山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

宿泊施設

今回、蔵王山アタックのベースキャンプとして選んだのは「ビーハイヴ」という名のペンション。蔵王温泉街をベースにするならば、老舗温泉旅館(出来れば木造三階建)でもあれば泊まってみたい感じだったが、普通の旅館は一寸高すぎて手が出ず、結局リーズナブルなペンションに落ち着いた。
場所はバス停にもロープウェイにも日帰り温泉施設にも近くて利便性抜群。建物は白木造りの山小屋風、なかなか凝った造りである。1泊2食付き11,500円は、今まで我々が泊まったペンションの中では最高価格だが、冬場は暖房費が嵩むだろうからこんなものだろう。和室は無く、全てツインベッドルーム。
ここはとても話好きな(というか、喋くり好きな)女将が一人で切り盛りしている宿。スキーシーズンのみの営業だそうで、今シーズンは開けるのを止めようと思案していた矢先に我々が予約を入れたらしく、全くの貸し切り状態となった。女将さん曰く、ここは現皇后が学生時代、スキー合宿の為に泊まったことがあるという、由緒正しい(?)ペンションなのだった。
1日目はホワイトアウトで蔵王山を敗退し、日帰り温泉で温まった後、部屋に戻って地ビール(月山ビール)で失意の乾杯。冬季の蔵王山は気象条件が厳しく、そう易々とは登らせて呉れないとは分かっていたものの、再び身を以て体感したことになる。女子2名は明日の方が天気が良さそうだと、既にリベンジするつもりになっているが、Woodyさんはもう十分という感じ。小生は明日は明日の風が吹くと、是々非々の境地。
ディナータイム。当然、ダイニングルームも実質的に貸切。喋くり女将はほぼダイニングルームにとどまり続け、我々と喋くりに夢中。でも酒にはとんと疎いようで、出してくれた日本酒の銘柄を訊いても判らず、その時だけ厨房に戻った。銘柄は「霞城寿」という、地元の酒だった。

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1泊2日の戸隠ツアーを計画するに当たり、何処へ泊まるか選択肢はいくつもあったが、結局のところ車で送り迎えしてくれるという点がツアーコンダクターなおちゃんとしてはポイントが高く、今回の宿泊拠点も2年前と同様、ペンション「白樺荘」で決まり。朝、長野駅からバスで到着し、余計な荷物を宿にデポしたら、早速、戸隠スキー場まで送ってもらう。
目出度く飯縄山登頂を果たした後は、「シャルマン戸隠」でお疲れさんビールを呷ってからまた、送迎車で「白樺荘」へ戻る。この時期、宿泊客の大半はスキー目的だが、珍しく我々以外に飯縄山に登るご夫婦もいた。ここ数日間は悪天候だったので(そのお二人はおかげで一週間も滞在したと!)、快晴の今日は満を持して登ったとのことだった。
部屋は、前回は別館だったが今回は本館の2階。荷物を整理したら、2年前の記憶を辿りながら、別館にある風呂場へ向かう。ここはペンションにしては、ゆったり大きい風呂場なので寛げる。ほんのちょっとだけ長風呂。さっぱりしたら、皆が持ち寄ったワイン、日本酒、つまみを並べて、暫し部屋呑みで、うだうだする。ひと仕事(?)終え、さっぱりして呑む酒で、身体も弛緩し頭も空っぽになったこのひと時が気持ちイイ。
夕食時になったので、ゾロゾロと1階の食堂へ移動。さて呑み物は何を頼もうかと考えていた時、なんと、との~からのサプライズ酒の置き土産があって皆、吃驚。とても呑み切れない量だったので、奥のテーブルで盛り上がっていた、某会社のスキー部の集まりにお裾分けした。2年前の料理は和洋折衷だったが、今宵は和食中心だった。その2年前、給仕をしてくれた可愛い娘さんがいたが、既に人見知りする年頃になってしまったようで、最後まで顔を見せなかった。
この宿の裏手には、水芭蕉が咲く湿原があると云う(この宿のポスターにそんな写真がある)。今度は、水芭蕉が咲き乱れる頃に来るのも良さそうだ。

