山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

インドネシア

今回も、マイルをすっかり叩いて何とかビジネスクラスへアップグレード。ボーイング787のビジネスクラスは初めて。しかし、シートそのものは767と違いは感じられない。久しぶりに窓際席。もちろんエコノミーとは異なり、通路側席の人に断らないと通路に出られない、ということはない。
なにやら後ろの席は(もちろん声しか聞こえないが)、シートに着いた途端、CAを呼んでスコッチやらワインやらをがぶ飲みしている様子。離陸中は流石に静かになったが、ベルト着用サインが消えたら機関銃のように呑み始める。次から次へと、まるでこの世の終わりの如く注文している。そんなに呑まないと眠れないのか、それとも寝る時間を惜しんで呑み続けているのか。世の中、凄い人がいるものだと感慨に耽りつつ、こちらはさっさとシートを倒しアイマスクを着け、間も無く眠りに落ちる。
やっぱり午前4時に文字通り叩き起こされる。この時ばかりはCAが鬼に見える。まったく寝た気がしないが、しぶしぶシートを戻し、映画でも観ようかと画面パネルを操作。特にこれといったものは無かったが、「ミッションインポシブル・フォールアウト」を観ることにした。
もうシリーズ第6作目だそうだ。稼ぐね、トム・クルーズ。しかし、内容は特に変わり映えがしない感じだし、特段、印象にも残らない。もう、やめたほうがいいんじゃね? 皆、トム・クルーズのファンでも無ければ、惰性で観ているのかな。
窓の外を見ると、いつの間にかもう東京湾上空。富士山は雲の中。やがてタッチダウン。
入国審査も自動化ゲートでさっと通過し、ベルト回転台へ向かう。皆さん、カート進入禁止のラインからなかへ入ろうとしない。実に奥ゆかしい。インドネシア(他の国も似たり寄ったり)じゃ、みんなそんなのは無視して、回転台のぎりぎりに立ち並ぶ。日本に帰ってきたなあ、と実感する瞬間である。

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首尾よくチェックインを済ませた後は、イミグレーションで出国審査。係員に「マルチビザで、何で2ヶ月もいたのか」としつこく食い下がられる。確かにそう思うだろうなあ、とこちらも思う。苦しい言い訳をして、渋々顔でなんとかスタンプを押してもらった。
その後、ミャンマー・エンジニア君を連れてラウンジへ向かう。ミャンマー君、「ラウンジは初めてです!」とニコニコ顔。喜んでくれて、なによりである。小生も今回、初めてターミナル3のラウンジを利用する。
ここターミナル3には、ガルーダ・インドネシア航空のラウンジしか無い。従って”One World"に加盟しているJALを利用する者も、"Star Alliance"に加盟しているANAを利用する者も(って云うか、ターミナル3に入るあらゆる航空会社の利用客は)、ここへやってくる訳だ。そんな呉越同舟的なラウンジなんて、今まで他にあっただろうか。
ガルーダ・インドネシア航空のラウンジだからといって、まさかアルコールが無いなんてことはないよな~、と若干危惧していたが、それは直ぐに杞憂と判った。ビールだけでなく、ワインだってある。
やけに細長いラウンジの一番奥に居場所を定めたら、呑み食い開始。ミャンマー君には「なに呑んでも、なに食べてもオッケーだよ」と簡単に説明。嬉しそうにビュッフェテーブルへ飛んでいく。小生も後を追いかけて、先ずはドリンクコーナー。ビールは、ビンタンしか見当たらず。でもそんなのは大した問題じゃない、呑めるかどうかが重要。ビールの肴には、フィッシュボール入りのスープ麺にした。これはちっとも辛くないし優しい味。
我々は早い時間に入ったせいで、その時点ではまだ空いていたが、立ち去る頃には、ほぼ全てのシートが埋まった状態。椅子取りゲームの如く、入れ替わり立ち代り、空いているシートを探す利用客がうろうろ。そろそろ時間だと小生が荷物を持って立ち上がると、すかさず欧米系巨体オバサンがやってきて、ドシーンと座った。

