山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

旅館

西吾妻山で自然の力に阻まれ無残に敗退しても、宿に戻ればもうすっかり山のことは忘れて湯治客気分。今宵の宿は白布温泉「中屋別館不動閣」。白布温泉は、開湯から今年で706年とのこと。かつて中屋には、ちょっと離れたところに藁葺屋根の本館があったのだが、2000年に隣りの東屋と共に焼失してしまったため、現在は別館のみの営業となっている。ここのご主人はかなり話し好きで、我々をなかなか開放して呉れない。
我々の部屋は、黎明館というコンクリート造りの建物の2階。女子部屋は「柊」で、男子部屋は「楸」と書いてあった(この宿ではこれで「あき」と読ませるらしいが、実際になんて読むのか判らなかったので、調べてみると「ひさぎ」。木の名前で、アカメガシワの古名)。
デポした荷物を回収した後、「楸」の部屋に入り、長押に掛けたハンガーに濡れたウェアを干したら、先ず風呂だ。内風呂は、無闇矢鱈に細長い。オリンピック風呂と名が付いているのが頷ける。源泉は56.8℃もある正真正銘の温泉だが、湯船は丁度良い湯加減。冷え切った身体が、しゅわしゅわと融けていくようだ。
風呂上がりは部屋でビール。持ち寄ったつまみも広げて、皆で暫し敗退山談義。そうこうしているうちに夕食の時間になり、食事処「あづま」へ移動。我々の「楸」があるフロアが2階だとすると、食事処は地下1階に相当する。堀り炬燵式テーブルはずらり10数卓並んでいるので、結構、宿泊客がいるのだと判る。
最初の呑みものはやはりビールだが、予め地酒の利き酒セットも頼んでおいた。出て来た「羽陽富久鶴」も「東光」も、米沢の酒。「羽陽富久鶴」は初めて呑むが、蔵元は「雅山流」も醸す進藤酒造店。「「雅山流」」はフルーティで今どきの味だが、「羽陽富久鶴」は骨太な昔風の味わいだ。
料理は、食べ切るのがやっとのボリュームでどれも美味い。米沢牛かどうかは判らないが、ちゃんと牛肉の陶板焼きもある。派手さが無いのがかえって好ましい。給仕して呉れる女性も、如何にも山形の人情に溢れている感じで良い。これで1泊2食付9,000円は、はっきり云ってお値打ちだと思う。また、西吾妻山へリベンジしに来る際はここに泊まりたい。

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岡田美術館から今宵の宿「三河屋旅館」までは、ほぼ水平移動なので多少アルコールが入っていても全く問題ない。宿の前に着くと、番屋の様な詰所の様な建物の中から宿の女性が飛んできて、荷物を運んでくれる。確かにここは階段があるので、年寄りには有り難いサービスだろう。階段を登りきり、振り返ると明星ヶ岳の眺めが良い。大文字も微かに見える。
建物はどれほど経っているのかは判らないが、なかなかの風格。基本的にクラシカルな宿が好きなので、「三河屋旅館」は申し分ない。創業は明治16年。本館は大正13年からの姿を留めているらしい。国の登録有形文化財。中に入ると、年季が入った床はぴかぴかに磨かれていて気持ちが良い。
通された部屋は角部屋で、外側は廻り廊下となっている。庭越しに明星ヶ岳が望める。先ずは風呂へ行こう。ここには共同風呂は2ヶ所、貸し切り風呂が1ヶ所ある。とりあえず大浴場へ。広々とした風呂場に、先客はおひとりだけ。もちろん源泉かけ流し。53.8℃の弱アルカリ単純泉。露天風呂は、残念ながら眺めは良くない。
風呂上がりは当然、ビール。明星ヶ岳を眺めつつグビグビやる。あー、極楽だ。畳に寝っ転がって本を読んだりしているうちに、いつのまにか夕食の時間。箱根の宿は大抵、我々には程良い量の夕食だが、ここも品数豊富の割に量が少ないので有り難い。日本酒をちびちびやりつつ、全て美味しくいただいた。
大して呑んだ訳ではないが、食べ終わるととたんに眠くなる。せっかくの贅沢な時間を過ごしているのに、早く寝ては勿体ないと思うが、抗うことが出来ない。忽ち眠りに落ちた。

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今宵の宿は、アユラシが数多ある山形の温泉宿の中から厳選した、銀山温泉「古山閣」。当初は7名の予定だったが、このちゃんと和尚は急きょ所用のため涙を呑んで帰京、5名での宿泊となった。銀山温泉の温泉街に辿り着くと、先ずこの「古山閣」が目に付く。
宿は創業160年というから江戸末期、現在の主は18代目で、代々、脇本長兵衛を名乗っていると云うことである。ちなみにもう少し上流にある「能登屋」は、代々、当主は木戸佐左エ門らしく、「古山閣」と同様、宿の正面に名前が書かれた看板が堂々と飾られている。
銀山温泉は現在、10軒余の旅館がある比較的小ぢんまりした温泉街だが、ここの魅力はやはり、川沿いにそれらの旅館などが立ち並んだ姿だろうと思う。これだけを見に、わざわざ大型バスでやってくる観光客もかなりいる。車はこの温泉街には入れないので、離れた駐車場から、ガイドの小旗に導かれてぞろぞろやってくる。小生が部屋の窓から下を眺めていると、観光客が我々に(正確には建物に)向けて、デジカメやスマホでバシバシ撮っている。やや気恥ずかしい。
この「古山閣」は築90年の木造4階建て、建物の外観も古風かつ堂々としていて、確かに被写体になる姿だが、もうひとつの魅力は鏝絵(こてえ)のようである。我々の部屋の窓の上に、鏝絵が並んでいて、それも一年の行事を表したものなどが11枚の絵になっているので、なかなか壮観だ。
川に面した客室(女子部屋)は広くて眺めが良いのだが、我々男子の部屋は6畳間、窓は有るが、窓の外は隣りの建物の壁。布団部屋のような部屋であるが、寝るだけと考えれば特に不満もない。
風呂は、1階にある男湯と女湯は随分と離れていて、男湯はロビーの直ぐ脇。脱衣所から石段を数段、下った半地下にある。それほど広くは無いが、昔乍らの落ち着いた雰囲気である。湯加減も良い感じ。一方、3階にも貸し切り風呂があって、露天もある。独りでのんびりと入ることができてなかなか良い。
食事は山側の部屋。夕食は、いったい何種類出て来たのか覚えていられないほど、これでもかと出てくるが、少量ずつなので何とか食べきることはできた。やはりここでも山形牛が出て来る。山形は、何処へ行っても蕎麦か牛肉だ。
食事だけでなく、風呂も、部屋(除、布団部屋的男子部屋)も、建物の雰囲気も、温泉街の雰囲気も申し分ない。まったく、このちゃんと和尚は、惜しいことをしたよ。

