山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

宿泊施設

今日は久しぶりに男3人組だけの山旅。目指すは乙女高原からの倉沢山と塩水山。静かな山であることは間違いない。しかしやや牧歌的過ぎるので、男組にはそぐわないがそれもまた一興。
凡そ2週間前、焼山峠まで栄和交通バスを予約しようとすると、なんと既に満席とのこと。慌ててタクシーを予約した。当日、塩山駅を降りると、駅前はタクシーで溢れていた。訊けば今日は山開きの日、大弛峠方面の林道が開通しただけでなく、乾徳山等に向かう予約も山ほど入っていて、塩山タクシーは完全に出払った状態だそうな。当日だったら全く捉まらないはず、危ないところだった。皆、そんなに山開きを待っているとは知らなかった。
焼山峠から乙女高原までは、そこここでホトトギスやらカッコウの鳴き声が聞こえ、絵に描いたような高原の雰囲気。グリーンロッジ前の写真案内を見ると、目の前の牧草地のような緩やかな斜面は、かつてスキー場だったらしい。
ここまでも殆ど人に会わなかったが、更に倉沢山へと向かう踏み跡に入ればもう全く我々だけの世界。踏み跡はちゃんとしていて、迷わずひっそりとした倉沢山に辿り着く。山頂からちょっと北へ寄ると、意外に金峰山が間近に見え、五丈岩もくっきり格好良い。
同じように静かな塩水山を踏んだら、あっという間に大弛へ向かう林道(県営林道川上牧丘線)へ出る。あとは車道をヘコヘコ下るだけ。塩水山山頂から約1時間で柳平の金峰山荘に到着。さっそくタクシーを呼び、その間を利用してビールを呑む。
山荘内で屯していた数名は、鳥か昆虫か植物が目当てか、何れにしても我々とは違う分野の集団のようである。なので、ひと仕事終わったらビールという感じではなさそうで、なんでこの人たちはそんなに美味そうにビールを呑むのだろう、ってな醒めた顔をして我々を見ている。こちらも大したアルバイトでは無かったので、待ちに待ったビールという感じではないけれど、ひと汗かいた後の一杯はやっぱり美味いのだ。判らないかなあ。

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五色沼売店でビールを呑んで、すっかり身体が弛緩してしまったが、今宵の宿「ペンション蛍」まではさして上り坂では無かったので、何とか辿り着くことが出来た。
途中の数百メートルの間だけでも、バス通りに面して小洒落たリゾートホテルがいくつもあり、更には別のペンション村へ続く道があったりと、この界隈には実に多くの宿泊施設があると気付く。裏磐梯全体ではいったい、いくつの宿泊施設があるのか想像もつかないが、宿泊客の獲得競争が激しいことだけは確かだ。この中で差別化するのはさぞかし大変なことだろう。
バス通りを左に入ると、我々が目指すペンション村。ここだけで5軒あるが、1軒は明らかに廃業している様子。「ペンション蛍」はその向かい側で、隣が温泉供給施設となっていた。立地は申し分ないと思う。建物はなかなか立派な洋館、なんとなく名前が地味過ぎる。
ゲストルームは9つある。小生の部屋は2階のツインルームで、女子部屋は10.5畳和室。荷物を置いたら早速、風呂。先客なし。ここは天然温泉100%掛け流しとのことで、ペンションとしてはかなり恵まれている。ちょっと贅沢気分を味わったら、缶ビールで部屋呑み。窓の外には丁度、磐梯山。これも贅沢な眺めだ。
和室で暫し部屋呑みをして寛いだら、やがてディナータイム。1階のダイニングルームへ行くと、結局今宵の宿泊客は我々3人のみと知る。今がシーズンオフだとは思わないのに、それでもこの客の入り。まったくペンション経営は大変だ。
またビールで乾杯したら、ディナーの始まり。せっかくなので、コート・デゥ・ローヌの赤ワイン "La Ferme du Mont Cotes du Rhone Premiere Cote 2015"を頼む。意外に濃厚でリッチな気分。手入れされた庭を眺めつつ、スープ、サラダ、魚料理、肉料理、デザートまで、ゆっくりと楽しむことができた。
これで1泊2食付8,500円(消費税別、呑み物別)+入湯税150円というからコスパも全く申し分ない(北アルプスの小屋の宿泊代10,300円より高いか安いかが個人的な判定基準)。なのに客が我々だけというのが、どうにも理解できない。

