山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

宿泊施設

白根御池山荘に泊まった翌朝は、4時過ぎに出発して稜線までは上がったものの、体調が優れない者がいたので小太郎山はさっさと諦め、下山に掛かる。ちょびっとだけ稜線の風を感じ、ガス渦巻く中に地蔵ヶ岳のオベリスクと、甲斐駒ヶ岳・仙丈ヶ岳もちらりと見え、多くの高山植物にも会えたのでまあ良し。
3,000mの稜線に上がるのに、1泊2日の弾丸ツアーは少々きつかったのかも知れない。鳳凰三山を眺めつつ、野鳥の囀りに耳を澄ませながら草すべりを下れば、いつのまにか再び白根御池山荘。もちろんビールが気になるところだが、ここで呑んでしまうとまた、もう1泊しなくてはならず(それも魅力的だけど)、ぐっと我慢して、デポした荷物を回収し、広河原を目指してさらに下る。
いくら標高が高いとはいえ、下るに従い段々暑くなる。暑くなるともうビール以外のことが考えられない。もどかしい時間が続く。やがて植生も変わればいつしか広河原の森の中。目の前に広河原山荘が現れた。その脇には自動販売機。ジュースだけでなく、ビールも並んでいる。ありがたや、ありがたや。さっそく頂こう。グビっと呷ればもう山登りは打ち留め。エゾハルゼミの大合唱が我々の無事帰還を祝福してくれる。
この小屋は昔からいつも登山道から横目に眺めるだけだった。この小屋が新築になった頃にも、只通り過ぎたことがあった。もう30年ぐらい前の話か。いつの間にかその小屋もだいぶ貫禄が付いてきた。声をかけたことは無いけれど、昔から顔だけは知っていたご近所さんみたいなものか。今回、漸く挨拶を交わすことができた。
調べてみると、近々、広河原山荘は野呂川の左岸へ移転し建て替えるらしい。3階建てにして風呂も作り、登山客だけでなく一般の観光客も泊まれる施設にするそうな。もう山小屋じゃあ無くなるわけだ。完成は2021年とのこと。山小屋の広河原山荘があるうちに、小太郎山をリベンジできるか。

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随分以前から、小太郎山が気になっていた。個人的には、その隣にある北岳にはもう食指は動かないが、小太郎山だったら行ってみたい。しかし、なかなか機会が無くずるずると時が経ってしまった。漸くやってきたチャンスだが、今回のプランは1泊2日の弾丸山行。果たして首尾良くいくか。
広河原から白根御池小屋までは、ずいぶん久しぶりだが土地勘はある。急勾配ながら2時間だけ我慢すればあとは楽チン。登り始めから久しぶりの雨に降られたが、順調に白根御池小屋に到着。なかなか綺麗でいい小屋だ。
今回、元々はテント泊のつもりだったが、雨じゃ気分も萎えるだろうと、小屋泊まりに切り替えていた。でも、どこかの高校山岳部の大パーティーは雨をものともせず、既にテントを張って食事の準備中だった。馬齢を重ねるとどうも億劫になっていかんな、と吾が身を振り返る。
我々は8人部屋を5人で独占。この時期ならではの優雅さと云えよう。受付の際、引換券を渡された。タダでジュースかビールと交換できるという、素晴らしいサービス。ジュースと交換するなんて、有り得ない。荷物を置いたらさっそく食堂へまっしぐら。ほんとにビールをくれた。有難く、グビっとやる。皆が持ち寄ったつまみもなかなか豪華。他の連中も次第に集まり、食堂は賑やかになった。
でも暫くしたら、準備があるので出て下さいとの告知があり、退散。我々も食事の支度にしよう。炊事場のひとつは高校生に占領されているので、もうひとつのトイレ脇へ食材を持って移動。我々には主婦が4人もいるので、小生は手出し出来ず、辺りをぶらぶら。食堂を覗いてみると演奏リハーサル中。そう、今夜は偶々山崎泰之氏の横笛コンサートがあるそうだ。料理が出来上がったので部屋に戻ってディナー。コンビーフハッシュを使ったパスタはまずまずだった。
ディナーのあとは、皆さん食堂へ集合し音楽鑑賞。雨が上がったようなので、小生はひとりぶらぶら、ひっそり静かな御池の周りを、夕暮れの散歩と洒落込んだ。(山の記録はこちら)

