山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

山小屋

「金峰山荘」を夜明け前に出て、小川山目指して登り始める。暫くすると岩峰を登ったり巻いたりと、岩の弱点を縫うように登ることになるので、ちょっとしたフィールドアスレチック的気分が味わえる。やはりこの辺りは、奥秩父でも特異な場所である。
しかしそれも1時間ぐらいで、あとは鬱蒼とした如何にも奥秩父らしい登りが山頂まで続く。山頂付近は雪が残っていて、チェーンスパイクが役立つ。八丁平辺りまでは眺望も殆ど利かないが、それは勿論、織り込み済みなので誰も不満は口にしない。逆に、小川山山頂をちょっと越えた後の「シオサブ」という名前の岩峰では、期待以上に眺めがあって得した気分になれる。
「金峰山荘」の朝食は摂らず、代わりに弁当にしてもらった。開けてみると2段重ねの弁当だ。こんな豪勢な弁当も珍しい。やっぱり1泊2食付き6,800円はちょっと安過ぎると思う。もうちょっと値上げして川上村の財政に貢献すべきだ。
小川山山頂から瑞牆山への径と合流するところまでは、「山と高原地図」では点線となっているが、それは道標が乏しいだけで、踏み跡はちゃんとしている。しかし倒木が多いので、その度に進路を見誤る可能性はある。
瑞牆山への径と合流すると、途端に幅広でしっかり踏まれた径となり、頻繁にハイカーと行き交う。さすが、深田百名山は違う。裏路地から大通りに出た気分。富士見平小屋で大休止し、そのついでに小屋に寄って鹿肉三種ソーセージを買ってみた。いくら鹿肉でも(鹿駆除に貢献するとしても)、1,200円はちょっと高い感じがした。
富士見平から先は径は広いし木々も疎らなので、もはや夏の如く暑い。もうビールのことしか考えられず、走り下る。バス停には一橋大の山岳部(もしかして同好会?)がいて上級生女子が下級生男子を窘めていた。それを横目に我々は瑞牆山荘に滑り込み、テラス席で生ビールを一気に呷った。

098 金峰山荘の2段重ね弁当。

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今回は、1泊で奥秩父の小川山に登る計画。個人的に、小川山は久恋の山だった。でもそれを登るだけで1泊はちょっと勿体無いので、1日目は西上州(というか南佐久というか東信というか)、御陵(おみはか)山と天狗山に登ることにした。天狗山に登るのはおよそ30年ぶり2回目だが、御陵山は今回初めてである。
登る途中でもそれぞれの山頂でも、否が応でも目を惹くのは八ヶ岳の姿とレタス畑。川上村のレタス畑の広大さにも驚くが、その担い手が若い東南アジア人(川上観光タクシーの運転手曰く、四百人以上いるとのこと)になっていることに吃驚。彼ら無しには、レタス栽培が成り立たないらしい。
偶々、川上村のメイン通り(洒落た店なんて皆無)を、当ても無く?ぶらぶら歩いている数人の集団を見掛けた。彼らの休日の過ごし方があれなのか。川上村に、彼らが楽しめるようなところは全く無さそうである。
当初予定通り、(天狗山山頂で、某氏の足が動かなくなる原因不明のハプニングはあったものの)首尾よく御陵山と天狗山を登った後は、朝と同じ川上観光タクシーに乗って川端下(かわはげ)にある今宵の宿、金峰(きんぽう)山荘へ。スイスアルプス的な洒落た建物だが、中は純和風で畳敷きの部屋になっている。
我々女5人と男2人は、それぞれ2階にある10畳の和室。Woodyさんと男2人だけで10畳は広過ぎる。荷物を置いたらさっそく風呂へ。清潔でそれなりに広いが、宿泊客だけでなく、廻り目平キャンプ場でキャンプ中の客も来るので、風呂場は結構、混み合っている。風呂から上がったら自動販売機で缶ビールをゲットし、部屋でグビっとやってまったり。窓から外を見回すと、この辺りは奇岩だらけだ。
夕食は1階の食堂で。ここは山小屋だと思っていたがどうしてどうして、ちゃんとした夕食が出てくる。これで1泊2食付で、6,800円はかなりお値打ちって云うか、安過ぎないか? この宿の周辺で、小川山以外に登るべき山がないか、じっくり調べてみたい。

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結局、雨の蝶ヶ岳に登るのは止めて、その代わりに日程を前倒しにして涸沢小屋まで行くことにした。歩程は大して変わらないが(夏道コースタイムで蝶ヶ岳まで4時間25分、涸沢までが4時間10分)、標高差は400mぐらい違うので気分的には大違い。勿論、雪崩の危険性は谷歩きの方が高いが、雨だったら表層雪崩にはならないだろうし、底雪崩は落ち切っているはずとの読みもあった。
横尾には長野県警山岳遭難救助隊の隊員が数人待ち構えていて、穂高へ登る登山者に注意を促している(実際、前日の28日にザイテングラード脇のアズキ沢を登って雪崩に巻き込まれ負傷した登山者がいたらしい)。有り難く拝聴するものの、そもそも登頂は我々にはてんでお呼びじゃないし、涸沢往復ぐらいが身の丈に合っている。
本谷橋から先は、夏道ではほぼ一貫して右岸の斜面をトラバースするように登るが、残雪期は谷のど真ん中。当然ながら眺望も利くので、すこぶるいい気持ち。この季節ならではの贅沢である。それに流石に谷が広いので、雪崩に対する緊張感はだいぶ薄い感じがする(もし目の前が雪崩れても逃げるチャンスは十分にありそう)。
やはり涸沢は人気の場所だけあって、次々と登山者が登ってくる。中でもテント装備を持った若者の登山者(リュックサックが大きいこともそうだが、割とウレタンマットを外に括り付けている人)が多い。宿泊装備を背負うよりお金を携えた方が楽な我々は、少数派である。
徳沢ロッジから5時間弱で涸沢小屋に到着。横尾から先、腐った雪の上を歩いた割にはまずまずのペースだろう。チェックインを済ませ、リュックサックを大広間の指定された寝床のそばに置いたら、売店へ走って生ビールをゲット。
残念ながら天気が悪くなってきたので、外のテラスで呑むのは寒すぎる、暖かい屋内の食堂でグビっとやった。ジョッキはマムートのロゴ入り。良く見るとこのちゃんのジョッキは涸沢小屋のネーム入り。売店のにいちゃんに聞けば「何かと世話になっている(贔屓にしている)ので」とのことだった。