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ジャカルタのスカルノ・ハッタ空港では、先月からANAが(JALも同様)ターミナル3へ引越ししたので、乗り継ぎが便利になった。そのせいなのかもしれないが、スマランのアフマド・ヤニ空港でチェックインした際、同行のミャンマー・エンジニア君は「バッゲージはジャカルタでピックアップする必要がなく、そのまま羽田まで届く」と云われたそうだ。小生を担当した係員は、そんな手配はしてくれなかったので(まだ混乱があるのかも知れない)、小生だけ一旦ピックアップして、ANAのカウンターへ持っていく。
ところが、スマラン~ジャカルタ便が1本早かったせいで、カウンターはまだクローズしていた。偶然やってきた係員に尋ねると、受付開始はまだ1時間先だと。ここでぶらぶらしているのも芸が無いので、ミャンマー・エンジニア君を連れて、どこか店に入ることにした。
たまたま目に入ったのは、アンティ・アンズ(Auntie Anne's)という店。どうやらここは、プレッツェルをウリにしたチェーン店だ。ググッてみると、日本には2店舗、豊洲と吉祥寺にあるらしい。
飲みたいものが見あたらないので(みんな甘そうなので)、小生はミネラルウォーター。ミャンマー・エンジニア君は、とても甘そうなローカルの清涼飲料水とプレッツェル。まあ、若いから全く問題ないのだろうけど。
およそ1時間、20代半ばのミャンマー・エンジニア君といろいろな話をした。ミャンマーには未だ働く場所が少ないので、今は日本に来ていて(その途中でインドネシアにも来たということ)、日々実践勉強中だと云う。彼は、数年のうちにミャンマーに帰って会社を立ち上げたい、と目を輝かせる。つまり社長になる、と。志が高いなあと、彼がまぶしく見えた。

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何故か、いつも利用するスマラン~ジャカルタGA243便が欠航になったため、今回は1時間早いGA241便(スマラン15時25分発)に乗ることになった。昔はともかく、昨今のガルーダ・インドネシア航空にしては珍しい。機材(ボーイング737-800)の手配が上手くいかなかったのかも知れない。
おかげで、昼食を摂る時間が無かったので、アフマド・ヤニ空港のラウンジで軽く食べることになったのだが、それでもまだお腹に余裕はある。もうひと通りは食べたものの、今日のランチボックス(時間的にはランチでもディナーでも無い)にはどのパンが出てくるのかと、ちょっとだけ興味がある。
毎度のように離陸して15分ぐらいすると、ベルト着用サインが消えて俄かに賑やかになる。手渡されたボックスを開き、さっそくパンを齧ってみると、例の甘くないペーストが入ったバージョンだ。前回も感じたけれど、いったいこれはなんのペーストだろうか。明らかに野菜系ではないし、鶏肉でも魚でも無い。エビだろうか?それにしてはクセが無さ過ぎる。豆だろうか? なんだろう、なんだろうと思いながら齧っていたら、食べ切ってしまった。結局今回も判らず仕舞いだ。
GA241便も概ね70~80%ぐらいの搭乗率。隣は二人連れの若いローカル男子。どちらもずっとスマホを見ていた。こっちはタブレットで読書するとしよう。相変わらず惰性的に時代小説を読み続けている。今読んでいて、丁度今日で読み終わるのは、今は亡き葉室麟の「影ぞ恋しき」。「いのちなりけり」、「花や散るらん」に続く、いわゆる雨宮蔵人三部作の最終巻。前回に続き、この作品も忠臣蔵に絡めた内容。てっきり「花や散るらん」で完結していたと思っていた。しかし前作、前々作に負けず劣らず、グッとくるセリフが多い。察するに葉室麟は、「話さずとも、会わずとも友は友だ。生きておればそれでよい。」という最後のセリフを書きたいがために、この最終巻を書いたような気がする。ニクいなあ。

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今回は若いミャンマー人エンジニアと羽田まで移動することになった。彼は、いままで一人で飛行機に乗ったことが無く(インドネシアに来た際も、誰かと一緒だったようだ)、小生と一緒なので心強いと流暢な日本語で云う。
アフマド・ヤニ空港内に、新しい店がいくつかオープンしていた。土産物屋もある。殻に3つぶ入ったピーナッツも売っている。ここの特産なのか? でも結局買うのは止めてしまった。そうこうしているうちに、ミャンマーエンジニアが見当たらない。せっかく、ラウンジにでも連れて行こうかと思っていたが、何処にも見えない。未だ時間はたっぷりあるし、仕方が無いので一人で行くことにした。そのうち出発ゲートにでも現れるだろう。
スマランのガルーダ・インドネシア航空のラウンジも、なんだかんだこれで3回目。今日は昼食を摂らずにやってきたので、何か喰いたい。ビュッフェ・スペースを覗くと、なんだかよく判らないが煮物があるので、白飯といっしょに喰ってみた。まあまあ美味い。でも、飲み物は砂糖入りしか見当たらず、しぶしぶ飲む。
ラウンジの目の前は滑走路なので、離陸する飛行機や、タキシングでブリッジまでやってくる飛行機などを眺めることが出来る。みんなボーイング737だ。時折、低空でインドネシア軍のヘリがやってきたりする。ここは軍と民間の併用空港なのである。
とりあえず腹に多少なりとも喰い物を入れたので、さっさと3階のラウンジを出て、2階の待合スペースへ降りる。出発ゲートの傍に座ると、ミャンマーエンジニア君がすぐやってきて「探しました~」とニコニコ顔。タダ飯を喰わせてやれなくって残念だったが、早めにゲート前に来たことで、喜んでもらえたようで良かった。