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「金峰山荘」を夜明け前に出て、小川山目指して登り始める。暫くすると岩峰を登ったり巻いたりと、岩の弱点を縫うように登ることになるので、ちょっとしたフィールドアスレチック的気分が味わえる。やはりこの辺りは、奥秩父でも特異な場所である。
しかしそれも1時間ぐらいで、あとは鬱蒼とした如何にも奥秩父らしい登りが山頂まで続く。山頂付近は雪が残っていて、チェーンスパイクが役立つ。八丁平辺りまでは眺望も殆ど利かないが、それは勿論、織り込み済みなので誰も不満は口にしない。逆に、小川山山頂をちょっと越えた後の「シオサブ」という名前の岩峰では、期待以上に眺めがあって得した気分になれる。
「金峰山荘」の朝食は摂らず、代わりに弁当にしてもらった。開けてみると2段重ねの弁当だ。こんな豪勢な弁当も珍しい。やっぱり1泊2食付き6,800円はちょっと安過ぎると思う。もうちょっと値上げして川上村の財政に貢献すべきだ。
小川山山頂から瑞牆山への径と合流するところまでは、「山と高原地図」では点線となっているが、それは道標が乏しいだけで、踏み跡はちゃんとしている。しかし倒木が多いので、その度に進路を見誤る可能性はある。
瑞牆山への径と合流すると、途端に幅広でしっかり踏まれた径となり、頻繁にハイカーと行き交う。さすが、深田百名山は違う。裏路地から大通りに出た気分。富士見平小屋で大休止し、そのついでに小屋に寄って鹿肉三種ソーセージを買ってみた。いくら鹿肉でも(鹿駆除に貢献するとしても)、1,200円はちょっと高い感じがした。
富士見平から先は径は広いし木々も疎らなので、もはや夏の如く暑い。もうビールのことしか考えられず、走り下る。バス停には一橋大の山岳部(もしかして同好会?)がいて上級生女子が下級生男子を窘めていた。それを横目に我々は瑞牆山荘に滑り込み、テラス席で生ビールを一気に呷った。

098 金峰山荘の2段重ね弁当。

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今回は、1泊で奥秩父の小川山に登る計画。個人的に、小川山は久恋の山だった。でもそれを登るだけで1泊はちょっと勿体無いので、1日目は西上州(というか南佐久というか東信というか)、御陵(おみはか)山と天狗山に登ることにした。天狗山に登るのはおよそ30年ぶり2回目だが、御陵山は今回初めてである。
登る途中でもそれぞれの山頂でも、否が応でも目を惹くのは八ヶ岳の姿とレタス畑。川上村のレタス畑の広大さにも驚くが、その担い手が若い東南アジア人(川上観光タクシーの運転手曰く、四百人以上いるとのこと)になっていることに吃驚。彼ら無しには、レタス栽培が成り立たないらしい。
偶々、川上村のメイン通り(洒落た店なんて皆無)を、当ても無く?ぶらぶら歩いている数人の集団を見掛けた。彼らの休日の過ごし方があれなのか。川上村に、彼らが楽しめるようなところは全く無さそうである。
当初予定通り、(天狗山山頂で、某氏の足が動かなくなる原因不明のハプニングはあったものの)首尾よく御陵山と天狗山を登った後は、朝と同じ川上観光タクシーに乗って川端下(かわはげ)にある今宵の宿、金峰(きんぽう)山荘へ。スイスアルプス的な洒落た建物だが、中は純和風で畳敷きの部屋になっている。
我々女5人と男2人は、それぞれ2階にある10畳の和室。Woodyさんと男2人だけで10畳は広過ぎる。荷物を置いたらさっそく風呂へ。清潔でそれなりに広いが、宿泊客だけでなく、廻り目平キャンプ場でキャンプ中の客も来るので、風呂場は結構、混み合っている。風呂から上がったら自動販売機で缶ビールをゲットし、部屋でグビっとやってまったり。窓から外を見回すと、この辺りは奇岩だらけだ。
夕食は1階の食堂で。ここは山小屋だと思っていたがどうしてどうして、ちゃんとした夕食が出てくる。これで1泊2食付で、6,800円はかなりお値打ちって云うか、安過ぎないか? この宿の周辺で、小川山以外に登るべき山がないか、じっくり調べてみたい。

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予定を前倒しにして松本市街に泊まることにした際、このゴールデンウィークの真っ只中で、しかも前日にシングルルーム6人分を確保するのはなかなか大変なことだが、アドレナリン分泌過多なこのちゃんが一肌脱いでくれて、松本市内のホテルへ電話を掛けまくり、事なきを得た。
決まった宿泊先は「東横INN松本駅前本町」。松本駅から数分の距離で、繁華街の真っ只中。呑みに行くにはまこと便利な場所にある。宿泊代では会員割引がお得で、しかもその場で会員になれるとのことで、このちゃんを除く5人は急遽、入会手続きとなった。
会員証には顔写真が入るので、フロント・カウンターで順々にカメラ撮影。でも何人かの写真のバックには、他の人も写っていて(ちなみに小生の会員証には、のりちゃんとなおちゃん)、一般的な証明写真との違いに、やけにウケた。
各々、部屋に入った後は、レインウェアを始め、濡れた衣類を広げて干す作業に没頭する。今日のような状況の場合、我々のように山小屋の大部屋に慣れた者としては、ホテルのシングルルームは他人に気兼ねが全く要らないという点ではとても良いと実感。今回は稀なケースだが、この使い勝手の良さは捨て難い。何処かの街をベースキャンプとして1泊し、前後を何処かの山を登るようなプランを、また何処かで使ってみたいと感じた。
「信州ゴールデン新館」で夕食兼呑み会を終えた後、1階ロビーにある自動販売機で、寝酒用にビールをゲット。でも呑み切らないうちに、テレビも付けっぱなしでいつの間にか爆睡した。
翌朝、朝食のために1階へ下りると、ロビーだったところが朝食会場になっていて、しかも思いの外多くの客が既に行列を作っていたのでちょっと吃驚した。