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かの手塚宗求氏が建てた「コロボックルヒュッテ」に泊ってきた。20代の頃に「邂逅の山」を読んで、そのヒュッテの存在を知ることとなったが、実際に訪れたのはそれから30年以上も経って今回が初めてになってしまった。しかしこれはこれで、自然な成り行きだった。
なにせ20代から30代の頃は正直(大抵の男子は水平よりも、なるべく垂直に近いほうを好む傾向ゆえ)、車山の如くゆったりしたアスピーテ型火山(この頃はこんな呼び方はしない?)には全く魅力を感じないものだが(男性でも偶にはそうでない方もいるだろうが)、馬齢を重ねると不思議とそんなことは大した問題ではなくなり、それなりの良さも感じるようになる。ましてや今回のようにスノーシューで登るとなると、このゆったり感が実にちょうど良いのだ。
「コロボックルヒュッテ」へは直接車でやって来られるし、風呂にも入れるので、もはや山小屋とは云えないかも知れないものの、周りに建物が無い一軒家なので俗世間とは隔絶されている。小屋の周りには鎮守の森の如く、大きな木々が植わっていて(これも手塚宗求氏の手によるもの)、車山周辺の何処から見てもそれと直ぐに判る。
小屋の主人は勿論、代替わりしていて、子息が経営しているが、実際には雇われ管理人夫婦(と犬)が我々を出迎えてくれた。客室は4つあるようだったが、今日は我々4人だけの貸切状態、有り難く2部屋使わせていただいた。
まきストーブがある1階の食堂兼カフェテリアもいい雰囲気だけど、2階の談話室に炬燵があって妙に居心地が良い。本棚には手塚宗求氏の著作が収まっているので、外を彷徨くのに疲れたら、ここで本を読みながら過ごすのも悪く無さそうである。
ニッコウキスゲが咲き乱れる頃もさぞかし良いだろうけど、ストーブの火を眺めたり、炬燵でぬくぬく寝っ転がりながらビールをちびちびやるのは堪らなく良い。また来るのはたぶん、スノーシューを担いでくる時だろうと思う。

070 ヒュッテに戻ってきた。

071 薪ストーブが温かい。

072 談話室にて寛ぐ。

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天気もいまいちだし、先週の志賀山に登った際、右膝の脇の筋をちょっと伸ばしたので(古傷の再発のようなもの)、今週はちょっと軽めの山ということで、大菩薩連嶺に平行して連なる日川尾根に行ってみることにした(山の記録はこちら)。
この尾根は、いったん上がってしまえば殆どアップダウンが無く(なにしろピークらしいピークが無い)、しかもバス停がある上日川峠が終点なので、最後に麓へ下るようなことにもならない。まこと、膝の具合が悪い者にとっては好都合なところで、しかも人気が無いので静かなのが更に良い。
嵯峨塩館前からの登りも、ほんの一時間我慢すればもう尾根の上。あとはゆったり稜線漫歩。行き掛けの駄賃に、尾根上からほんの少々外れた「梅子婆」(仮称、標高1,540mぐらい)に寄り道。あとは忠実に尾根を北上する。途中、下日川峠の先で、相次いで二人の中高年男子単独行とすれ違った。こちらもそうだが、むこうも「こんな尾根を歩くなんて、酔狂な連中だなあ」と思ったに違いない。
今回の最高点は1,637m峰、地形図上の破線はその三角点を通るようになっているものの、実際の踏み跡は巻いてしまっている。こちらも、あえて三角点を踏むようなことはせず、淡々と先へ進む。
午後1時過ぎに、上日川峠に到着。4月に大菩薩嶺北尾根を登って以来、ほぼ半年振りにまた「ロッヂ長兵衛」にやってきた(前回はこちら)。こんな天気の割には、ハイカーでかなり賑わっている。やはり目当ては大菩薩嶺か。若者が多いようだ。やや肌寒いが、やっぱりビールを呑みたい。缶ビールにしようか、生ビールにしようかちょっと迷ったが、折角なので生ビール(600円)で、お疲れさんの乾杯。
建物の煙突から煙が出ている。あの薪ストーブの煙だろう。寒いのでストーブの前で呑みたい感じ。どうせならこのまままた、「ロッヂ長兵衛」に泊りたいところだ。......おっとあぶない、あぶない、そんな訳にはいかない、明日は海外出張の準備をしなくてはならない。しまった、ついうっかり現実に戻ってしまった。

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白根御池山荘に泊まった翌朝は、4時過ぎに出発して稜線までは上がったものの、体調が優れない者がいたので小太郎山はさっさと諦め、下山に掛かる。ちょびっとだけ稜線の風を感じ、ガス渦巻く中に地蔵ヶ岳のオベリスクと、甲斐駒ヶ岳・仙丈ヶ岳もちらりと見え、多くの高山植物にも会えたのでまあ良し。
3,000mの稜線に上がるのに、1泊2日の弾丸ツアーは少々きつかったのかも知れない。鳳凰三山を眺めつつ、野鳥の囀りに耳を澄ませながら草すべりを下れば、いつのまにか再び白根御池山荘。もちろんビールが気になるところだが、ここで呑んでしまうとまた、もう1泊しなくてはならず(それも魅力的だけど)、ぐっと我慢して、デポした荷物を回収し、広河原を目指してさらに下る。
いくら標高が高いとはいえ、下るに従い段々暑くなる。暑くなるともうビール以外のことが考えられない。もどかしい時間が続く。やがて植生も変わればいつしか広河原の森の中。目の前に広河原山荘が現れた。その脇には自動販売機。ジュースだけでなく、ビールも並んでいる。ありがたや、ありがたや。さっそく頂こう。グビっと呷ればもう山登りは打ち留め。エゾハルゼミの大合唱が我々の無事帰還を祝福してくれる。
この小屋は昔からいつも登山道から横目に眺めるだけだった。この小屋が新築になった頃にも、只通り過ぎたことがあった。もう30年ぐらい前の話か。いつの間にかその小屋もだいぶ貫禄が付いてきた。声をかけたことは無いけれど、昔から顔だけは知っていたご近所さんみたいなものか。今回、漸く挨拶を交わすことができた。
調べてみると、近々、広河原山荘は野呂川の左岸へ移転し建て替えるらしい。3階建てにして風呂も作り、登山客だけでなく一般の観光客も泊まれる施設にするそうな。もう山小屋じゃあ無くなるわけだ。完成は2021年とのこと。山小屋の広河原山荘があるうちに、小太郎山をリベンジできるか。