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インドネシアにいると、3人寄れば文殊の知恵の如く、3人寄ると呑み喰いの話になることが多い。偶々、或る御仁が帰宅時のタクシーに乗っているとき、或る店の前を通った際にタクシーの運転手から「この店はビールが出る」と聞いたとのこと。そりゃビッグニュースだ!とさっそくオヤジ4人でその店に行くことになった。こういうアクションはたいてい仕事より早い。
そこは、いつもの通勤経路にある「サムデラ・シーフード(Samudera Seafood)」という店。以前からやっていたらしいが、ごく最近、新装オープンになったようである。それが証拠に、入ってみると店内には建材の匂いが漂っているし、まだ建材の切れ端が片付いていない状態だ。
店内には何人かのローカル客がいて、我々をもの珍しくジロジロ。店員がやってきて、2階へ通される。其処には先客はだれもいない。カラオケ大会でも出来そうな場所である。若い男性店員が注文取りにやってきたので、さっそく「ビール」を頼むと「今は無い」、と変なことをいう。どうすれば「有る」のか、オヤジ達がしつこく問い質すと、どうやらビールは近所から買ってくれば「有る」という事らしい。どれだけの時間が必要かと聞けば、30分はかからないとの返事。それじゃあ頼もうか、となった。
結果、若者が云うとおり、30分以内にビールが現れたが、残念ながら温い。これから氷で冷やすという。まあ、そんな時間感覚はしょうがない。料理をゆっくり喰っているうちに、ちょっとだけ冷えたビールを呑むことが出来た。しめてIDR765,900(≒6,130円)、一人あたま1,500円はまあまあか。肝心のビールは、大瓶一本IDR85,000(≒680円)だった。
ところでこの店、メニューには"Samudera"とあるが、看板には"Samudra"と書いてある。察するに誰かの名前か何かの固有名詞だと思うのだが、きっとどっちかが合っていて、もう一方は間違いなのだ。そんな名前を間違えるな!と突っ込みたいところだが、ゆるいインドネシアのこと、どっちでもいいんじゃないの?と、答えが返ってきそうな気がする。

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この頃の仕事の行き帰りは、欧米系とタクシー同乗の場合が多かったので、帰りは基本的に何処かの店に寄る事は無い。今週は久々日本人二人(どちらも小生よりかなり年長)が同乗者。道中色々な話をされるるので興味深く聞く。
このあいだはこんなことがあった、あんなことがあったなどと、主に仕事の話。それはいつ頃のことですかと訊くと、20代の頃の話だとか、澄まして仰るのでびっくり。ん十年も前の話を、「このあいだ」のように話すのはさすが年長者。見習わなくては他山の石としなくては、と感じ入る。
お二人とも、プカロンガン在住が小生よりもずっと長いので、基本的に夕食は部屋で自炊するとのこと。炊飯器やフライパンを始め、基本的な調理用具は揃えてあるそうだ。でもさすがにコンロは電気コンロ一つだそうで(ホテルの部屋の電気容量は、たかが知れているはず)、そんな凝った料理は無理のようである。
おひと方は「今日はビーフステーキ」とかで、もうひと方は考え中とのこと。100%外食の小生は、今日もホテルのルームサービスにするかどうかだが、久しぶりに「ポジョッ」にしてみようと思いついた。
お二人に断わりを入れ、テイクアウトするので店の前でちょっとだけ待っていて欲しいと告げる。すると、今宵の食事をどうしようか決めかねていた御仁も車を降り、一緒に店でテイクアウトすると仰る。
小生の今日のおかずもテンペの煮物と、空芯菜の煮物。何だかパターン化してきたが、結構、飽きないものである。女将が器用に御飯とおかずを紙に包み、プラスチックバックに入れてくれる。これで100円そこそこなのだから毎度恐縮だ。
運転手にIDR2,000札(≒16円)を渡せば、それはそのまま手旗を持った「お助け人」に渡り、今日も首尾よく帰宅となった。さて冷蔵庫から缶ビールを取り出して、テレビを見ながら夕食としよう。