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今回、日光へやってくるに当たって、泊まってみたい宿があった。それは中禅寺にある「湖上苑」という名のホテル。1泊2食付、「益子焼で生ビール」プランでひとり13,400円(入湯税込、消費税別)。日光は、小学生の修学旅行を皮切りに何度もやってきて、様々な宿に泊まっているが、たいてい湯元に泊まることになるので、中禅寺界隈に泊まったことは無かった。
ここ「湖上苑」はホテルといっても、ペンションよりやや大きめ、プチホテルのような規模である。かつてはここにも某大使館の別荘があったらしい(当時の建物をそのまま使っているか否かは定かではない)。
中禅寺湖の直ぐ脇、中禅寺湖遊覧船発着所のすぐ隣。生憎の天気なので視界は100~200mぐらいだが、我々の部屋の窓の下には、本降りの雨の中、根気よく魚の当たりを待っている釣人が見えている。
白壁に木の柱や梁が剥き出しとなっている外観は、ヨーロッパアルプス的と云えなくもない。内装もどこか山荘風である。ここの風呂はもちろん、日光湯元から引いた温泉。源泉から10km以上も引いているせいか、湯はやわらかい感じで丁度いい具合。硫化水素臭も殆ど感じられない。
そろそろ夕食に時間になったので1階のダイニングルームへ。テーブルはほぼ埋まった感じ。外国人らしきカップルが一組だけいた。このホテルは家族経営のようである。受付に居たのはたぶん、大女将。食事中には、何人も女性が給仕に現れたが、男性は皆無。厨房で料理番なのか。とにかく皆さん、とても物腰が柔らかい。
ここの夕食は、虹鱒のから揚げ・オレンジソース掛けが有名。でもそれだけではなく、前菜の5種盛り(ゆば煮物、ゆば刺身、豚の鶏レバーのパテ、クリームチーズのたまり漬、サラダ)から始まり、きのこの豆乳グラタンまで平らげないと虹鱒は現れず、そのあともご飯とデザートは別にしても、ビーフステーキを喰わねば終わらない。それぞれ美味かったが、もちろん喰っているだけという訳にはいかないので、プランに入っていた益子焼ビアマグでビールを呑み干した後、日本酒も赤ワインもいただいた。腹は必然的にぱんぱんになった。
肝心の虹鱒は、確かにオレンジソースが際立っているものの、甘さは仄かに感じる程度、むしろオレンジの香りが虹鱒と良く合っている様に感じた。虹鱒は頭からしっぽ(尾鰭)まできれいに食べられる。なかなかの一品である。

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北アルプスなどの雪と岩、沢に熱中している時期には、樹木や草花に目が向かないと同様に、栃木や群馬など地方の寂峰なぞには見向きもしないものだが、他の者達と較べると小生は10代の頃からそのような中高年的嗜好に合う山にも関心があった。庚申山もそんな山のひとつ。
庚申山は皇海山の前衛峰でもあるので、皇海山をアタックするときに是非まとめて登りたいと思っていた。ところが昨今、不動沢を詰めて皇海山をアタックする安直なルートが開拓されたため、庚申山を経由して登るルートは篤志家の世界になりつつある。百名山を制覇するがために、安直なルートを登って満足するような輩に同調するつもりは無いものの、庚申山からアタックする場合は庚申山荘に2泊する必要があり、この40年間ずっとなかなか同行者が現れず二の足を踏み続けていた。
最近になって、とりあえず1泊で庚申山だけでも登っておこうかと考えていたところ、この頃庚申山の東側に延びる中倉尾根が俄然注目されている。なんでも「孤高のブナ」なる木があるらしい。興味が沸いたので、それを組み合わせることで行ってみようと計画したのが今回の山行だった(山の記録はこちら)。
そのために先ずは庚申山荘に泊まる。事前情報どおり、随分立派な小屋である。避難小屋としては最大級だろう。トイレは外だが、発電機付きのバイオトイレなので問題なし。寝具としては、多少湿っている感じはするが、布団もふんだんにある。
入って左側はテーブルがあるのでダイニングルームのような感じだが、祭壇もあるので祈祷室のようなところでもある。その奥の部屋を寝床と決め、女子連はお山巡り。小生はWOODYさんと共に、ダイニングテーブルで一杯やり始める。女子連が帰ってきたら早速すきやき。山で喰うすきやきは美味い。ふと外を見たらシカが草を食んでいた。我々の後から宿泊者がどんどん増え、結局今日は40人ぐらいが泊まったものと思われる。
この次にここへ来るのは勿論、庚申山から鋸山を経て皇海山をアタックするときだ。

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2日目は一切経山と東大巓を登って浄土平に戻るつもりだったが、吾妻小舎のオヤジさん(高橋さん)から、高湯に泊まるのであれば、一切経山からそのまま下ったらどうかとアドバイスをいただいたので、それもそうだなと思い、出発。
高橋さんは、ここ(吾妻小舎)から5時間もあれば高湯に着くだろうと、早く着き過ぎて時間を持て余すかも知れないような口ぶりだったが、豈図らんや、家形山への分岐を過ぎてからがウンザリするほど長かった。結局、小舎から今宵の宿、「静心山荘」まで7時間かかった。無積雪期ならばいざ知らず、5時間はかなりの健脚者でないと難しいと感じた(山の記録はこちら)。
それでも、宿に着いたのはまだ午後2時過ぎ。ちょうど外に出ていた女将さんの出迎えを受ける。中へ入るとご主人と愛犬もお出迎え。まるで某テレビの「人生の楽園」に出てきそうなご夫婦である。
今日は陽気が良いのでだいぶ汗をかいた。直ちに風呂に入りたいところだったが、それよりも何よりもビールを呑みたい。ご主人に早く呑ませてくれと強請る。
ビールを呑み干してひと安心したら、次は風呂だ。ここは自前の源泉を持っているとのこと。風呂場は渡り階段を上がったところにあって、宿の母屋も庭も見下すことができる。ご主人自慢の湯船と床はすべて木を使っていてとても味わいがある。三斗小屋温泉大黒屋の風呂を彷彿させる。もちろん、小生だけの貸切状態。身も心もさっぱり出来た。
その後、部屋でちびちびワイン等を呑んだ後は、いつの間にかもう夕食時。1階の食堂でいただく。女将さんの手料理が後から後から現れて、全く以て勿体ないことだが結局喰い切れなかった。これで1泊2食付9,330円(税込)は安過ぎる。