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古山閣HP: こちら 
 

丁度1年ぶりの日光沢温泉。毎度感じることだが、ここには何度来ても、また次の機会が待ち遠しくなる。昔から、接客そのものは山小屋的にそっけないが、別に求めていることはそんなものではなく、この宿の存在自体、というかここへ泊るだけで満足できることなので、その点では三斗小屋温泉大黒屋や、安達太良山のくろがね小屋と並んで、自分にとっては稀有な存在である。
今回は、尾瀬から鬼怒沼湿原を経てやってきた(山の記録はこちら)。随分以前から温めていたこのコースは、距離は長いが、尾根の途中にある何れのピークも巻いているため、それほどのアップダウンはない。考えてみれば、ひとつもピークを踏まずに、一日歩き続けたのは、かなり珍しい。もしかすると個人的には、ネパールのトレッキング以来かも知れない。
それにしても、昨年に引き続き、尾瀬から鬼怒沼まで終始、雨。元々眺望が利かないところなので、晴でも雨でもたいした違いは無いと思うが、段々冷えて来たのには参った。なにか重ね着しないと耐えられない程ではなかったので結局、日光沢まで歩き通してしまったが、着くなり、何をさておいても風呂に浸かりたくなった。内湯の湯船に身体を沈めると、強張った筋肉がみるみるうちに弛緩してゆくのを感じ、実に心地良かった。こんな経験も久しく無かったと思う。いちおう温まったところで、折角なのでついでに2つの露天風呂にも行ってみる。我乍ら、こんなことも珍しい。
今回、我々尾瀬組7人衆以外に、二つの単独行パーティが日光沢温泉にやってくることになっていた。合計で9人という、かなりの大所帯である。女夫渕組のくまちゃんは、我々の到着後、ほどなく宿に現れたが、もうひとりの単独パーティである大清水組のWoodyさんは、夕食の時間になっても現れない。鬼怒沼湿原を越えてやって来るので、到着は日没後になりそう。
段々気が気では無くなってきたので、夕食後、玄関が目の前にある談話室で待っていると、やがてヘッドランプを点けたWoodyさんが、この宿に住む柴犬の出迎えを受けながら無事到着、女性陣総出のねぎらいを受けた。宿の若旦那は、脚付膳を談話室まで持って来てくれたので、皆に囲まれ質問攻めに遭いながら、Woodyさんは美味そうにビールを呑み、夕食をとっていた。

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ぎっくり腰を患ってから3週間、さすがにまだ、立ったり座ったりの繰り返しがしんどいので、山も自重するしかない。元々の計画では三斗小屋温泉から大峠、三本槍岳、甲子山を経て、甲子温泉大黒屋に投宿する予定だったが、下界を廻って電車で新白河まで移動することとし、宿へ連絡を入れて送迎バス(15時50分発)に乗せて貰うことにした。
この送迎バスに間に合うために、那須塩原駅から新白河駅までの移動は、在来線だったら、那須塩原駅(13時55分発)⇒黒磯駅乗り換え⇒新白河駅(14時41分着)しかないが、これはもう「那須観光やな」を出た時点で、既に間に合わない。次の電車だと、那須塩原駅(15時22分発)⇒黒磯駅乗り換え⇒新白河駅(15時55分着)となって5分、間に合わない。新幹線も在来線と同様、1時間に1本だが、こちらは都合よく、那須塩原駅(15時22分発)⇒新白河駅(15時32分着)となっていて、まるで新幹線に乗るよう、仕組まれているようだ。
ところが送迎バスに乗ったのは小生ひとりだけ。それが判っていれば、5分待っていてくれ、と云えたかもしれないが後の祭り。
甲子温泉に到着すると、既にWoodyさんは無事到着していた。雨を突いてバリバリ登っていたヒトよりも、下界で呑んだ呉れていた方が遅いとは、まことに恐縮である。それにしても、Woodyさんと二人だけで、ここに泊まることになるとは思わなかった(Woodyさんも同じ感想)。
とりあえず、先ず風呂にいってみよう。行くなら名物の大岩風呂だ。説明された通りに通路を辿ると、スリッパからサンダルに履き替え(長靴も置いてある)、そのうち地下道(トンネル?)の階段を暫し下ると、出口。沢の音が響いてくる。扉の手前には、傘がいっぱい並んでいるが、それ程の雨ではないので、そのまま外階段を下ると、橋だ。この川が阿武隈川なのだろう。大岩風呂の建物は対岸にある。
中へ入ると大きな湯船が見え、数人が屯している。何十人入れるのか判らないが、かなり大きい。右の衝立の奥が脱衣所。湯加減は丁度良く、肌触りもやさしい感じ。
風呂から上がったら、生ビールをオーダー。部屋に持ってきてくれるところが、うれしい。ビールを呑みながら窓の外を眺める。窓の外は鬱蒼とした緑。周りにはもちろん何も無い。最寄りの新甲子温泉まで4kmぐらいは離れているので、こんな景色をこの宿は独り占めだ。見渡す限りほぼ全てが広葉樹林。今度は是非、紅葉の頃に来てみたい。