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今年の年越しの宿と決めたのは、檜原村のどん詰まり、数馬にある「兜家」。武蔵五日市から乗ったバスは、我々を含めて4人。他の2人は一見、若者カップルのようだが、女性はどうも日本人ではなさそうだし、男子はなんとなく連れてきただけのような態度。こんな大晦日の山の中で、不思議な組み合わせに見える(勝手な妄想です)。彼らは途中で降りていった。何処へ行くのだろう。どうでもいいけど。
終点の数馬バス停から宿までは暫し上り坂があって、歩いて15分ぐらいかかる。途中には22品膳で有名な「三頭山荘」があるが、人影は全くないので果たして営業しているのかどうかと訝しい感じ。やがて目印の茅葺が見えてくる。
茅葺屋根の宿という触れ込みの兜家旅館、しかし泊まった部屋は新館なので、和モダン。茅葺屋根の建物に泊まれるのかと期待していたのでちょっと残念。でも部屋に囲炉裏が切ってあるのでまあ良い感じ。部屋にテレビが無いのは、先の「星のや」もそうだったし、同じく大晦日の晩でいえば箱根の「俵石閣」に泊まって以来だ。
訊けば大部屋に大スクリーンのテレビがあるというので、夕食の後、生ビールを持って行ってみると、誰も居なかった。他の泊り客の皆さん、紅白歌合戦を見たいとは思わない様子だ。それともここに来る輩は抑々テレビが無いことを求めているのか。分かっちゃいないのは我々だけかも知れない。カミさんはおしまいまで見たようだが、小生は10時前に就寝。
夕食は(朝食も)可もなく不可もないが、宿の雰囲気は佳し。何となく、ハードウェア(設備、料理)はちゃんと揃っているのに、ソフトウェア(ホスピタリティ)がそれに追いついていないという感じがする。ということでやや残念。ついでに云えば、トイレにビール瓶の装飾(というか、オブジェ?)はいらないと思う。

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「くるら戸田」で湯上りビールを呑んだあと、迎えの車を頼むために「峯松」のオヤジの携帯に電話すると、何故か繋がらず。何度も掛けても同じ。えー?電波の届かないところに行っちゃった?どゆこと?しかしこのままじゃ現状を打開できない。Google Mapによれば宿まで1kmぐらいか、サンダル履きで歩けない距離じゃないなと、田舎の夜道だけどひとりじゃないので覚悟してトボトボと戻る。
宿まで戻ってオヤジに問い詰めると、何故だか携帯が機内モードになっていたと。頼みますよ、ホント。でも憎めないキャラなので、笑って許した。すぐに夕食タイム。刺身盛り合わせがとにかく豪快。マダイとクロダイ、イシダイがそれぞれ一尾ずつ、これにマグロの刺身が付いていて、これだけで腹が一杯になりそうな予感。更にアンコウ鍋、キンメダイ煮付けが付いてくる。
見ただけで満腹になりそうだったが、箸をつけてみると美味いのでバクバク喰ってしまい、意外と食べ切れそうな感じ。しかし、このあとに宿の名物、トンカツが出て来る。とても一人で一枚(合計四枚)は無理そうなので、二枚だけ揚げてもらう。ここで登場したのが「峯松ソース」。この店のオリジナルとんかつソース。オヤジの自慢の逸品だけのことはあり、(やや甘めだが)美味い。これを掛けてトンカツにパクつくとあら不思議、トンカツ二枚はキレイに食べ切った。途中で、こっちはどう?と試作中のソースも味見させてもらった。ちょっと酸味とコクが利いているのは、丹那熟成トマトを使っているせいか。これもそのうち商品になるかも知れない。このオヤジ、見掛けによらず向上心、探求心が半端ない。
宣伝をしてくれれば、「峯松ソース」か(キンメ煮付けにも使っている)「煮汁」の何れかをプレゼントするというので、小生は「煮汁」をいただいた(家で試してみると、やっぱりちょっと甘めか)。腹一杯になったら忽ち瞼が重くなり、間もなく爆睡した。
翌朝、部屋の窓から海を眺めると、その向こうに神々しいほど白い南アルプスが見えた。上河内岳や聖岳、赤石岳あたりが見えているようだ。当然ながらまさにこの時間、聖岳の頂きに居る者は、駿河湾が見えていることだろう。なんとも羨ましい。