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「パラゴン」の地下にある「ハイパーマート」でコピ・ルアク(Kopi Luwak)探していたときのこと、同行者はかつてバカンスでインドネシアにやってきたとき、まさにジャコウネコを飼っている農園に連れて行ってもらったことがあると話し出した。コーヒー豆さえあれば、別にジャコウネコは農園でなくても(インドネシア国内であれば)何処でも飼えるはず、スマランにもあるかも知れない、と呟きつつ「スターバックス」でスマホを検索し始めた同行者。
やがて、ここが可能性がありそうだと云い出し、行ってみようということになる。場所は昨日、ワインを呑みに行った高台の一角らしい。「パラゴン」を出て、待たせておいたタクシーに乗り込み、また、青空市の中をトロトロ進む。
急坂を上がり、高台の高級住宅街をうろうろ。なかなか見つからず、辺りにいた人にタクシー運転手に聞いて貰いながら進むと「ここがそうだ」とタクシーが止まった。看板も無いし、門も閉まっている。建物は民家と違いが判らない。同行者が、ホームページにあった電話番号にかけてみると、今は営業していないとの返事。残念だが、そんなこともある。他にも候補があるようなので、また次回にしようとなった。店を探す旅も、また楽しからず哉。
そうこうしているうちにいつのまにか昼時。もう店に入るのも面倒なので、来るときに見た「KFC」で済ますことにした。こういうときにはファストフード店は便利である。Google Mapで見る限り、「KFC」はスマランだけでも、10店舗以上はある。チキン好きなインドネシア人にとっては、マクドナルドやキング・バーガーよりも遥かに人気である。チキンチーズハンバーガーIDR20,000(≒160円)を車内で喰って、また3時間掛けてプカロンガンへ戻る。すっかりリフレッシュできた。

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せっかくスマランに来たので、ちょっとだけショッピングすることにした。スマランにもそれなりにショッピングモールがあって、そのなかでホテルに最も近い「パラゴン」へ寄ってみた。ここは以前、入ったことがあるMarugame Udonがあるショッピングモールである。
途中、青空市をやっている中を通り抜ける。混雑していてなかなか前に進まないが、辺りの店を眺めてみるだけでも結構面白い。衣類はどれもだいたい2~3万ルピア(≒160~240円)ぐらい。相場より安いのかどうかは判らない。
「パラゴン」の中に入ると、正面の吹き抜けのホールではマンションの販売、ベッドの展示即売、衣類の展示即売などをやっていて、人が群がっている。マンションの販売価格を見ると、10~20億ルピア(≒800~1,600万円)ぐらい。立派なマンションのようだが意外に高いと感じる。インドネシア人には億ションの感覚だろうか。
「パラゴン」は地上5階まで様々なテナントが入っているものの、我々に関心がある土産物屋は少ない。尤も、インドネシアで土産になるものはなかなか難しいが、一般的にはバティックとコーヒーだろうか。バティックの店は一軒だけあったので入ってみる。衣類はまず、日本で着られるような柄のものは無いが、小物入れなんかは良さそうと、いくつか仕入れることにした。
インドネシアのコーヒーはコピ・ルアク、いわゆるジャコウネコにコーヒー果実を喰わせ、排泄された豆(種)を焙煎したシロモノで、ジャカルタ空港の土産物屋などでは100グラムで100万ルピア(≒8,000円)ぐらい、思わず目を剥く。「パラゴン」の地下にある「ハイパーマート」で探した限りでは、その半値ぐらいだった。
だいぶタクシーの運転手を待たせたので、コーヒーでも買って飲ませてあげようかと同行者が気を使い、スターバックスに入った。飲んだだけでは良く判らなかったが、ここのプレンドコーヒーはやはりインドネシア産が主体なんだろうか。

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3ヶ月ぶりにグマヤホテルに泊まることになった。前回は仕事だったが今回は完全プライベートなので自腹。スマランには、他にも気が利いたホテルはあるのかも知れないが、我々の仲間内ではこのホテルがリーズナブルでしかも設備が充実しているという点で人気が高い。
第一に、設備が新しい。部屋は無駄に広いし、TV画面も部屋の大きさに相応して十分過ぎるサイズ。当然ながら金庫もあるし、クロゼットもたっぷりな大きさ(定宿のホテル・ホリゾンには何れも無い)。1泊ではなんとも勿体無い。切り取って、プカロンガンのホテル・ホリゾンへ持ち帰りたい。日頃、ホテル・ホリゾンではシャワーしかないので、バスタブに浸かるのも楽しみのひとつ。
ここのトイレはウォシュレットが付いている。ホテル・ホリゾンのそれは、インドネシアで一般的なハンディータイプのウォシュレット。これって、使い方にコツが要る(この頃、だいぶ慣れてきて、周りを水浸しにせずに済むようになった)が、日本式ではそんな手間は要らない。
朝食は勿論ビュッフェタイプ、これはホテル・ホリゾンと同様だが、中身はだいぶ異なる。ホリゾンは基本的にローカル料理で、ウェスタンは卵焼きとソーセージ、トーストぐらいだが(日本食は基本的には無し)、グマヤはローカル、チャイニーズ、ウェスタン、ジャパニーズまで、夫々が充実している。とてもじゃないが、全部は味見出来ない。
ということで優れた点が多々あるにもかかわらずこれで1泊朝食付きが、日本円で約7,500円なのだからちょっと驚く。このホテルが東京にあったならば、どう考えても20,000円、いやいや30,000円は下らないはずである。偶にはこのようなホテルに泊って日頃の息抜きをしたくなる、皆の気持ちがとても良く判る。