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甲子温泉大黒屋のHP: こちら

和尚が三斗小屋温泉に行きたい、と云い出したので、ほぼ2年ぶりにやってきた。計画では茶臼岳、南月山、朝日岳をトレースしてから三斗小屋温泉へ向かう予定だったが、3週間前のぎっくり腰のため、小生だけ自重して三斗小屋温泉へ直行することとした。今回の宿も、前回同様、大黒屋にした(レポはこちら)。
当日は生憎の天気だが、なんとか降られずに済んで欲しいと思いつつ、ロープウェイ山頂駅を出発。途中で、牛首経由で南月山へ向かう二人パーティ(B班)と別れ、茶臼岳を目指す。天気の割には結構、ファミリーハイカーが多い。山頂からは微かに日光連山が望めた。
峰の茶屋へ下る途中で今度は、南月山を往復してから朝日岳へ向かう二人パーティ(A班)と別れ、C班単独行として峰の茶屋のコルに到着。このまま三斗小屋温泉方面へ下ると、12時には大黒屋についてしまう。いくらなんでもちょっと早過ぎるが、かといって朝日岳なんぞに登る気もしない。しかたなく、休み休み、だらだら進むことにした。
避難小屋まで下れば、あとはほぼ水平移動。こんな時間、こんなところは誰も歩かないかと思ったが、三斗小屋温泉方面からぽつりぽつりとやってくる登山者がいる。三斗小屋温泉の宿を随分とゆっくりチェックアウトしたのだろうか。この辺りの緑は多少色付き始めたようで、その微妙な色加減がなかなか味わい深い。
ゆっくり歩いても結局、11時50分に大黒屋到着。まだ掃除中とのこと。囲炉裏端で待たせてくれるかと思ったら、外で待ってくれとのこと。仕方ない、と電子書籍を読む。1時間ぐらいは待たされそうな雰囲気だったが、12時半には部屋へ通して呉れた。風呂も入れるとのことなので、早速直行。
はっきり云って、ここ大黒屋の大風呂に優る内風呂は、無いと思う(キッパリ)。それでも多少条件がある。少なくとも、明るいうちに入りたい。真っ暗だったら良さは半減。そして、晴れていればベスト。今日は晴れていないのでベストではないが、まずまずベター。窓は全て開け放たれていて、風呂場には緑が溢れている。また此処の風呂に入れることに感謝。
風呂から上がって、部屋でビールを呑みながらまた電子書籍。Woodyさんから託された日本酒があるが、コップが無い。お茶や湯呑みもまだ部屋に配られていないし、取りに行くのも面倒だな、皆が来るまで待つとするか・・・。そうこうしているうちに、うとうとzzzz。夢心地の頃、ようやくA班、B班が到着。さあ、宴会だ。
(山の記録はこちら)

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南佐久の御座山と茂来山を登るため、麓の宿に一泊する計画を立てた(山の記録はこちら)。そうなると、二つの山に挟まれた相木川沿いに宿を探すのが順当。その条件に合致するのは、今も昔も「相木荘」である。
御座山も茂来山も、だいぶ以前から気になっていた山で、特に御座山は「日本二百名山」なんぞに選定される以前から登ってみたいと思っていた。八ヶ岳から見ると、茫洋とした奥秩父山塊の中に溶け込んで良く判らないが、直ぐ南に位置する天狗山から初めて見たときには、とても印象的な山容だった。どちらの山を登るにしても、公共交通機関利用では日帰りは困難なため、登る機会さえ訪れれば、丁度良い場所にある「相木荘」に泊まることは以前より決めていた。
今回、栗生口から御座山を登り、山口へ下ることにしたが、北斜面には雪がたっぷり残っている。意外にも雪にはトレースが無く、沢沿いコースである山口へのルートはやや躊躇われたため、尾根通しで下れる白岩コースへ変更した。白岩登山口に下り立ち、適当なところでタクシーを呼ぶが、主要道路以外は除雪がされておらず、なだめすかして漸く、ノーマルタイヤで恐る恐るやってきた。タクシーに乗れば、20分ほどで「相木荘」に到着。
「相木荘」は、田舎の親戚宅へお邪魔したような雰囲気の宿。本日の宿泊客は我々だけ。客間の様な、居間の様な炬燵部屋でお茶をどうぞ、と云われ、「ではビールも下さい」と炬燵に入る。炬燵で呑むビールは美味い。ここの炬燵には、温風ヒーターから導管を通じて温風が吹き込まれている。この地方ではこれが普通です、と大女将。冬の寒さが偲ばれる。お茶受けに、きな粉餅が二つも出てきた。きな粉は緑色がかっている。普通ならば、これで一食分のカロリー。折角なのでいただくと、意外にもきな粉が塩辛かった。
夕食には鯉のうま煮が出てきた。やはりここは佐久地方。それほど甘くないので、酒の肴に良い。さっき餅を喰ったばかりなので、もちろんご飯まで辿り着けない。
宿の方に、明日は茂来山に行くと云うと、じゃあ四方原山から登れと仰る。行けないことは無いが随分と尾根を辿ることになり、もう1泊したくなりそう。何故、四方原山からのルートを勧めるのか。恐らくは、四方原山が村の山(北相木村と佐久穂町の境界)だからではなかろうか。茂来山は小海町と佐久穂町の境にあるので、直接登るルート(親沢口や槇沢口、霧久保沢口)は何れも北相木村ではないのだ。
翌日、迎えにやってきたタクシーの運転手は、「相木荘」の大女将曰く「息子の同級生」とのこと。人口800人余の北相木村。きっと村民は、全て顔見知りなのだろう。今度「相木荘」へ来る時は、シャクナゲの咲く頃にしよう。

