山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

中央本線沿線

ヤマビルパニックが、「紅椿の湯」に浸かってなんとか沈静化された後のこと。風呂から上がってさっぱりしたら、反射行動的にビールを求めて食事処へ移動。リュックサックを座卓にデポしてから徐に券売機を見ると、ビールセット(860円)があったのでその釦をプッシュ。この頃はこの手のセットを見つけると、無意識のうちにその釦を押してしまう。カウンターで受け取ると、生ビールにオニオンスライス、枝豆とキムチが付いてきた。それ程のお得感は無い感じ、ちょっぴり期待外れ。
ひと息ついたら、藤野交通タクシーを呼んで、藤野駅前の「風里」へ向かう。念のため、電話で予約を入れたが、入れておいて良かったぐらいだった。到着は5時過ぎ、我々と入れ違いでハイカー団体が店を出た。彼らは入口を入ってすぐの、カウンター脇のテーブル席で盛り上がっていたようだ。そのなかのひとりの酔っ払いオヤジが「こんな(遅い)時間から来るんだ」と大声で飛沫を飛ばしながら独り言。こっちが遅いのではなく、そちらが早いんでしょ?
奥の座敷とテーブル席では、それ以外にも10人グループや4人グループがいてかなり賑やか。何れも大声でわいわいやっているので(酔っ払いの常)、少々飛沫が気になるが(それぞれのグループ内では明らかに「密接」状態)、こちらとは席は十分離れているのでまあいいか。
やっぱりまた生ビール(500円)で乾杯。つまみはイカチーズ揚げ(420円)、棒餃子(???円)、ハムカツ(???円)、ビッグハンバーグ(1,000円)、白魚の彩り盛り(???円)、ハンペンはさみ揚げ(320円)、焼き餃子(400円)を注文。ご飯を食べたいWoodyさんはチキンカツ定食を注文。
この店に来ると、どうしてもガッツリ系が多いせいか、呑み気よりも喰い気に走る傾向がある。而して、日本酒はそれほど進まないので、酔っぱらいになるよりも早く腹一杯でお開きとなることが多い。今日もそうなった。満腹、満足。

50 今宵は「風里」で打ち上げ。

DSC05522

DSC05523

DSC05524

DSC05525

DSC05526

51 ここもテーブルが間引かれていた。

52 イカチーズ揚げ、美味い。

53 棒餃子はニラたっぷり。

54 酒呑みオヤジの定番、ハムカツ。

55 Woodyさんはチキンカツ定食。

56 チキンカツはシェアしてもらいました。

57 ビッグハンバーグは頼まない訳にはいかない。

58 白魚の彩り盛り。珍味。

59 ハンペンはさみ揚げ。

60 焼き餃子も頼んだ。

DSC05534

61 腹一杯になりました。

今回の山は大室山。いままで道志側から登ったことが無かった。冬、中央線から見ると、丹沢の左端にあって結構白っぽくなっているので、時間はかかるだろうが出来たら雪を踏みながら登ってみたいと思っていて、その下調べのつもりで無積雪期の今回、登ってみる気になった。朝からシトシト雨だ。
藤野駅から久保吊橋までタクシーに乗車。偶々、橋の袂にある売店のおばちゃんが通り掛かり、二言三言、言葉を交わすうちに、下ったら「紅椿の湯」に入るつもりだと云うと、そのおばちゃん、「だったら割引券あげる」と店に戻って券を呉れた。ありがとうございますと別れ際に、そのおばちゃんが曰く「ヒル、いるよ」と。
確かに登り始めて直ぐ、落葉の上で蠢いているヤマビルがいっぱい。雨で活発になっているのだろう。でもかなり小さい。暫くの間、踏まないようにと気を使いながらの登高が続くが、高度が上がるにつれ次第に見えなくなった。
下りは登りに較べればずっと速いので、ちいさなヤマビルが居たのかどうか分からず。そのまま「紅椿の湯」に着いてレインウェアを脱ぎ、スパッツを外してみると、いたいたヤマビル。それは小生だけでなく他の皆も同様。もう皆さんパニック状態。
靴を脱いでみたら、左右の靴下に円形状の血の染みが3ヶ所あった(靴下も脱いでみると、都合7ヶ所も喰われていた)。これでも途中、全く気が付かなかったとはとんだ頓馬だ。既に血が止まっていたので、恐らくは登りで喰われたものと思われる。以前、ヤマビルに喰われたのは、やはり丹沢で沢登りした時だから、もう30年ぐらい昔のこと。随分久しぶりだ。
Woodyさんも同様に複数箇所喰われたようだが、不思議と女子2名は喰われず仕舞。謎である。

写真 2020-09-26 8 47 45

写真 2020-09-26 8 47 28

01 久保吊橋から。

02 意外にしっかりした吊橋。

03 道標もちゃんとある。

05 緩やかな九十九折の径。

10 まだ植林帯。

11 広葉樹林帯は明るい。

12 急斜面は直登しない。

13 えっ、まだ120分もあるの!?

