山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

旅館

海外出張が予定されていたのが、急転直下、出張が不要となり中止となった。急に出張するのは良くあるが、キャンセルになるのはそうは多くない感じ。ともあれグッドニュース、土日が潰れずに済んだので、急遽、すでになおちゃんがプランしていた上高地スノーシューツアーに便乗させてもらう。
当日は天気としてはいまいちと云うか、普通の冬らしい空模様。釜トンネルに入る頃から雪がちらつきだし、河童橋まで往復した間は降ったり止んだりの状態。でも流石は上高地、たとえ穂高連峰が見えなくても、冬の上高地らしい雰囲気は十分に味わえる。有象無象の老若男女異人邦人がやってくる、夏の喧騒とは異なる別世界。釜トンネルは、仙境と俗界をつなぐタイムトンネルとも云えるだろう。
思ったより、スノーシューを履いてうろうろしているハイカーが結構いた。しかしかなりトレースは踏まれているので、つぼ足でもそれなりに何とかなった感じ。
上高地の雪を堪能し釜トンネルの入口まで戻ったら、宿の送迎車がお出迎え。個人的には、26年ぶりの宿泊である。確かその頃はまだトンネル出口に建て替えて間もない頃だった。更にその数年前の正月に、まだトンネルの手前にあった頃の坂巻温泉にも泊ったことがある。かなり鄙びた宿だった。風呂がやけに熱かったので、偶々窓の外にあったツララをもぎ取って入れ、丁度良い湯加減になって悦に入った覚えがある。
宿に着いたら先ずは温泉。それもせっかくなので露天風呂にしましょうとWoodyさんと共に向かう。降り頻る雪の中で服を脱ぐのは勇気がいるし身体を洗っている時間は凍えるが、湯船に浸かってしまえばもう極楽である。
ほどほどに温まった後、風呂上りは部屋に戻ってやっぱりビール。あとは夕食に時間になるまで、炬燵に入りながら持参した酒をちびちびやる。この時間がもう最高だ。

上高地トンネル出口にて
田代池近くにて
梓川畔にて
河童橋にて
上高地バスターミナルにて
大正池ホテル前にて
坂巻温泉旅館の露天風呂にて

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050 一足先に湯上り乾杯。

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以前から、標高2千メートルにあるランプの温泉宿として有名な「高峰温泉旅館」。といっても、昔は今のように山の上ではなく、谷沿いあったので(昔の五万分の一地形図では、位置がだいぶ違っていた記憶がある)、場所を移して建て替えたのは30数年前のこと。
今回、その「高峰温泉旅館」へやってきたのは実に11年ぶり(記録はこちら)となった。そのときは、篭ノ登山と水ノ塔山に登った(隊長と小生とタマちゃんはマイスノーシュー)。高峰高原は、標高が高いので、厳冬期でなくても雪質が良いという評判で、スキー場もある。
小生にとっては高山植物が咲く季節よりも、雪の方が魅力を感じるせいか、いまだに無積雪期にやってきたことはない。雪山に登れなくなったら来るのを楽しみにとっておこう、という感じである。
黒斑山から下りて、スキー場で生ビールを呷った後は、迎えの雪上車に乗ってスキー場を横切り「高峰温泉旅館」へ向かい、ほんの数分で到着。宿の佇まいは、基本的に11年前と変わっていない感じ。ともかくも、先ずは風呂だ。露天風呂はちょっと離れているので、手っ取り早い内湯でさっぱりする。
風呂場の脇にあった自動販売機で、変わったビールを買う。雷電カンヌキIPAなんて初めてだが、よく見れば地元東御市の、オラホビールのブランドらしい。缶のデザインも斬新的。呑んでみると、苦味もさることながら香りも悪くない。IBUは63とのことだが、それほどではなくかなり呑み易い。
皆が風呂から戻ってからも暫し、部屋呑み。窓から丁度、夕暮れが望め、いい感じだ。さすが、標高2,000mの宿だけのことはある。谷沿いからここへ移転したのは大正解だろう。また次にここへ来るときも、雪見酒がいいと思う。

客室からの眺め
ダイニングルーム

024 高峰温泉の雪上車が迎えに来た。

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偶に、大晦日の晩に宿に泊って新年を迎えることがある。たぶん今回は3回目、前回はもう10年ぐらい前の箱根「俵石閣」だったはず。名前は忘れたが、何処かの雑誌("男の隠れ家"だったか?)の記事で、俵石閣の廊下(濡れ縁?)に浴衣姿の俳優・奥田瑛二が、頬杖を突きながらゴロ寝している写真が妙に魅力的で、思わず行ってみたのだが、期待通り実に渋い宿だった。紅白歌合戦を見たいカミさんにとっては、客室にテレビが無いのが唯一の欠点だったか(紅白歌合戦が終わるまで、テレビがある談話室に籠っきりだった)。残念ながら、その「俵石閣」はもう廃業してしまった。
今回は万座温泉の「日進館」。白濁した湯が有名の万座温泉にあって、最も古くて常連客も多いと聞く。さぞかし良い宿だろうと期待して行ってみた。
宿に入ると、ロビーはチェックインを待つ客で溢れんばかり。随分な盛況ぶり、さすが人気の宿だ。漸く順番が来て客室へ。部屋はごく普通な感じだが、窓から見える雪景色はなかなかのものである。これならば良い雪見酒が呑めそう。ひと息ついたら風呂へ。露天風呂は流石に寒そうなので内湯へいってみる。風呂場は湯気が充満してよく見えないが、かなり広そうで雰囲気も良い。いかにも湯治場という感じである。湯も、噂通りの乳白色だ。
風呂上りは、部屋でビールを呑んで雪景色をぼーっと眺める。ここまではまったく申し分ない感じだったが、実は夕食、朝食(どちらもビュッフェ形式)がかなりプア。これならば、伊東園グループの熱海「シーズンホテル」の方が、遥かに種類も豊富だ(アルコールもタダだったし)。いくら正月料金とはいえ、これで25,000円はどーかなー、とかなり疑問に感じた。湯が良いので、皆、それに惑わされているのでなかろうか。