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結局、雨の蝶ヶ岳に登るのは止めて、その代わりに日程を前倒しにして涸沢小屋まで行くことにした。歩程は大して変わらないが(夏道コースタイムで蝶ヶ岳まで4時間25分、涸沢までが4時間10分)、標高差は400mぐらい違うので気分的には大違い。勿論、雪崩の危険性は谷歩きの方が高いが、雨だったら表層雪崩にはならないだろうし、底雪崩は落ち切っているはずとの読みもあった。
横尾には長野県警山岳遭難救助隊の隊員が数人待ち構えていて、穂高へ登る登山者に注意を促している(実際、前日の28日にザイテングラード脇のアズキ沢を登って雪崩に巻き込まれ負傷した登山者がいたらしい)。有り難く拝聴するものの、そもそも登頂は我々にはてんでお呼びじゃないし、涸沢往復ぐらいが身の丈に合っている。
本谷橋から先は、夏道ではほぼ一貫して右岸の斜面をトラバースするように登るが、残雪期は谷のど真ん中。当然ながら眺望も利くので、すこぶるいい気持ち。この季節ならではの贅沢である。それに流石に谷が広いので、雪崩に対する緊張感はだいぶ薄い感じがする(もし目の前が雪崩れても逃げるチャンスは十分にありそう)。
やはり涸沢は人気の場所だけあって、次々と登山者が登ってくる。中でもテント装備を持った若者の登山者(リュックサックが大きいこともそうだが、割とウレタンマットを外に括り付けている人)が多い。宿泊装備を背負うよりお金を携えた方が楽な我々は、少数派である。
徳沢ロッジから5時間弱で涸沢小屋に到着。横尾から先、腐った雪の上を歩いた割にはまずまずのペースだろう。チェックインを済ませ、リュックサックを大広間の指定された寝床のそばに置いたら、売店へ走って生ビールをゲット。
残念ながら天気が悪くなってきたので、外のテラスで呑むのは寒すぎる、暖かい屋内の食堂でグビっとやった。ジョッキはマムートのロゴ入り。良く見るとこのちゃんのジョッキは涸沢小屋のネーム入り。売店のにいちゃんに聞けば「何かと世話になっている(贔屓にしている)ので」とのことだった。

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散歩から帰ったら先ず風呂だ。徳沢で風呂に入れるなんて、全く贅沢なことである(まだ山に登ってもいないうちに、こんなのでいいのだろうか、という気持ちもちょっとだけ擡げる)。多少、カランからのお湯の出が悪くても、そんなのはたいした問題ではない。さっぱりして温まったら、自動販売機で缶ビールを買って部屋呑み開始。
毎度のことながら、ビールをグビっとやって、畳の上で脱力するのはとてもリッチな気分にさせてくれるが、しかもここは徳沢、窓の外を見れば木々の間からまだ残雪の前穂・明神が望める。こんなシチュエーションはとても言葉では表せない。
しかしふと我に返れば、気掛かりなのは明日の天気。天気予報が伝える限り、明日は午後から雨、そしてそれは明後日まで続く見込みとのこと。雨の中、標高2,600mを超える稜線歩きするのは気が進まないし、風に吹かれたらそんな暢気も云っていられない。もし蝶ヶ岳に登らなければどうするか、代わりの山プランは流石に見つからないので、日程を前倒しにするしかないか。そうなると・・・、などと考えているうちに酔いも程よく回ってきたし、もう夕食の時間だ。対策は後回し。
食事はダイニングルーム。メインディッシュはハンバーグだが、イワナの塩焼きも付いている。明神の嘉門次小屋のイワナ塩焼きは有名だし、上高地周辺の店はたいてい、魚の塩焼きはアユでもヤマメでもなく、イワナだ。確かに梓川にはいっぱい泳いでいると思うが、ここは国立公園内、基本的に枯葉の一枚も採ってはいけないのだから魚なんて以ての外。多分、養殖イワナだろうが、何故かイワナが出てくればここで喰うのに相応しいと、客にウケる。不思議だ。
徳沢ロッジは新しくて、シック。部屋の設えも、食事も全く文句ない。接客は洗練されているとは云えないものの、コスパ的に1泊2食付13,500円は、この界隈では一番かも知れない。