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ゴールデンウィーク明けのこの時期、浄土平を越える磐梯吾妻スカイラインには路線バスは走っていない。5月に入ると運行されるようになるが、それも一日二便のみ。しかも、何故か一方通行で、浄土平から野地温泉方面へバスで行くには、一旦、福島駅まで出て次の便(次の日)の乗らなくてはならない。つまり、バスではその日のうちに野地温泉には辿り着けない(!)という、超ローカルな領域である。これじゃ、誰もバスを利用しないだろう。小屋番の高橋さんに云わせると、「便数を減らしたので客が減った」という負のスパイラルに陥った結果らしい。
そんな状態なので当然、我々は福島駅から浄土平までタクシーを利用するつもりだったが(事実、予約もしていたが)、前日になって小屋番の高橋さんから連絡が入り、福島に用事があるからその帰りに乗せてくれる!とのこと。まさに願ったり叶ったりだった。
東吾妻山に登って浄土平レストハウスでビールを呑み、ふらふらと吾妻小舎に戻った。今日の宿泊客は、我々以外にお二人の男性だけ。そのうちのひとりは喜多方の山の会の方で、他のメンバーよりも一日早く小屋にやってきたとのこと。一升瓶(喜多方の地酒「弥右衛門」)をどんとテーブルに置いて、「好きに呑んで下さい」と云い残したまま、微温湯温泉に入ってくると車で出掛けて行った。
流石に勝手には呑めないので、持参した酒をちびちび呑んでいるうちに夕食タイム。正直云って、ここの夕食は、山小屋にいることを忘れる程だ。確かに業務用車は小屋の前まで乗り付けることが可能だが、ここは全くの山の中。夜は、ここ以外、半径数km以内にヒトはいなくなる。こんな贅沢はなかなか出来ない。
夕食後は、他のお二人も含め「弥右衛門」をいただく。そのうち、高橋さんも仲間入りして、色々興味深い話を聞かせてもらった。朝起きたらちょっと胸やけ。良く覚えていないが、些か呑み過ぎたようだった。

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今を去る43年前、高校山岳部で初めての冬山トレーニング山行が大菩薩嶺北尾根だった。午前中の授業を受けたあと、青梅線と西東京バスを乗り継いで丹波まで向かった。金のない高校生なので、終点から青梅街道を西へへこへこ歩き、三条新橋を経て北尾根に取り付いた時点で概ね夕刻。篠竹に覆われた藪尾根を漕いで、僅かに平らな部分に無理矢理テントを張った。その時点では、翌日は裂石まで抜けられるものだと何の疑いも持っていなかった(なにしろ一年生なので)。ところが次の日、登るにつれ急斜面の藪の上に雪が積もっている状態となり、藪漕ぎしながら一歩登って半歩ずり落ちることを延々と繰り返すはめに。気が付くと、いつの間にかまた夕刻。結局、山頂へ抜けられぬまま、またテントを張った。後にも先にも、ひとつの尾根に10数時間もがき続け、抜け切れなかったのはこの時だけ。篠竹の藪漕ぎは強烈な印象となった。
あれから時は過ぎ、大菩薩嶺北尾根のことはすっかり忘れていたが、ある時偶々目にした「静かなる尾根歩き」(松浦隆康著、新ハイキング選書)に、紀行文が載っているのに気が付いた。読む限りまだ篠竹はあるようだが、無積雪期だったら日帰りができると紹介されている。時代は変わったものだと思っていたら、この頃WEBを見ると、もうすっかり篠竹は枯れてしまったとのこと。この現象はこの尾根に限ったことではないが、これならば再び大菩薩嶺北尾根をアタックしてみようかという気になった。
結果、天気が危ぶまれたが、なんとか降られずに済んだ。三条新橋から大菩薩嶺山頂まで、休みを入れて5時間半。篠竹は殆ど見当たらず、あっても枯れた残骸だけ。踏み跡を見失うことは余り無く済んだ。43年前とは比較にはならないが、それでもたっぷり登り応えはあり、充実の山行だった(山の記録はこちら)。
山頂から下りたら、今宵は「ロッジ長兵衛」で一泊。着いたら何をさて置いても先ずビールをいただく。実は、ここに泊まるのは今回初めて。ログハウス調でなかなか趣きある雰囲気である。客は、我々以外に若者3人グループと、広島から来たという熟年単独行だけだった。風呂があって有り難いが、湯の出が悪くやや寒い思いをした。
暖房器具は1階にある薪ストーブだけなので、自然とそこに集まるようになる。夕飯は、地のものも添えられてバリエーション豊富。これで1泊2食付8,000円はお値打ちだと思う。またぜひ来たいが、まだ「福ちゃん荘」に泊まったことが無いので、とりあえず次はそちらだろう。

