみることにしよう。

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「剣御前小舎」に泊まった翌朝のこと。相変わらず外は暴風雨のようで、小舎をミシミシ、ガタガタ揺らしている。朝食中でも状況は変わらない。たとえこのまま室堂へ下るにしても、こんな天候で外に出るのは気乗りがしない。それは我々以外の方々(皆さんも元々、剣岳狙いだった)も同様のようで、8時過ぎまで皆、談話室でうだうだしていた。
そのうち、関西からやってきたというパーティーはそのまま室堂へ下りると云って出て行った。もうひとつのパーティーは、奥大日岳方面へ向かうという。外に出て様子を見てみると、雲の動きは速いし気温も低いが雨は止んだようだ。
この様子であれば別山ぐらいだったら往復できそうだと、我々も支度をして出かけてみる。ところが歩いているうちにみるみる天候が回復し出し、別山に着く頃には剣岳だけでなく後立山連峰も見えてきた。だったらもうちょっと行ってみようと、結局、立山・雄山まで登ってしまった。
朝までの天気から云えば仕方がないにせよ、「剣御前小舎」から真っ直ぐ帰ってしまった関西パーティーは今頃悔しい思いをしているだろう。気の毒だったが、結果的には文字通り劇的に天気が回復して、雄山を下る頃には晴れ間が広がり、「室堂小舎」へ下る頃はほぼ快晴になった。我々はラッキーだった。
「室堂小舎」からはピクニック気分、晴れた室堂平は天上の楽園だ。そして4年ぶり(その時のレポはこちら)に「みくりが池温泉」に到着。チェックインは後回しにして、さっそくテラスのベンチに座り、生ビールで乾杯。4年前に比べればだいぶ気温は低いが、ひと仕事(?)終えてテラスで呑むビールはなんたってサイコーだ。

047 参拝。

048 剱岳が姿を現した。

053 一番奥が白馬岳。

056 剱岳を入れて記念撮影。

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060 爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳。

070 次は富士ノ折立。

074 富士ノ折立と大汝山の鞍部に出た。

077 大汝休憩所でひと休み。

079 大汝山に到着。

084 槍ヶ岳も見えた。

088 それでもう一回。

096 社務所に到着。

103 もう一枚。

111 向かいの山は龍王岳、下は一の越山荘。

114 ここから先は遊歩道。

119 ここは撮影ポイント。

124 立山が眩しい。

127 立山をバックに。

134 ここは絶好の撮影ポイント。

135 待ちかねたこの一杯。

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136 夕食もまた一杯。

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142 みくりが池温泉、また来る日まで。

正直云えばつい最近まで、上高地・明神で泊まれる宿は「明神館」と「嘉門次小屋」の2軒しか無いと思っていた。「明神館」はメインストリートに面しているので、それこそ猿でも知っているし、「嘉門次小屋」は上高地で一番古い由緒ある山小屋なので、山ヤで知らなければもぐりだろう。
もう一つの宿、「山のひだや」の存在を知ったのは、冬でも営業している宿がある、という噂を(タクシーの運転手から)聞いたからだ。上高地をスノーシューイングする輩には常識なのかも知れない。が、それでも極寒の冬に本当にやっているのか俄かに信じ難く(だって冬は、釜トンネルから先は徒歩の世界)、いっそこの際、徳本峠越え&霞沢岳リベンジのついでに泊まって確かめてみようかと思い立った。
今日は結局、梅雨明け前にもかかわらず、合羽を出すことも無く済んだ。明神橋で梓川を渡ると、直ぐに「山のひだや」を示す道標があるのに気が付く。でも折角だからとちょっと遠回りして「嘉門次小屋」を覗いてみる。昔乍らの囲炉裏がある小屋のままかと思っていたら、いつの間にか葦簀屋根の食事処なんて出来ていて、ちょっと世間ずれした感じ。
さらに進んだ穂高神社奥宮の直ぐ脇に、板壁の古風な建物が見えた。ここが「山のひだや」。ご主人と思しき人が出迎え、フロントでは女将が受付をしてくれる。やけに人懐っこい女将は、野鳥好きなご様子で話し始めると止まらなくなる。訊いているうちに、やっぱりここで越冬するのだと仰る。凄すぎる。
部屋に案内されたら、さっそく汗を流そう。明神で風呂に入れるなんて極楽だ。さっぱりしたら、食堂に寄ってビールをもらい、部屋呑み。窓の外を眺めると、綿のようなドロヤナギの種がふわふわと飛んでいる。
夕食時になったらまた食堂へ集まる。宿泊客は我々以外に一組だけ。まだシーズンではないせいだろう。やはり上高地に来るのは、梅雨の頃が狙い目なのだ。イワナの塩焼きと様々な野菜天ぷらを美味しくいただいた。至福の時間。この次にここへ来るのは、やはり厳冬期にしようか。