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越後の山も、越後湯沢界隈であれば日帰りも可能だが、米山となるとそうはいかない。今回、米山登山のために、なおちゃんにチョイスしてもらった宿は「わすけ」という、上下浜にある民宿。この地区には他にも2、3軒宿があった。今日の泊まり客はそれほどいないようだったが、大広間では宴会が入っていた。
男部屋は2階の北向きの六畳間。畳敷きで床の間もある純和室。一方、女部屋は西向きの十畳間。我々の宴会場はこちらに決定。荷物を置いたらともかく風呂だ。風呂場(男湯)は、ひとりで入るには充分過ぎる大きさである。
風呂上りは十畳間でひとりビール。夕食は6時からということで、ちょっとだけまったり。やがて夕食タイム。場所は1階の個室。今日のコースのお品書きがあり、数えて見るとご飯まで含め全9品。ご飯は地元産コシヒカリだが、たぶんそこまでは辿り着けないだろう。
民宿なので、見栄えよりもボリュームとか味で勝負しているのかと思いきや(見縊って済みません)、見栄えも味も凄い。ここは立派に割烹宿なのだと判る。刺身だけでもボリュームたっぷり、6種類もある。せっかく大女将さん(?)の説明を聞いたが直ぐ忘れた。
煮魚の真鯛も大振りなので、刺身と煮魚だけでかなり腹にきた。もう食べるのに一生懸命。酒はなかなか進まない。大女将曰く、この宿の名物はイカスミコロッケなのだそうだ。これじゃあもう、コロッケは喰えそうもないと思っていたが、出てきたのはひとくちサイズだったのでなんとか喰えた。
地図を見れば、この宿は海までわずか300mぐらしか離れていない。折角だから海を見に行けばよかったと思ったが後の祭り。翌朝は、上下浜駅まで歩いて10分(車だったら2分)の距離なのに、わざわざ車で送って貰った。この宿が人気なのはとても良く判った。

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お食事の館・旅人の宿 わすけのHP

今回の出張では、ホテル・ホリゾンでは泊まった数だけ、朝食は1階のレストランで摂った。ビュッフェ形式のせいもあるかも知れないが、不思議と飽きない。ビュッフェ形式だからこそ、必要な量だけ食べることが出来るにもかかわらず、ついつい意地汚く食べ過ぎてしまう。これもまったく不思議である。
勿論、ホテル住いの日本人や欧米人の中にはインドネシア料理が全然苦手な人もいて、そういう人は自分の部屋で自炊するか(朝はたいていの場合、スーパーマーケットで買ってきたパン食らしいが、パスタを作る人もいるらしい)、限られたウェスタンスタイルの料理(主食になるのはトーストかシリアル+ミルク、副食にはフレンチフライかオムレツかチキンソーセージかビーフソーセージぐらいか)だけで粘り強く食い繋ぐようだ。
やや偏るが、昼食と夕食でなんとかなるので問題は無いのだろう。偏食と云えば、朝食で出てくる野菜はほぼ、パターンが決まっている。ブロッコリー、にんじん、ベビーコーン(日本のよりだいぶ太いので、ベビーよりもヤングという感じ)、ポテトといんげん。年間を通じて、これが全て。
昼食や夕食の場合であっても、これにトマトやきゅうり(日本のよりだいぶ太い)、白菜、青菜が加わるぐらい。季節(乾季か雨季)によって違いがあるとも思えない。赤道直下の国は、意外と野菜のバリエーションが限られているのだろうか。
野菜はこんな感じだし、魚は白身魚のフライぐらい、肉は堅くて不味い牛肉を除けば鶏肉ばかり。そう考えると、果物の種類は例外的に豊富だが、インドネシアの食生活がそれほど豊かだとは感じられない。一方、日本は魚は云うに及ばず(肉類のバリエーションは欧米にはまったく敵わないが、インドネシアよりは遥かにマシだし)、野菜のバリエーションは(もちろん金さえ出せばだが)比較にならないくらい豊富だと改めて感じる。

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かの手塚宗求氏が建てた「コロボックルヒュッテ」に泊ってきた。20代の頃に「邂逅の山」を読んで、そのヒュッテの存在を知ることとなったが、実際に訪れたのはそれから30年以上も経って今回が初めてになってしまった。しかしこれはこれで、自然な成り行きだった。
なにせ20代から30代の頃は正直(大抵の男子は水平よりも、なるべく垂直に近いほうを好む傾向ゆえ)、車山の如くゆったりしたアスピーテ型火山(この頃はこんな呼び方はしない?)には全く魅力を感じないものだが(男性でも偶にはそうでない方もいるだろうが)、馬齢を重ねると不思議とそんなことは大した問題ではなくなり、それなりの良さも感じるようになる。ましてや今回のようにスノーシューで登るとなると、このゆったり感が実にちょうど良いのだ。
「コロボックルヒュッテ」へは直接車でやって来られるし、風呂にも入れるので、もはや山小屋とは云えないかも知れないものの、周りに建物が無い一軒家なので俗世間とは隔絶されている。小屋の周りには鎮守の森の如く、大きな木々が植わっていて(これも手塚宗求氏の手によるもの)、車山周辺の何処から見てもそれと直ぐに判る。
小屋の主人は勿論、代替わりしていて、子息が経営しているが、実際には雇われ管理人夫婦(と犬)が我々を出迎えてくれた。客室は4つあるようだったが、今日は我々4人だけの貸切状態、有り難く2部屋使わせていただいた。
まきストーブがある1階の食堂兼カフェテリアもいい雰囲気だけど、2階の談話室に炬燵があって妙に居心地が良い。本棚には手塚宗求氏の著作が収まっているので、外を彷徨くのに疲れたら、ここで本を読みながら過ごすのも悪く無さそうである。
ニッコウキスゲが咲き乱れる頃もさぞかし良いだろうけど、ストーブの火を眺めたり、炬燵でぬくぬく寝っ転がりながらビールをちびちびやるのは堪らなく良い。また来るのはたぶん、スノーシューを担いでくる時だろうと思う。