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随分以前から、小太郎山が気になっていた。個人的には、その隣にある北岳にはもう食指は動かないが、小太郎山だったら行ってみたい。しかし、なかなか機会が無くずるずると時が経ってしまった。漸くやってきたチャンスだが、今回のプランは1泊2日の弾丸山行。果たして首尾良くいくか。
広河原から白根御池小屋までは、ずいぶん久しぶりだが土地勘はある。急勾配ながら2時間だけ我慢すればあとは楽チン。登り始めから久しぶりの雨に降られたが、順調に白根御池小屋に到着。なかなか綺麗でいい小屋だ。
今回、元々はテント泊のつもりだったが、雨じゃ気分も萎えるだろうと、小屋泊まりに切り替えていた。でも、どこかの高校山岳部の大パーティーは雨をものともせず、既にテントを張って食事の準備中だった。馬齢を重ねるとどうも億劫になっていかんな、と吾が身を振り返る。
我々は8人部屋を5人で独占。この時期ならではの優雅さと云えよう。受付の際、引換券を渡された。タダでジュースかビールと交換できるという、素晴らしいサービス。ジュースと交換するなんて、有り得ない。荷物を置いたらさっそく食堂へまっしぐら。ほんとにビールをくれた。有難く、グビっとやる。皆が持ち寄ったつまみもなかなか豪華。他の連中も次第に集まり、食堂は賑やかになった。
でも暫くしたら、準備があるので出て下さいとの告知があり、退散。我々も食事の支度にしよう。炊事場のひとつは高校生に占領されているので、もうひとつのトイレ脇へ食材を持って移動。我々には主婦が4人もいるので、小生は手出し出来ず、辺りをぶらぶら。食堂を覗いてみると演奏リハーサル中。そう、今夜は偶々山崎泰之氏の横笛コンサートがあるそうだ。料理が出来上がったので部屋に戻ってディナー。コンビーフハッシュを使ったパスタはまずまずだった。
ディナーのあとは、皆さん食堂へ集合し音楽鑑賞。雨が上がったようなので、小生はひとりぶらぶら、ひっそり静かな御池の周りを、夕暮れの散歩と洒落込んだ。(山の記録はこちら)

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北アルプスなどの雪と岩、沢に熱中している時期には、樹木や草花に目が向かないと同様に、栃木や群馬など地方の寂峰なぞには見向きもしないものだが、他の者達と較べると小生は10代の頃からそのような中高年的嗜好に合う山にも関心があった。庚申山もそんな山のひとつ。
庚申山は皇海山の前衛峰でもあるので、皇海山をアタックするときに是非まとめて登りたいと思っていた。ところが昨今、不動沢を詰めて皇海山をアタックする安直なルートが開拓されたため、庚申山を経由して登るルートは篤志家の世界になりつつある。百名山を制覇するがために、安直なルートを登って満足するような輩に同調するつもりは無いものの、庚申山からアタックする場合は庚申山荘に2泊する必要があり、この40年間ずっとなかなか同行者が現れず二の足を踏み続けていた。
最近になって、とりあえず1泊で庚申山だけでも登っておこうかと考えていたところ、この頃庚申山の東側に延びる中倉尾根が俄然注目されている。なんでも「孤高のブナ」なる木があるらしい。興味が沸いたので、それを組み合わせることで行ってみようと計画したのが今回の山行だった(山の記録はこちら)。
そのために先ずは庚申山荘に泊まる。事前情報どおり、随分立派な小屋である。避難小屋としては最大級だろう。トイレは外だが、発電機付きのバイオトイレなので問題なし。寝具としては、多少湿っている感じはするが、布団もふんだんにある。
入って左側はテーブルがあるのでダイニングルームのような感じだが、祭壇もあるので祈祷室のようなところでもある。その奥の部屋を寝床と決め、女子連はお山巡り。小生はWOODYさんと共に、ダイニングテーブルで一杯やり始める。女子連が帰ってきたら早速すきやき。山で喰うすきやきは美味い。ふと外を見たらシカが草を食んでいた。我々の後から宿泊者がどんどん増え、結局今日は40人ぐらいが泊まったものと思われる。
この次にここへ来るのは勿論、庚申山から鋸山を経て皇海山をアタックするときだ。