18 ブナの森の始まり。

19 径は相変わらずはっきりしている。

20 大きなブナが増えてきた。

22 トリカブトの海。

27 間もなく山頂。

28 山梨百名山の標識が2つ。

写真 2020-09-26 12 27 01

29 四方が欠けた二等三角点。

32 木道がとてもスリッピー。

36 こんなの、あった。

37 前大室に到着。ガスで視界無し。

40 ここから北へ向かう。

44 急なところは無い。

45 前大室から1時間20分で林道に出た。

46 目指すは紅椿の湯。

47 紅椿の湯で、ビールセットは860円。

48 紅椿の湯のすぐ裏が道志川。

49 いい湯でした。

「八島山荘」から上諏訪温泉の「浜の湯」まで乗ったタクシーの運転手にはもう一つ訊いていて、それは「風呂から上がって一杯やれる店は無いですか?」というものだった。すると、こんな質問を受けたことは無かったのか、それともそもそも一杯やるなんてこと自体全く興味が無いのか、やはりなかなか返事が無い。
この時間帯はそもそも空いてる店は少ないですよね、と水を向けると漸く、「秋月」あたりだったらどうでしょうか、と消極的な返答が返ってきただけ。少なくとも小生が事前にリサーチした限り「秋月」は中休みがある筈だ。そこではたと気が付いたが、地元の人(特にタクシー運転手)にとっては中休み時間帯(午後2時から午後5時の間)に地元で呑める店を探すニーズは無いのだ。そんな時間は仕事をしているか、OFFだったら何処か別の場所へ行っているのだろうから。
「片倉館」から上諏訪駅へ戻る途中、「秋月」を覗くと、やはり暖簾が出ていなかった。少なくとも、中休み時間帯の開店事情については小生の方が情報量は上だ。やはり事前にリサーチした結果に基づき、駅前の「いずみ屋」に予約を入れておいて正解だった。
ここは午前11時から午後10時まで通しで営業している、エラい店。少なくとも駅前でこの時間(午後4時)からでも入れる店としては唯一だろうと思う。入口には「レストラン割烹」とあるが、小生的には大衆食堂兼居酒屋という感じ。これとよく似た店としては、浅草の「水口食堂」を思い浮かべる。
また「諏訪浪漫」、こんどは「りんどう」(アルト系ビール)にしてみる。その後は、やっぱり上諏訪に来たら上諏訪の酒、何れもひやおろしで「本金」、「横笛」、「真澄」をもらう。一品料理はとうふ系が豊富、豆腐グラタン(680円)が美味かった。それよりも珍しかったのは、あぶり酒粕。これは有りそうでなかなか見掛けない。酒の肴にいい感じだった。

DSC05269

DSC05270

DSC05273

DSC05276

DSC05277

DSC05272

DSC05271

DSC05274

DSC05275

DSC05278

DSC05279

DSC_0002

DSC05280

「八島山荘」でタクシーを待ちながら、しかしそれがなかなかやってこないので、生ビールだけでなく日本酒まで呑んでいい気分になってしまったあと、漸くやって来たタクシーに乗り上諏訪へ移動。道すがら、上諏訪でお勧めの日帰り温泉は何処ですかとタクシー運転手に訊くが、なかなか返事が返ってこない。
(上諏訪は県内有数の温泉街の筈なのに)そもそもそんなことを訊く客は少ないのか、それとも(上諏訪で仕事をしている運転手のくせに)温泉には全く興味が無い運転手だったのかは良くはわからない。それでもそのうちに返ってきた答えは、「浜の湯はどうですか?」だった。そんな日帰り温泉、あったっけかな?と思ったが、地元のタクシー運転手だから大丈夫だろうと向かう。
「浜の湯」に着いてみると、そこは超立派な温泉ホテル。タクシーのドアが開くと途端にホテルのドアマンが二人やって来て「お泊りでしょうか、お名前を頂戴できますか」ときた。いやいやそうじゃない、日帰り入浴できたのだと告げると、ドアマン曰く、うちは生憎、日帰り入浴をやっていません、と。タクシー運転手と一緒に、あれれ、という感じ。仕方がない、それではということで、すぐ裏にある「片倉館」へ向かう。結果的に、初めからタクシー運転手には訊かず、真っ直ぐここへ来れば良かった訳で、地元のタクシー運転手が必ずしも当てにならないということを再認識した。
一年半ぶりの「片倉館」(前回はこちら)。前回とは異なり、やや遅い時間(午後三時半過ぎ)の入館だったが、それでも千人風呂には先客が6人だけで、とてもゆったりとできた。
サッパリした後は、いつものように二階へ上がって湯上りビール。そもそも広い休憩スペースだが、COVID-19対応でテーブルの間隔がやたらに広い。寂しいほど空虚でレトロな部屋で、今回も「諏訪浪漫・しらかば」をグビッとやった。そのあとテラスへ出てみると諏訪湖の湖面が輝き、それに照らされた片倉館の煉瓦壁が映えて、イタリア・コモ湖畔もかくや、と思わせる風景だった。