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今回、塩田平の山を登るために、別所温泉街でリーズナブルな宿が無いか検索した結果、「つるや旅館」が見つかった。これまで別所温泉には何度かやってきたが、何れも駅からまっすぐ西へ延びるメインストリートにある宿ばかり泊っていた。この「つるや旅館」は、北向観音のちょっと南に寄ったところの、坂道の途中にあって、個人的にはかなり新鮮なエリア。1泊2食付12,960円は、この辺りの旅館としてはリーズナブルだろう。
界隈の山は何故か松林が多く、松茸山となっているらしい。更に坂を上るとその松茸を喰わせる店があるようだ。一度でいいから、死ぬまでに松茸尽くし料理を喰ってみたい。それはともかく、独鈷山から下って別所温泉に戻ってきた後のこと。さっき入った「大師湯」は温まることはできたものの、石鹸が使えないので、残念ながら未だサッパリできていない。
なので、宿に着いたら真っ先にまた風呂だ。着替えだけを持って風呂場へいくと、まだ誰も入っていない一番風呂の様子。ここは加温も加水もしていない、正真正銘の源泉かけ流しの湯だそうである。
めでたくサッパリ出来た後は、フロントに寄ってビールを頼み、さっそく部屋呑み。その後は、グッチー師匠が差し入れてくださった白ワイン「中志津2018」をいただく。単に呑ませて貰っただけの輩が云う台詞ではないが、これまで二度呑ませていただいた経験から、今回のワインはとても素晴らしい出来だと感じた。中志津に於いて2018年は、「偉大なる年」だったようだ。
それにしてもこの宿は、ハードウェア(料理だけでなく建物や調度品)もソフトウェア(接客)も、まったく昭和のままだ。テレビはブラウン管方式だし、電話も黒電話。昨今たいていの旅館は、宿の人が部屋まで案内したあとは、もう顔を出すことはほぼ無いが、ここ「つるや」は、やれ「お茶を入れます」だの、「食事の支度が出来た」だの、何度もやってくる。それはそれで、なんだか新鮮だ。

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2日目は一切経山と東大巓を登って浄土平に戻るつもりだったが、吾妻小舎のオヤジさん(高橋さん)から、高湯に泊まるのであれば、一切経山からそのまま下ったらどうかとアドバイスをいただいたので、それもそうだなと思い、出発。
高橋さんは、ここ(吾妻小舎)から5時間もあれば高湯に着くだろうと、早く着き過ぎて時間を持て余すかも知れないような口ぶりだったが、豈図らんや、家形山への分岐を過ぎてからがウンザリするほど長かった。結局、小舎から今宵の宿、「静心山荘」まで7時間かかった。無積雪期ならばいざ知らず、5時間はかなりの健脚者でないと難しいと感じた(山の記録はこちら)。
それでも、宿に着いたのはまだ午後2時過ぎ。ちょうど外に出ていた女将さんの出迎えを受ける。中へ入るとご主人と愛犬もお出迎え。まるで某テレビの「人生の楽園」に出てきそうなご夫婦である。
今日は陽気が良いのでだいぶ汗をかいた。直ちに風呂に入りたいところだったが、それよりも何よりもビールを呑みたい。ご主人に早く呑ませてくれと強請る。
ビールを呑み干してひと安心したら、次は風呂だ。ここは自前の源泉を持っているとのこと。風呂場は渡り階段を上がったところにあって、宿の母屋も庭も見下すことができる。ご主人自慢の湯船と床はすべて木を使っていてとても味わいがある。三斗小屋温泉大黒屋の風呂を彷彿させる。もちろん、小生だけの貸切状態。身も心もさっぱり出来た。
その後、部屋でちびちびワイン等を呑んだ後は、いつの間にかもう夕食時。1階の食堂でいただく。女将さんの手料理が後から後から現れて、全く以て勿体ないことだが結局喰い切れなかった。これで1泊2食付9,330円(税込)は安過ぎる。

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今回の旅のきっかけは「雪見酒を呑みたい」と、テキサスで思い付いたことによる。自然の変化に乏しい処にいると、そんなことも考えるようになるものだ。その時に先ず頭に浮かんだのは、松之山へ行こう、というものだった。
以前より、松之山が豪雪地帯であることは知っていたので、12月であってもそれなりに積もっているだろうと踏んでいた。なかでも「凌雲閣」という名の旅館は、木造3階建と聞いていたので一度泊まってみたかった。昨今は、松之山は鳥見の地として有名だそうで、ヤマショウビン氏の一行もここに泊まったとのことだ。
まつだい駅あたりでは、思ったほどの積雪ではなく、やや当てが外れたかという感じだったが、「凌雲閣」に近付くと次第に雪の量が増え、まずまず。宿に着くころには雪も降って来て良い感じだ。木造の本館は昭和13年建築とのこと、となると約80年前ということになる。古びているとはいえ、館内は手入れが行き届いて気持ちが良い。我々の部屋は3階。窓の外の冬景色も申し分ない。
早速、風呂へいく。風呂は木造の本館ではなく、鉄筋コンクリート造の別館にある。少々残念な感じだが、湯はなかなか良い。自家源泉で84℃、ナトリウム・カルシウム塩化物泉とのこと、なめてみると確かにちょっと塩辛い。地殻変動で地下に閉じ込められた海水が含まれているらしい。
風呂から上がったら、早速ビールを調達し、部屋の窓から雪見酒(ビール)と洒落込む。これで、日本に戻ってきたことを実感する。ひと息ついたらもう夕食。再び別館へ移動。今回の宿泊プランには、利き酒セットが付いていた。これで雪見が出来たら最高なのだが、食事処からは外が見えないのだ。誠に残念!