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ゴールデンウィーク明けのこの時期、浄土平を越える磐梯吾妻スカイラインには路線バスは走っていない。5月に入ると運行されるようになるが、それも一日二便のみ。しかも、何故か一方通行で、浄土平から野地温泉方面へバスで行くには、一旦、福島駅まで出て次の便(次の日)の乗らなくてはならない。つまり、バスではその日のうちに野地温泉には辿り着けない(!)という、超ローカルな領域である。これじゃ、誰もバスを利用しないだろう。小屋番の高橋さんに云わせると、「便数を減らしたので客が減った」という負のスパイラルに陥った結果らしい。
そんな状態なので当然、我々は福島駅から浄土平までタクシーを利用するつもりだったが(事実、予約もしていたが)、前日になって小屋番の高橋さんから連絡が入り、福島に用事があるからその帰りに乗せてくれる!とのこと。まさに願ったり叶ったりだった。
東吾妻山に登って浄土平レストハウスでビールを呑み、ふらふらと吾妻小舎に戻った。今日の宿泊客は、我々以外にお二人の男性だけ。そのうちのひとりは喜多方の山の会の方で、他のメンバーよりも一日早く小屋にやってきたとのこと。一升瓶(喜多方の地酒「弥右衛門」)をどんとテーブルに置いて、「好きに呑んで下さい」と云い残したまま、微温湯温泉に入ってくると車で出掛けて行った。
流石に勝手には呑めないので、持参した酒をちびちび呑んでいるうちに夕食タイム。正直云って、ここの夕食は、山小屋にいることを忘れる程だ。確かに業務用車は小屋の前まで乗り付けることが可能だが、ここは全くの山の中。夜は、ここ以外、半径数km以内にヒトはいなくなる。こんな贅沢はなかなか出来ない。
夕食後は、他のお二人も含め「弥右衛門」をいただく。そのうち、高橋さんも仲間入りして、色々興味深い話を聞かせてもらった。朝起きたらちょっと胸やけ。良く覚えていないが、些か呑み過ぎたようだった。

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今を去る43年前、高校山岳部で初めての冬山トレーニング山行が大菩薩嶺北尾根だった。午前中の授業を受けたあと、青梅線と西東京バスを乗り継いで丹波まで向かった。金のない高校生なので、終点から青梅街道を西へへこへこ歩き、三条新橋を経て北尾根に取り付いた時点で概ね夕刻。篠竹に覆われた藪尾根を漕いで、僅かに平らな部分に無理矢理テントを張った。その時点では、翌日は裂石まで抜けられるものだと何の疑いも持っていなかった(なにしろ一年生なので)。ところが次の日、登るにつれ急斜面の藪の上に雪が積もっている状態となり、藪漕ぎしながら一歩登って半歩ずり落ちることを延々と繰り返すはめに。気が付くと、いつの間にかまた夕刻。結局、山頂へ抜けられぬまま、またテントを張った。後にも先にも、ひとつの尾根に10数時間もがき続け、抜け切れなかったのはこの時だけ。篠竹の藪漕ぎは強烈な印象となった。
あれから時は過ぎ、大菩薩嶺北尾根のことはすっかり忘れていたが、ある時偶々目にした「静かなる尾根歩き」(松浦隆康著、新ハイキング選書)に、紀行文が載っているのに気が付いた。読む限りまだ篠竹はあるようだが、無積雪期だったら日帰りができると紹介されている。時代は変わったものだと思っていたら、この頃WEBを見ると、もうすっかり篠竹は枯れてしまったとのこと。この現象はこの尾根に限ったことではないが、これならば再び大菩薩嶺北尾根をアタックしてみようかという気になった。
結果、天気が危ぶまれたが、なんとか降られずに済んだ。三条新橋から大菩薩嶺山頂まで、休みを入れて5時間半。篠竹は殆ど見当たらず、あっても枯れた残骸だけ。踏み跡を見失うことは余り無く済んだ。43年前とは比較にはならないが、それでもたっぷり登り応えはあり、充実の山行だった(山の記録はこちら)。
山頂から下りたら、今宵は「ロッジ長兵衛」で一泊。着いたら何をさて置いても先ずビールをいただく。実は、ここに泊まるのは今回初めて。ログハウス調でなかなか趣きある雰囲気である。客は、我々以外に若者3人グループと、広島から来たという熟年単独行だけだった。風呂があって有り難いが、湯の出が悪くやや寒い思いをした。
暖房器具は1階にある薪ストーブだけなので、自然とそこに集まるようになる。夕飯は、地のものも添えられてバリエーション豊富。これで1泊2食付8,000円はお値打ちだと思う。またぜひ来たいが、まだ「福ちゃん荘」に泊まったことが無いので、とりあえず次はそちらだろう。

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今回は、大弛峠から国師ヶ岳、北奥千丈岳を経て、石楠花新道をひたすら南下し、柳平まで下ることにした。大弛峠から柳平まで、バスだったら僅か30分の距離だが、山道&林道を辿ると約5時間の道程。それでも殆どが下りなので、それほどのアルバイトではない。鬱蒼としたシラビソの森。倒木を潜ったり跨いだりの繰り返しは、ヒトが未だ森と共に生きていた時代を彷彿させてくれる。
白檜平からの約2時間の林道歩きは退屈と思ったが、程良く紅葉した眺めもあって、飽きることは無かった。今年は紅葉の色付きが悪いとの評価が一般的だし、奥鬼怒も期待外れだったが、それに較べるとここ、奥秩父の紅葉はそれほど悪いことは無かったように思う。
林道を無心にへこへこ下ると、やがて柳平に到着(山の記録はこちら)。ほぼ予定通りの時刻、「金峰山荘」でビールを飲むぐらいの時間は十分確保できた。「ビール冷えてます」の幟旗がうれしい。
ここ、柳平の「金峰山荘」は初めての訪問である。大弛峠から塩山までのバス&乗合タクシーを利用するとなると、柳平でのんびりする時間が無いので、自ずから「金峰山荘」に立ち寄る機会も得られなかった。今回のコースは、そのために捻り出した、我乍ら会心のプランである。
信州側の小川山の麓にも「金峰山荘」と云う小屋があり、やや紛らわしい(但し、信州側の発音は「きんぽう」とのこと)。
ここを山小屋と呼んでいいのか微妙だが、造りは至って素朴だ。高床式になった食堂へ入ると、誰もおらず、照明も落とした状態なので、不安な気持ちになってきたが、そのうち若旦那(主人)が現れ、丁重に応対してくれる。とにかくビール(中瓶600円)を注文。生ビールはやっていないようだ。
ここは、カレーとバーベキューがメイン。何かつまみになるようなものはありますか、と若旦那に訊くと漬物を出して呉れた(サービス)。くまちゃんは、天然きのこ入り豚汁(200円)を注文。なかなか美味そうだった。
「金峰山荘」の宿泊は、1泊2食付きで6,000円と、超格安。ここをベースキャンプに、周辺の山を登るのもありそうなので、また次のプランを捻ってみたい。