DSCF2091

DSCF2101

DSCF2092

DSC_0640

DSCF2093

DSC05265

DSC05266

DSC05267

DSCF2094

IMG_3790

DSCF2100

IMG_3792

IMG_3793

DSC05268

自宅PCで利用中の「カシミール3D」の地図を、20万分の一ぐらいの縮尺で俯瞰すると、関東平野の西側、即ち丹沢山塊、道志山塊、中央線沿線、大菩薩連嶺、奥多摩、奥秩父、奥武蔵には、踏破済みトレースが網の目状に引かれている一方、疎らな山岳地帯や全くトレースが無いエリアも数多く点在する。自ずと行動パターンは偏っている訳だ。
全くトレースが無いエリアの多くは、公共交通機関によるアプローチが難しいところで、中でも諏訪湖の北から松本市街の東側へ広がる地域は、総じて標高は2,000mぐらいある割に著名な山が無いせいか、霧ヶ峰や鉢伏山を除けば踏み入れたことが無い。そこで今回はそのほぼ中央に位置する三峰山に登り、鷲ヶ峰までトレースしてみることにした。
「三峰茶屋」でタクシーを降り、登り始めて直ぐ気が付くことだが、三峰山には見事に立木が生えていない。シュールレアリスムの絵に出てきそうな、現実さに乏しい山だ。天気さえ良ければ素晴らしい景色が広がっているだろうと想像できるが、今日は生憎の空模様。またの機会に期待したい。
この後は、笹原だけでなく北八ヶ岳や奥秩父を彷彿させるシラビソの林や、奥多摩のような広葉樹林など、変化に富んでいて、天気がいまいちでも飽きさせない。我々以外、ハイカーはあまり見かけない。僅かに出会うのは、恐らくは何処からか駐車場からの往復パーティーばかりで、縦走する輩はいないようである。花の季節でも紅葉の季節でもないので、ハイカーが少ないのは当然かも知れないが、それでもここは穴場と云えるかも知れない。大いに気に入った。
鷲ヶ峰から下り始めると、ガスに包まれた八島湿原の方からなにやら放送が聞こえてくる。そこだけはしっかり観光地で、サンダル履きの若者連れや家族連れがマイカーでやって来ていた。そんな喧騒を避ける様に、「八島山荘」内の誰もいない食堂に入り、生ビールを呷った。タクシーが登ってくるまで時間があるので、ついでに売店で「麗人」を買ってちびちびやった。

16 あそこが山頂か。

20 飛んでいるのはアキアカネとツバメ。

32 左手は落葉松林。

34 すっかり見通しが得られ無くなった。

53 何だか奥秩父?

59 真っ白な鷲ヶ峰。

61 晴れていれば、八島湿原が見えている?

64 八島湿原。

68 何となく入り難いので・・・

DSC05264

DSC05263

DSC_0638

DSC_0639

茅野駅前の「モン蓼科」で時間調整したあとは、茅野駅15時42分発の「特急あずさ42号」に乗車して帰る。これで立川駅までは2時間弱の列車旅。今回はオーレン小屋泊りが目的だったのであまり気にはならなかったが、まあまあ天気が良かったのは1日目のアプローチと2日目の下界で、山の上はいまいち。
それもそのはず、前線を伴った大型の台風10号がやってきていたせい。九州地方と朝鮮半島は直接的な被害があったものの、不幸中の幸いというか、本州内陸部への影響は小さかったので、多少雨に降られた程度で済んで良かった。
小生はオーレン小屋を出たところで降り始めたため、雨具も付けないうちに小屋へ戻ったので被害ゼロだった。おかげで1日目は山に登れなかったものの、小屋でのんびり本を読んで過ごしたので、これはこれでちっとも悪くは無い(一方の女子連+Woodyさんは多少粘ったせいで、結構降られたようだった)。
泊りの山行プランは3ヶ月前ぐらいには決めてあるので、この季節の天候はまさしく神頼み、何れにしても、台風がこちらに来なかっただけラッキーだった。基本、雨で山行を中止することは無いが、台風だけは無理しないことにしている。
今回、もし直撃だったらオーレン小屋泊りは諦めて、何処か麓の宿か、最悪、駅前のビジネスホテルにでも泊まって、翌日、公共交通が生きていればオーレン小屋に日帰り往復しようか、などと考えていたが、それも鉄道が動かなければ茅野駅へ行くことも、帰ってくることも出来ない。とにかく台風(それと滅多に無いが大雪)には細心の注意が必要だ。
立川駅17時38分着。この頃は在宅勤務とはいえ、いちおう明日は仕事なので素直に帰宅した。

DSC05225

茅野の蕎麦屋「そばのさと」で腹ごしらえをしたあとは市内観光。今回は諏訪大社上社前宮に参詣してみた。これで諏訪大社4社のうち、3社目となる。ここ前宮は諏訪大明神が最初に居を構えた地、らしいので4社の中では最も古いようだ。神話の世界では、大国主神の息子、建御名方神が「国譲り」に反対した際、争いに負けて諏訪へ落ち延びたこととなり、それが諏訪大明神の始まりとなっている。
拝殿は高台にあり、八ヶ岳連峰も良く見える。建物は割とこじんまりとしている(といってもそれなりに立派である)せいか親しみやすい感じ。四方に御柱が立っている。ついでに、裏山にある「峰の湛(たたえ)」を見にいってみた。「湛」とは、いにしえの頃(つまり諏訪大明神以前の自然崇拝)の神事に関係するものらしく、例えばこのHPに詳しい。
前宮から駅に戻ってきてもまだ帰りの「あずさ」まで少々時間があるので、いつもの「そば処茶屋 ちのベルビア店」へ行ってみると、閉まっていた。看板をよく見ればランチは3時まで、ディナーは4時からとなっているが、以前は中休みなど無かったはず。COVID-19のせいだろうか。これで茅野駅前で入る店がいよいよ無くなってきた。
さてこうなると、在り来たりの店しか思い付かない。同じベルビア内にある「モン蓼科」というファミレスは開いていたので入ってみた。テーブルについて早速メニューを開いてみると、ビール(クラフトビールも)がある。つまみも欲しかったが、やはり見当たらず。仕方がないかと半分諦めたが、モノは試しと、メニューにあるソースカツ丼のご飯抜きをお願いしてみたら、OKという。首都圏の普通のファミレスではこのようなフットワークの軽さは有り得ない。ここが諏訪で良かった。
出てきたソースかつは、三元豚200gの厚くて柔らかいロース肉が使われていて、予想以上に美味かった(写真撮り忘れました、悪しからず)。