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"A to Z"で腹具合はそれなりになったが、まだ夜はこれから。場所を変えてもうちょっと呑もうということになったので、再びタクシーに乗って今度は駅に近い街中へ下る。もう一軒も、同行者が良さそうだと狙いを付けていた"SPIEGEL Bar & Bistro"という店。
外観は洋館そのもの。中に入ってみると、2階建てながらやけに天井が高い。聞くところによると、ここはかつてオランダが統治していた頃の倉庫だったそうだ。ということは、その後占領した旧日本軍もこの建物を使ったことがあるのだろう。その割にはしっかりした建物である。
客はちらほら西欧系もいるが、基本はローカルの人間のようである。イスラム色が強いとは云え、さっきまでいた"A to Z"も、ここ"SPIEGEL Bar & Bistro"も、全くウェスタンである。この店がそのまま横浜の山下公園辺りにあったらさぞや流行るだろうと思う。
テーブルまで案内してくれた女性は、ヒジャブなど被っていない。テキパキとオーダーを聞いて給仕する様は小気味が良い。頼んだのは"RAWSON'S RETREAT"の白(記憶が怪しいがたぶん、IDR500,000(≒4,000円)ぐらい)とFried Snack Basket(IDR55,000≒440円)。周りを見渡すと、ワインを呑んでいる輩は流石に少なく、大抵はビールだ。中にはソフトドリンクのグループも結構いる。イスラム系だけど、この店に入ってみたいという者もいるのだろう。イスラム教は、聖と俗の境界は意外と曖昧なのかも知れない。
いい気持になったところで、ホテルへ歩いて帰ることにした。30分ぐらいかかったが、途中にはキリスト教会や中華街などがあって、イスラムとは違った建物があったりしてなかなか興味深い。有意義な一日だった。

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以前、ニューオーリンズへ一緒に行った輩と話しが盛り上がり、「今度の週末にスマランへ行こう」ということになった。もちろん別段、観光しようというつもりはお互いに無く、単に呑みに行こう、というもの。スマランは堂々とウィスキーやワインを呑める店がかなりあるという、日本やシンガポールでは当たり前の話が、プカロンガン暮らしの者にとってはかなり魅力的。そのためにはわざわざ一泊する必要があるが、そんなことは鬱屈した日々を送っている我々にとってさして厭う問題ではない。
土曜日、仕事をそこそこ済ませてから、タクシーに乗って約3時間の移動。仕事目的じゃないと、3時間は全く苦にならないから不思議だ。日が傾いた頃、市内のホテルに到着した後、シャワーを浴びてさっぱりしたら黄昏時の街へ。スマラン事情はあまり良く判らないが、洒落たダイニング・レストランの多くは高台の高級住宅街のなかにあるらしい。クアラルンプールでいえば、モント・キアラのようなところか。
同行者が探し出し、今回入った"AtoZ Bar Wine & Brasserie"もそんな店。駐車場には高級車がずらりと駐車している。同行者は気を利かせて予約まで入れてくれたが、入ってみた感じでは特に必要は無かったようだ。
照明はかなり抑え目なので、日本だったらホテルのバーのような雰囲気の店。さっそくビールで乾杯した後、店員にワインリストを所望。ざっと眺めてみると、日本のちょっと気取ったレストランで呑む値段と似たり寄ったりという感じ。インドネシア人にはさぞ高いだろうと思うけど、ここにやってくる者はかなり高所得者の筈なので、どうってことはないのだろう。
「ティエラ・デル・フエゴ・レゼルバ・カベルネ・ソーヴィニョン」というチリワインを頼んでみた。「ティエラ・デル・フエゴ」という名前を調べてみると、南米大陸最南端にある諸島の名前らしい。そんなところでブドウが育つのか。でも結構イケる。つまみには、いか、ソフトシェルクラブ、フランクフルトソーセージをチョイス。どれもちゃんとしたウェスタン風味付け。インドネシアにいても、たまにはこんな店でリフレッシュできるのは有難いことだ。さすが、大都市のスマランだ。来た甲斐があった。

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毎日毎日、ホテルと仕事場をタクシーで往復するだけの単調な日々が続く。夕食を摂ってからホテルのベッドで横になれば、いつのまにかストンと眠りに落ちてその日が終了。その日が充実していたかどうかには拠らず、一日はあっという間に終わってしまう。
尤も、それは日本にいても似たり寄ったり。唯一の違いは、日本にいれば楽しみは週末の山だが、インドネシアにいれば睡眠というところか。これじゃあ、身体が鈍るのは間違いないが、かといって暑い外を走る気は全く起こらず、浄水機能に信頼できないプールに浸かって泳ぐのはもっての外。而して、日本に帰るまで、せいぜい節酒節食に心掛けるのが、怠け者にとって唯一の対策となる。
久しぶりにタクシー同乗者がイギリス人で無く日本の若者二人となり、夕食を喰いに"COFFEE AND BEYOND"へ行こうということになった。若者の目当ては、仲間内ではプカロンガンで一番美味いと評判の、ビーフステーキである。
それほど牛肉に食指が動かないが折角の機会だからと、"Sambal Hejo Beef Lib"(IDR73,000≒584円)を注文。"Hejo"の意味は判らないが、"Sambal"はインドネシアの豆板醤のようなものだと知っている。従って、それなりにスパイシーな筈だ。
果たして出てきたのは一見、牛肉の赤ワイン煮込みのような姿。もちろん、赤ワインなど使うはずも無い。口に入れてみると、それほど辛くは無い。これならば全く問題ない範囲だ。しかし予想通り、リブ肉にしてはやけに筋っぽい。噛み切るには、顎の力を最大限発揮しなくてはならない。総じてインドネシア人は日本人よりも顎の力が強いのかも知れない。やっぱりビーフは止めておけばよかった。