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噂に違わず、霞沢岳は眺めが良くって登り応えのある、良い山だった。やや天気が危ぶまれ、霞沢岳山頂ではガスに包まれて眺望が得られなかったが、K2まで戻る途中で急速に視界が開け、焼岳や穂高岳が姿を現してくれた。やはり北アルプスの山こそは、眺めがあってなんぼだ。
霞沢岳は登り応えだけでなく、下り応えもある。単調な径であればすっかり飽きるところだろうが、眺めだけでなく高山植物も文字通り花盛り(特にキヌガサソウの群生は見事だった)だったので、気持ち良く歩き通すことが出来た。徳本峠に着くと、一日遅れで徳本峠越えを果たしてつい先程着いたばかりのWoodyさんとも会うことが出来たので、良いこと尽くめだった。
Woodyさんと別れて明神に向かって下れば、コースタイム通り1時間半で明神館に到着する。いつものように、明神はハイカーやクライマーのみならず、観光客も沢山やってくるところなので既に俗界、ここから「山のひだや」までもうちょっと歩かなくてはならない。
が、一杯ぐらいやってもよかろうと生ビール(中ジョッキ700円)を注文し、外のテーブルでお疲れさんとグビリ。昨日と今日と合わせ、6時間余り歩いた労が報いられる。やはりこれはビールに限るし、ビールが止められぬ。
辺りを見渡しても、午後2時半の割には我々のように一杯やっている客は少ない。明神が目的地という者はそれほど居ないのか。そう云えば11年前のこの時も、一杯やっていた(というか、浴びるほど呑んだ)のは我々だけだった。何故か、明神館で呑んでいる輩はあまり見掛けない。でもこんな風光明媚なところで(これから山に登るのであればいざ知らず)、山から下りて一杯やらずに過ごすことなんて誰が出来ようか。

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将監小屋テント泊山行2日目は、結局ほぼずっと雨。やっぱり梅雨入りしただけのことはある。歩いているうちはそうでもないが、じっとしていると結構冷えてくる。まさしく梅雨寒。出来れば最寄の「のめこい湯」に入って温まりたいところだが、もう直ぐやってくる13時30分発のバスを逃すと、次は15時47分発まで無い。2時間以上先となると流石に時間を持て余しそうなので、やむなくそのまま丹波山温泉BSからバスに乗り、奥多摩駅まで移動することにした。
時間も早いし天気が天気だけに、途中から乗ってくる登山客も殆ど居らず、まるで平日のような乗車率のまま奥多摩駅に到着。こんな状況であれば「もえぎの湯」だって空いていそうだが、そこまで行くのが億劫なので、手近ないつもの「玉翠荘」に入ることにした。
勝手知ったるところなので、フロントでご主人へ750円を支払ったら、リュックサックを洗面所脇の長椅子に置き(特段、脱衣所が狭いこともないが、わざわざリュックサックを背負って階段を上下することもないだろうという、宿のサービスと理解)、着替えだけを持って地下1階へ降りる。女子風呂は地下4階なので少々お気の毒。まだ午後2時半なので誰も居ないだろうと思っていたら、先客が御一人いた。
湯船に浸かっていると、やはり寒さで多少強張っていたのだろう、じんわりと身体が解れていくのが分かる。ここの湯は40℃に設定されているので(温度計が設置されている)、小生には具合が良い。それでも2、3分浸かっていればもう十分、さっと出る。
このあと、湯上りビールを何処でヤルか決めていなかったので、フロントで全員が揃うのを待つ。待っている間ここでビールを頼んでしまおうか、猛烈に悩んだがなんとか我慢した。