DSC05204

DSC05205

DSC05221

DSC05206

DSC05208

DSC05209

DSC05211

DSC05212

DSC05214

DSC05215

DSC05216

DSC05217

DSC05220

DSC05222

DSC05223

DSC05224

「縄文の湯」を袖にしてとりあえず茅野駅までタクシー移動した後、ちょうど昼時。さて昼飯は何処で何を喰うか。これまでの経験とリサーチ結果から云えば、茅野駅界隈に大した店は無く、東口には「よもぎ庵白鳥」という蕎麦屋(今は廃業していて、同じ場所に「蕎麦処ひな」がある)、西口には「そば茶屋ちのベルビア店」という同じく蕎麦屋と、「モン蓼科」というファミレスがあるぐらい(何方も「ベルビア」という駅前ショッピングモール内)。居酒屋はいっぱい見つかるのだが、昼からやっている店は流石に無い。
そこで一寸、駅からやや離れた範囲まで広げて探してみると、見つけたのは「そばのさと」というやっぱり蕎麦屋。タクシーだったらワンメーター、歩いても15分ぐらい。暑いけど、リュックサックをコインロッカーに預けてから歩くことにした。念のため電話で予約を入れる。住宅街を抜けると長閑な風景。国道152号線に出れば目の前に看板が見つかる。
入ってみると、小上がりとテーブル席。客は半分ぐらいの入り。我々は奥のテーブル席に着き、早速生ビール(650円税別、以下同様)で乾杯。歩いて喉が渇いたので美味い!先ずは、あまかわもち(580円)、わかさぎ天ぷら(780円)、どんこ椎茸天ぷら(800円)、アスパラ天ぷら(680円)を注文。つゆそば好きのWoodyさんは、かけそば(780円)を注文。
あまかわもちとは、聞いたことが無かった。蕎麦の甘皮を揚げたものらしく、食べた感じは蕎麦がきを揚げたようなものか。わさび醤油で喰えば酒の肴だが、これに黒蜜を掛けたらデザートにもなりそうだ。
日本酒には上諏訪の酒「舞姫純米・蕎」(900円)を呑んだ。呑んだ後になって気が付いたが、蔵元へ行ったことをすっかり失念していた。つまみの追加で、馬刺し(780円)とわさびの葉の醤油漬け(380円)も頼む。
仕上げはもりそば、十割そば(1,600円)とどうづきそば(1,600円)を1枚ずつ注文してみた。後者は石臼を使わないで挽いた粉で打ったとのこと。見た目、粉の粒が分かる。これを、まず水で食べなさい、と店の人。当然塩味は無いので、蕎麦の香りだけを感じる。なるほど、こういう手繰り方もあるのだ。

DSC05194

DSC_0632

DSC05195

DSC05196

DSC05197

DSC05198

DSC05199

DSC05200

DSC05201

DSC05202

DSC05203

DSC_0003

オーレン小屋2日目は、昨日よりもちょっとだけいい天気。折角なので、天狗岳を越えて渋の湯へ下りるという、あひる、菊丸コンビに付き添って根石岳まで往復することにした。途中、昨日登り損ねた箕冠山にも立ち寄る。ここは踏み跡も三角点も山頂標識も無いので、何処が本当の山頂なのかははっきりしない。しかしその分、八ヶ岳にしてはとてもワイルドさが残っているピーク(シャクナゲが密生している)、ちょっぴり嬉しい。
その後、オーレン小屋に下り、硫黄岳登頂組と合流してから、くまちゃんとお別れの挨拶。桜平まで戻ると、タイムラグ無く、予約したタクシーをキャッチ。今日も少しだけ汗を掻いたので、次は温泉だ。タクシー運転手にお勧めを聞くと、山から下りて入る日帰り温泉としては「縄文の湯」が一番いいとのことだったので、そこまで行ってもらう。
「ビールは呑めるでしょうね?」と確認するとタクシー運転手曰く、開業当初はビールを売っていなかったため苦情が出て、それからは置いてあるはずとのことで、ホッとひと安心。
そうこうしているうちに「縄文の湯」に到着。その名の通り近くには「尖石縄文遺跡」があり、その中の「茅野市尖石縄文考古館」には、教科書にも載っていた国宝の「縄文のビーナス」と「仮面の女神」が展示されている。
さっぱり汗を流したら、食事処へ直行。ところが缶ビール(そもそも生ビールは扱っていない)の在庫が5本しかなかったため、一番最後にやって来たWoodyさんは呑みそこなう羽目に。瓶ビールも既に売り切れ(というか入荷していない)とのこと。こんなところには長居は無用、さっと缶ビールを呑み干したら直ぐにタクシーを呼ぼうということになった。

DSC05191

DSC05192

DSC05193

今回は折角、甲斐大和駅へ下りてきたので、締めは駅前にある「雅」に入ってみようと心に決めていた。以前、隊長と凸さんと一度入ったことだけは覚えていたが、どこの山の帰りなのか、それは何年前のことだか、ちっとも思い出せず。過去の記録を紐解いてみると、もう13年前ものことだと知る(その時の記録はこちら)。
それは古部山から徳並沢ノ頭まで歩いたときのこと。それで記憶が蘇ってきたのは、梅雨の最中なのに何故か快晴で、お蔭で暑くて暑くて喉が渇いたので(当時としては珍しく)大月の「よしの湯」で汗を流すまで我慢できず、電車の待ち時間を利用して「雅」に入ってビールを呑んだのだった。その頃は、その界隈の山に登ったら、汗を流すのは決まって「よしの湯」だった。「よしの湯」が廃業したのは「雅」に入った翌年のことだ。
「砥草庵」を出たあと、タクシーに乗って予約せずに「雅」へ行ってみたら、応対した女性店員が何だか考え込んで、直ぐには答えてくれなかったが結局はOK、なんとかなった。ここは靴を脱いで上がるスタイル。入ってみると、どうやら法事の席が入っていたため悩んだようだ。しかもCOVID-19のせいで、席の数も制限している様子。我々の直後やってきた客は、「満席です」とすげなく断られていた。危ないところだった。
この店はコロナ対策が結構徹底している。アルコール除菌、検温、透明アクリル板衝立は勿論、調味料、マヨネーズや醤油まで使い切りパックを各自で使用するようになっていた。生ビールでアクリル板越しに乾杯したら、料理を次々に注文。この店は酒のつまみになるような一品料理が結構ある。今日は6人なので色々頼んで料理を楽しむことが出来た。