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凌雲閣のHP: こちら

基本的に、クラシックな木造旅館が好きである。それはカミさんも同じなので都合が良い。木造三階建てなどは、見ただけで痺れる。これまでにもいくつかその手の旅館を訪れたが(最近では箱根・小涌谷温泉の三河屋旅館)、未だ泊まったことがないが気になる旅館がいくつも残っていて、ここ、四万温泉の「積善館」もそのうちの一つだった。ここの本館は、なんと元禄四年(1691年)の建築という。
昨今は、「千と千尋の神隠し」に出て来る油屋のモデルの一つとして認知されたようで(でも小生に云わせれば、宿の入り口にある、赤い欄干の橋だけが何となくそれっぽいというだけで、建物は「油屋」を連想させるようなところはない)、単に建物を見物に来る客が結構目立つ。
ところで、海外からの旅行客にとって、日本旅館はハードルが高いらしい(そんなニュースがこちら)。曰く、長期滞在に不向き、ファミリー層に不向き、ルームサービスが不十分、「夜のエンターテインメント」がない、老朽化が目立つところもある、云々。我々にとってはまことに結構なことである。今後も、海外旅行客に不便であり続けてほしい、勿論、潰れない程度に。
ここ積善館も、典型的な日本旅館のせいか、それともかなりの山奥にあるせいか、海外からの宿泊客は少ない。食堂でそれらしき夫婦一組を見掛けただけだ。本館は一般的な旅館と違って、湯治宿の雰囲気を保っていて、部屋までの案内はしないとか、布団の上げ下ろしはセルフなど、サービスは必要最低限。そのため料金も1泊2食付きで7,500円と、かなりリーズナブルになっている。料理だって十分だ。尤も、これは「本館」に限った話で、山の斜面に沿って「山荘」、「佳松亭」と別棟の建物が連なっていて、「佳松亭」では2万円は下らないらしい。さぞかし料理はそれなりに豪華だろうが、そもそも小生はそんなに量はいらないし、建物も鉄筋コンクリート造なので風情はだいぶ異なる(風呂は奇麗だった)。
本館の佇まいはまったく申し分なしだが、我々の客室あたりは一部、コンクリート造りとなっている
のが少々残念。新耐震基準への対応を余儀なくされたのかも知れぬ。一方、本館の一階にある「元禄の湯」は極めてレトロで、これだけでも来た甲斐がある。出来れば何日か湯治してみたい。

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積善館のHP: こちら

西吾妻山で自然の力に阻まれ無残に敗退しても、宿に戻ればもうすっかり山のことは忘れて湯治客気分。今宵の宿は白布温泉「中屋別館不動閣」。白布温泉は、開湯から今年で706年とのこと。かつて中屋には、ちょっと離れたところに藁葺屋根の本館があったのだが、2000年に隣りの東屋と共に焼失してしまったため、現在は別館のみの営業となっている。ここのご主人はかなり話し好きで、我々をなかなか開放して呉れない。
我々の部屋は、黎明館というコンクリート造りの建物の2階。女子部屋は「柊」で、男子部屋は「楸」と書いてあった(この宿ではこれで「あき」と読ませるらしいが、実際になんて読むのか判らなかったので、調べてみると「ひさぎ」。木の名前で、アカメガシワの古名)。
デポした荷物を回収した後、「楸」の部屋に入り、長押に掛けたハンガーに濡れたウェアを干したら、先ず風呂だ。内風呂は、無闇矢鱈に細長い。オリンピック風呂と名が付いているのが頷ける。源泉は56.8℃もある正真正銘の温泉だが、湯船は丁度良い湯加減。冷え切った身体が、しゅわしゅわと融けていくようだ。
風呂上がりは部屋でビール。持ち寄ったつまみも広げて、皆で暫し敗退山談義。そうこうしているうちに夕食の時間になり、食事処「あづま」へ移動。我々の「楸」があるフロアが2階だとすると、食事処は地下1階に相当する。堀り炬燵式テーブルはずらり10数卓並んでいるので、結構、宿泊客がいるのだと判る。
最初の呑みものはやはりビールだが、予め地酒の利き酒セットも頼んでおいた。出て来た「羽陽富久鶴」も「東光」も、米沢の酒。「羽陽富久鶴」は初めて呑むが、蔵元は「雅山流」も醸す進藤酒造店。「「雅山流」」はフルーティで今どきの味だが、「羽陽富久鶴」は骨太な昔風の味わいだ。
料理は、食べ切るのがやっとのボリュームでどれも美味い。米沢牛かどうかは判らないが、ちゃんと牛肉の陶板焼きもある。派手さが無いのがかえって好ましい。給仕して呉れる女性も、如何にも山形の人情に溢れている感じで良い。これで1泊2食付9,000円は、はっきり云ってお値打ちだと思う。また、西吾妻山へリベンジしに来る際はここに泊まりたい。