070 ヒュッテに戻ってきた。

071 薪ストーブが温かい。

072 談話室にて寛ぐ。

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今シーズンは、徹底的にスノーシューハイクを楽しもうと画策し今回が第3弾。目指すは信州、高ボッチ山。随分昔に一度、高ボッチ山に登ったことがあった。その時はカミさんを連れて塩尻峠から登り、崖の湯温泉へ下ったはずだ。北アルプスの眺めを求めて登ったつもりが、全く見えず仕舞いだった。
今回はスノーシューハイクが目的で、あわよくば北アルプスの眺望も得られれば、と思っていた。ところが折角スノーシューを担いでいったのに、結局ほぼ雪は無く、結果的にはボッカ訓練をしただけに終わった。それでも山頂から諏訪湖を見下ろすことも出来たし、その奥に微かな富士山が視認できたので、まあまあの成果だろう。
山頂付近は木が全く無いので、空がとても近くて広い。こんな時期だし、雪も無いせいか、見渡す限り誰もいない。人口密度は4人/数平方キロメートル。それにしても、高ボッチ山が鹿のフンだらけで驚いた。牧草は鹿のえさになってしまっているようだ。
今宵の宿は「ブリーズベイリゾート塩尻かたおか」というホテル。かつてはJAが保有していた「アスティかたおか」という、JA共済連長野が運営していた、天然温泉(天徳温泉)を備えた宿泊保養施設だったそうだ。10畳の部屋を独り占め。風呂場も、他に誰も居らずに貸切状態。
食事は夕食、朝食ともビュッフェ形式。品数は決して多くは無いが、我々の基礎代謝にはまったく十分。建物全体としてはやや古びてはいるが、1泊2食呑み放題付で10,630円(税別)はそれなりにお得感はある。
早朝、窓の外を覗いてみれば、モルゲンロートの北アルプス連峰が見えた。これだけでも来た甲斐があったというものだ。

高ボッチ山の中腹にて
高ボッチ牧場にて
高ボッチ山頂にて
ひょうたん池にて
「ブリーズベイリゾート塩尻かたおか」にて

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海外出張が予定されていたのが、急転直下、出張が不要となり中止となった。急に出張するのは良くあるが、キャンセルになるのはそうは多くない感じ。ともあれグッドニュース、土日が潰れずに済んだので、急遽、すでになおちゃんがプランしていた上高地スノーシューツアーに便乗させてもらう。
当日は天気としてはいまいちと云うか、普通の冬らしい空模様。釜トンネルに入る頃から雪がちらつきだし、河童橋まで往復した間は降ったり止んだりの状態。でも流石は上高地、たとえ穂高連峰が見えなくても、冬の上高地らしい雰囲気は十分に味わえる。有象無象の老若男女異人邦人がやってくる、夏の喧騒とは異なる別世界。釜トンネルは、仙境と俗界をつなぐタイムトンネルとも云えるだろう。
思ったより、スノーシューを履いてうろうろしているハイカーが結構いた。しかしかなりトレースは踏まれているので、つぼ足でもそれなりに何とかなった感じ。
上高地の雪を堪能し釜トンネルの入口まで戻ったら、宿の送迎車がお出迎え。個人的には、26年ぶりの宿泊である。確かその頃はまだトンネル出口に建て替えて間もない頃だった。更にその数年前の正月に、まだトンネルの手前にあった頃の坂巻温泉にも泊ったことがある。かなり鄙びた宿だった。風呂がやけに熱かったので、偶々窓の外にあったツララをもぎ取って入れ、丁度良い湯加減になって悦に入った覚えがある。
宿に着いたら先ずは温泉。それもせっかくなので露天風呂にしましょうとWoodyさんと共に向かう。降り頻る雪の中で服を脱ぐのは勇気がいるし身体を洗っている時間は凍えるが、湯船に浸かってしまえばもう極楽である。
ほどほどに温まった後、風呂上りは部屋に戻ってやっぱりビール。あとは夕食に時間になるまで、炬燵に入りながら持参した酒をちびちびやる。この時間がもう最高だ。