DSC04801

DSC04790

DSC04791

DSC04792

DSC04793

DSC04794

DSC04795

DSC04796

DSC04797

DSC04798

DSC04799

DSC04800

DSC04802

DSC04803

危うく熱中症になりそうな状態で、ヨタヨタとなんとか「田野の湯」に転がり込んで事なきを得た後のこと。アルコール除菌し、検温し、氏名・年齢・住所・入館時間を記帳し、入浴料を払ってからようやく地下階にある風呂場へ行くと、全て照明が消えていた。でも風呂はちゃんと沸いているようだ。小生が一番風呂なのか、それともここへ来る客は、省エネ意識が徹底しているのかどうか分からない。ともかく、脱衣所と風呂場の照明を全て点けてから入湯。
ここは一般的な立ち寄り湯としてはカランの数は少ないものの、内湯は銭湯並みの大きさだし露天風呂だってあるし、何れにしてもたった独りで入るには贅沢過ぎる。外は相変わらずクソ暑いのに、露天風呂に浸かっているとそう感じないのは不思議だ。
山の上は暑さを感じなかったのでそれなりに涼しかったのだろう、わざわざやって来ただけのことはあった。さっきまで居たくせに、もう破魔射場丸が恋しい。ともかくさっぱりしたら、なるべく汗をかかないよう木陰を拾いつつ、そろりそろりと砥草庵へと向かう(後になって退館時間を記入し忘れたことに気が付いた)。
暖簾を潜ると、店内には客も店員もいない。エアコンもあまり効いていない。奥に声を掛けたら、店主と思しき人が出てきた。何処でも座って良さそうだが、ソーシャルディスタンス的には囲炉裏の周りが良さそうだ。花番さんは居ないようで、店主自らお茶を持って来たので、直ぐに生ビールを注文する。
ビールを呷りひと息ついたところで、後続メンバーが次々と到着し、その度に五月雨的に生ビールが注文されていく。ここには一般的な蕎麦屋にしては一品料理が豊富。馬もつ煮、なす焼き、大根サラダ、こんにゃく田楽を頼んだ。折角の蕎麦屋なのに蕎麦を手繰らないのは申し訳ないが、この後を予定しているので勘弁してもらった。きっと、次回は蕎麦を頂こうと思う。

DSCF1694

DSC04784

DSC04785

DSC_0573

DSC04786

DSC04787

DSC04788

DSC04789

大菩薩連嶺の破魔射場丸を登る場合、マイカー利用派は湯ノ丸峠から往復、公共交通利用派は湯ノ丸峠から破魔射場丸を経て米背負峠から下るようなパターンが一般的。バリエーションとなると、鹿鳴ノ滝から東南尾根に上がるトレースがネット上で散見され、以前からこれを辿ってみる計画を温めていた。
ところが「令和元年台風第19号」が関東地方を直撃したせいで、山間部の沢沿い道路、山道が多く崩壊したとニュースが報じていた為、鹿鳴ノ滝へ向かうジョーロザス沢もさぞや酷いことになっただろうと想像し考えあぐねた末、やはりリスクは取らないことにしようと、今回は終始、尾根を辿ることにした。
実際に辿ってみればほぼ、けもの道同然でも、尾根を外さなければ特に問題はない(山行記録はこちら)。かつての破魔射場丸東南尾根は、この方の記録を読む限り篶竹の藪が煩かったようだが、今は全て枯れていて通行にまったく支障はない。一般道と合流する辺りはお花畑となっていて、コウリンカ(紅輪花)が丁度見頃だった。
破魔射場丸の山頂標識は「ハマイバ」となっている。もはや「破魔射場丸」でも「ハマイバ丸」でもない。こんな名前に誰がした?と思ってしまう。ちなみに大月駅と桑西集落を繋ぐバスの終点は「ハマイバ前」。このバス停名だと「ハマイバ」にすぐ登れそうだが、実際は相当離れているので大変だし、尾根に取り付いてからも今回の我々の如くそれなりに扱かれる。努々、バス停名と山名を短絡的に繋げてはならない。
破魔射場丸からは大谷ヶ丸、コンドウ丸、曲沢峠を経て景徳院へ下った。景徳院から「大和福祉センター・田野の湯」までは僅かに登る必要があるが、山を下りればまさに真夏、ここが一番辛かった。なんとか熱中症にならずに「田野の湯」に到着。ここは7年ぶり(その時の記録はこちら)。
受付で、アルコール除菌して金を払って検温したら、37度。こんな日に外を歩いてきたら、そりゃそうだよ。でももし37.5度だったら入らせて呉れないとのことで、そうなったら逆上して係員の首を絞めるか、その前に頭に血がのぼって昏倒したかも知れない。危ういところでなんとかサッパリできた。