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今日は偶々、タクシー同乗者が「彼女」と食事とのことで別行動、帰りが一人になったので久しぶりに「ポジョッ」に行ってみることにした。先週も今週も、タクシー同乗者は欧米系(イギリス人)。一緒にジャワ料理店なんて行くはずも無い。
この同乗者、奥方がベトナムのホーチミン・シティに住んでいるらしいが(偶に帰るらしいが)、今日の夕食の相手はやはりホーチミン・シティからやってきた(若い)ベトナム女性だと。ちなみにこのイギリス野郎は小生よりも遥かに年上。浮気なのかどうかはさておき、そういう話をいけしゃあしゃあと、同乗者たる日本人(小生)へ喋る神経がどうも理解できない。欧米系は総じて、そういうところは無神経な程オープンである。
「ポジョッ」に到着。ひとりなので誰憚ることなく、そのままタクシーを待たせ、店内へ。小生の手ぶり一つで、いつもの女将はテイクアウトだと理解してくれ、直ちに油紙の上に白飯を載せて待ち構える。今日は何にしようかと一瞬だけ考え、鶏卵(の煮物)とテンペ(の煮物)と空芯菜(の煮物)にした。
これでも価格はIDR12,000(≒96円)。やっぱりテイクアウトは申し訳ないほど安い。車に戻って運転手にIDR2,000札を渡すと、それは直ぐさま「横断お助け人」へ。路肩から車線に出るだけなので簡単だが、その「横断お助け人」の役割はそこまで。10数メートルほど直進した後右折してホテルへ入るには、今度そこにはホテルお抱えの「横断お助け人」が待ち構えている。
部屋に戻ったら早速、包みを広げて夕食。いつものことながら、香辛料は(インドネシアにしては)極めて抑え目で、やさしい味。あっという間に平らげた。
日本の料理的には、これだけのおかずでこれだけのご飯を喰えるのか、バランスが悪いのでは、と思う向きもあるかも知れないが、インドネシア料理(マレーシア料理も同様)は煮物の汁だけで飯が喰えるという感じ、まったく心配なく、ぺろりとご飯が無くなってしまう。これがなかなか病みつきになるのだ。

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また今週の夕食も、ケンタッキーフライドチキンで始まった。こんなことは、もちろん日本でも無いことだが、偶には変わった境遇に身を置くのも悪くない。タクシーの同乗パートナーが変われば、また自ずから行き先も変わるもの。これで、KFCのチキンチーズバーガーが病みつきになってしまい、日本に戻ってもひたすら食べ続ける、なんてことに果してなるだろうか。我が家の近所で云えば、イトーヨーカドーや、ららぽーとにKFCはあるらしいが、さてどうなるか。映画を観るときに、買って持っていくぐらいか(当然ながら、持ち込みは禁止だが)。閑話休題。
今宵のテイクアウトは、チキンチーズバーガー(IDR20,000≒160円)だけにした。これにフライドチキンを付けると、食べられなくはないけれど、やっぱりこの頃ちょっと重い感じがしてきた。こちらにいると全く動かないので(歩くのはトイレに行くときだけ)、摂取した脂肪分はそのまま腰に沈積していくのみだ。
いつも感じることだけど、テイクアウトだと、買ったときにはふっくらしていたバンズが、食べる頃には冷えてやや萎びた状態になる。味は悪くは無いが、見た目はちょっといただけないな、と。やっぱりハンバーガーも出来立てが見た目にも美味い。
朝、昼しっかり喰っているので、夕食はこんなものでもいい筈だが、今日はちょっと物足りなかったのか、買っておいた食パンを一枚喰う気になった。食パンは、その辺のスーパーでも割とちゃんとしたものが買える(しかし、香りがちょっと日本のものと違う。酵母の種類が違うのか?)。さすがにパンだけでは味気ないので、やはり買っておいたスライスチーズとハムを挟む。
ハムは、もちろんポークではなく、ビーフ。何故かスーパーには、チキンハムが見当たらない(たしかマレーシアでは、チキンハムが主流だった)。ビーフハムは色々試したが、どれも何となく香りや味がいまいちだし(余り美味そうな香りがしない)、それに安い部位を使っているのか、ときどきスジっぽいのに当たることがある。そういえば昔、日本でもそんなハムがあったような気がして、ちょっとだけトリップした。