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今回、幹事を仰せつかって、伊香保温泉の宿を予約することになったのだが、宿を決めるための判定基準があるようなないようなで、これが難しい。各人の希望は微妙に(部分的には大きく)異なり、これらを満足する最大公約数的な宿は、有るようでなかなか無い。
当然、安いのに越したことは無いが、「大江戸温泉物語グループ」や「おおるりグループ」、「伊藤園ホテルズ」等の格安ホテルチェーンの宿にするのも気が進まない。ビュッフェスタイルで、カニとかローストビーフとか人気メニューに大勢群がっているところへ、割って入るほどの気概(≒アドレナリン分泌)は持ち合わせていない。できれば、もうちょっと優雅に夕食を取りたい。
とりあえずつらつら探すと、伊香保には「おおるりグループ」の宿は無いと判り、ひと安心。「伊藤園ホテルズ」は「金太夫」に泊まったことがあるので、ここは外すこととして、それ以外で何処か無いか、予約サイトを検索してみた。すると目に留まったのは、「古久家」のひとり一万円ぽっきり(税別)の期間限定格安プラン。通常期の価格は一万五千円とのこと。これならば苦情も出ないだろうと即、予約した。
ちなみに、途中で宿泊人数変更があったのだが、予約サイトで人数変更する場合、一旦、予約をキャンセルし、新規に予約し直す必要があり、随分厄介だ。しかも、一旦キャンセルした直後に、誰かに割り込まれる可能性だって無きにしも非ず。
「古久家」からは、以前泊まったことがある「金大夫」が目の前だ。反対側(客室)からは、赤城山が良く見える。夕食は食事処「湯山亭」へ。料理は先付からデザートまで全10品。しかし、量は程々だったので、ご飯(釜飯)を含めてもなんとか食べ切れる、基礎代謝が少なくなってきた者に良い具合だ。皆さんにも満足してもらえたと思う。肝心の温泉も、最上階(6階)にあるので眺めは申し分なし。もちろん、湯も如何にも伊香保らしい(尻が真っ赤になる)、いい湯だった。

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日白山に首尾良く登頂を果たし、宿場の湯で温まった後は、路線バスに乗って元橋バス停下車、平標茶屋に移動する。バスには、意外に多くのスキーヤーが乗っている。いまどき、自家用車でやってくるのが普通だろうと思っていたが、聞くところによれば苗場スキー場からかぐらスキー場まで、スキーとゴンドラで移動し、またバスで戻るという客がいるらしい。
昨年、平標山に登った際、平標茶屋に泊まる予定だったのだが、宿泊客が我々だけだったため、同じ系列のホテル・エフに泊まって下さいと宿にお願いされ、宿泊が叶わなかったのだが、今回もしつこく予約を入れたせいで、やはり今年も我々だけだったが、上手い具合に泊まることができた。
1階に薪ストーブの土間と、一段上がったところに食堂、2階に客室という配置。以前は外国人が別荘として所有していたそうである。洋風の飲食店だったこともあるようで、それが証拠に、食堂にはいまでもスポットライトやミラーボール等が設えられているのだ、全体的には落ち着いたログハウス調である。
到着して荷物を整理したら、薪ストーブの周りに集まって夕食前に一杯やることにした。ビールが呑みたいと所望すると、「(ホテル・エフへ)取りに行ってきます」と云って車に乗って走っていった。ここで待たされるとは思わなかったが、まあいいか。薪の火を眺めているとそれだけで和める。外は寒風吹きすさぶ三国街道。
ビールがやってきて、改めて登頂を祝し乾杯。いい気分になっていると、すぐに夕食の準備ができたとのことで、食堂へ移動。今日のディナーはトンカツだった。そう云えば、昨年、ホテル・エフのディナーはカツカレーだった。やはりここは若者向けメニューである。ここ、平標茶屋にはスキー合宿の学生などは来ないだろうと思っていたら、将棋や囲碁サークルの学生がやって来るそうだ。学生のときからこんな宿に来られるとは羨ましい限りだ。

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今回は、白樺高原国際スキー場から歩いてせいぜい5分の、とても便利なところにあるペンション「エソラ」に泊まった。この界隈には十数軒のペンションが建っていて、ちょっとしたペンション村となっている。宿泊客は我々以外、全てスキー目当ての家族連れ。今に始まった訳でもないが、ペンション利用の登山というスタイルが流行りではないことだけは確かだ。我々が到着した時には、駐車場には全く車が止まっていなかったが、翌朝見ればほぼ満車状態。皆さん、歩いても直ぐのスキー場へ、車に乗って行っていたようである。
蓼科山から下りて、スキー場にあるレストラン「ストリーム」で祝杯をあげたあと、「エソラ」に戻って直ぐに一番風呂に入る。さっぱりしたら、ビール自販機で缶ビールをゲットし、部屋に戻って独りぐびぐび。その後は、持ち寄ったつまみとワイン、日本酒で今日の山行をリフレイン。
夕食はフレンチスタイルのフルコース。各々ポーションが小さいので、デザートまでしっかり食べ切った。最後にご主人が現れて、テーブル毎に挨拶して回る。随分とご丁寧だ。到着時は女将さんだけで、ご主人とは顔を合せなかったので、何となくヒッチコックの「サイコ」を連想してしまったのだが、それは単に小生の妄想に過ぎなかった。必要以上には客と接しないというスタイルを貫いているのかも知れない(何処かのペンションとは大違い)。
朝食にはホットサンドウィッチが出てきた。ペンションではたぶん初めて、美味かったのでペロリといただいた。
今回、我々が泊まった部屋は、和洋室(洗面・トイレ付)で1泊2食付9,900円の部屋。今まで泊まったペンションとしては、高い方かなと思い、調べてみると次の通りで平均価格は9,455円、まあ普通だった。
・野辺山/ドライブ気分:8,000円
・玉原/もるげんろーて:9,720円
・神城/アビーロード:記録なし(しかも既に廃業しているのでネットでも調べられず!)
・玉原/アップル館:9,612円
・清里/ベリーベリー:9,500円
・甲斐大和/すずらん:8,600円
・峰の原高原/ひらた:9,504円
・戸隠/白樺荘:10,800円
・女神湖/エソラ:9,900円
このちゃん指標では8,000円超のペンションは高額に分類されるが、結果的に我々はまだ8,000円未満のペンションには1回も泊まっていない。もっと人気が低い地域に行く必要があるのだろうか。何処か、登山に便利で8,000円未満のペンションをご存じの方、是非ご一報願いたい。