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別館2Fにて、炬燵に入りながら少々部屋呑みしていた後、夕食は、長蔵小屋(本館)の食堂なので、サンダルを履いて移動。メインの登山道までのエントランス道には、フットライトが設置されているので、ヘッドランプ無しでも歩ける。山小屋とは思えぬ心遣い。
本館の造りは昔の小学校の校舎の様な風貌、昔から変わっていない感じで、この地味さが尾瀬の景観に良く合っているような気がする。
まだ夕食の時間には早かったので、談話室を覗いてみる。ここには囲炉裏はないが、真ん中に薪ストーブがあって囲炉裏端の雰囲気。登山客は思い思いに、酒を呑んだり、山の本を読んだりしながら寛いでいる。
そのうちに夕食の支度が出来たとの声が掛かり、食堂へ。既に、グループ毎に席が割り当てられている。我々7名はほぼ真ん中の席へ。小生はお誕生日席。メインディッシュはハンバーグ(手造りのようだ)。付け合わせにはキャベツやトマト、ブロッコリにかぼちゃサラダと、野菜豊富。小鉢には、がんもどきの煮物。テーブルには、他に切干大根の煮付けや高菜炒めもあって、育ち盛りでなくても、おかわりが何杯でも出来そうな感じだ。
小生は、ご飯をかる~く一杯喰っただけだが、それでも満腹。腹ごなしに、サンダルを履いて大江湿原を散策。空が厚い雲に覆われていて、やや暗くなって来たが、まだ足元は十分見える。誰もいない木道を、ぶらぶら歩くのは気持ちが良い。明日はきっと一日雨なので、今のこの時を楽しもう。

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今回は、尾瀬から奥鬼怒までのロングトレールを歩くプラン。先ず第1日目は、大清水から三平峠を越えて、長蔵小屋に到着。今日は曇一時雨の天気予報だったが、降られずに済んだ。しかし、低く垂れ込めた雲が、燧ケ岳の山頂を隠していて、眺めはいまひとつ。この天気では仕方がない。長蔵小屋に泊まるのは、隊長と二人で燧ケ岳に登った2005年の5月以来だから、いつのまにか11年も経ってしまった。長蔵小屋本館の外観は、以前と変わらぬ風情だった。 
さて着いたら、ともかく汗が引かないうちのビールを呑みたいところ。途中の、尾瀬沼山荘や、尾瀬沼休憩所で見掛けた「生ビール600円」の貼紙に、こころが揺さぶられたが、なんとか長蔵小屋まで我慢できた。本館で呑むのも悪くないが、ちょっと洒落た別館の1階で呑んでみることにした。
別館は、1階がカフェテリア、2階が客室という構成。カフェテリアはログハウス調で、ここ尾瀬の雰囲気によく合う設えとなっているが、これでも山小屋?と思う程、立派な内装。グランドピアノだってある。先客は、ソファーを陣取っているラブラブな若いカップルのみ。カウンター内の、バンダナを被った女性店員に「ビール下さい」というと、缶ビールが冷蔵庫に入っているので、ご自由に取り出して下さい、とのこと。そっか、てっきり生ビールが出そうな雰囲気だったが、違った。なんで生ビールにしないのかね、ま、いいけど。いくつかの種類があるので、キリン一番搾りのロング缶にする。リュックサックからマイカップを取り出し、慌ただしく注いで乾杯。は~、沁みる~。今日は天気が悪い割には気温が高く、2時間程度の登りでもたっぷり汗をかいたので、ひと際、ビールがうまく感じる。
ちょっとリラックスしたところで、本館へ受付に行くと、泊まる部屋はやはり別館とのこと。再び戻って、カフェテリアの中を抜け、靴を脱いで階段を上がる。2階の感じはもう、どこぞのプチホテル。尾瀬の山小屋は、ここまで進化しているのかと驚く。我々の部屋は角部屋、中には2段ベッドが並んでいて、炬燵もある。コンセントもあるので、スマホの充電にも有り難い。こんな山小屋に慣れてしまうと、南アルプスや中央アルプスにはまだ多い、古式ゆかしい山小屋にはもう泊まれなくなりそうだ。
荷物を整理したら、風呂の時間までしばし部屋呑み。晴れていれば、燧ケ岳を望みながらの酒になったのだろうが、それでも山頂の姿を思い描きながら呑むのも、それはそれで乙なものである。
(山の記録はこちら)

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午前3時半過ぎに鏡平山荘を出発し、快調に稜線へ。弓折岳から南下する稜線は、アップダウンはそれなりにあるものの、とても気持ちが良い。流石は北アルプス、わざわざやって来た甲斐がある。のんびりと歩いていたい気分。帰りのことを考えると、そうもしていられないが、少なくとも笠ヶ岳までは楽しめる。
笠ヶ岳からやってくる登山者はそれなりに多い。しかし、我々と同じ方向(弓折岳→笠ヶ岳)に進む者は少ない様子。やはり笠ヶ岳に登るには、笠新道経由が多いということか。
途中、リュックサックをデポし、空身で抜戸岳を往復。抜戸岳山頂から望む笠ヶ岳は、甲斐駒ヶ岳から望む北岳に似て、すっきり端正。惚れ惚れする程、恰好が良い。目の前に見えてから、なかなか着かないのはよくある話で、笠ヶ岳も例外ではない。
やがて、笠ヶ岳本体の登りとなり、テント場に到着。ここのテント場は、眺めが良い場所に雛壇のようになっていて、小屋はすぐ上にあるように見えるが、辿り着くまで意外に大変。実際、15分くらいかかるので、焦らず登る必要がある。テントにいて、急にトイレに行きたくなったら心配だ、と思うような距離である。
ゆっくり登れば笠ヶ岳山荘に到着。小屋の外も中も、殆ど登山客がいない。双六小屋辺りとは大違いである。今回は暑さのせいか、度々冷たい飲み物が欲しくなるが、笠ヶ岳山荘でも飲み物が待ち遠しかった。売店に並んだ何種類かあるボトルの中から、オランジーナ(400円税込)をもらうことにした。正直云って、飲むのは初めてかも知れない。
外のベンチでグビッと飲む。は~美味い。カップラーメンもそうだが、ジュースはいくら冷えていたとしても、下界では食指は動かないが、山の上では最高に美味い。これでまた、笠ヶ岳を越えていく活力が生まれた気がする。その意味で、笠ヶ岳の直下にあるこの小屋は、実に良い場所にある。今度ここに来る機会は何時になるか判らないが、その時は是非、泊まって、ビール片手に槍穂高を眺めてみたい。