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岡田美術館から今宵の宿「三河屋旅館」までは、ほぼ水平移動なので多少アルコールが入っていても全く問題ない。宿の前に着くと、番屋の様な詰所の様な建物の中から宿の女性が飛んできて、荷物を運んでくれる。確かにここは階段があるので、年寄りには有り難いサービスだろう。階段を登りきり、振り返ると明星ヶ岳の眺めが良い。大文字も微かに見える。
建物はどれほど経っているのかは判らないが、なかなかの風格。基本的にクラシカルな宿が好きなので、「三河屋旅館」は申し分ない。創業は明治16年。本館は大正13年からの姿を留めているらしい。国の登録有形文化財。中に入ると、年季が入った床はぴかぴかに磨かれていて気持ちが良い。
通された部屋は角部屋で、外側は廻り廊下となっている。庭越しに明星ヶ岳が望める。先ずは風呂へ行こう。ここには共同風呂は2ヶ所、貸し切り風呂が1ヶ所ある。とりあえず大浴場へ。広々とした風呂場に、先客はおひとりだけ。もちろん源泉かけ流し。53.8℃の弱アルカリ単純泉。露天風呂は、残念ながら眺めは良くない。
風呂上がりは当然、ビール。明星ヶ岳を眺めつつグビグビやる。あー、極楽だ。畳に寝っ転がって本を読んだりしているうちに、いつのまにか夕食の時間。箱根の宿は大抵、我々には程良い量の夕食だが、ここも品数豊富の割に量が少ないので有り難い。日本酒をちびちびやりつつ、全て美味しくいただいた。
大して呑んだ訳ではないが、食べ終わるととたんに眠くなる。せっかくの贅沢な時間を過ごしているのに、早く寝ては勿体ないと思うが、抗うことが出来ない。忽ち眠りに落ちた。

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今宵の宿は、アユラシが数多ある山形の温泉宿の中から厳選した、銀山温泉「古山閣」。当初は7名の予定だったが、このちゃんと和尚は急きょ所用のため涙を呑んで帰京、5名での宿泊となった。銀山温泉の温泉街に辿り着くと、先ずこの「古山閣」が目に付く。
宿は創業160年というから江戸末期、現在の主は18代目で、代々、脇本長兵衛を名乗っていると云うことである。ちなみにもう少し上流にある「能登屋」は、代々、当主は木戸佐左エ門らしく、「古山閣」と同様、宿の正面に名前が書かれた看板が堂々と飾られている。
銀山温泉は現在、10軒余の旅館がある比較的小ぢんまりした温泉街だが、ここの魅力はやはり、川沿いにそれらの旅館などが立ち並んだ姿だろうと思う。これだけを見に、わざわざ大型バスでやってくる観光客もかなりいる。車はこの温泉街には入れないので、離れた駐車場から、ガイドの小旗に導かれてぞろぞろやってくる。小生が部屋の窓から下を眺めていると、観光客が我々に(正確には建物に)向けて、デジカメやスマホでバシバシ撮っている。やや気恥ずかしい。
この「古山閣」は築90年の木造4階建て、建物の外観も古風かつ堂々としていて、確かに被写体になる姿だが、もうひとつの魅力は鏝絵(こてえ)のようである。我々の部屋の窓の上に、鏝絵が並んでいて、それも一年の行事を表したものなどが11枚の絵になっているので、なかなか壮観だ。
川に面した客室(女子部屋)は広くて眺めが良いのだが、我々男子の部屋は6畳間、窓は有るが、窓の外は隣りの建物の壁。布団部屋のような部屋であるが、寝るだけと考えれば特に不満もない。
風呂は、1階にある男湯と女湯は随分と離れていて、男湯はロビーの直ぐ脇。脱衣所から石段を数段、下った半地下にある。それほど広くは無いが、昔乍らの落ち着いた雰囲気である。湯加減も良い感じ。一方、3階にも貸し切り風呂があって、露天もある。独りでのんびりと入ることができてなかなか良い。
食事は山側の部屋。夕食は、いったい何種類出て来たのか覚えていられないほど、これでもかと出てくるが、少量ずつなので何とか食べきることはできた。やはりここでも山形牛が出て来る。山形は、何処へ行っても蕎麦か牛肉だ。
食事だけでなく、風呂も、部屋(除、布団部屋的男子部屋)も、建物の雰囲気も、温泉街の雰囲気も申し分ない。まったく、このちゃんと和尚は、惜しいことをしたよ。

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古山閣HP: こちら 
 

丁度1年ぶりの日光沢温泉。毎度感じることだが、ここには何度来ても、また次の機会が待ち遠しくなる。昔から、接客そのものは山小屋的にそっけないが、別に求めていることはそんなものではなく、この宿の存在自体、というかここへ泊るだけで満足できることなので、その点では三斗小屋温泉大黒屋や、安達太良山のくろがね小屋と並んで、自分にとっては稀有な存在である。
今回は、尾瀬から鬼怒沼湿原を経てやってきた(山の記録はこちら)。随分以前から温めていたこのコースは、距離は長いが、尾根の途中にある何れのピークも巻いているため、それほどのアップダウンはない。考えてみれば、ひとつもピークを踏まずに、一日歩き続けたのは、かなり珍しい。もしかすると個人的には、ネパールのトレッキング以来かも知れない。
それにしても、昨年に引き続き、尾瀬から鬼怒沼まで終始、雨。元々眺望が利かないところなので、晴でも雨でもたいした違いは無いと思うが、段々冷えて来たのには参った。なにか重ね着しないと耐えられない程ではなかったので結局、日光沢まで歩き通してしまったが、着くなり、何をさておいても風呂に浸かりたくなった。内湯の湯船に身体を沈めると、強張った筋肉がみるみるうちに弛緩してゆくのを感じ、実に心地良かった。こんな経験も久しく無かったと思う。いちおう温まったところで、折角なのでついでに2つの露天風呂にも行ってみる。我乍ら、こんなことも珍しい。
今回、我々尾瀬組7人衆以外に、二つの単独行パーティが日光沢温泉にやってくることになっていた。合計で9人という、かなりの大所帯である。女夫渕組のくまちゃんは、我々の到着後、ほどなく宿に現れたが、もうひとりの単独パーティである大清水組のWoodyさんは、夕食の時間になっても現れない。鬼怒沼湿原を越えてやって来るので、到着は日没後になりそう。
段々気が気では無くなってきたので、夕食後、玄関が目の前にある談話室で待っていると、やがてヘッドランプを点けたWoodyさんが、この宿に住む柴犬の出迎えを受けながら無事到着、女性陣総出のねぎらいを受けた。宿の若旦那は、脚付膳を談話室まで持って来てくれたので、皆に囲まれ質問攻めに遭いながら、Woodyさんは美味そうにビールを呑み、夕食をとっていた。