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袖平山は、藤野から山を越えて道志川流域に出ると、目の前にどーんと聳える大変目立つ山。もっとも地図をよく見れば、目立つのは袖平山だけではなく、姫次(ひめつぎ)まで含めたひとかたまりなのだと判る。姫次は丹沢主脈の途中にあるので、いつのまにか登ってしまうぐらいで全く登り甲斐が無い。
東海自然歩道最高点の標識と、姫次の標識がなぜか微妙に離れているのは、姫次がピークではないことを表している証拠と云えそうだ。だいたい「山」とか「峰」とか「岳」が付かないこと自体、山としては半端ものである証し。袖平山はその延長上にあるし、しかも袖平山の方が僅かながら(1.2mだけ)低いので、主脈を縦走する際にわざわざ立ち寄る人も少ないのは当然だろう。
しかし何れにしても個人的には未踏の山で、以前からずっと気になっていたので、今回登って見ることにした。当然だが、姫次経由で登るのは面白くないので、神ノ川ヒュッテから風巻尾根を登ることにした。この尾根、袖平山まで水平距離3.3キロメートルで標高差900メートル(斜度としては27.3パーセント)は、丹沢山塊でも屈指の急登なのだそうな。
実際登ってみて(記録はこちら)、十分歯応えは感じたし、眺めも良かった。不遇な山という感じがしない。主脈の縦走の途中で寄り道するのは、かえって袖平山に失礼である。
首尾よく登頂した後は、八丁坂ノ頭(って何処がビークだったのか判らない)を経て青根集落へと下る。東野BSの目の前にある鶴屋旅館は、立ち寄り湯(利用料600円)がOK。風呂場は意外と(失礼!)小奇麗で気持ち良く温まれる。さっぱりしたら、食堂へ。板長(宿のご主人?)が手持ち無沙汰そうにしていた。ここは日当たりが良くてポカポカ。ビール(大瓶550円)が美味い。つまみに頼んだコロッケ(2個350円)もなかなか美味かった。こういう問屋場的な旅館はいつまでも残っていて欲しい。

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海外出張が予定されていたのが、急転直下、出張が不要となり中止となった。急に出張するのは良くあるが、キャンセルになるのはそうは多くない感じ。ともあれグッドニュース、土日が潰れずに済んだので、急遽、すでになおちゃんがプランしていた上高地スノーシューツアーに便乗させてもらう。
当日は天気としてはいまいちと云うか、普通の冬らしい空模様。釜トンネルに入る頃から雪がちらつきだし、河童橋まで往復した間は降ったり止んだりの状態。でも流石は上高地、たとえ穂高連峰が見えなくても、冬の上高地らしい雰囲気は十分に味わえる。有象無象の老若男女異人邦人がやってくる、夏の喧騒とは異なる別世界。釜トンネルは、仙境と俗界をつなぐタイムトンネルとも云えるだろう。
思ったより、スノーシューを履いてうろうろしているハイカーが結構いた。しかしかなりトレースは踏まれているので、つぼ足でもそれなりに何とかなった感じ。
上高地の雪を堪能し釜トンネルの入口まで戻ったら、宿の送迎車がお出迎え。個人的には、26年ぶりの宿泊である。確かその頃はまだトンネル出口に建て替えて間もない頃だった。更にその数年前の正月に、まだトンネルの手前にあった頃の坂巻温泉にも泊ったことがある。かなり鄙びた宿だった。風呂がやけに熱かったので、偶々窓の外にあったツララをもぎ取って入れ、丁度良い湯加減になって悦に入った覚えがある。
宿に着いたら先ずは温泉。それもせっかくなので露天風呂にしましょうとWoodyさんと共に向かう。降り頻る雪の中で服を脱ぐのは勇気がいるし身体を洗っている時間は凍えるが、湯船に浸かってしまえばもう極楽である。
ほどほどに温まった後、風呂上りは部屋に戻ってやっぱりビール。あとは夕食に時間になるまで、炬燵に入りながら持参した酒をちびちびやる。この時間がもう最高だ。

上高地トンネル出口にて
田代池近くにて
梓川畔にて
河童橋にて
上高地バスターミナルにて
大正池ホテル前にて
坂巻温泉旅館の露天風呂にて

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050 一足先に湯上り乾杯。

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以前から、標高2千メートルにあるランプの温泉宿として有名な「高峰温泉旅館」。といっても、昔は今のように山の上ではなく、谷沿いあったので(昔の五万分の一地形図では、位置がだいぶ違っていた記憶がある)、場所を移して建て替えたのは30数年前のこと。
今回、その「高峰温泉旅館」へやってきたのは実に11年ぶり(記録はこちら)となった。そのときは、篭ノ登山と水ノ塔山に登った(隊長と小生とタマちゃんはマイスノーシュー)。高峰高原は、標高が高いので、厳冬期でなくても雪質が良いという評判で、スキー場もある。
小生にとっては高山植物が咲く季節よりも、雪の方が魅力を感じるせいか、いまだに無積雪期にやってきたことはない。雪山に登れなくなったら来るのを楽しみにとっておこう、という感じである。
黒斑山から下りて、スキー場で生ビールを呷った後は、迎えの雪上車に乗ってスキー場を横切り「高峰温泉旅館」へ向かい、ほんの数分で到着。宿の佇まいは、基本的に11年前と変わっていない感じ。ともかくも、先ずは風呂だ。露天風呂はちょっと離れているので、手っ取り早い内湯でさっぱりする。
風呂場の脇にあった自動販売機で、変わったビールを買う。雷電カンヌキIPAなんて初めてだが、よく見れば地元東御市の、オラホビールのブランドらしい。缶のデザインも斬新的。呑んでみると、苦味もさることながら香りも悪くない。IBUは63とのことだが、それほどではなくかなり呑み易い。
皆が風呂から戻ってからも暫し、部屋呑み。窓から丁度、夕暮れが望め、いい感じだ。さすが、標高2,000mの宿だけのことはある。谷沿いからここへ移転したのは大正解だろう。また次にここへ来るときも、雪見酒がいいと思う。