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弓折岳直下、標高約2,280mのところに鏡平山荘がある。名前の如く、この一帯は平らな地形で、大小の池(鏡池など)や池塘が点在し、その周囲をダケカンバやナナカマドの木々が茂っていて、箱庭という表現が相応しい。下界は見えないので、ここの標高を実感するのは周りの風景のみ。東側には、槍・穂高連峰が壁のように聳えている。こんなところにある山小屋だったら、誰でも泊まりたくなるはず。
双六岳へ登る途中に、ここ鏡平山荘で飲んだのはネクターだったが、双六岳からの帰りに呑むのは勿論生ビール(900円税込)。同じ山小屋グループの双六小屋では生ビールが1,000円、麓のわさび平小屋では800円だったことからも、ここが中間点であることを実感させてくれる。高山植物と、池塘に囲まれたテラスでのビールは格別である。
ビールを呑んでいるうちに次第に冷えてきたので、小屋内へ移動。我々が泊まった部屋は、図らずも個室だった。人数が纏まっていたことと、事前予約のおかげだろう。部屋には「焼岳」と云う名前がついていた。荷物の整理や濡れたものを干すのに一頻り。ここの乾燥室も、わさび平小屋に負けず劣らず強烈。忽ち乾く。
個室の壁には小さな張り紙で、部屋内での飲食禁止、と書かれていたが、個室だし、綺麗に使えば問題なかろうと、荷物整理が一段落したら、部屋呑み。下界から持参したアルコールは、全てわさび平小屋で飲み干してしまったので、缶ビールとカップ酒を現地調達。鏡平山荘で売っているカップ酒は、その名も「双六」(しかし、ラベルの山はどう見ても槍だ)。高山市街にある、二木酒造の酒だった。この小屋の住所も高山市なので、至極当然なのだが、つい、こんな処にも高山の酒がある!と思ってしまう。
夕食は4ラウンド中、3ラウンド目。今日は150人程が宿泊とのこと。食堂は、板張りに床に座って食事するスタイル。見渡すと、テーブルは5列で、都合42人が座っていた。食事は、山小屋にしてはかなり充実していると思う。これらは全てヘリで運ばれたのだろう。有り難くいただく。
食後は外へぶらぶら。まだ、テラスには多くの登山者が屯している。辺りはすっかりガスに包まれていて視界が利かないが、時折ガスの切れ間から槍・穂の姿が現れると、天上の楽園にいることを実感する。明日はいよいよ笠ヶ岳。予定は3時起きなので、早いところ寝るとしよう。

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北アルプス2日目は、わさび平から鏡平まで小池新道(小池潜の父親の小池義清らが開設)を上がった後、着替えやアルコール・つまみ等の荷物を山小屋にデポしてから、双六岳を往復。鏡平から素直に笠ヶ岳を目指しても良かったのだが、せっかく近くまで来たので、裏銀座にも足を伸ばしておこう(裏銀座を歩いたことが無い人も多いので)と云う魂胆である。
昨年、一昨年と、北アルプスの夏山山行(種池山荘~五竜岳、針ノ木岳~種池山荘)では生憎の天気だったせいか(っていうか、ここ数年で晴れたのは昨年の立山ぐらい。どうも、うちには強力な雨女がいるような・・・)、今回のように、暑くてふうふう云いながらの稜線歩きは、このところ記憶に無い。夏山って、こんなに暑かったっけ。次第に暑さに弱くなっている(熱中症に罹り易くなっている)のも一因かも知れぬ。
とにかく暑くて喉が渇く。500mlのペットボトルがみるみるうちに空になっていく。鏡平山荘で飲んだ不二家ネクター・ミックス(何故か、ネクターしか無かった)は、冷たくて美味かったが、砂に零した水の如くあっという間に飲み干した。
双六小屋はかなり遠くからみえるのか、歩いても歩いても中々近付かないかった。漸く辿り着いてみると、流石は裏銀座、大変な賑わい。まだ午前中にもかかわらず、テント場には大小様々、色とりどりのテントが並んでいる。さながら展示会のようである。ここまで来たのでみんなには双六岳に行ってもらい、自分一人だけここで昼寝でもしてようか、という気持ちももたげてくる。
荷揚げ用のヘリも、働き蜂のように頻繁にやって来ては、去っていく。ガスが上がってくるまでの勝負、ということだろう。小屋に寄って、緑茶のペットボトルを購入。というか、それ以外にはミネラルウォーターしかない。荷揚げが登山者の需要に間に合っていないということだろう。でも、そのお茶は冷たくて美味かった。もちろん、直ぐに無くなってしまったが、気分はリフレッシュ、やっぱり双六岳を往復してこようという気持ちになった。
おかげで双六岳の山頂で昼寝しながら待っていてくれたという、Woodyさん(前日に鏡平泊)にも会うことができた。再び双六小屋に戻り、小屋でまたお茶を買おうとしたら既に売り切れ。新たにジュースなど数種類が冷蔵庫に並んでいた。しかし、残念ながらどれも冷えていない。さっき荷揚げしたばかりのものだから当然だ。それでも客は次から次に買っていく。仕様がないので、小生もぬる~いオレンジジュースで喉の渇きを癒した。