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ぎっくり腰を患ってから3週間、さすがにまだ、立ったり座ったりの繰り返しがしんどいので、山も自重するしかない。元々の計画では三斗小屋温泉から大峠、三本槍岳、甲子山を経て、甲子温泉大黒屋に投宿する予定だったが、下界を廻って電車で新白河まで移動することとし、宿へ連絡を入れて送迎バス(15時50分発)に乗せて貰うことにした。
この送迎バスに間に合うために、那須塩原駅から新白河駅までの移動は、在来線だったら、那須塩原駅(13時55分発)⇒黒磯駅乗り換え⇒新白河駅(14時41分着)しかないが、これはもう「那須観光やな」を出た時点で、既に間に合わない。次の電車だと、那須塩原駅(15時22分発)⇒黒磯駅乗り換え⇒新白河駅(15時55分着)となって5分、間に合わない。新幹線も在来線と同様、1時間に1本だが、こちらは都合よく、那須塩原駅(15時22分発)⇒新白河駅(15時32分着)となっていて、まるで新幹線に乗るよう、仕組まれているようだ。
ところが送迎バスに乗ったのは小生ひとりだけ。それが判っていれば、5分待っていてくれ、と云えたかもしれないが後の祭り。
甲子温泉に到着すると、既にWoodyさんは無事到着していた。雨を突いてバリバリ登っていたヒトよりも、下界で呑んだ呉れていた方が遅いとは、まことに恐縮である。それにしても、Woodyさんと二人だけで、ここに泊まることになるとは思わなかった(Woodyさんも同じ感想)。
とりあえず、先ず風呂にいってみよう。行くなら名物の大岩風呂だ。説明された通りに通路を辿ると、スリッパからサンダルに履き替え(長靴も置いてある)、そのうち地下道(トンネル?)の階段を暫し下ると、出口。沢の音が響いてくる。扉の手前には、傘がいっぱい並んでいるが、それ程の雨ではないので、そのまま外階段を下ると、橋だ。この川が阿武隈川なのだろう。大岩風呂の建物は対岸にある。
中へ入ると大きな湯船が見え、数人が屯している。何十人入れるのか判らないが、かなり大きい。右の衝立の奥が脱衣所。湯加減は丁度良く、肌触りもやさしい感じ。
風呂から上がったら、生ビールをオーダー。部屋に持ってきてくれるところが、うれしい。ビールを呑みながら窓の外を眺める。窓の外は鬱蒼とした緑。周りにはもちろん何も無い。最寄りの新甲子温泉まで4kmぐらいは離れているので、こんな景色をこの宿は独り占めだ。見渡す限りほぼ全てが広葉樹林。今度は是非、紅葉の頃に来てみたい。

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甲子温泉大黒屋のHP: こちら

和尚が三斗小屋温泉に行きたい、と云い出したので、ほぼ2年ぶりにやってきた。計画では茶臼岳、南月山、朝日岳をトレースしてから三斗小屋温泉へ向かう予定だったが、3週間前のぎっくり腰のため、小生だけ自重して三斗小屋温泉へ直行することとした。今回の宿も、前回同様、大黒屋にした(レポはこちら)。
当日は生憎の天気だが、なんとか降られずに済んで欲しいと思いつつ、ロープウェイ山頂駅を出発。途中で、牛首経由で南月山へ向かう二人パーティ(B班)と別れ、茶臼岳を目指す。天気の割には結構、ファミリーハイカーが多い。山頂からは微かに日光連山が望めた。
峰の茶屋へ下る途中で今度は、南月山を往復してから朝日岳へ向かう二人パーティ(A班)と別れ、C班単独行として峰の茶屋のコルに到着。このまま三斗小屋温泉方面へ下ると、12時には大黒屋についてしまう。いくらなんでもちょっと早過ぎるが、かといって朝日岳なんぞに登る気もしない。しかたなく、休み休み、だらだら進むことにした。
避難小屋まで下れば、あとはほぼ水平移動。こんな時間、こんなところは誰も歩かないかと思ったが、三斗小屋温泉方面からぽつりぽつりとやってくる登山者がいる。三斗小屋温泉の宿を随分とゆっくりチェックアウトしたのだろうか。この辺りの緑は多少色付き始めたようで、その微妙な色加減がなかなか味わい深い。
ゆっくり歩いても結局、11時50分に大黒屋到着。まだ掃除中とのこと。囲炉裏端で待たせてくれるかと思ったら、外で待ってくれとのこと。仕方ない、と電子書籍を読む。1時間ぐらいは待たされそうな雰囲気だったが、12時半には部屋へ通して呉れた。風呂も入れるとのことなので、早速直行。
はっきり云って、ここ大黒屋の大風呂に優る内風呂は、無いと思う(キッパリ)。それでも多少条件がある。少なくとも、明るいうちに入りたい。真っ暗だったら良さは半減。そして、晴れていればベスト。今日は晴れていないのでベストではないが、まずまずベター。窓は全て開け放たれていて、風呂場には緑が溢れている。また此処の風呂に入れることに感謝。
風呂から上がって、部屋でビールを呑みながらまた電子書籍。Woodyさんから託された日本酒があるが、コップが無い。お茶や湯呑みもまだ部屋に配られていないし、取りに行くのも面倒だな、皆が来るまで待つとするか・・・。そうこうしているうちに、うとうとzzzz。夢心地の頃、ようやくA班、B班が到着。さあ、宴会だ。
(山の記録はこちら)