上高地トンネル出口にて
田代池近くにて
梓川畔にて
河童橋にて
上高地バスターミナルにて
大正池ホテル前にて
坂巻温泉旅館の露天風呂にて

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050 一足先に湯上り乾杯。

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以前から、標高2千メートルにあるランプの温泉宿として有名な「高峰温泉旅館」。といっても、昔は今のように山の上ではなく、谷沿いあったので(昔の五万分の一地形図では、位置がだいぶ違っていた記憶がある)、場所を移して建て替えたのは30数年前のこと。
今回、その「高峰温泉旅館」へやってきたのは実に11年ぶり(記録はこちら)となった。そのときは、篭ノ登山と水ノ塔山に登った(隊長と小生とタマちゃんはマイスノーシュー)。高峰高原は、標高が高いので、厳冬期でなくても雪質が良いという評判で、スキー場もある。
小生にとっては高山植物が咲く季節よりも、雪の方が魅力を感じるせいか、いまだに無積雪期にやってきたことはない。雪山に登れなくなったら来るのを楽しみにとっておこう、という感じである。
黒斑山から下りて、スキー場で生ビールを呷った後は、迎えの雪上車に乗ってスキー場を横切り「高峰温泉旅館」へ向かい、ほんの数分で到着。宿の佇まいは、基本的に11年前と変わっていない感じ。ともかくも、先ずは風呂だ。露天風呂はちょっと離れているので、手っ取り早い内湯でさっぱりする。
風呂場の脇にあった自動販売機で、変わったビールを買う。雷電カンヌキIPAなんて初めてだが、よく見れば地元東御市の、オラホビールのブランドらしい。缶のデザインも斬新的。呑んでみると、苦味もさることながら香りも悪くない。IBUは63とのことだが、それほどではなくかなり呑み易い。
皆が風呂から戻ってからも暫し、部屋呑み。窓から丁度、夕暮れが望め、いい感じだ。さすが、標高2,000mの宿だけのことはある。谷沿いからここへ移転したのは大正解だろう。また次にここへ来るときも、雪見酒がいいと思う。

客室からの眺め
ダイニングルーム

024 高峰温泉の雪上車が迎えに来た。

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昨年の12月15日~16日に引き続き、日帰りの山を2日続けて登ろうという企画を立て、1日目は鍋割山稜を登り、松田で打ち上げ。こんなプランは殆どやったことが無かったが、約4か月間のインドネシア滞在の鬱憤が出たかたちである。でも、意外に楽しい。
15日のみの参加の方とは新松田駅で別れ、翌日も登る小生とWoodyさんは、揃って小田原の「ホテルとざんコンフォート」に宿泊するために小田原駅へ移動。ホテルは駅直近の、繁華街の真ん中なので極めて便利である。
料金は1泊朝食付きで8,200円。ちょっと高め。朝食はホテル内ではなく、駅前ビルにある「カフェ・バーPRONTO」のレギュラーモーニングメニューを食べられるプランになっている。
部屋は、直近の12月15日に泊まった「より道の湯」の客室と較べたら段違いに広い。しかし、インドネシア・プカロンガンで、IDR500,000(≒4,000円)で泊まれるホテルと較べるとだいぶ狭い。何を基準にすべきか判らなくなってきているが、日本としてはまあまあの大きさと云えるだろう。
トイレとシャワーは同じユニット内にあるが、洗面所はベッドルームに設えてあって、ちょっと変則的な配置である。さっそく荷物を置いてシャワーを浴びる。
入ってみると、やけに狭いシャワールームだと感じた(腕を水平に伸ばすことができない)のだが、それを皆に云うと、インドネシアのホテルの広いシャワールームに慣れたからじゃないの、とバッサリ。そういうことも踏まえた上での発言だったつもりだが、聞き入れてもらえなかった。
さっぱりしたあとは、Woodyさんと夜の小田原の街に繰り出した。さて何処へ行きましょうかね?

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"Wikipedia"によれば、御坂山塊の東の端は高川山、最西端は四尾連湖畔の大畠山、蛾ヶ岳なのだそうだ。アクセスの点から、日帰りだったらどうしても東側の山ばかり行くことが多くなる。そこで今回は新年会を兼ねて泊りがけで、御坂山塊の西の外れに行ってみようと考えた。ネットを見ると、皆さん、JR市川本町駅から通しで歩く記録が多い。こちとら、そんな気概は無いし、使えるものは使うのが主義。四尾連湖の登山口までタクシーを飛ばした。
四尾連湖から精進湖までは、思ったとおりに長丁場だった。途中、蛾ヶ岳迄に3つのパーティーと遭遇したが(その先でも単独行と遭遇したが、本当に人間だったのか、もしくは尻尾の隠し方が上手だった狢だったかどうかは確信が持てない)、その後は精進湖に着くまでまことに静かな山旅を楽しむことが出来た(山の記録はこちら)。
今宵の宿は、精進湖畔にある「精進レークホテル」。富士山が目の前に見えるはずの、絶好の場所にあるのだが、生憎、富士山は雲の中だった。我々の後から、中国系観光客の団体がやってきていた。我々が風呂に入り、部屋でちょっとまったりした後、午後6時丁度にダイニングルームへ行くと、中国系団体客はもう食事が終わったところだった(その状況はこちら)。
つまり、彼らは宿に着いたら直ちに夕食だったようだ。何故そんなに急いだのか判らない。この後、何かイベントでもあるのだろうか。ともあれ団体旅行は何かと慌しいようである。一方、朝は、我々が出発する頃になっても、中国系団体はまだ朝食時間では無かった様子だった。
宿はやや古びた印象はあるものの、清潔で快適。風呂も開放的でなかなか良い。唯一の難点は(山に登る輩が云うセリフでは無いかも知れないが)、エレベータが無く、階段でしか移動できないことだろうか。