DSC04751

DSCF1645

DSCF1648

DSCF1652

DSC04755

DSCF1655

DSCF1660

DSCF1665

DSCF1668

DSCF1669

DSC04765

IMG_7374

DSCF1672

IMG_7381

DSCF1675

DSC04768

DSCF1678

DSCF1680

DSC04771

DSC04772

IMG_7383

IMG_7385

DSCF1685

DSCF1687

DSCF1690

DSC04775

DSC04780

DSCF1692

DSC04782

DSC04783

「もえぎの湯」で汗を流した後は、湯上りビールは一応呑んだものの、何処かに入って小腹を満たしたい(なにせ考えてみれば、昼飯は今のところビールと枝豆だけだ)。そこで、予約はしていないけど念のため「バテレ」を覗いてみると、やっぱりというかこのコロナ禍であっても満席状態の人気ぶり。それにしても、外のテラス席ならばいざ知らず、屋内(といっても引き戸は開いているので「密閉」ではない)で満席状態は少々「密集」と「密接」が気になる。
然らば左様ならと、今度は念のために覗いた「天益」も大盛況。もとより「密接」が避けられそうにないカウンター席にはちょっと入る気にならない。ではとりあえず立川まで移動しようかと、やってきた青梅線に乗り込むことにした。
さて立川で、呑み気より喰い気となればやはり中華か、そうなると思い付く店はそう多くない。皆の一致した結論は「五十番」だ。ビフォーコロナであれば予約を入れておかないと断られることも多かった人気の店だが、今どきならば大丈夫かなと直行してみれば、果たして全然OK(笑)。
マスターに「何処でもどうぞ」と云われたので、6人掛けの円卓を3人で占領させてもらった。このくらいが、ウィズコロナ時代のニューノーマル、だったら我々のような客にとってはウェルカムだが、店のマスターは心の中で泣いているだろう。隣の4人掛けテーブルでは、我々より年配の男子3人(学校の同窓生か)が「密接」状態で盛り上がっている。
もうビールは良い感じなので、ドラゴンハイボール(476円税込、以下同様)で乾杯。その後は紹興酒をチビチビ。各自思い思いの料理を注文して(ちなみに小生は皮蛋豆腐を喰いたかった気分)、結局、三条の湯往復に終わった、でも意外と様々な人との出会いがあって充実したテント山行を振り返った。

DSC_0550

DSC_0553

DSC_0554

DSC_0555

DSC_0556

DSC_0557

DSC_0558

DSC_0560

ゴトメキ界隈での倒木跨ぎ地獄で時間を喰ったせいで当初計画より随分と遅れ、「はやぶさ温泉」からタクシーで塩山駅に着いた時点で20時。もう今日は何処にも寄らず、このまま帰るのが無難だろう、塩山駅のキオスクで酒を買い込んで車内で一杯やりながら帰ろうかと話していた。
駅に着いて階段を上がり、観光案内所も兼ねているキオスクへ入ろうとしたら、シャッターが下りていた。青天の霹靂、まさかの営業終了だ。
こんな時間でもう営業終了なのか、迂闊だったと、気を取り直して再び階段を下りて駅前ロータリーを見渡すが、開いている店が見当たらない。そうだ、確かあそこに酒屋があったはず、と思って走って行ったらやっぱり閉まっていた。塩山は20時でもう深夜なのだ。こんな時に限って今日は、リュックサックには何も入っていない(少なくともウィズコロナ時代以前であれば、たいてい日本酒がリュックに忍ばせてあった)。
がっくり、気を落として列車を待つことになった。シラフで上り特急列車に乗るのも久しぶりだ。こんな時間なので車内販売だって期待出来ないし、そもそも車内販売なんてウィズコロナで止めてしまったじゃないかとマイナス思考。
やって来たのは「特急かいじ」。乗車率は、半分近くが埋まっている感じ。外は真っ暗なので景色を眺めることも出来ない。ブルーな気持ちでいると、そのうち、まさかの車内販売がやってきた。地獄に仏とはこのことだ。缶酎ハイとカップ酒とじゃがりこを買って、ありがたく呑ませていただく。こんなに車内販売が嬉しいことは無かった。ついさっきまでモノクロトーンだった車内が、突然フルカラーになった。

DSC_0467

DSC04702

黒金山からゴトメキ、遠見山を踏破して、倒木跨ぎ地獄から解放され、金峰山荘でビールを呷ったあと、タクシーを呼んでみたがなかなかやってこない。そのうちジャンボタクシーと思しき車がやって来るのが見えた。漸く来たかと思ったらその車は直ぐ手前を左折して焼山峠方面へ行ってしまう。
別の車だったのかと思ってみたものの、どうもおかしい。念のためタクシー会社に電話を入れて貰ったら、やはりジャンボタクシー運転手が行先を間違えたようだと判る。焼山峠方面に、「金峰山荘」と名前を間違えるような建物があるのだろうか(その後、調べてみると、この方のブログによれば「金峰泉」なる宿がある(あった?)らしい。ともあれ「柳平の金峰山荘」と云っても通じないのは困りものだ)。
やっと戻って来たジャンボタクシーに乗り、はやぶさ温泉へ向かう。ここは4年ぶり(前回はこちら)。入館に際しては、アルコール除菌と検温が求められる。地元野菜の販売コーナーに隣接したフロントで700円(前回は600円だった)を支払ったら男風呂へ。
脱衣所にも風呂場にもそれなりに客はいたが、「密」になるような状況ではない。前回は入らなかった露天風呂にも浸かり、さっぱりいい気持になってから食事処へ向かうと、時間が遅いせいか誰も居らず、「密」を避けるためかテーブルも殆ど無い。窓は開け放たれているので暑く、なかなか汗が止まらない。座布団は使用禁止。やけにガランとしているので、このコロナ禍で食事処は営業していないのかと吃驚。でも営業中だった。
少々気後れしたものの、ど真ん中のテーブル席を陣取り、生ビールと餃子をフロントで注文。カウンター内の女の子が「テーブル番号は何番ですか?」と聞いてくるが、他に誰もいないので意味がないじゃん、と密かに思ったものの、ちゃんと教えてあげた。