客室からの眺め
ダイニングルーム

024 高峰温泉の雪上車が迎えに来た。

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偶に、大晦日の晩に宿に泊って新年を迎えることがある。たぶん今回は3回目、前回はもう10年ぐらい前の箱根「俵石閣」だったはず。名前は忘れたが、何処かの雑誌("男の隠れ家"だったか?)の記事で、俵石閣の廊下(濡れ縁?)に浴衣姿の俳優・奥田瑛二が、頬杖を突きながらゴロ寝している写真が妙に魅力的で、思わず行ってみたのだが、期待通り実に渋い宿だった。紅白歌合戦を見たいカミさんにとっては、客室にテレビが無いのが唯一の欠点だったか(紅白歌合戦が終わるまで、テレビがある談話室に籠っきりだった)。残念ながら、その「俵石閣」はもう廃業してしまった。
今回は万座温泉の「日進館」。白濁した湯が有名の万座温泉にあって、最も古くて常連客も多いと聞く。さぞかし良い宿だろうと期待して行ってみた。
宿に入ると、ロビーはチェックインを待つ客で溢れんばかり。随分な盛況ぶり、さすが人気の宿だ。漸く順番が来て客室へ。部屋はごく普通な感じだが、窓から見える雪景色はなかなかのものである。これならば良い雪見酒が呑めそう。ひと息ついたら風呂へ。露天風呂は流石に寒そうなので内湯へいってみる。風呂場は湯気が充満してよく見えないが、かなり広そうで雰囲気も良い。いかにも湯治場という感じである。湯も、噂通りの乳白色だ。
風呂上りは、部屋でビールを呑んで雪景色をぼーっと眺める。ここまではまったく申し分ない感じだったが、実は夕食、朝食(どちらもビュッフェ形式)がかなりプア。これならば、伊東園グループの熱海「シーズンホテル」の方が、遥かに種類も豊富だ(アルコールもタダだったし)。いくら正月料金とはいえ、これで25,000円はどーかなー、とかなり疑問に感じた。湯が良いので、皆、それに惑わされているのでなかろうか。

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今回、塩田平の山を登るために、別所温泉街でリーズナブルな宿が無いか検索した結果、「つるや旅館」が見つかった。これまで別所温泉には何度かやってきたが、何れも駅からまっすぐ西へ延びるメインストリートにある宿ばかり泊っていた。この「つるや旅館」は、北向観音のちょっと南に寄ったところの、坂道の途中にあって、個人的にはかなり新鮮なエリア。1泊2食付12,960円は、この辺りの旅館としてはリーズナブルだろう。
界隈の山は何故か松林が多く、松茸山となっているらしい。更に坂を上るとその松茸を喰わせる店があるようだ。一度でいいから、死ぬまでに松茸尽くし料理を喰ってみたい。それはともかく、独鈷山から下って別所温泉に戻ってきた後のこと。さっき入った「大師湯」は温まることはできたものの、石鹸が使えないので、残念ながら未だサッパリできていない。
なので、宿に着いたら真っ先にまた風呂だ。着替えだけを持って風呂場へいくと、まだ誰も入っていない一番風呂の様子。ここは加温も加水もしていない、正真正銘の源泉かけ流しの湯だそうである。
めでたくサッパリ出来た後は、フロントに寄ってビールを頼み、さっそく部屋呑み。その後は、グッチー師匠が差し入れてくださった白ワイン「中志津2018」をいただく。単に呑ませて貰っただけの輩が云う台詞ではないが、これまで二度呑ませていただいた経験から、今回のワインはとても素晴らしい出来だと感じた。中志津に於いて2018年は、「偉大なる年」だったようだ。
それにしてもこの宿は、ハードウェア(料理だけでなく建物や調度品)もソフトウェア(接客)も、まったく昭和のままだ。テレビはブラウン管方式だし、電話も黒電話。昨今たいていの旅館は、宿の人が部屋まで案内したあとは、もう顔を出すことはほぼ無いが、ここ「つるや」は、やれ「お茶を入れます」だの、「食事の支度が出来た」だの、何度もやってくる。それはそれで、なんだか新鮮だ。