057 相木荘に到着。

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相木荘のHP: こちら

白川郷から高山駅に戻ったら、今宵の宿へ。徒歩数分のところに「高山桜庵」(たかやまおうあん)がある。13階建てのビルで、この市街では一番高いのかも知れない。13階には展望風呂があるらしい、楽しみだ。ここ、「高山桜庵」は駅から近いし、街へ散歩するにも便利。Google Mapのクチコミを見ると、投稿者は殆どが外国人。皆さん、絶賛している。
チェックインの際、1階のロビーにある観光マップを何の気無しに眺めてみると、日本語も含めなんと11言語。ヘブライ語まであるのには驚いた。高山が如何に観光に力を入れているかが判る。ロビーには外国人観光客が多い。ここは、ロビーから靴を脱いで上がる和風旅館スタイルなのだが、それに気が付かない外国人が土足で歩きまわっていた。パッと見は全くのホテルなので気が付かないのかも知れない。宿の接客係もなかなか説明するのは難しいのだろう。
我々の部屋は12階。眺めは申し分ない。ひと息ついたら夕餉のレストランへ。すでにかなりの客がいる。ここの夕食は、料理の一部(八寸と焼きもの)が決まっているほかは、好みに合わせてビュッフェという、まさに折衷スタイル。飲み物は「飛騨ビール」を呑んでみた。
焼きものは、飛騨牛と野菜の鉄板焼き。これを予め温めておいた朴葉味噌に付けて召し上がれ、とのこと。「飛騨牛」と「朴葉味噌」という二つのブランドをまとめていただくと云う、贅沢なもの。やはりブランドがあると云うのは大きな強みだろう。
翌朝は、完全なビュッフェスタイル。宿の朝飯はついつい喰い過ぎる傾向があるが、ここでも同様。様々バリエーションがあるが、なかにはここ、高山でしかお目に掛かれないかも知れないシロモノもあった。ちょっと別の店で確認してみたい。
ところで、展望風呂には朝、行ってみた。生憎の小雨模様だったが、開放感は充分、気分は壮快。これがこの宿のウリであることは明白である。

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2016年最初の山は、天子ヶ岳・長者ヶ岳と毛無山(山の記録はこちら)。公共交通機関によるアプローチでは、なかなか遠い位置にあるので、日帰りは困難。麓の宿で一泊するしかないのだが、この辺りの宿もだいぶ限られている。立地条件が良い宿は唯一「休暇村富士」なのだが、かなり人気が高い宿で、数か月先まで予約が一杯になっている。そのため、暫く先の計画にするしかないかと考えているうち、偶々予約状況を確認してみると、コテージがひとつ、空いているのに気が付いた。以前見たときには一杯だったので、きっとキャンセルがでたのだろう。さっそく予約を入れた。ちなみに、HP上の案内ではコテージは5人まで、となっているが、予約申し込みフォームでは6人まで入れるようになっていたので、MAX6人で予約を入れた次第。
長者ヶ岳から下りてくると、田貫湖畔の何も無いところに「休暇村富士」は、やけに立派な建物のように感じる。田貫湖越しに富士が見える、抜群のシチュエーション。裏山が丁度、天子ヶ岳と長者ヶ岳なのだが、誰もそんな山なんて見向きもしない。フロントでチェックインしたら、コテージへ。歩くと、5分では着かないくらい離れている。
1階は、ベッドが2つあるベッドルームとリビング・ダイニング、キッチン、ユニットバス、手洗い。階段を上がると畳敷きの屋根裏部屋(いまふうに云えばグルニエ)に4人が寝られるようになっている。屋根裏は詰め込めばもっと寝られそうである。1階の富士山側にはウッドデッキがあり、陽気が良ければ外で一杯やるには良さそう。
食堂と温泉は本館にあるので、コテージで軽く一杯やったあとに、しっかり着込んで移動。富士山が目の前に見える(はずだが、もうとっぷり陽が暮れていて見えない)温泉でさっぱりした後、夕食はビュッフェ形式。和洋中、色々あって品揃えは豊富。どこかの格安ホテルチェーンよりは、はるかにゴージャスである。
惜しむらくは、朝食が7時からとなっていて、我々のニーズ(6時半出発)には合わず喰い損ねた。それでも、これで9,150円はじゅうぶんお得だと思う。いつか、長者ヶ岳と毛無山の間を登りに来ることがあったら、また是非、この宿に泊まりたい。じゃなくて、この宿に泊まるため、長者ヶ岳と毛無山の間をチャレンジしてみたい、と云う方が相応しい。

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休暇村富士のHPはこちら 

日光沢温泉から根名草山、念仏平、温泉ヶ岳、金精山を経て日光湯元まで、天気が悪いにしてはしっかり歩いた(山の記録はこちら)。晴れていれば、鬼怒沼と燧ケ岳ぐらいは見えたと思うが、それは致し方ない。しかし、下るほどに天気が回復してきたのは皮肉な話だ。
国境平からの中ツ曽根の下りは、とても厄介な道。前白根山からの下りも相当の悪路だったが、それに匹敵する。この辺り、土壌が流出しやすいのか、所々で道が突然、深さ数メートルも抉られていて、下るのに難渋する(登るのだって大変だろう)。これで、笹が生えて無くて、捉まるものが無かったら、転がり落ちるしかない。
今宵の宿「かつら荘」は、日光湯元温泉街の西端に位置するので、中ツ曽根に近いのが有難かった。洒落た洋館、結構新しいようである。泥んこ状態の我々が入るには少々憚れる程キレイだ。この辺りの宿は、たいてい日帰り入浴が可能。ここも700円払えばOK。宿の入口に立っている桂の木は真っ黄色、この宿のシンボルか。
案内されたのは2階の角部屋。ずぶ濡れリュックサックは板の間に置かせてもらい、濡れた雨具やスパッツ等を室内に干し、着替えを整えたらさっそく風呂だ。ここ日光湯元の湯は、強烈硫黄泉。風呂場の窓を閉め切っていると、間違いなく硫化水素中毒になる。ヤマショウビン氏の官舎に泊まらせてもらった時(もう30年くらい経ったか)に覚えた。今日の湯は随分と白濁していて全くのにごり湯。あとで若主人に訊くと、天気によっても変わるし、しばらくすると段々、澄んでくるのだそうだ。
部屋に戻って生ビールを注文すると、部屋まで持ってきてくれる。このへんが日光沢温泉とはちょっと違うプチ贅沢。夕食も、おかずを食べるのが精いっぱいのボリュームだった。
翌朝は快晴、朝飯前にちょっと散策。源泉はもうもうと蒸気を上げていた。そう云えばこの近くに、かつて、立ち寄り湯の「はるにれの湯」があった筈だが今は無く、更地になっていた。何度か利用させてもらったし、にごり湯だった。中も外も、強烈に渋い建物だったので、単に取り壊されて、それまでになったのかも知れない。妙に残念に感じる。