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南佐久の御座山と茂来山を登るため、麓の宿に一泊する計画を立てた(山の記録はこちら)。そうなると、二つの山に挟まれた相木川沿いに宿を探すのが順当。その条件に合致するのは、今も昔も「相木荘」である。
御座山も茂来山も、だいぶ以前から気になっていた山で、特に御座山は「日本二百名山」なんぞに選定される以前から登ってみたいと思っていた。八ヶ岳から見ると、茫洋とした奥秩父山塊の中に溶け込んで良く判らないが、直ぐ南に位置する天狗山から初めて見たときには、とても印象的な山容だった。どちらの山を登るにしても、公共交通機関利用では日帰りは困難なため、登る機会さえ訪れれば、丁度良い場所にある「相木荘」に泊まることは以前より決めていた。
今回、栗生口から御座山を登り、山口へ下ることにしたが、北斜面には雪がたっぷり残っている。意外にも雪にはトレースが無く、沢沿いコースである山口へのルートはやや躊躇われたため、尾根通しで下れる白岩コースへ変更した。白岩登山口に下り立ち、適当なところでタクシーを呼ぶが、主要道路以外は除雪がされておらず、なだめすかして漸く、ノーマルタイヤで恐る恐るやってきた。タクシーに乗れば、20分ほどで「相木荘」に到着。
「相木荘」は、田舎の親戚宅へお邪魔したような雰囲気の宿。本日の宿泊客は我々だけ。客間の様な、居間の様な炬燵部屋でお茶をどうぞ、と云われ、「ではビールも下さい」と炬燵に入る。炬燵で呑むビールは美味い。ここの炬燵には、温風ヒーターから導管を通じて温風が吹き込まれている。この地方ではこれが普通です、と大女将。冬の寒さが偲ばれる。お茶受けに、きな粉餅が二つも出てきた。きな粉は緑色がかっている。普通ならば、これで一食分のカロリー。折角なのでいただくと、意外にもきな粉が塩辛かった。
夕食には鯉のうま煮が出てきた。やはりここは佐久地方。それほど甘くないので、酒の肴に良い。さっき餅を喰ったばかりなので、もちろんご飯まで辿り着けない。
宿の方に、明日は茂来山に行くと云うと、じゃあ四方原山から登れと仰る。行けないことは無いが随分と尾根を辿ることになり、もう1泊したくなりそう。何故、四方原山からのルートを勧めるのか。恐らくは、四方原山が村の山(北相木村と佐久穂町の境界)だからではなかろうか。茂来山は小海町と佐久穂町の境にあるので、直接登るルート(親沢口や槇沢口、霧久保沢口)は何れも北相木村ではないのだ。
翌日、迎えにやってきたタクシーの運転手は、「相木荘」の大女将曰く「息子の同級生」とのこと。人口800人余の北相木村。きっと村民は、全て顔見知りなのだろう。今度「相木荘」へ来る時は、シャクナゲの咲く頃にしよう。

057 相木荘に到着。

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相木荘のHP: こちら

白川郷から高山駅に戻ったら、今宵の宿へ。徒歩数分のところに「高山桜庵」(たかやまおうあん)がある。13階建てのビルで、この市街では一番高いのかも知れない。13階には展望風呂があるらしい、楽しみだ。ここ、「高山桜庵」は駅から近いし、街へ散歩するにも便利。Google Mapのクチコミを見ると、投稿者は殆どが外国人。皆さん、絶賛している。
チェックインの際、1階のロビーにある観光マップを何の気無しに眺めてみると、日本語も含めなんと11言語。ヘブライ語まであるのには驚いた。高山が如何に観光に力を入れているかが判る。ロビーには外国人観光客が多い。ここは、ロビーから靴を脱いで上がる和風旅館スタイルなのだが、それに気が付かない外国人が土足で歩きまわっていた。パッと見は全くのホテルなので気が付かないのかも知れない。宿の接客係もなかなか説明するのは難しいのだろう。
我々の部屋は12階。眺めは申し分ない。ひと息ついたら夕餉のレストランへ。すでにかなりの客がいる。ここの夕食は、料理の一部(八寸と焼きもの)が決まっているほかは、好みに合わせてビュッフェという、まさに折衷スタイル。飲み物は「飛騨ビール」を呑んでみた。
焼きものは、飛騨牛と野菜の鉄板焼き。これを予め温めておいた朴葉味噌に付けて召し上がれ、とのこと。「飛騨牛」と「朴葉味噌」という二つのブランドをまとめていただくと云う、贅沢なもの。やはりブランドがあると云うのは大きな強みだろう。
翌朝は、完全なビュッフェスタイル。宿の朝飯はついつい喰い過ぎる傾向があるが、ここでも同様。様々バリエーションがあるが、なかにはここ、高山でしかお目に掛かれないかも知れないシロモノもあった。ちょっと別の店で確認してみたい。
ところで、展望風呂には朝、行ってみた。生憎の小雨模様だったが、開放感は充分、気分は壮快。これがこの宿のウリであることは明白である。