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予想よりも早く山から下りることができたので、「日原鍾乳洞売店」でのんびりしても、予定のバスまでまだ随分間がある。東日原BSにビールさえあれば時間はいくらでも潰せるが、何も無しにはとても我慢できない(バス停脇にビールの自動販売機を置けば、もっと云えば呑み屋の屋台でも置けば、売れるのは間違いないと思うのだが、西東京バスは商売っ気が無くていけない)。そこで、往路に八丁橋まで頼んだタクシー(リーガルキャブ)を、東日原からまた呼ぶことにした。朝は何故か無口だったドライバーは、帰りはいつもの饒舌さが戻っていた。
タクシーでそのまま「玉翠荘」に乗り付ける。いつもは駅から歩いてくるので、ちょっとリッチな気分。いつもの通り、フロントでご主人に750円を支払ったらリュックサックは通路に置いて、着替えだけ持って地下1階へ。
今日は良く歩いたが、それほど膝に負荷は掛かっていない感じ。大雑把に云えば天祖山まで登り3時間、細かなアップダウンが2時間半、善知鳥ノ頭から下り1時間半というところだったので、下りが短かった分、割と楽だったのかも知れない。タワ尾根は天祖山と同様、尾根の末端は急峻だが、それ以外は穏やかな尾根である。今回はすっかり夏の緑に覆われていたが、これもまた一興だった。
このところ続けざまに「玉翠荘」に来ているのは結局、ここが一番使い勝手が良いからだ。他の風呂は、駅から遠かったり、日帰り入浴時間が15時で終わりだったり、芋を洗う如く混んでいたり、高かったりするので、最大公約数的には「玉翠荘」に落ち着くことになる。
さっぱりしたら1階のロビーまで戻る。ビールあります、の貼紙が目に入る。そうしようかと、今日は久しぶりに、「玉翠荘」でビールを呑むことにした。ご主人が、たいしたものではありませんが、と云いつつつまみを持って来てくれた。偶にはここでゆっくりするのも悪くない。プラス300円を支払えば、川を見下ろせる座敷でゆっくり出来るのだ。そう云えば、昔はその座敷へタダで入れたなと思い出した。

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今回は、奥多摩の北の外れ、都県境尾根上にある三ツドッケを、秩父側からアタックする山行。登路に使ったシャクナン尾根は、山頂の手前に二つの顕著な突起(細かく云えばもう二つあるが、そのうち一番手前にあるピークは林道で巻いてしまうし、もう一つは登りはそれなりだが、下りは殆ど無い)があり、これを越えるのがこのルートの醍醐味。
実際に登ってみると、アップダウンの激しさとシロヤシオの群生は、奥多摩ではなかなか経験ができないと思うので、極めて充実度は高い。シロヤシオは、それ程期待していたわけではないので望外だった。あとは横篶尾根を下るだけ。毎度のことながら、バリエーションのあと一般道を歩くのは大変楽ちんに感じる。(山の記録はこちら)
奥多摩駅まで戻ってきたら、何やら駅前広場は賑わっている。人だかりの奥から何故か、ゴスペルの合唱が聞こえてくる。たまたま今日は、「おくたマルシェ」というイベントをやっているのだった。奥多摩駅界隈もだいぶ垢抜けた街になってきたようだ。
「おくたマルシェ」には時間があれば後に寄るとして、とりあえずは汗を流したい。ということで、先週に引き続き再び「玉翠荘」へ向かう。でもその前に、風呂から出たら何処へ行こうかと相談。先週は「バテレ」だったので、今日は「天益」でビールと餃子にしようかということで決まり。さっそくなおちゃんに予約を入れてもらった。
フロントで、今週もまた来ましたとご主人にご挨拶して、750円を支払う。今日はいつも通り、男性風呂は地下1階だが、結構混んでいるようで入口で少々待たされる。出てきたのは若者の集団、きっとキャンプ場にやってきたのだろう。「もえぎの湯」が混雑しているのでこちらに流れてきたのだろうか。入れ替わりにさっと入ってさっと出る。さて、ビールが待っているところへ向かおう。

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