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夕食後、ベッドに寝転がって本(電子書籍)を読んでいると、ドアフォンが鳴った。時計を見れば午後9時。小生にとってはもうそろそろ寝る時間だ。今頃なんだろうとドアを開けると、ボーイが「ハッピー・サンクスギヴィング!」と云いながら、四角いプレートを差し出した。
なんでサンクスギヴィングなんだろうと思いつつ、とりあえず「ありがとう」と受け取る。プレートには、短冊切りのパンのようなものと、メッセージカードが乗っている。カードには、"Thank you for staying with us. We hope this cake can brighten up your day."などと書いてある。パンじゃなくて、ケーキだ。
サンクスギヴィングはちょっと早過ぎるんじゃないかと調べてみれば、11月の第4木曜日、まだ再来週の話だ。それとも、インドネシアのサンクスギヴィングは今週なのか? まあ、そんなことはどうでもいいか。
日本人的には、イスラム教徒ばかりの国だから、サンクスギヴィングも無いだろうと思ってしまうが、実はインドネシアの祝祭日には、イスラム教由来だけでなく、キリスト教や仏教、ヒンズー教にまつわるものがちゃんと含まれている(但し、サンクスギヴィング・デーは祝祭日ではない)。中国的な春節だって立派に祝祭日だ。これは、イスラム教徒だって他宗教の休みを楽しんじゃおうという、良いとこ取りの如何にもインドネシア的発想である(マレーシアも同様)。日本では、宗教的にニュートラルじゃないと祝祭日になり難いので(右翼も左翼も文句を云うので)、日本人には、インドネシア人やマレーシア人の無邪気さが羨ましい。話が逸れた。
ともかく、たっぷり夕食を摂った後なので、今日はとても無理。翌朝に喰うことにし、ケーキは冷蔵庫へ。翌朝、齧り付いてみると、(インドネシアらしく無く)ちょっとだけ甘くって、中にはチーズも練り込まれていて、生地はしっとり。なんだかんだ、結局全部喰ってしまった。なかなかイケる。なんて云う名前のケーキだろうか。もちろん、朝食はこれでやめにした。

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仕事帰りに今宵も再び、若者達とKFC詣で。基本的にチキンが大好きで、かつ欧米の食文化にも興味があるインドネシア人にとって、KFCはピッタリくる店なのだろう、それが証拠に既にインドネシア国内では600店を超えているらしい。しかしインドネシアは広い。島の数からして1万以上もあるらしいから、まだまだ成長の余地はたっぷりある(ちなみに、日本は1,000店ちょっと)。
かたやマクドナルドとなると、日本では3,000店を軽く超えているのに、インドネシアでは100店ほどしかない。たぶん、ここプカロンガンには店舗が無い。人口が30万人を超えるような都市で、マクドナルドが1軒も無いのは、日本人的にはちょっとびっくりだ。もちろん、インドネシア人だってビーフを食う。しかし、マクドナルドの営業努力が足りないというよりは、やはりインドネシア人はビーフよりはチキンの方を好む性向のせいかと感じる。
そもそも、店で出てくる牛肉はたいていの場合、筋っぽくって硬い。顎が疲れるし、歯の隙間に挟まる。街中を移動するトラックに乗せられた牛を見ても、皆、痩せてして栄養状態が良い様には思えない(≒美味そうに見えない)。そのイメージがインドネシア人に刷り込まれていて、ビーフ、しいてはハンバーガーに人気が集らないのではなかろうか。
先週も似たようなものだったが、今週のおやじタクシードライバーに「KFCへ行ってくれ」と云っても、「へ、KFC?って何?」という感じで、まったく話が通じなかった(而して日本人若者がナビゲート)。タクシードライバーのくせに、KFCそのものを知らなくていいのか、と心配してしまう。少なくともまだ、KFCがあらゆる世代に受け入れられている訳ではなさそうだ。今回は、チキンウィング(IDR8,500≒68円)を2本買った。これで136円とは、かなりお得である。