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今回の宿は、戸隠スキー場の一つ手前のバス停、「越水ヶ原」の目の前にある「白樺荘」という宿。いわゆるペンションなのだけれど、部屋は畳敷きなので、民宿的雰囲気もある。夫婦二人だけでやっているようなペンションとは違い、部屋数も多くかなり所帯が大きいが、スキー場の目の前にあるようなペンションとしては普通なのかも知れない。従業員はやはり家族一同(3歳の可愛い娘も含め)が切り盛りしているようだ。若女将を始め、皆さん接客が大変ソフトである。食事は和洋折衷、品数も程々で有り難い。
日本野鳥の会協定施設で、「鳥の宝庫である戸隠森林植物園に一番近い宿」というのがこの宿のキャッチフレーズ。我々の部屋の窓からは小川が流れている林が見えるが、雪解けになると水芭蕉で埋め尽くされる処のようである。
ところで今回、我々が利用したスノーシューは、この宿が所有しているものではなく、近所にある「小鳥の森」という名のイタリアンレストランだった(ここの飼い犬がとても人懐っこい。ちょっとだけ遊んであげた(⇒こちらをご覧あれ)。セッターかと思ったら、HPを見る限り「ROSSO」という名の若いボーダーコリーとのこと)。旧タイプのMSRライトニングアッセントは、ベルトのストッパーが女性の力では些か止め難い(小生も、素手でないと困難と実感)こともあり、その店まで行って交換してもらった。
小生はマイ・スノーシューなので問題はないが(とは云っても、今回のように自己メンテナンスは必要)、レンタルする場合には、毎度、皆さん装着に難儀している。それは、せいぜい年に2,3回程度しか履かないせいが大きいものの、スノーシューの種類がまちまちで、装着方法が其々異なるということも影響している。ちなみに、女子連(といっても経験者は2名のみ)に人気なのが、ラチェット式のMSRライトニングエクスプローラーだ(ちなみに定価は39,000円(税別))。

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白樺荘のHP: こちら

今回の旅のきっかけは「雪見酒を呑みたい」と、テキサスで思い付いたことによる。自然の変化に乏しい処にいると、そんなことも考えるようになるものだ。その時に先ず頭に浮かんだのは、松之山へ行こう、というものだった。
以前より、松之山が豪雪地帯であることは知っていたので、12月であってもそれなりに積もっているだろうと踏んでいた。なかでも「凌雲閣」という名の旅館は、木造3階建と聞いていたので一度泊まってみたかった。昨今は、松之山は鳥見の地として有名だそうで、ヤマショウビン氏の一行もここに泊まったとのことだ。
まつだい駅あたりでは、思ったほどの積雪ではなく、やや当てが外れたかという感じだったが、「凌雲閣」に近付くと次第に雪の量が増え、まずまず。宿に着くころには雪も降って来て良い感じだ。木造の本館は昭和13年建築とのこと、となると約80年前ということになる。古びているとはいえ、館内は手入れが行き届いて気持ちが良い。我々の部屋は3階。窓の外の冬景色も申し分ない。
早速、風呂へいく。風呂は木造の本館ではなく、鉄筋コンクリート造の別館にある。少々残念な感じだが、湯はなかなか良い。自家源泉で84℃、ナトリウム・カルシウム塩化物泉とのこと、なめてみると確かにちょっと塩辛い。地殻変動で地下に閉じ込められた海水が含まれているらしい。
風呂から上がったら、早速ビールを調達し、部屋の窓から雪見酒(ビール)と洒落込む。これで、日本に戻ってきたことを実感する。ひと息ついたらもう夕食。再び別館へ移動。今回の宿泊プランには、利き酒セットが付いていた。これで雪見が出来たら最高なのだが、食事処からは外が見えないのだ。誠に残念!