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かつら荘のHP: こちら 

今回は、日光沢温泉に前泊し、根名草山、温泉ヶ岳を越えて、日光湯元温泉に下ろうと云う贅沢プラン。予てより、この秋の時期を狙っていた。日光沢温泉に予約を入れようとすると、必ず「うちは旅館じゃないですよ」と釘を刺される。いわゆる観光旅館をイメージしていて、実際に来てみてびっくりされる、というのが間々あったのだろう。勿論、我々はむしろその普通の「旅館」らしくない雰囲気を求めて訪れるのである。
奥鬼怒の玄関口と云えば、女夫渕BSの目の前にあった「女夫渕温泉ホテル」だったが、今は影も形も無い。痕跡すら無い。結構気に入っていた宿だったし、立ち寄り湯も出来て路線バスの待ち合わせにも便利だった。東日本大震災で廃業した宿は、他に安達太良高原ホテルもそうだ。どちらも「山の駅」とでも云うべき立地にあって申し分なかった。源泉は残っていると思うので、是非、今後の復活を期待したい。
女夫渕BSから、遊歩道を2時間歩けば日光沢温泉。あたりは紅葉が始まっている。川沿いなので基本的にはほぼフラットな道なのだが、年中行事の如く土砂崩れが起きていると思われ、今回も日光沢温泉のすぐ近くで大規模な法面修復工事が行われていた。
その工事現場のすぐ先が日光沢温泉だった。やや騒然とした雰囲気で、鄙びた感がやや損なわれ、宿が工事現場の飯場に見えなくもない。帳場で受付をしてから部屋へ案内される。酒盛りを始めるには少々時間が早いので、滝を見物に行こうと云うことになり、暫し散策。オロオソロシノ滝などを見物し、宿に戻ってきたのが午後4時頃。この宿の番犬達(柴犬親子)がお出迎え。荷物を整理したら、さっそく風呂へ。ここは男女別内湯以外に、混浴露天風呂(19時から21時は女性専用)が2つあり、源泉も異なると云う。野趣溢れる雰囲気が良い。
風呂から上がったら何は無くとも先ずビール。部屋の明かりは、いまだに裸電球。ひとりで炬燵に入りながら、裸電球の下でビールを呑むと、それだけで昭和にトリップできる。やがて女子連も風呂から上がり、皆で乾杯。そうこうしているうちに夕食の時間を告げる案内。食堂に集合。畳の間に、脚付膳が並んでいる。他に、脚付膳にお目にかかるのは、三斗小屋温泉の大黒屋と煙草屋ぐらい。そう云えば、建物の佇まいも、なんとなく似ている。下野の国の湯治宿に共通な特徴だろうか。

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日光沢温泉のHP: こちら 

剱御前小舎から雷鳥沢を一気に下り、沢の出合から一転、みくりが池温泉までひと汗、ふた汗かいて登り返した後、漸く宿の前にあるテラスのテーブル席に着くと、取るもの取り敢えず、先ず真っ先に生ビール(700円)を調達。まだ12時過ぎ、今日も一日良い天気だ。ここのテラスはとても気持ちいいが、日差しが強いのでジリジリ焼けそうだ。ひと息ついたあと、まだ時間が早いので、チェックインして汗を流したら、昼寝でもして午後4時にまたテラスに集合と云うことで一旦解散。
ここ「みくりが池温泉」は、畳敷きの和室と、ドミトリー式の2段ベッドが並んだ相部屋がある。前者は浴衣も付いているので完全に温泉旅館と云っていいが、後者はちょっと気の利いた山小屋という感じ。我々は2段ベッド。荷物を部屋に置いたら温泉へ。
ここは正真正銘の日本一標高が高い温泉。そのせいか、風呂場は激込み状態。特に、脱衣所が狭いので、これから入る人は着替えを持ったまま、風呂から上がった人はタオルを腰に巻いた状態で辛抱強く待っている。小生も行き掛かり上、その群れに入ってしまったので気長に待つ。
何とか風呂に入ってさっぱりした後は、レストランで白海老の唐揚げと生ビールを注文。白海老なんてあるのは、流石ここも富山県ということか。この宿は、風呂場に行く途中にレストランがあるので、風呂上がりには、自然とここでビールを呑むことになる。実に憎い配置である。なおちゃん、のんちゃんも同様に引っかかってまた乾杯。
風呂上がりの一杯をエンジョイした後は、部屋に戻ってしばし昼寝。ほろ酔い加減で熟睡できた。
4時になったので外のテラス席へ。まだカンカン照りで、日焼け止めが必要な状況。持参したワイン、日本酒、つまみで暫し、この雲上の楽園を楽しむ。聞くところによると、モンベルカードがあれば、ソフトクリームがタダとのこと。へ~、タダだったら喰ってみるかと、ん十年ぶり(?)に喰ってみた。もちろん、酒の肴にはならないが、今日の陽気には悪くなかった。