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新穂高温泉までは松本からバスで2時間余。西側の高山からも同じく2時間程かかるので、この辺りは鉄道から最も遠い場所にある。個人的には、松本から高山まで、スイスにあるような本格的な山岳鉄道を通して欲しいものだと密かに願っている。勿論、支線として新穂高温泉と上高地にも繋げて、新穂高温泉や上高地界隈は自動車の乗り入れ禁止エリアにしていただく。車両は、松本電鉄の様な長閑な各駅停車の普通列車だけでなく、氷河特急のような、食堂車付きの豪華な観光列車も走らせて欲しい。ちなみに氷河特急をサンモリッツからツェルマットまで乗ると、約8時間、ファーストクラスで35,900円もするが、それでも世界中から人が集まってくる。話が脱線した。
わさび平小屋は、新穂高温泉から1時間余。足慣らしには少々近過ぎるか、と思っていたが、陽気のせいか、それとも道中日差しを遮るところが少ないせいか、暑くて堪らない。たっぷり汗をかかされ、もうこれ以上は歩きたくないな、と思い始めた頃に小屋が姿を現した。やっぱり山小屋はオアシスだ。
丁度、河童橋から歩いて明神館に着いたような感じ。小屋の脇には、豊富な水を引き込んで、リンゴやオレンジ、スイカ等が冷やされている。なかなか美味そうだが、所詮、ビールには敵わない。ともかく、暑くて何もする気が起こらないし、日影から出られない。早速、受付を済ませたら冷たい缶ビール(レギュラーサイズ500円)で乾杯。は~しみる~。 
ひと息ついたら、荷物を部屋に入れる。濡れたものは乾燥室へ(ここの乾燥室はとても強力)。我々の部屋は2階の一番奥(小屋の正面から見て一番手前の右側)。布団は12人分。我々以外に3人居たので、まずまずの混み具合。整理が終わったら、酒とつまみを持って再び外のベンチへ。ワインと日本酒をちびちびやりながら、空き具合を見計らって風呂場に向かう。そう、ここには風呂がある。温泉ではないが、ちゃんとした設備が整っているので、最早、山小屋の風呂ではない。
風呂から上がれば、そろそろ夕食。それなりに宿泊者が多いせいで、夕食は2ラウンドで、我々は1ラウンド目。広くて明るい食堂に集まる。壁に飾られている山の写真は、おそらくこの小屋のオーナーで、山岳写真家の小池潜の作品だろう。なかなか料理も豪華。山小屋として最上級だろう。明日からの英気も、これで養える。
翌朝、ややガスが出ているが、時折星空も姿を現すので、まずまずの天気。朝食も、夕食並みに豪華なものだ。小鉢には、こも豆腐が入っていた。ここが岐阜県高山市であることを思い出した(山の記録はこちら)。

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両神山は、公共交通機関の便から考えると、1泊しないと登るのが少々難しい山なので、これまで2回しか登ったことが無い。今回は、未だトレースしたことが無い、梵天尾根に行ってみようという企画。登りに梵天尾根を使うとなると、清滝小屋までが長いので、2日目の下りに使うことにした。1日目の日向大谷から清滝小屋までが少々楽ちんだが、そんな登り方も偶には良かろうと判断。
結果的に、1日目は予想外にシトシト雨だったので、丁度良いアプローチとなった(山の記録はこちら)。スタート点の日向大谷には、民宿「両神山荘」が昔と変わらぬ佇まい。宿の貼紙には、缶ビールレギュラー缶が400円と書いてあって、朝から目の毒。しかし良く見ると、ビールロング缶も、発泡酒も同じ値段の400円。なんと大雑把な価格設定なのだろうか。これであえて、発泡酒を求める客がいるのだろうか、気になる。さらに、注意書きには「何が有りましても責任は負いかねますのでご了承ください」とあって、突っ込みどころ満載。今度、機会をつくって泊ってみたい。話が逸れた。
清滝小屋は11年ぶり(前回はこちら)の訪問。11年前は両神村(現在は小鹿野町と合併)が運営する有人の小屋だったが、経費節減のためか、それとも宿泊客が少なくなったのか、現在は無人の避難小屋となっている。ログハウス造の母屋は1階のみ開放されていて、2階は利用できない。
屋根続きの別棟(管理棟)にも鍵が掛かっている状態。ちょっと離れた旧館は、以前、食堂(前回、停まったときには、うどん粉がたっぷり入ったカレーライスを喰った覚えあり)として使われていた筈だが、やはり閉鎖されている。利用できるのが母屋の1階だけとは云え、スペース的に避難小屋としては無類の大きさ。1階に入ると、先客はゼロ。意外と云えば意外だが、今日の天候からすれば止むを得ないところだ。ちょっと離れたところに、水場(炊事場)と水洗式トイレもある。テントサイトは旧館の裏。行ってみると、2張あった。
そうこうしているうちに、単独行氏が到着。訊けばここは4回目とのこと。寝具は持参しておらず、手慣れた様子で棚に積まれた毛布などを敷いている(我々は寝袋持参なので使用せず)。
濡れた衣類を干したら、ちょっと酒とつまみでまったり(なんとこのちゃんはビールロング缶2本を背負って来ていた)。その後、パスタ主体の夕食。ここは水が比較的豊富なので、パスタの茹で汁に支障はない。たらふく食って、ワインを呑んだら忽ち眠くなって、随分早いが就寝。夜になる少々冷えて来るものの、シュラフカバーを持って来なかったこのちゃんは、シュラフカバー2重だけでぐっすりできたようだ。
翌日はすっかり雨も上がり、陽が差している。朝食は、メンマとチャーシューと卵がのったマルタイラーメン。単独行氏はピストンのようで、荷物を置いたまま早々に出発。さてこちらも、張り切って両神山を登ろう。