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今日の夕食は馴染みの者同士、おやじ3人で「チン・ロン」に行きましょうか、という話になった。行ってみると、店内のテーブル席はほぼ埋まっていて、大カラオケ大会(?)の真っ最中だった。ぱっと見、すべて華僑系のようである。おばちゃん達は、やけに派手に着飾っているが(おやじ達もそれなりだが)、きっとここに関西のおばちゃんが混ざっていたとしても、見分けはつきそうに無い。
どういう集まりなのか判らないが、中国本土にルーツを持つ者達のコネクションネットワークがあるのだろう。日本で云えば、県人会のようなものか。みんなビールを呑んでいい調子だ。華僑でイスラム教徒というのはやはり少ないのだろう。
それにしてもこんなところに、我々が混ざって呑み喰いするのはゾッとするな、と思っていたら、流石に店も気を使ってくれて、皆さんはこちらにどうぞと、扉で仕切られたVIPルームに通される。隔離されたのは我々だけではなかったが、これならばカラオケで話が遮られるということはなさそうだ。
それにしてもこのプカロンガンでは、華僑系はかなりマイノリティのはずだが(恐らく5%以下?)、皆さん、総じて裕福そうである。この町でも時々見かけことがあるが、やけに高いコンクリート塀で囲まれていて、その塀の上にはご丁寧にも鋭く尖ったガラスの破片が埋め込まれている家がいくつもある。いかにも金が唸っていそうな雰囲気を醸しているが、きっと今ここに居る連中も、そんな屋敷に住んでいるに違いない。
このようなひと握りのマイノリティが町の経済を牛耳っている構図は、ジャカルタだけに限らず、ここプカロンガンのような地方都市でもちゃんと成り立つ。お隣マレーシアでもそうだった。こんな店に入っても、そんなインドネシア社会の縮図を感じられる。

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小生がタクシーで同行する人は、比較的、ウェスタン・フード(≒ローカル・フード以外)を好むものが多いので、夕食にローカルフードを食す機会が少ない。偶々今日は、同行者が他の人たちと飲み会があるということで、小生はひとりでタクシーを利用することとなった。
このまま真っ直ぐホテルへ帰ってもいいが、ならばせっかくなので「ポジョッ」に行ってみようか、と思い立ち、ドライバーに告げる。しかし、今週のドライバーくんはきょとんとしていて、まったく要領を得ない。そんな店あったかな、ってな感じ。ホテルの目の前だよ、と云っても通じない。そのうち、ちょっと他のドライバーに聞いてくるよ、云い残して車を降りていった。
やがて戻ってきたドライバーは、なんだ、あのジャワ料理レストランのことだったのか、と判った様子で苦笑い。ジャワ料理の店に行くとは思わなかったよ、と云う。日本人は皆、ウェスタン・フード・レストランばかりだと決めてかかっていたようだ。
考えてみれば当たり前だが、ここはインドネシアではなくジャワなんだ、ここで喰うローカルフードはジャワ料理なんだ、と改めて感じる。
「ポジョッ」に着いても車を返さず、ちょっと待っていて呉れ、とドライバーくんに云いおいて、店に入る。いつものように、身振りでテイクアウトと説明(そろそろ、インドネシア語でテイクアウトとはなんて云うのか、覚えたほうがいいかも知れぬ)。
テンペの煮物と、空芯菜の煮物をチョイス、IDR50,000札を渡すと、おつりがIDR41,200も返ってきた。つまり、IDR8,800(≒70円)だった。やすっ!

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また日本人若者連に連れられて、今宵も仮設店舗のKFCへ行くことになった。前回から3日しか経っていないが、それもまた佳し。今週のタクシー運転手は、KFCが仮店舗で営業していることを知らなかったようだ。我々が普段使っているタクシー会社はスマランが拠点なので、プカロンガンの店に余り詳しくないのは不思議ではないが、それでも偶々やってきた日本人の方が、インドネシア人よりも店を知っているというのは、やはりちょっと不思議な気はする。
今日は、チキンチーズバーガーと、チキンウィングにしてみた。チキンウィングは既に出来上がったものがあるが、チキンチーズバーガーはこれから作るので、5分お待ち下さいとのこと。
そこそこ客が来ているが、火事に遭う前の店舗では、大変人気で大行列ができたらしく、並ぶのが大変だったと、日本男子は云う。並んでいると、ちゃんと並んでいない者や割り込んで来る者などが居たりするのはまあ許せるとして(それはそれで許せないと思うけど)、店員が仕事をほったらかして、店に来た友達とべちゃべちゃしゃべっているのが腹が立つ、とのこと。その気持ちは判る。しかしこれは国民性と云うよりも、単に教育の問題だろう。日本のKFCの教育はどんなものか知らないが、あまりそのような話は聞いたことがない。
いずれにしても旧店舗は、そんなこんなで結構待たされて、一向に行列が減らなかったそうだ。それに較べれば、今は楽。店側としては売り上げは下がっているかも知れないが、少なくとも我々としては、このままここで仮店舗のままの方が良い。
仮店舗の今日のレジ係は、何故かおじさんである。インドネシアでも一般に、レジ係は若い女の子が多いと思うが、何故だろう。エアコンが無くて、蚊がぶんぶん飛んでいるところは、若い女の子に嫌われるのか。同行の若者は、女の子の方が良かったかも知れないが、小生はおじさんで全く問題ない。インドネシアでKFCのチキンバーガーをテイクアウトするんだったら、てきぱき働くおじさんがレジ係の、テント店舗が良いと思う。

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