DSC04694

DSC_0464

DSC04695

DSC04696

DSC04697

DSC_0465

DSC04698

DSC04699

DSC04700

DSC04701

今週の山行は、黒金山からゴトメキ、遠見山(別名:大丸戸)を経て柳平へ下ろうという少々チャレンジングなプラン。大ダオから遠見山辺りまでは、奥秩父にあっても未だ人跡の乏しいエリアなので、自ずと気分は高揚してくる(ちゃんとした道を望む者は、想像しただけで萎えてくる)。
黒金山まではもう3回目なので勝手知ったる径だが、やはり今回もすっかりガスに包まれ黒金山山頂からの眺めは無かった。何故かそういう巡り合わせになっている。ここから乾徳山へ向かう径も必ずしもはっきりしている訳ではないが(特に倒木が惑わせるが)、分岐から大ダオへと足を向けると途端に原始の森を彷彿させる世界が広がる。
踏み跡はそれなりにあるものの、朽ち果てて苔とほぼ同化したようなものから、つい最近倒れたと思われるものまで、大小様々な倒木が次々と現れ我々の行く手を阻む。平坦であればそれ程難儀しないが、上り斜面だと潜るのも乗り越えるのもひと苦労するし、下りは下りで大きな段差が転倒や滑落を誘うので神経も使う。のんびりなんか歩けないが、それが良い。生憎の雨もさして気にならない。
ともかく、なかなかこれだけ数を越える(潜るか跨ぐ)ことは無いので、ゲップが出るほど倒木を堪能できる。倒木ヲタクには堪らないはずだ。それ以外にも、サルオガセがびっしりと付いた落葉松林や胸まで没する笹薮、最後は急傾斜の法面を下るところもあって、文字通り障害物レースをたっぷり味わった(山行記録はこちら)。
予想以上に時間は掛かったが無事、柳平に降り立つ。タクシーを呼ぶ時間を利用して「金峰山荘」に寄る。ビールを注文する際、せっかくなので「ウッドデッキで呑んでもいいですか?」と店の人に訊いてみると二つ返事で快諾、直ぐに人数分の椅子を持ってきてくれた。山行の余韻に浸りながら呑んだビール(プレミアムモルツ)が、格別美味かったことは云うまでもない。

DSC04683

DSCF1471

DSC04686

DSCF1474

DSCF1477

DSCF1483

DSCF1488

DSC_0443

DSC_0447

DSCF1499

DSCF1501

DSC_0452

DSCF1505

DSCF1508

DSCF1510

DSCF1517

DSCF1521

DSCF1524

DSC04689

DSCF1531

DSCF1533

DSC04690

DSC_0459

DSCF1537

DSC04691

DSC04693

今日の打ち上げは、17時に予約を入れてある「一福食堂」。その時間に合わせ、「秋山温泉」16時30分発の無料送迎バスに乗るため、「秋山温泉」に1時間半も滞在した。そんなに長くいたことは珍しい。
上野原駅に着いたら、17時にはちょっと間があるので寄り道。最近、「ハヤリテラス」という店が出来たので覗いてみた。あわよくばソーセージを買おうと思ったのだが、売り切れとのこと。こんな時間じゃ全然無理、という雰囲気が醸し出されている。この次はもうちょっと早い時間に再トライするか。
ウィズコロナ時代になって、これまでお邪魔した店がどうなっているのかは大層気になっていて、それを直接確認したい店のかなり上位にこの「一福食堂」があった。勇んで行ってみると、先ずは靴を洗ってくださいと、外にあるバケツと柄杓とブラシを指し示される。以前には無かった仕来りだが、これはウィズコロナとは関係ないかも知れない。
通された部屋は前回と同じ、2階の一番手前だった。4人なので6畳間ぐらいがまあ妥当なところだ。先ずは駆け付けビール(大瓶580円)。続いて、牡蠣のソテーに牡蠣の柳川、牡蠣のカレー焼きめしと、怒涛の牡蠣料理三連発。一気に牡蠣ワールドに突入。
それにしてもRが付く季節じゃないと牡蠣は喰うなと教えられてきた。ってことはこの牡蠣、北半球じゃないよね、どこ産だろうかと思いググってみると、何と今は産卵能力が無い三倍体の牡蠣が出回っているとのこと。だったら季節は関係ない、いい時代になった。
その後は牡蠣だけじゃなく、アジフライ、野菜炒め、いか刺も注文。ビールの後はシャトールミエールの甲州シュールリー。これがまた牡蠣に良く合うのだ。窓の外はいつの間にか陽が傾いてきた。景色も良い感じの色合い。巷のコロナをふと忘れさせる眺めだ。
結局そんなこんなで大いに喰って呑んだ。気が付けばなんと我々が最後の客になっていた。店の外で、店の大将に写真を撮っていただく。大満足でした、また来ます。