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2016年最初の山は、天子ヶ岳・長者ヶ岳と毛無山(山の記録はこちら)。公共交通機関によるアプローチでは、なかなか遠い位置にあるので、日帰りは困難。麓の宿で一泊するしかないのだが、この辺りの宿もだいぶ限られている。立地条件が良い宿は唯一「休暇村富士」なのだが、かなり人気が高い宿で、数か月先まで予約が一杯になっている。そのため、暫く先の計画にするしかないかと考えているうち、偶々予約状況を確認してみると、コテージがひとつ、空いているのに気が付いた。以前見たときには一杯だったので、きっとキャンセルがでたのだろう。さっそく予約を入れた。ちなみに、HP上の案内ではコテージは5人まで、となっているが、予約申し込みフォームでは6人まで入れるようになっていたので、MAX6人で予約を入れた次第。
長者ヶ岳から下りてくると、田貫湖畔の何も無いところに「休暇村富士」は、やけに立派な建物のように感じる。田貫湖越しに富士が見える、抜群のシチュエーション。裏山が丁度、天子ヶ岳と長者ヶ岳なのだが、誰もそんな山なんて見向きもしない。フロントでチェックインしたら、コテージへ。歩くと、5分では着かないくらい離れている。
1階は、ベッドが2つあるベッドルームとリビング・ダイニング、キッチン、ユニットバス、手洗い。階段を上がると畳敷きの屋根裏部屋(いまふうに云えばグルニエ)に4人が寝られるようになっている。屋根裏は詰め込めばもっと寝られそうである。1階の富士山側にはウッドデッキがあり、陽気が良ければ外で一杯やるには良さそう。
食堂と温泉は本館にあるので、コテージで軽く一杯やったあとに、しっかり着込んで移動。富士山が目の前に見える(はずだが、もうとっぷり陽が暮れていて見えない)温泉でさっぱりした後、夕食はビュッフェ形式。和洋中、色々あって品揃えは豊富。どこかの格安ホテルチェーンよりは、はるかにゴージャスである。
惜しむらくは、朝食が7時からとなっていて、我々のニーズ(6時半出発)には合わず喰い損ねた。それでも、これで9,150円はじゅうぶんお得だと思う。いつか、長者ヶ岳と毛無山の間を登りに来ることがあったら、また是非、この宿に泊まりたい。じゃなくて、この宿に泊まるため、長者ヶ岳と毛無山の間をチャレンジしてみたい、と云う方が相応しい。

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休暇村富士のHPはこちら 

日光沢温泉から根名草山、念仏平、温泉ヶ岳、金精山を経て日光湯元まで、天気が悪いにしてはしっかり歩いた(山の記録はこちら)。晴れていれば、鬼怒沼と燧ケ岳ぐらいは見えたと思うが、それは致し方ない。しかし、下るほどに天気が回復してきたのは皮肉な話だ。
国境平からの中ツ曽根の下りは、とても厄介な道。前白根山からの下りも相当の悪路だったが、それに匹敵する。この辺り、土壌が流出しやすいのか、所々で道が突然、深さ数メートルも抉られていて、下るのに難渋する(登るのだって大変だろう)。これで、笹が生えて無くて、捉まるものが無かったら、転がり落ちるしかない。
今宵の宿「かつら荘」は、日光湯元温泉街の西端に位置するので、中ツ曽根に近いのが有難かった。洒落た洋館、結構新しいようである。泥んこ状態の我々が入るには少々憚れる程キレイだ。この辺りの宿は、たいてい日帰り入浴が可能。ここも700円払えばOK。宿の入口に立っている桂の木は真っ黄色、この宿のシンボルか。
案内されたのは2階の角部屋。ずぶ濡れリュックサックは板の間に置かせてもらい、濡れた雨具やスパッツ等を室内に干し、着替えを整えたらさっそく風呂だ。ここ日光湯元の湯は、強烈硫黄泉。風呂場の窓を閉め切っていると、間違いなく硫化水素中毒になる。ヤマショウビン氏の官舎に泊まらせてもらった時(もう30年くらい経ったか)に覚えた。今日の湯は随分と白濁していて全くのにごり湯。あとで若主人に訊くと、天気によっても変わるし、しばらくすると段々、澄んでくるのだそうだ。
部屋に戻って生ビールを注文すると、部屋まで持ってきてくれる。このへんが日光沢温泉とはちょっと違うプチ贅沢。夕食も、おかずを食べるのが精いっぱいのボリュームだった。
翌朝は快晴、朝飯前にちょっと散策。源泉はもうもうと蒸気を上げていた。そう云えばこの近くに、かつて、立ち寄り湯の「はるにれの湯」があった筈だが今は無く、更地になっていた。何度か利用させてもらったし、にごり湯だった。中も外も、強烈に渋い建物だったので、単に取り壊されて、それまでになったのかも知れない。妙に残念に感じる。

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かつら荘のHP: こちら 

今回は、日光沢温泉に前泊し、根名草山、温泉ヶ岳を越えて、日光湯元温泉に下ろうと云う贅沢プラン。予てより、この秋の時期を狙っていた。日光沢温泉に予約を入れようとすると、必ず「うちは旅館じゃないですよ」と釘を刺される。いわゆる観光旅館をイメージしていて、実際に来てみてびっくりされる、というのが間々あったのだろう。勿論、我々はむしろその普通の「旅館」らしくない雰囲気を求めて訪れるのである。
奥鬼怒の玄関口と云えば、女夫渕BSの目の前にあった「女夫渕温泉ホテル」だったが、今は影も形も無い。痕跡すら無い。結構気に入っていた宿だったし、立ち寄り湯も出来て路線バスの待ち合わせにも便利だった。東日本大震災で廃業した宿は、他に安達太良高原ホテルもそうだ。どちらも「山の駅」とでも云うべき立地にあって申し分なかった。源泉は残っていると思うので、是非、今後の復活を期待したい。
女夫渕BSから、遊歩道を2時間歩けば日光沢温泉。あたりは紅葉が始まっている。川沿いなので基本的にはほぼフラットな道なのだが、年中行事の如く土砂崩れが起きていると思われ、今回も日光沢温泉のすぐ近くで大規模な法面修復工事が行われていた。
その工事現場のすぐ先が日光沢温泉だった。やや騒然とした雰囲気で、鄙びた感がやや損なわれ、宿が工事現場の飯場に見えなくもない。帳場で受付をしてから部屋へ案内される。酒盛りを始めるには少々時間が早いので、滝を見物に行こうと云うことになり、暫し散策。オロオソロシノ滝などを見物し、宿に戻ってきたのが午後4時頃。この宿の番犬達(柴犬親子)がお出迎え。荷物を整理したら、さっそく風呂へ。ここは男女別内湯以外に、混浴露天風呂(19時から21時は女性専用)が2つあり、源泉も異なると云う。野趣溢れる雰囲気が良い。
風呂から上がったら何は無くとも先ずビール。部屋の明かりは、いまだに裸電球。ひとりで炬燵に入りながら、裸電球の下でビールを呑むと、それだけで昭和にトリップできる。やがて女子連も風呂から上がり、皆で乾杯。そうこうしているうちに夕食の時間を告げる案内。食堂に集合。畳の間に、脚付膳が並んでいる。他に、脚付膳にお目にかかるのは、三斗小屋温泉の大黒屋と煙草屋ぐらい。そう云えば、建物の佇まいも、なんとなく似ている。下野の国の湯治宿に共通な特徴だろうか。