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金峰山小屋の朝食は朝粥だった。酒を呑んだあとの胃袋には、大変うれしい。小生は毎朝、粥でもいいくらいである。さらさらとして粘り気が無いので、炊き粥(いわゆる生米から炊いたもの)だろうか。それとも昨日の残り飯を上手に炊いたのだろうか。漬物や佃煮が数種類並んでいてどれも粥にぴったり。何杯でもおかわりが出来そうである。小屋の食事は、少人数で給仕するのは大変だが、これならば手間も最小限。なかなか考えたスタイルだと感じ入った。何処の小屋でも、朝は粥にしたら如何だろうか。
朝食後、さっさと出発。今日は結構、風が強いようだ。でも、バス停までは危ないところは無いので楽チン下山。途中、富士見平小屋はかなりの賑わい。今日はそこそこ天気は良いが、まだ梅雨の真っ只中。雨覚悟でこんなに人がやってくるとは思えない。数日前の天気予報を見て急きょやってきたのだろうか。(常にプランが立て込んでいる)我々にはできない芸当である。
増富側の登山口である瑞牆山荘には、思ったより早く着いた。バス停には若者数人が待っていた。10時15分のバスに乗る予定なので、約1時間半、たっぷり時間がある。ここは学生時代、クラスの仲間を連れて泊まりにやってきたことがある。ここから金峰山と瑞牆山を往復した。その頃は部屋にテレビもない素朴な山荘だったが、現在は思いの外、重厚な雰囲気になっている。
ビールが呑みたいなと中へ入ると、山荘に併設されたカフェ&レストラン・モンターニュ(Montagne)は営業していない様子。それでも女子連が自称「おばさんパワー」を発揮してくれて、山荘の女将(?)さんに直談判、外のテラス席だったらビールが呑めるとの回答を得た。
さっそくテーブルを陣取り、生ビールを受け取る。まだ午前9時だが、ひと仕事終えたのでへっちゃらである。周囲を白樺の林に囲まれているので、かなり牧歌的雰囲気に包まれた山荘。山から下りてビールを呑むには最高のシチュエーションである。
10時15のバスの前に、9時3分発のバスがあるのだが、季節運行で今は運休のはずだと、のんびり構えていたら、9時にバスがやってきた。早速、渉外担当(このちゃん)がバス運転手に確認。すると、増富鉱泉と瑞牆山荘の間が冬季運休で、通常は瑞牆山荘まで運行するとのこと。なんだか紛らわしい表記だったが、運行するならば乗るしかない。ビールを持ったまま、慌ててバスに飛び乗る。優雅な時間が突然打ち切りになってやや残念だった。

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157 瑞牆山荘のテラスで。

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表参道と金峰山小屋の組み合わせという、我ながら良いプランを思い付いたのは、昨今、栄和交通の乗合タクシーの定期便が大弛峠まで通うようになり、しかもアコウ平で途中下車して表参道を登ったと云う、ネット記事を見た時のこと。それまで、何かと評判が良い金峰山小屋に、一度泊まってみたいと暫く前から思っていたので、これは丁度良いと密かに考え、実行に移すタイミングを見計らっていたという訳。健脚だったら、表参道を登って、そのまま大弛峠へ下り乗合タクシーでその日のうちに帰ることはできるだろうが、我々はその晩はのんびり小屋で過ごし、翌日は下るだけと云う、2日間合わせても6時間余しか歩かない超贅沢プラン。たまにはこんな登り方も良い(山の記録はこちら)。
結果として、表参道は金峰山の登路としては、白眉だと感じた。特に、鶏冠岩から見上げる五丈岩は、否が応にも登高意欲をかき立てる。荒川の渡渉から、標高差800mの直線的なルートは登り応えも十分だ。これほど気持ちが良いルートが何故、これまで埋もれていたのだろうか、と訝しく思ってしまう。
尤も、我々が辿った表参道は、全体のほんの一部分に過ぎない。昇仙峡のすぐ北側にある金櫻神社から本宮である金峰山山頂までが本来の表参道だ。この金櫻神社の由緒は、日本武尊が社殿の造営を命じたというから、相当古い。蔵王権現信仰の対象となってからも、既に千三百年が経過している。
機会があれば(それにアドレナリン分泌が豊富であれば)、昔の修験道よろしく、金櫻神社から金峰山を目指して歩いてみたい。たぶん、途中で泊まる必要があるだろうけど、それはやっぱり御室小屋あたりか。現在、表参道は途中、林道開発等で往年のルートが寸断されているとの由。そこでこの際、甲府市に申し上げたいのだが、市として、このいにしえの表参道を完全復活させ、もちろん御室小屋も復活させ(この頃、旧御室小屋をあえて解体したのは、そのつもりと解釈していいかな)、少々ハイグレードな遍路として、国内外にアピールしたら如何だろうか。上手くすれば海外でも噂になり、熊野古道と並び称されるようになり、ゆくゆくは世界遺産になるかも知れない。
金峰山小屋まで下ったら、外のベンチでビールを呑みながら暫しまったり。この小屋は定員60名。訊けば、今宵は満員だそうである。今日は偶々良い天気だが、本来は梅雨の真っ只中、こんな季節でも満員とは恐れ入る。日が陰ったら小屋の中に入り、食堂兼談話室で呑みの続き。
真っ黒い塊が床に置いてあると思ったら、この小屋の番犬(ラブラドールレトリバー、「ゆずひこ」という名前らしい)だった。まったく気配を消している。そのうち団体が到着し、みなさん、犬とは気が付かずに靴が当たったり、ストックでうっかり小突いても、ピクリともしないで寝ている。堂々たるものだ。
そのうち夕食。名物(?)のワイン付きチキンソテーをいただく。表面はパリッとしていて、味もしっかり浸みこんだモモ肉は結構ジューシー。噂だけのことはある。ワインがついているだけでも、優雅な気分。これで1泊2食付き8,500円は、とてもお得だ。食後、また外へ出て、夕暮れを眺めながらのちびちびやる酒もまた格別。消灯時間(20時30分)にはだいぶ早いが、暗くなったら寝床へ入り、忽ち爆睡した。 

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029 気分は最高潮。

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