蛾ヶ岳登山口にて
蛾ヶ岳山頂にて
釈迦ヶ岳山頂にて

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偶に、大晦日の晩に宿に泊って新年を迎えることがある。たぶん今回は3回目、前回はもう10年ぐらい前の箱根「俵石閣」だったはず。名前は忘れたが、何処かの雑誌("男の隠れ家"だったか?)の記事で、俵石閣の廊下(濡れ縁?)に浴衣姿の俳優・奥田瑛二が、頬杖を突きながらゴロ寝している写真が妙に魅力的で、思わず行ってみたのだが、期待通り実に渋い宿だった。紅白歌合戦を見たいカミさんにとっては、客室にテレビが無いのが唯一の欠点だったか(紅白歌合戦が終わるまで、テレビがある談話室に籠っきりだった)。残念ながら、その「俵石閣」はもう廃業してしまった。
今回は万座温泉の「日進館」。白濁した湯が有名の万座温泉にあって、最も古くて常連客も多いと聞く。さぞかし良い宿だろうと期待して行ってみた。
宿に入ると、ロビーはチェックインを待つ客で溢れんばかり。随分な盛況ぶり、さすが人気の宿だ。漸く順番が来て客室へ。部屋はごく普通な感じだが、窓から見える雪景色はなかなかのものである。これならば良い雪見酒が呑めそう。ひと息ついたら風呂へ。露天風呂は流石に寒そうなので内湯へいってみる。風呂場は湯気が充満してよく見えないが、かなり広そうで雰囲気も良い。いかにも湯治場という感じである。湯も、噂通りの乳白色だ。
風呂上りは、部屋でビールを呑んで雪景色をぼーっと眺める。ここまではまったく申し分ない感じだったが、実は夕食、朝食(どちらもビュッフェ形式)がかなりプア。これならば、伊東園グループの熱海「シーズンホテル」の方が、遥かに種類も豊富だ(アルコールもタダだったし)。いくら正月料金とはいえ、これで25,000円はどーかなー、とかなり疑問に感じた。湯が良いので、皆、それに惑わされているのでなかろうか。

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伊予ヶ岳と富山に登った後は、岩井駅から館山駅までたった3駅ながら各駅停車の旅。それにしても、15時20分発を逃すと次は16時45分まで無いので、危ないところだった。浜金谷や保田辺りほど海に近いところを走るわけではないが、いつも乗る中央線や青梅線とは違い、そこはかとなく南国ムードが感じられる眺めがいい。
駅に着いたらタクシーに乗って、今宵の宿「まるへい民宿」へ。釣宿になっているだけあって、海に至近の場所にある。今日は冷たい風が吹いていて、外にいると凍えてくる。こんな天気でもじっとアタリを待つ釣り人の気が知れない。小生は断然、喰うだけの方がいい。
部屋に案内されると、廊下や階段、洗面所、客室内、食堂内等、至るところに注意書きがある。就寝時の布団の敷き方や座卓の収納方法、ひいては鍋蓋の置き場所まで、懇切丁寧に説明がある。全部読むだけでひと苦労しそうであるが、書いてあることは基本的に常識的なことが多いので、斜めに読んでも問題なさそうである。廊下や階段には何故か、さかなくんの絵がいっぱい。訊けば、さかなくんとここのご主人は懇意なのだそうだ。
風呂は2つあるとのことで、男女各々同時に利用可能。しかし家庭風呂並みの大きさなので、少なくとも小生が入った方は一人ずつがお勧め。風呂上りにビールをやったあと、ちびちびと酒を呑みまどろむ。
やがて夕食の時間。刺身に始まって揚げ物、煮物までずらり。インドネシアも海洋国家なのに、何故か魚よりも鶏肉を喰う機会が多く、魚介類に飢えていたが、その鬱屈を一掃する魚介尽くし。量が気になったが、ご飯を除けば何とか喰い切ることが出来、満足、満足。それでも、2年前に泊った西伊豆「美晴荘」の圧倒的なボリュームと較べてしまうと、割高感は否めない。「美晴荘」を体験したせいで、我々の幸せの幅が狭くなってしまったようだ。
(まるへい民宿の食堂)

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房総は東京に近い分、人気が集まるため値段が高くなるようだ。