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日光沢温泉のHP: こちら 

剱御前小舎から雷鳥沢を一気に下り、沢の出合から一転、みくりが池温泉までひと汗、ふた汗かいて登り返した後、漸く宿の前にあるテラスのテーブル席に着くと、取るもの取り敢えず、先ず真っ先に生ビール(700円)を調達。まだ12時過ぎ、今日も一日良い天気だ。ここのテラスはとても気持ちいいが、日差しが強いのでジリジリ焼けそうだ。ひと息ついたあと、まだ時間が早いので、チェックインして汗を流したら、昼寝でもして午後4時にまたテラスに集合と云うことで一旦解散。
ここ「みくりが池温泉」は、畳敷きの和室と、ドミトリー式の2段ベッドが並んだ相部屋がある。前者は浴衣も付いているので完全に温泉旅館と云っていいが、後者はちょっと気の利いた山小屋という感じ。我々は2段ベッド。荷物を部屋に置いたら温泉へ。
ここは正真正銘の日本一標高が高い温泉。そのせいか、風呂場は激込み状態。特に、脱衣所が狭いので、これから入る人は着替えを持ったまま、風呂から上がった人はタオルを腰に巻いた状態で辛抱強く待っている。小生も行き掛かり上、その群れに入ってしまったので気長に待つ。
何とか風呂に入ってさっぱりした後は、レストランで白海老の唐揚げと生ビールを注文。白海老なんてあるのは、流石ここも富山県ということか。この宿は、風呂場に行く途中にレストランがあるので、風呂上がりには、自然とここでビールを呑むことになる。実に憎い配置である。なおちゃん、のんちゃんも同様に引っかかってまた乾杯。
風呂上がりの一杯をエンジョイした後は、部屋に戻ってしばし昼寝。ほろ酔い加減で熟睡できた。
4時になったので外のテラス席へ。まだカンカン照りで、日焼け止めが必要な状況。持参したワイン、日本酒、つまみで暫し、この雲上の楽園を楽しむ。聞くところによると、モンベルカードがあれば、ソフトクリームがタダとのこと。へ~、タダだったら喰ってみるかと、ん十年ぶり(?)に喰ってみた。もちろん、酒の肴にはならないが、今日の陽気には悪くなかった。

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午後4時半、トムラウシ山から下りて、漸く東大雪荘に戻って来た。今日、持って行った水3Lは、殆ど飲み干したのにも拘らず、宿に戻ると風呂にも行かず、先ずビールをがぶ呑み(兄貴は汗を流す方が先決で、風呂へ直行)。ふー、生き返ったー。こんな美味いアサヒスードライを呑んだことは、とんと記憶に無い。気温はそれ程ではなかったものの、やはり日差しが出ると暑くて喉が渇く。12時間半も歩いていれば、3Lの水を飲んでも不思議はないだろう。
それにしても、12時間以上も行動していると、山そのもののことよりも、歩くこと自体に飽きることが判った。こんなに歩く必要があれば、もう山に登れなくてもいい、と云う気になる。トムラウシは遥かな山だ。でも考えてみると、雲取山だって鴨沢から片道約11km、往復12時間なんてかからないが、それなりにタフなコースだ。電車とバスでは日帰りは難しいので、雲取山日帰りなんて考えたことも無いが、物理的に可能になったとしても、果たしてそういう気持ちになれるかどうか(なにせ、アドレナリンの分泌量少ない故)。
何れにせよ今回、膝が壊れなかったのは、多少自信になった。そう云えば、東京は今日、梅雨が明けたらしい。ここがいくら暑かったとは云え、東京に較べればはるかにましだ。やはり北海道くんだりまで来た甲斐があった訳だ。少々、優越感で気分が良くなった。さて風呂に行くか。
風呂場への途中、山の情報を共有するための掲示板(ホワイトボード)がある。ヒグマには遭遇しなかったとか、ナキウサギを見たとか云うのと並んで、東大雪荘を何時に出て何時に帰って来たのか、という記録が興味深い。曰く、
 ・出発3:45 帰着14:45
 ・出6:13 帰14:16 (28才女、27才男)
 ・短縮登山口4:19 下山11:37 (57才男)
など、結構早い方々がいる一方、
 ・A社2:30出 → 18:00帰
 ・B社3:30出 → 18:30帰
 ・C社3:45出 → 20:30帰
なんて記録もある。「○社」となっているところは、ツアーだろう。有象無象の集団であれば、なかには脚力の弱いヒト、調子が出ないヒトもいるのだろう。それにしても短縮コースであっても、15~17時間も歩いたヒトたちがいる(もはやこれは山登りではない、壮絶すぎてサバイバルそのものだ)訳で、それに較べれば12時間で「飽きた」なんてほざくのは甘っちょろいかも知れない。

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