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宮之浦岳登山当日、残念ながら天気予報通りに早朝から雨。宿から淀川登山口までのアプローチは約25kmもありしかも真っ暗な中ながら、との~の卓越運転テクニックのおかげでスムーズに到着。午前4時半過ぎにもかかわらず駐車場にはちゃんと警備員がいて駐車をサポートしてくれる。でも単なる警備員ではなく、環境保全協力金を徴収する係員(こちらが主か?)でもある。
1人1,000円を支払って出発。淀川登山口(標高約1,400m)と宮之浦岳山頂との標高差は600m弱しかないのに、コースタイムで10時間オーバーなのは、それなりに距離もアップダウンもあるということなのだろう。心してじっくりと登る。それにしても湿度が高く、拭っても拭っても眼鏡が忽ち曇るのは難儀だ。
暫くはヘッドライトを照らしながらの歩き。細かなアップダウンがあるので時々道を外れそうになるが、道幅はしっかりあるので真っ暗でもなんとかなる。そのうちに明るくなると、周囲の植生が関東近郊と明らかに違うのが良く判る。
高度が上がるにつれ、いつの間にか高木が少なくなり、風化した岩を攀じ登るようなところもあるが、花崗岩なのでフリクションはとても良く効く感じだ。栗生岳辺りから宮之浦岳までは、寄り掛かれるほど密生した笹薮を縫うように登る。
山頂はやっぱり視界ゼロ、達成感にちょっとだけ浸り、証拠写真を撮ったらさっさと下山にかかる。結局、山頂まで往復9時間10分掛かったが(山行記録はこちら)、その割りに扱かれた感が無いのは、距離はあってもアップダウンはそれ程ではないということか。利尻岳やトムラウシ、後志羊蹄山などの方が、登った感は高かった印象。
車で宿へ戻る途中では、巨大な紀元杉を見学できたし、偶然、ヤクシカ、ヤクザルにも遭遇できたし(何方も人を恐れていない体だった)、お陰ですっかり屋久島を感じることができた。
宿に戻ってきたら、どうしたことか宿の人が誰もいない(カギは掛かっていないのに、この大らかさ!)。而してビールも頼めない。そこでとの~とWoodyさんは、酒屋(食料品店)へわざわざ出かけて行ってくれ、ビールを調達してきてくれたので、漸く祝杯を挙げることができた。ありがたや、ありがたや。

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飛行機欠航のハプニングがあったものの、高速船に切り替えなんとか屋久島に渡ることができた。しかし到着が遅くなったせいで島内観光をする時間がなくなり、との~の運転で、ちょっとだけ近所の土産物屋を物色。
屋久杉を使った民芸品を売る店がそこかしこにある。樹齢千年を超える杉だけを屋久杉と呼ぶと聞いていたが、そんな屋久杉がふんだんに加工できる出来るほど採れるのだろうか。まさか生木を切り倒す訳ではないだろうけど。我々も、4人揃って屋久杉のぐい呑みをゲットした。
今回、実感することは出来なかったが、屋久島は島の南北で気候が違うとのこと。周囲およそ130kmあるらしいので、大雑把に直径は40km、たったそれだけで気候が違うというのは、やはり高い山、曰く「洋上アルプス」が隔てているせいだろうと想像できる。ちなみに、似たような島としてイメージする利尻島は周囲約60kmというから、実際にはひと回り大きさが違うのだと判る(面積で比較すると、利尻島182km²に対して屋久島は505km²)。
屋久島は一週間に十日雨が降ると聞いたことがあるが(誰が云ったのか?)、今日も雨模様。島の反対側の天気が気になる。ネットを調べた範囲では、林芙美子の「浮雲」に「......一ヵ月、ほとんど雨ですな。屋久島は月のうち、三十五日は雨というぐらいでございますからね……」という一節があるらしい。閑話休題。
仲良く4人共ぐい呑みを手に入れた後は宿へ。ナビに寄れば、島の周回道路のすぐ傍のようだが、実際にはかなり高低差があり、ワンループの立体交差になった道を下っていくと今宵の宿「旅人の宿 まんまる」に到着。庭にはハイビスカスが咲いていて、南国ムード。母屋と宿泊棟との間が廊下で繋がっている訳ではなく、露天ウッドデッキというのも何となく南国風。風呂場はさらに離れた別棟にある。今回はここに2泊する。いよいよ明日は本番、だんだん気分が盛り上がってきた。