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凌雲閣のHP: こちら

「アタミ・シーズン・ホテル」に滞在。部屋で少々呑み喰いしたらもう、夕食の時間。食事処は4階。5分前ぐらいに行ってみると、既に行列ができている。早い者勝ちで、何かいいことがあるとも思えないのだが、いつの間にか行列は通路に並びきれない程になる。一刻も早く食べたいということか。ダイニングレストランの扉は、定刻よりやや遅れて開いた。
席は決まっていたので、並ぶ理由が判らない。食事はやはり、従業員が少なくて済むビュッフェ形式。9つに区切られたプレートを持って、喰いたい料理を喰いたいだけ取り、指定されたテーブル席へ。呑み物もビールやら焼酎やら、ひとそろいある。好みは別として、好きなだけ酔えるのは間違いない。それでも大抵の客は、呑み気よりも喰い気のようで、料理コーナーには群がっているが、呑み物コーナーは閑散としている。ならば生ビールをいただこう。
料理のバリエーションはかなり豊富で、とても全てを味見することは出来そうにない。味もまずまず美味い。これで11,500円はちっとも悪くない感じ。しかしこの頃は基礎代謝がますます低下しているせいか、ちょっと食べただけでもすぐに腹いっぱいだ。アユラシはそのところをしっかり押さえていて、最初からカニ三昧だ。ここは、カニも食べ放題、「伊東園ホテルズ」の共通料金7,800円と(伊香保温泉「ホテル金太夫」も食べ放題だったが、何故かカニコーナーには見張り番がいて、取り過ぎに目を光らせていた)、ここ「アタミ・シーズン・ホテル」の11,500円の違いを感じる。ビュッフェスタイルなのだから、細かいことに目くじらを立てずに好きにさせた方が良い(勿論、食べ残しはルール違反)。
食事の後は、手回しが良いアユラシがカラオケ部屋の予約までしてあったので、みんなで揃って行ってみた。カラオケなんてものすごく久しぶりだが(たぶん、前回は隊長とタマちゃんあたりと)、何となくこれでとても熱海の夜らしい気分になった。

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今回の忘年山行の宿は「アタミ・シーズン・ホテル」。かの「伊藤園ホテルズ」グループの一つで、個人的には伊香保温泉の「金太夫」に次いで2軒目。「金太夫」は大方の「伊藤園グループ」と同様、365日いつでも1泊2食付き7,800円の均一料金だったが、ここ「アタミ・シーズン・ホテル」は違っていて、時期と部屋によって異なるらしく、今回は一人約11,500円と、ワンランク上の料金体系になっている。
「伊藤園グループ」の宿は、熱海には他に5軒もあって、それらのホテルと熱海駅を結ぶ巡回バスが、定期的に走っている。いつの間にか、ここは「伊藤園グループ」の一大拠点になっていた。熱海に泊まるのは、30年ぶりぐらいだろうか。大学の同期生と共にKKRの宿に泊まったのだが、そこは木造2階建ての古風な宿で(宿の名前は忘れた)、また泊まってみたいくらいだが、残念ながら今はもうその建物は残っていないそうである。
我々の部屋は8階のテラス付き和洋室。高台なので、熱海の街が見渡せる。熱海は平地が殆どなく、かなり高い処までホテルやマンションが建っていて、もうちょっとシャレた建物であれば、地中海のリゾート地を彷彿させなくもない。
大浴場は設えはそれなりに充実していて、我々がよく利用する日帰り温泉より明らかにグレードが高いが、「大」というほどの大きさではなく、窓もないのでビジネスホテル的大浴場の印象。さっぱりしたら、自動販売機で缶ビールを買って、部屋に戻る。ビールを呑むにはやはり、テラスがよろしかろう。少々寒いが、この眺めを肴に呑むビールはひと味違う。これだけで、「金太夫」とはだいぶ違う印象だ。

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小生を除く3人は、"Orleans Grapevine Wine Bar & Bistro"を出た後、さらに呑みに行ったとのこと。何やら妖しい店(ポールダンサーがいた、ということまでは聞き出した)にも入ったらしいが、ぼったくられることもなく無事、12時半過ぎにホテルに帰ってきたようだ。それにしても、飽きもせず良く呑むものだと感心する。一方、小生は10時過ぎに帰ってそのまま、朝7時頃まで久々の快眠。
ところで、今回泊まった"Holiday Inn Express New Orleans Downtown"は、1泊朝食付きでツインルームが95.5ドル。一人あたま$47.75ということ。ゴルフ4人組はもう1泊するのだが、今晩(24日)の泊まりはなんと料金が3倍(≒$150)になるという。$47.75だと割安感を感じるが、$150だったらべらぼうだ。
23日、すなわちサンクス・ギヴィング・デーだと宿泊需要が少ないのは、我々日本人には少々判り難いが、基本的には家族は皆、家で七面鳥を喰うことになっているらしい(しかし、七面鳥はサンクス・ギヴィング・デーに限らず、年中喰われていると思う)。つまり行楽のためではなく、家に集まるための祝日ということ。日本で云えば、やはり盆と正月に当たるかも知れない。
8時過ぎにひとりで、1階のレストランへ行く(同部屋のアラフィー同行者は爆睡中)。こんな時にホテルに泊まっているのは(我々のように)アメリカ人ではないだろうと予想をつけていたが、必ずしもそうでもない感じ。たしかにメキシコ系の家族や、インド系の若者たちもいる一方で、アメリカ人らしき中高年夫婦もちらほら。レストランは、完全セルフサービスのビュッフェ形式。たいした喰いものははないが、ベーグルとオムレツとターキーソーセージを喰らう。コーヒーは、殆ど香りが無く、「苦い水」と云っていいレベル。それでもターキーを喰うことができたので、なんとなく年越し、じゃなかったサンクス・ギヴィング・デー気分を味わえた。

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Holiday Inn Express New Orleans DowntownのHP: こちら