DSC_0373

DSC_0374

DSC_0375

DSC_0381

DSCPDC_0003_BURST20200704165618012_COVER

DSC_0386

DSC_0387

DSC_0388

DSC_0389

DSC_0390

DSC_0391

DSC_0392

DSC_0394

DSC_0395

DSC_0393

DSC_0396

DSC_0000_BURST20200704194644712

今日も雨降り。わざわざそんな日に自虐的に雨降山に登ることになったのは別に意図したのではなく偶々そうなっただけだが、結果的に行先が雨降山になったは、15時までに上野原駅へ戻って来られる山を選んでいるうちに浮かび上がったのであって、どうしても雨降山に登りたかったわけではない。
何故、15時に上野原駅かと云えば、秋山温泉行の無料送迎バスが15時発だったから。何故、秋山温泉かは後の話として、「上野原駅に15時」から逆算して下りてこられる山は何処かと探してみると、高柄山以外にはなかなか見つからない(何せ、他の山は低過ぎて懐が浅過ぎて場が持たない)。高柄山はもう飽きるほど登っているし、上野原駅へ下るにはどうしても某ゴルフ場の脇を通らなくてはならないのに、そのフェンスが極めて邪魔で歩き難いのが業腹で歩きたくない。
ということで「歩いて下りて上野原駅」というパターンはこれ以上見当たらず、「バスで上野原駅」を探すことになるが、これも選択肢は限られている。飯尾線や無生野線だと午前中しか往路のバスが無いので論外、あるのは井戸線(生藤山の登山口)発か不老下線。二つに一つなので、今日は不老下線のバスをチョイス。不老下BSから逆算したら、自然に雨降山が浮かび上がってきただけ。そんな不埒な選び方をしても、山自体はそれなりに楽しめた。
目出度く15時発のバスに乗って秋山温泉に到着。このバス、意外に利用者が多い。入口では検温、アルコール消毒が義務となっていて、脱衣所は大部分の洗面所が使用禁止だ。汗を流してサッパリしたらいつものように2階の食事処へ行くと、テーブルが随分と少なくなっていて、椅子は一方向しか置いていない。これもご時世だが、ちゃんとビールは置いてある(しかし前回はあった「おつまみセット700円」が無くなっていた)。これだけでもありがたい。ありがたく湯上りビールをグビッとやった。

DSC_0370

DSC_0371

DSC_0372

「ペンションすずらん」に泊まった翌日、雨の日川尾根を逍遥してから天目山栖雲寺の石庭を見学し、「やまと天目山温泉」で汗を流してから高尾駅には16時33分に戻った。時間が早いので、いつもの「たまの里」に寄ってみることにした。ウィズコロナでこの店がどうなっているのか、見てみたい気もしていた。
結局、この2日間で歩いたのは20km強、ウィズコロナ時代の3回目でまだまだリハビリ中なので、程良い行程だったように思う。ずっと雨だった2日目を別にすれば、山中には予想以上にハイカーがいた感じがする。やはり皆さん、外で羽を伸ばしたいのか。特に、主稜線の白谷ノ丸から牛奥ノ雁ヶ腹摺山にかけてはそうだった。
それにしても皆(マスクをしていないのは仕方がないが)、行き交う際に我々を待って呉れるのは有難いとしても、径から殆ど離れず(つまりソーシャルディスタンスを殆ど取らずに)、然も挨拶をする(つまりご丁寧に飛沫まで飛ばして下さる)のはなんとも有難迷惑な感じだ。思わず、息を止めて通り過ぎたい気分になる。なので、向こうが立ち止まる前に、先にこちら側で径を大きく外れ、更には顔を背けるようにしたい気持ちに駆られる(少なくとも小生がトップだったら、登り降りに関係なくそうする。一方、Woodyさんはこういうことには鷹揚で、ちっとも頓着しない。ひとによって感じ方は様々なのだ)。何れにしても、行き交うハイカーが多いコースはどうにも落ち着かない。これからはより一層、人跡の薄いマイナーなコースをプランニングしたい。話が逸れた。
「たまの里」の暖簾を潜ると、ビフォーコロナの半分以下の入り具合。テーブル間には各々衝立が設けられている。「密集」でも「密接」でも無い状況は作られているが、「密閉」については客が出入りする際に自ずから外との換気が生じる程度で結果、「0.5密」ぐらいだろうか。まあ良かろうと、腰を落ち着けることにした。

DSC_0369

DSC_0368

DSC04653

DSC04654

DSC04655

DSC_0570

「やまと天目山温泉」の食事処でしばしのんびりしてから、14時31分発のバスに乗車。雨は上がったようだ。まだ時間が早いのかバスに乗っていた客はせいぜい10名ほど、「やまと天目山温泉」から乗車したのは我々以外に夫婦一組だけだ。甲斐大和駅には定刻の14時45分よりちょっと早めに到着。
そのまま切り返して駅に横付けするかと思ったら、一旦、中央線を渡る橋を通り、駅の反対側の小さなロータリー(こんなのあった?)を回って戻ってきた。回っている最中にかなり立派な銅像が出来ているのを見た。武田勝頼公だ。やはり終焉の地に相応しいと云うことか。信玄公銅像がある甲府駅北口に較べて、甲斐大和駅はかなり寂しいがそれも致し方あるまい。
駅に入ったら上り電車の時間を見ると、次は15時21分発の高尾行となっている。微妙に時間がある。それならばと、甲州街道沿いにあるセブンイレブンへ行って、ビール等を買出しすることにした。随分久しぶりな気がする。
戻ってきたら改札口を抜け、ホームのベンチに座ってまたグビッと一杯やる。ここは線路の両側が法面に挟まれていることもあって、妙に落ち着ける。勝沼ぶどう郷駅も悪くは無いが、ここ甲斐大和駅に較べると客が多いのと、ホームの東側には民家もあるのでやや人目を憚る感じがないでもない。ここは解放感が半端ない小海線・松原湖駅に次ぐ居心地の良さかも知れない。
さてウィズコロナ時代幕開けの1泊ツアーはこれでおしまい。また次のにんじんを考えなくてはならない。次は7月。梅雨明けとなれば、やはりテント泊のシーズンだ。ウィズコロナ以前からトレンドはソロテントだが、この先はそれが常態化するのは間違いない。小屋泊にも魅力はあるがこの時代、なかなか大変。皆に強要することは出来ないが、ソロテントの計画を増やすこともこの時代に相応しいと感じて貰えるはずだ。

DSC_0367

↑このページのトップヘ