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午後4時半、トムラウシ山から下りて、漸く東大雪荘に戻って来た。今日、持って行った水3Lは、殆ど飲み干したのにも拘らず、宿に戻ると風呂にも行かず、先ずビールをがぶ呑み(兄貴は汗を流す方が先決で、風呂へ直行)。ふー、生き返ったー。こんな美味いアサヒスードライを呑んだことは、とんと記憶に無い。気温はそれ程ではなかったものの、やはり日差しが出ると暑くて喉が渇く。12時間半も歩いていれば、3Lの水を飲んでも不思議はないだろう。
それにしても、12時間以上も行動していると、山そのもののことよりも、歩くこと自体に飽きることが判った。こんなに歩く必要があれば、もう山に登れなくてもいい、と云う気になる。トムラウシは遥かな山だ。でも考えてみると、雲取山だって鴨沢から片道約11km、往復12時間なんてかからないが、それなりにタフなコースだ。電車とバスでは日帰りは難しいので、雲取山日帰りなんて考えたことも無いが、物理的に可能になったとしても、果たしてそういう気持ちになれるかどうか(なにせ、アドレナリンの分泌量少ない故)。
何れにせよ今回、膝が壊れなかったのは、多少自信になった。そう云えば、東京は今日、梅雨が明けたらしい。ここがいくら暑かったとは云え、東京に較べればはるかにましだ。やはり北海道くんだりまで来た甲斐があった訳だ。少々、優越感で気分が良くなった。さて風呂に行くか。
風呂場への途中、山の情報を共有するための掲示板(ホワイトボード)がある。ヒグマには遭遇しなかったとか、ナキウサギを見たとか云うのと並んで、東大雪荘を何時に出て何時に帰って来たのか、という記録が興味深い。曰く、
 ・出発3:45 帰着14:45
 ・出6:13 帰14:16 (28才女、27才男)
 ・短縮登山口4:19 下山11:37 (57才男)
など、結構早い方々がいる一方、
 ・A社2:30出 → 18:00帰
 ・B社3:30出 → 18:30帰
 ・C社3:45出 → 20:30帰
なんて記録もある。「○社」となっているところは、ツアーだろう。有象無象の集団であれば、なかには脚力の弱いヒト、調子が出ないヒトもいるのだろう。それにしても短縮コースであっても、15~17時間も歩いたヒトたちがいる(もはやこれは山登りではない、壮絶すぎてサバイバルそのものだ)訳で、それに較べれば12時間で「飽きた」なんてほざくのは甘っちょろいかも知れない。

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JR新得駅からバス(往路1日1便、復路1日2便しか無い)で1時間半のところに、「東大雪荘」という国民宿舎がある。鉄筋コンクリート造りの建物はなかなか立派で、人里離れた原始の森の中にある、一軒家とは思えない。客室数は29あるが、シーズン中は、常に満室という、人気の宿であるらしい。トムラウシ登山とは無関係に、単に温泉に浸かりに来る客もそれなりに居るようだ。
新得駅からのバスには、我々を含めて3パーティ、5人のみが乗車。我々以外は何れもでかいリュックサックなので、単にトムラウシ山往復ではなさそうである。バスは玉蜀黍畑や馬鈴薯畑を抜け、十勝川を延々と遡る。途中、遠くに十勝連山らしき山山が見える。
宿にチェックイン後、明るいうちに登山口を確かめようと行ってみると、他の3人も来ていた。単独行の方の話によれば、トムラウシ、大雪山を越えて層雲峡まで行くとのこと。いったい、何日で行けるのだろうか。何れにせよ、我々はそんな真似はできない。へ~っと感心するばかり。登山口の傍に源泉があり、噴泉塔まである。珍しいシロモノだ。源泉の温度は93℃とのこと。
下見がすんだら風呂へ。ここは日帰り温泉(500円)も受け入れているので、かなり賑わっている。露天風呂で、缶ビールを呑んでいる輩もいる(宿に内緒で呑んでいる?宿は黙認?)。随分とご機嫌のようだ。もう一仕事終わらせてきたのだろう、我々も肖りたいものだ。
さっぱりしたら、食堂である「レストラン・カムイ」で夕餉。テーブルに並んだ料理は、車道が通じているにしても、こんな奥深い山の中としてはまずまずか。通常は、1泊2食付きで8,000円だが、夏のシーズンで+1,000円、休前日だと更に+1,000円ということで、今日は10,000円。8,000円だとお得感がありそうだが、10,000円だとこんなものかな、という料理であった。それでもこれだけ料理があるので、やっぱり生ビールと日本酒をグビグビ呑んだ(あれっ、自重してたんじゃ・・・?)。とりあえず、明日は明日だ!

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東大雪荘のHP: こちら
 

ゴールデンウィークはこの頃、露天風呂付き温泉旅館をベースキャンプにした山登りという、これ以上ない楽ちんツアーが続いている。そんな都合が良い旅館は日本広しといえども、そうはない。ここ、川古温泉は宿と温泉自体、まったく申し分ない。谷川岳に登るにはやや交通が不便(≒タクシー代がかかる)だが、そんなのはこの際、二の次。
川古温泉浜屋旅館は、自然の真っただ中に、ポツンとある感じ。まさしく俗世間とは隔絶されたところにある。ここに来る客は、基本的に自然の中でゆったりしたいと思っている方々ばかりのようで、我々のような登山姿はいない。昼間にせこせこ山登りしたりせず、何にもせずにぼーっとするにはもってこいなのだろう。湯治客向けに1泊3食付きの低価格プランもある。基礎代謝量が低空飛行の者には丁度いいかも知れないが、我々のように呑んでばかりいては、大した違いにはならない気がする。
着いたら先ずは風呂だ。広い露天風呂には、けっこう堂々と女性が入っていたりするが、この宿では(けしからぬことに女性にとってはありがたい)入浴衣(650円)を売っていて皆さん、愛用しているようである。湯はかなりぬるめなせいか、湯船に浸かりながら本を読んでいる人も見受けられる。まこと優雅な湯浴み。見習いたいものだが、こっちはうっかりすると湯当たりしてしまうのでそうもいかない。
湯上りはビールだが、部屋の冷蔵庫にあるビールは残念なことにやけにぬるかった。あとで気が付いたが、食堂にある自動販売機のビールの方がずっと冷えていた。ともあれ、さっぱり汗を流し部屋に戻り、窓の外の新緑を愛で、川の流れを聞きながら飲み干すビールは何ものにも代え難い。これだけでここに来た価値があると云うもの。
でもこのあとはいつものように、夕食前に、皆が持ち寄った日本酒、ワイン、酒の肴で一杯やる。これも泊まりの楽しみの一つである。夕食に差支えないように呑み喰いするのがなかなか難しいので、結局いつも喰い過ぎになる。たまにだから、まっ、いいか!