基本的に、クラシックな木造旅館が好きである。それはカミさんも同じなので都合が良い。木造三階建てなどは、見ただけで痺れる。これまでにもいくつかその手の旅館を訪れたが(最近では箱根・小涌谷温泉の三河屋旅館)、未だ泊まったことがないが気になる旅館がいくつも残っていて、ここ、四万温泉の「積善館」もそのうちの一つだった。ここの本館は、なんと元禄四年(1691年)の建築という。
昨今は、「千と千尋の神隠し」に出て来る油屋のモデルの一つとして認知されたようで(でも小生に云わせれば、宿の入り口にある、赤い欄干の橋だけが何となくそれっぽいというだけで、建物は「油屋」を連想させるようなところはない)、単に建物を見物に来る客が結構目立つ。
ところで、海外からの旅行客にとって、日本旅館はハードルが高いらしい(そんなニュースがこちら)。曰く、長期滞在に不向き、ファミリー層に不向き、ルームサービスが不十分、「夜のエンターテインメント」がない、老朽化が目立つところもある、云々。我々にとってはまことに結構なことである。今後も、海外旅行客に不便であり続けてほしい、勿論、潰れない程度に。
ここ積善館も、典型的な日本旅館のせいか、それともかなりの山奥にあるせいか、海外からの宿泊客は少ない。食堂でそれらしき夫婦一組を見掛けただけだ。本館は一般的な旅館と違って、湯治宿の雰囲気を保っていて、部屋までの案内はしないとか、布団の上げ下ろしはセルフなど、サービスは必要最低限。そのため料金も1泊2食付きで7,500円と、かなりリーズナブルになっている。料理だって十分だ。尤も、これは「本館」に限った話で、山の斜面に沿って「山荘」、「佳松亭」と別棟の建物が連なっていて、「佳松亭」では2万円は下らないらしい。さぞかし料理はそれなりに豪華だろうが、そもそも小生はそんなに量はいらないし、建物も鉄筋コンクリート造なので風情はだいぶ異なる(風呂は奇麗だった)。
本館の佇まいはまったく申し分なしだが、我々の客室あたりは一部、コンクリート造りとなっている
のが少々残念。新耐震基準への対応を余儀なくされたのかも知れぬ。一方、本館の一階にある「元禄の湯」は極めてレトロで、これだけでも来た甲斐がある。出来れば何日か湯治してみたい。

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積善館のHP: こちら

寿和温泉から帰ってきたら、ちょっとゆっくりしているうちに、まだ明るいがもう夕食どき。囲炉裏の間の外にある廊下の奥には、火鉢と座布団が一つ。のんびり外を眺めるには丁度良い設えだが、訊けばこの座布団、なんと猫用だそうだ。
確かによく見ると、座布団に猫の足跡が付いている。その猫、たしかにこの建物を自由に出入りしているが、野良猫だそうである。野良猫なのに、専用の座布団が設えてあるとは随分と待遇が良い。羨ましいくらいである。その猫、我々の顔を見るとニャーニャー鳴くが、なにか食べ物をあげようとすると逃げていく。野良猫のくせに贅沢に慣れているとみえる。
さて夕食。今日の料理も豪勢だ。どれも美味しいが、とても全て食べきれる自信がない。ご飯まで辿り着くのは到底不可能である。ともあれ、守門岳登頂を祝して乾杯だ。守門岳はなかなか大きな山だったのでその分、充実感も大きい。日本酒を頼むと、巨大な片口で出てきた。
外はいつの間にかとっぷり暮れたが、田舎の夕闇もなかなか風情がある。入広瀬駅19時15分発の下り最終列車がやってくる。車窓を見る限り乗客は見当たらない。こんな時間でもう最終電車とは驚くが、最終電車に誰も乗っていないのも驚くし、そこはかとなく物悲しさも漂う。東京近郊であれば、きっとヨッパライ達が管を巻いている最終電車とは大違い。
翌朝は朝食もゆっくりにしてもらい、食後も10時近くまで、ぶらぶらうだうだ。女子連は散歩。小生は、時折、部屋に入ってくる朝の冷気を感じながら、ごろ寝で読書をして過ごす。ゆっくり流れる田舎の時間を楽しんだ。

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今回の山旅の主目的は残雪の守門岳。電車利用だと、1泊で登ることはやや無理なので、山麓の入広瀬に2泊することとなった。宿は、只見線入広瀬駅の目の前にある「手仕事手ほどき館」という変わったネーミングの建物。NPO法人「風小僧」が運営している体験交流型宿泊施設とのこと、いわゆる民宿とはかなり趣が異なる。
ところで入広瀬駅前の平均公示価格は、1.4万円/坪で全国5110駅中で5092位。実勢価格としてもせいぜい2万円/坪ぐらいだろうか。上ものは、ダタみたいなものだろうから、買う気になれば100坪ぐらいだったらいつでも買える値段だ。ひとりあたま10万円ずつ出して一軒買って、山荘にでもしたいところだが、年がら年中、守門岳やら浅草岳に登るわけにもいかないし、日ごろのメンテナンスをどうするかが悩みどころか。
初日には先ず下権現堂山へ登るため、着替えや酒など、さしあたり不要な荷物を置くために宿に寄る。列車を降りて駅舎に向かおうとすると、宿の人がこっちと手を振っている。宿は駅舎と反対側にあった。反対側に出口はないので、最寄りの踏切までぐるっと遠回りする必要があるかと思いきや、宿の人がそのままお出でと手招きするので、そのまま線路を横断。東京近郊では考えられないが、まあ、1日4往復しか走っていないので、さもありなん。
下権現堂山から戻ってきたあと、改めて宿に入り、建物の中を徘徊。ここは、200年以上も前に建てられた民家とのこと。東京近郊の安普請と違い、かなり立派な建物である。玄関を入って右側には道具置き場、その奥が広い、吹き抜けの土間がある。左手に囲炉裏が切ってある居間兼食事処。その奥は女子部屋。男子部屋は急な階段箪笥を上がった中二階。角部屋で昼過ぎは日当たりが良くぽかぽか。窓の外は田んぼ。堪らず昼寝がしたくなる。
まだ夕食まで時間があったので、日当たりが良い男子部屋で、酒とつまみを持ち寄って小宴会。日本酒をちびちびやる。時は5月、もう田圃に水が入ったせいか、軽やかなかじかの鳴き声も聞こえてくる。全く長閑。俗世間のことはもうすっかり忘れた。山登りに来たことすら忘れかけている。