今回、塩田平の山を登るために、別所温泉街でリーズナブルな宿が無いか検索した結果、「つるや旅館」が見つかった。これまで別所温泉には何度かやってきたが、何れも駅からまっすぐ西へ延びるメインストリートにある宿ばかり泊っていた。この「つるや旅館」は、北向観音のちょっと南に寄ったところの、坂道の途中にあって、個人的にはかなり新鮮なエリア。1泊2食付12,960円は、この辺りの旅館としてはリーズナブルだろう。
界隈の山は何故か松林が多く、松茸山となっているらしい。更に坂を上るとその松茸を喰わせる店があるようだ。一度でいいから、死ぬまでに松茸尽くし料理を喰ってみたい。それはともかく、独鈷山から下って別所温泉に戻ってきた後のこと。さっき入った「大師湯」は温まることはできたものの、石鹸が使えないので、残念ながら未だサッパリできていない。
なので、宿に着いたら真っ先にまた風呂だ。着替えだけを持って風呂場へいくと、まだ誰も入っていない一番風呂の様子。ここは加温も加水もしていない、正真正銘の源泉かけ流しの湯だそうである。
めでたくサッパリ出来た後は、フロントに寄ってビールを頼み、さっそく部屋呑み。その後は、グッチー師匠が差し入れてくださった白ワイン「中志津2018」をいただく。単に呑ませて貰っただけの輩が云う台詞ではないが、これまで二度呑ませていただいた経験から、今回のワインはとても素晴らしい出来だと感じた。中志津に於いて2018年は、「偉大なる年」だったようだ。
それにしてもこの宿は、ハードウェア(料理だけでなく建物や調度品)もソフトウェア(接客)も、まったく昭和のままだ。テレビはブラウン管方式だし、電話も黒電話。昨今たいていの旅館は、宿の人が部屋まで案内したあとは、もう顔を出すことはほぼ無いが、ここ「つるや」は、やれ「お茶を入れます」だの、「食事の支度が出来た」だの、何度もやってくる。それはそれで、なんだか新鮮だ。

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3ヶ月ぶりにグマヤホテルに泊まることになった。前回は仕事だったが今回は完全プライベートなので自腹。スマランには、他にも気が利いたホテルはあるのかも知れないが、我々の仲間内ではこのホテルがリーズナブルでしかも設備が充実しているという点で人気が高い。
第一に、設備が新しい。部屋は無駄に広いし、TV画面も部屋の大きさに相応して十分過ぎるサイズ。当然ながら金庫もあるし、クロゼットもたっぷりな大きさ(定宿のホテル・ホリゾンには何れも無い)。1泊ではなんとも勿体無い。切り取って、プカロンガンのホテル・ホリゾンへ持ち帰りたい。日頃、ホテル・ホリゾンではシャワーしかないので、バスタブに浸かるのも楽しみのひとつ。
ここのトイレはウォシュレットが付いている。ホテル・ホリゾンのそれは、インドネシアで一般的なハンディータイプのウォシュレット。これって、使い方にコツが要る(この頃、だいぶ慣れてきて、周りを水浸しにせずに済むようになった)が、日本式ではそんな手間は要らない。
朝食は勿論ビュッフェタイプ、これはホテル・ホリゾンと同様だが、中身はだいぶ異なる。ホリゾンは基本的にローカル料理で、ウェスタンは卵焼きとソーセージ、トーストぐらいだが(日本食は基本的には無し)、グマヤはローカル、チャイニーズ、ウェスタン、ジャパニーズまで、夫々が充実している。とてもじゃないが、全部は味見出来ない。
ということで優れた点が多々あるにもかかわらずこれで1泊朝食付きが、日本円で約7,500円なのだからちょっと驚く。このホテルが東京にあったならば、どう考えても20,000円、いやいや30,000円は下らないはずである。偶にはこのようなホテルに泊って日頃の息抜きをしたくなる、皆の気持ちがとても良く判る。

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夕食後、ベッドに寝転がって本(電子書籍)を読んでいると、ドアフォンが鳴った。時計を見れば午後9時。小生にとってはもうそろそろ寝る時間だ。今頃なんだろうとドアを開けると、ボーイが「ハッピー・サンクスギヴィング!」と云いながら、四角いプレートを差し出した。
なんでサンクスギヴィングなんだろうと思いつつ、とりあえず「ありがとう」と受け取る。プレートには、短冊切りのパンのようなものと、メッセージカードが乗っている。カードには、"Thank you for staying with us. We hope this cake can brighten up your day."などと書いてある。パンじゃなくて、ケーキだ。
サンクスギヴィングはちょっと早過ぎるんじゃないかと調べてみれば、11月の第4木曜日、まだ再来週の話だ。それとも、インドネシアのサンクスギヴィングは今週なのか? まあ、そんなことはどうでもいいか。
日本人的には、イスラム教徒ばかりの国だから、サンクスギヴィングも無いだろうと思ってしまうが、実はインドネシアの祝祭日には、イスラム教由来だけでなく、キリスト教や仏教、ヒンズー教にまつわるものがちゃんと含まれている(但し、サンクスギヴィング・デーは祝祭日ではない)。中国的な春節だって立派に祝祭日だ。これは、イスラム教徒だって他宗教の休みを楽しんじゃおうという、良いとこ取りの如何にもインドネシア的発想である(マレーシアも同様)。日本では、宗教的にニュートラルじゃないと祝祭日になり難いので(右翼も左翼も文句を云うので)、日本人には、インドネシア人やマレーシア人の無邪気さが羨ましい。話が逸れた。
ともかく、たっぷり夕食を摂った後なので、今日はとても無理。翌朝に喰うことにし、ケーキは冷蔵庫へ。翌朝、齧り付いてみると、(インドネシアらしく無く)ちょっとだけ甘くって、中にはチーズも練り込まれていて、生地はしっとり。なんだかんだ、結局全部喰ってしまった。なかなかイケる。なんて云う名前のケーキだろうか。もちろん、朝食はこれでやめにした。

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