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川古温泉浜屋旅館のHP: こちら

今回は泊まりも松島。ネットで適当に選んだのだが、偶々「かき小屋」のすぐ傍で、JR東北本線の松島駅からも、JR仙石線の松島海岸駅からも歩ける位置にある、ここ「小松館好風亭」にした。高台で松島湾が目の前、展望抜群の処に建っている宿だった。生憎の雨で見通しは良くないが、むしろそのおかげで風情ある景色を眺めることができた感じ。雨に煙る松島は悪くない。
この宿は、斜面に建っているせいでフロントは2階、風呂と食事処は1階、我々の部屋は3階となっていた。家族連れが多いような感じだが、なかには同窓会なのか、熟年男女20~30人の集団が泊まっていた。部屋の窓からは松並木越しに松島湾を見渡せる。
昼食であれほど牡蠣を喰ったのに、日が暮れてくると腹が減ってきた。不思議だ。午後6時になったので1階の食事処へ。夕食のメインは炭火焼プランとなっている。色々ある中から、ひとり4種類、ふたりで8種類の焼き物(一部、煮物や揚物あり)を注文できる仕組み。結局、いわい地鶏、荏胡麻豚、ほっき貝、松島穴子の天麩羅、銀だら煮付け、温野菜(バーニャカウダ)、蟹みそ甲羅焼き、海老鬼殻焼きをいただいた。メニューには牡蠣もあったが、云うまでもなく頼まなかった。
デザートとコーヒーは、わざわざ2階の喫茶コーナーへ移動する。日中見ると、ここからは素晴らしい松島湾の眺めなのだが、夕食時、外はまったく漆黒の闇なので、わざわざ足労をかける意味が無いような気がする。でもまあ歩くのが億劫ではないので移動するけど。
朝は別の大部屋で食事。結構、量があったがぺろりと食べられた。不思議と旅館の朝食はお代わりするほど食べられる。夕食も朝食もそれなりに豪華で美味かったが、きっと1年ぐらい経つと、何を食べたのか思い出せないだろう(写真が覚えていてくれるだけだ)。その意味で、かき小屋の焼き牡蠣喰い放題はきっと一生忘れないと思う。それはそれとしても、この宿はともかく立地は抜群である。いつか天気が良い時にまた来てみたい。

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ほぼ8年ぶりの訪問。前回(山の記録はこちら)は立ち寄り湯だったので、ようやく念願叶って宿泊となった。ここの魅力は何といっても温泉にある。それも、やはり露天風呂にとどめを刺すしかない。ここは白戸川という、川そのものが温泉になっていて、湯の名前もそのまま「川の湯」。豪快にかけ流しの湯である。カラスの行水を地で行く者にとっても、ちょっとゆったり浸かっていたくなる。もう一つの魅力は、一般受けしないものだが、冬のこの時期、大丸温泉までしか車が入れないことから、ここに余計な(つまり山の上では不要な)荷物を全てデポして山に登れるという、立地条件が実に丁度良いのである。従って、山から下りればそのまま軽い荷物のままチェックインとなる。
ところで、チェックイン時に、民芸調のロビーでさっそくビールを飲むべく仲居さんに聞くと、外来の方はここでは飲めません、と不思議な返答。我々の登山者姿を見て、宿泊客ではないと勘違いしたようだ。それに宿泊客とわかったあとも、折角の抹茶とお茶うけを出そうとしているのに、いきなりビールを飲み出したのでちょっと戸惑いを隠しきれない様子。ど真ん中の直球が来ると思っていたら、いきなり暴投が来たという感じか。我々以上に癖玉を投げる客だっているだろうし、もう少し経験が必要なのだろう。
部屋に通されてから、「川の湯」ですっかり温まった後、いつものように部屋呑みを開始。今日は酒の肴も豊富で、ワインも瓶毎持参されていてちょっと豪勢。夕食にも豪華な料理が出るだろうと思いつつもついつい呑んで摘まんでしまう。ところが、料理もさることながら(勿論、美味しかったが)、夕食には一部屋毎に猪口で9種類の利き酒できるプランがついていて、これがなかなか面白かった。常日頃、9種類もの酒(宿の人が日本酒のことを知らないせいか、残念ながら銘柄しか書いて無いものもあって、純米なのか、吟醸なのか判らない)を一度に比較することはない。それこそ9人が9人とも嗜好が異なることが良く分かって、大変盛り上がった。この次の機会も期待したい。ちなみに、鳳凰美田(たぶん吟醸)も四季桜(春夏秋冬とあったが本醸造?)も美味かったが、個人的に蔵隠し(たぶん富川酒造、銘柄、精米度とも不明)が一番インパクトを感じた(この頃、酒に刺激が無いと寂しい)。売店で買おうかと一瞬思ったが、四合瓶で5,800円ではちょっと手が出ない。

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第1日目の篠井山と第2日目の思親山をはしごするため、南部町にある佐野川温泉に泊まった。温泉の名前は学生の頃から知っていたのだが、泊まったのは今回初めてである。個人的にはひそかに期待していた。富士川の支流である佐野川を少々溯った川畔にある、ひっそりと少々鄙びた感じの宿であるが、部屋に入ってみると意外に内装は新しい。
風呂は玄関のすぐ左手にあって、正面に喫茶スペースがある。日帰り温泉(650円)としても十分な機能を持っていると云える。部屋に通じる廊下に、ずらりとタオルを掛けて置けるようになっているのは、なにやら湯治場の雰囲気を感じさせる。湯は、微かな硫化水素臭がして、とても柔らか、湯温も丁度良くしてくれている(源泉は31℃と、ちょっと冷たい)。今日の宿泊客は、我々以外に4組、全員合わせても20人ぐらいか。夕食の前に、部屋で酒と肴と共に今日の余韻を暫し楽しむ。
夕食は部屋まで持ってきてくれる。鍋も、焼きものも、揚げものもなかなか豪華で申し分ない。ご飯を食べたかったとしても、辿りつくのは容易ではない程の量である。朝食は小さな食堂に集まって頂くのだけれど、こちらも様々なご飯のお供があって食べ応え十分。これで1泊2食で9,500円(税別)とは、お値打ちである。周りに何もなく長逗留するにはちょっと寂しいところだが、山旅の中継地としては申し分ないと云える。このまったく飾らない素朴宿がこのまま続いてくれることを願いたい。

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_DSC5014食事の前のおつまみ

_DSC5015豪華な夕食

_DSC5016朝食もボリュームたっぷり

_DSC5017立派な卓球部屋

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佐野川温泉のFB: こちら 
佐野川温泉のHP: こちら