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西吾妻山で自然の力に阻まれ無残に敗退しても、宿に戻ればもうすっかり山のことは忘れて湯治客気分。今宵の宿は白布温泉「中屋別館不動閣」。白布温泉は、開湯から今年で706年とのこと。かつて中屋には、ちょっと離れたところに藁葺屋根の本館があったのだが、2000年に隣りの東屋と共に焼失してしまったため、現在は別館のみの営業となっている。ここのご主人はかなり話し好きで、我々をなかなか開放して呉れない。
我々の部屋は、黎明館というコンクリート造りの建物の2階。女子部屋は「柊」で、男子部屋は「楸」と書いてあった(この宿ではこれで「あき」と読ませるらしいが、実際になんて読むのか判らなかったので、調べてみると「ひさぎ」。木の名前で、アカメガシワの古名)。
デポした荷物を回収した後、「楸」の部屋に入り、長押に掛けたハンガーに濡れたウェアを干したら、先ず風呂だ。内風呂は、無闇矢鱈に細長い。オリンピック風呂と名が付いているのが頷ける。源泉は56.8℃もある正真正銘の温泉だが、湯船は丁度良い湯加減。冷え切った身体が、しゅわしゅわと融けていくようだ。
風呂上がりは部屋でビール。持ち寄ったつまみも広げて、皆で暫し敗退山談義。そうこうしているうちに夕食の時間になり、食事処「あづま」へ移動。我々の「楸」があるフロアが2階だとすると、食事処は地下1階に相当する。堀り炬燵式テーブルはずらり10数卓並んでいるので、結構、宿泊客がいるのだと判る。
最初の呑みものはやはりビールだが、予め地酒の利き酒セットも頼んでおいた。出て来た「羽陽富久鶴」も「東光」も、米沢の酒。「羽陽富久鶴」は初めて呑むが、蔵元は「雅山流」も醸す進藤酒造店。「「雅山流」」はフルーティで今どきの味だが、「羽陽富久鶴」は骨太な昔風の味わいだ。
料理は、食べ切るのがやっとのボリュームでどれも美味い。米沢牛かどうかは判らないが、ちゃんと牛肉の陶板焼きもある。派手さが無いのがかえって好ましい。給仕して呉れる女性も、如何にも山形の人情に溢れている感じで良い。これで1泊2食付9,000円は、はっきり云ってお値打ちだと思う。また、西吾妻山へリベンジしに来る際はここに泊まりたい。

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今回の山旅は平標山。残雪期に日帰りで登れる山としては、アプローチの点から見ても最善の山ではなかろうか。尤も、雪質次第では途中で断念も十分ありえると覚悟の上。今回は山スキーを履いたグッチー師匠も参加していただいた(山行記録はこちら)。
登山口からは、「平標山の家」への夏道の左にある小尾根を登る。トレースは僅かにある。多少の緩斜面はあるもののほぼ一貫した鉄砲登りが続くので、極めて効率が良い。雪質は腐っておらずまずまずだが、堅雪の上に数センチメートルの新雪が乗った状態。たとえスノーシューを履いたとしても、小生が歩くとその新雪の分、確実に沈むが、女子はその上でミズスマシの如く、すたすたと登っていける。随分とハンデがある。
日中はほぼ良い天気。稜線上はそれなりに風が有ったが、意外と効率よく平標山に着いた。目の前に見える仙ノ倉山が、夏の景色とはまた違った風格がある。苗場山も良く見える。眺めに気を取られてじっとしていると、流石にジンジン冷えてくるので早々に下山。グッチー師匠は気持ち良さそうにすーっと下っていく。
今宵の宿は「ホテル・エフ」。元々は、もっと越後湯沢寄りにある「平標茶屋」に泊まる予定だったが、我々以外に泊まる客が無く、かつ経営が同じ「ホテル・エフ」での客対応が忙しいとのことで、宿にお願いされたため同意。「平標茶屋」は良さそうな雰囲気だったので、またの機会に来てみよう。
「ホテル・エフ」は苗場スキー場が目の前。外観も中身も典型的なスキー客向けの宿と云う感じだった。先ずはジャグジー風呂に入ってみたが、薄暗くて洞窟風呂の雰囲気も味わえる。夕食はビーフシチュー。生ビールの後に日本酒(高千代)も頼んでみたが、さすがにシチューとの相性はいまいちだった。タダで苗場スキー場の花火を眺められるのはなかなかだ。

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