あいにくの雨で、剣の峰の登りはなかなかハードだったが(山の記録はこちら)、その分、山を越えた先の「金湯館」では癒された。10年近く来ていなかったが、佇まいは概ね昔のまま。午後2時前の到着、宿の人総出で迎えてくれた。大女将が、濡れた合羽やザックカバー、スパッツ等は、干しておきましょう、と預かってくれる。有難い心遣い。通された二間続きの部屋こそが、伊藤博文等が明治憲法を起草するために逗留していた処と聞かされた。
早速、風呂へ。ぬる好きの小生でもぬるいと感じる湯だが、その分長く入っていられ、温まる。さっぱりしたら、部屋に戻り、ビールを皮切りに小宴会。豪華なつまみが集合した。ワインはコノスル・カベルネソーヴィニョン、日本酒は麓井・純米本辛 圓(まどか)、屋守(おくのかみ)・純米無調整生詰を用意。障子は雪見障子になっていて、外の紅葉が見える。ちょっと贅沢な気分。夕食、朝食とも部屋食。地のものが使われた料理はなかなか食べ応えがある。これで1泊9,500円(税別)と、北アルプス辺りの山小屋と変わらない料金。素晴らしい。
二日とも雨を覚悟していたが、翌朝は、山の神の御目溢しのような快晴だった。

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焼岳登頂を果たし大パノラマを堪能したら、少々名残惜しいが上高地を目指して下山開始。先ずは焼岳小屋へ。多少ザレたところもあるが、概ね歩き易い道。まだ、笠ヶ岳や穂高、霞沢岳等が視界に入ったままの下山なので、自ずと歩みは遅れがちになる。U字渓谷を蛇行して梓川が流れているのが見下ろせる。その周囲に上高地帝国ホテルの赤い屋根を始め、いくつかのリゾート施設が点在しているのも視認できる。スイスアルプスもかくや、という眺め。見上げると霞沢岳の上には、刷毛で掃いたような上層雲がやってきたが、それも上高地に下りる頃にはいつのまにか見えなくなった。
焼岳小屋は、針葉樹林帯の中、まったく眺めがない狭隘な地形に建っている。建物自体は小じんまりしているが、辺りにはかなり多くの登山客、それも若者達が屯している。丁度昼時だからだろうか。なかには、小屋の目の前の岩でボルダリングに興じている者もいる。冷たいジュースでも売っていれば(勿論、まだ先があるのでビールではない)飲みたいところだったが、腰を降ろす場所もないので素通りする。
再び樹林帯から出てガレ場の急降下となる。やがて峠沢に沿って下るようになり、見上げれば荒々しい焼岳のドームが覆い被さってくるようだ。この峠沢はかつて溶岩流か火砕流が流れ落ちたのか、カール状に深く抉れている。中の湯側とは全く違った焼岳の容貌を見せている。急な岩壁に掛けられた長い長いアルミ梯子で数人が渋滞中。見ればストックが邪魔している様子。鎖場、梯子場でのストックは百害あって一利なし、さっさと仕舞うべし。この先は、延々樹林帯の中、眺めが無ければ黙々と足早に下るだけ。
次第に傾斜が緩くなり、樹相も変わり、上高地の一角に入ってきたのを感じる。やがて車道(治山運搬路)と合流。さらに先へ進むと田代橋への分岐。とたんに観光客がぞろぞろと現れる。上高地温泉ホテルまで来るともはや観光客だらけ、登山姿は殆どいない。やや場違いな雰囲気すら感じる。空が広くなり、眺望も得られ、迫力ある前穂高・明神岳山群が眩しい。その先、五千尺ロッジや西糸屋が並んでおり、折角なのでビールでも飲もうかと寄ってみるが、気が利いたテーブルが見当たらない。結局、今日の宿、白樺荘まで来て、売店の前のテーブル席を確保。日当たりが良く、風が全く吹かないのでかなり暑い。河童橋の奥に六百山の異形が間近に聳えているのを眺めつつ、ビールでひとり乾杯。目の前を観光客やら登山客らが引きも切らない。さすが、上高地の中心地である。そのうち、明神池の嘉門次小屋で、蕎麦と岩魚塩焼きを喰って来たというカミさんと合流し、その後も青空天井の下で、行きかう人々の表情を眺めつつ暫しビール。
やがて陽が山並みに隠れ、涼しくなってきたので白樺荘にチェックイン。通された部屋は、見事に遮るものが無い穂高連峰が窓の真ん前。これだけでこの宿の価値があるというもの。その引き換えと言っては何だが、この宿の大きさにしては大浴場は(湯船も洗い場も)だいぶ小さい感じ。特別景勝地にあるので廃水処理には何かと制約があるだろうが・・・。ま、それでも山帰りの身としては汗を流せるだけで満足できる。
夕食はメインダイニング。窓の外には日没後でも相変わらずぼんやり穂高連峰が見えている。料理は欧風懐石とのことだったが、いきなりオードブルが二皿、味はともかく量が半端ない。これだけで腹七分目ぐらいいってしまった感じ。このあと、スープ、サラダ、リゾット、魚料理、肉料理、デザートと続くのだが、とっても全部は食べきれそうにない。スープとリゾットは省いてもらった。今日は結局、ほぼ一日中ピーカン快晴だった。それにこれほど長い時間、穂高を眺められたことも記憶にない。たまにはこんな日も与えてやろうという、山の神の思し召しだったのかも知れない。

コースタイム:
1日目: JR松本駅12:44発⇒新島々駅13:14着/13:30発⇒中の湯BS 14:22着⇒(送迎車)⇒中の湯温泉旅館
2日目: 中の湯7:25発→P1 8:10着/8:15発→P2 9:03着/9:08発→P3 9:55着/9:58発→焼岳北峰10:43着/10:52発→焼岳小屋11:46着→P4 12:19着/12:24発→ホテル白樺荘13:44着
3日目: 白樺荘7:30発→上高地バスターミナル7:40着/8:00発⇒新島々駅9:05着/9:19発⇒JR松本駅9:48着

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