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今日は久しぶりに秩父の山に登ることにした。個人的には、秩父界隈は里山的な低山を除きほぼ登り尽くした感があるので、降雪時を除きなかなかこちらに足を向ける気にならないが、今回は未だ訪れたことが無い城峯公園の冬桜を愛でてみようかと思い付き、その行き掛けの駄賃に城峯山をチョイスした(そんなことを書くと、平将門の怨霊の怒りに触れるか?)。
城峯山は実に13年ぶり(そのときの山行記録はこちら)。その時は皆野から登って皆野に戻ったので、神流川(神川町)側へ下るのは今回初めて。ガイドブックだけでなくネットで検索しても殆ど見かけないコースだし、先日の台風15号、19号でどうなっているのかやや案じたが、行ってみれば影響は特にみられず。
良い天気にもかかわらず、城峯山山頂には何人かのハイカーがいたものの、その前後は全く我々だけの世界、特に城峯山と城峯公園の間は誰にも遭わず仕舞。城峯神社(秩父側)の紅葉がちょうど見頃だった(今回の山行記録はこちら)。
城峯山から先、問題なく城峯公園に到着すると、そこはかなりの賑わい。駐車場に入れない車の列が、「冬桜の宿神泉」の前を越えて、坂の下の方まで続いている(どこまでなのかは確認できず)。山の上なので、駐車場のキャパは少ないのだろう、マイカー観光の泣き所。我々は山から下りてきたので渋滞とは無縁の世界、ちょっといい気分。
城峯公園の冬桜もまさに見頃。紅葉と桜のコラボを堪能したら、汗を流しに「冬桜の宿神泉」まで渋滞の列に沿って移動する。宿の前には仲居さんがいて何しているのだろうと思ったら、泊まりもしないのに車を駐車しようする輩が現れないよう、目を光らせているだと。渋滞で大変なのは、マイカー観光客だけでなく、宿の仲居さんもそうだった。

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ウェスパ椿山駅から、無料送迎シャトルバスに揺られること10分足らずで「黄金崎不老不死温泉」に到着。名前からして最果ての地、黄泉の国の入口のような場所を想像するが、デーンと立派な鉄筋コンクリート造の温泉ホテルが建っていた。鄙びた旅館をイメージしていたが全然違って近代的だ。
しかし周りは本当に何も無いところで、人家どころか田圃や畑も無い、あるのは荒れ地と日本海だけ。つい吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」を思い出すが、それ以前に本当に何も無い。よくぞこんな場所に温泉を見つけてホテルを建てたものだと感心する。
勿論宿泊客は我々だけではない、送迎バスがいっぱいになるほどの客だ(といっても送迎バスはこの時間帯だけだ)。客層はだいたい我々から上、若者もいないわけではないがかなり少ない。
チェックインを済ませ、部屋を確認したら早速風呂だ。まだ暗くなるまで少々時間があるので、噂の露天風呂へ行こう。建物を出ると、吹き曝しの木道を100mぐらい進む先に露天風呂がある。11月でもだいぶ寒い思いをするので、真冬だったらここまで来るのはさぞかし難儀だろう。
本当に波打ち際なので、波の音が煩い。優雅に湯船に浸かるというイメージからはかなり遠いが、確かに野趣溢れる露天風呂であることに間違いはない。お湯は伊香保温泉の如く赤茶色で、ややぬるい。大して温まらないうちに、意を決して湯舟を出て、さっさと建物へ逃げ込む。
夕食は大食堂へ集合。食事の量はなんとか食べ切れる程度(除、ごはん)で、我々にはこれで十分。腹を空かしていたら丁度良かったかも知れない。
夕食後は、エントランスホールで津軽三味線の生演奏を鑑賞できるとのことでいってみる。大入満員。津軽三味線については全く門外漢だが、演者の技量は大したものだと感じ入った。

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大峰奥駈2日目は、弥山小屋から八経ヶ岳、明星ヶ岳、孔雀ヶ岳、釈迦ヶ岳を越えて、「前鬼」にある「小仲坊」までコースタイム8時間20分の道程。途中には、「靡(なびき)」と称される霊場(≒神仏が宿る場所)が数多あり、まさしくここは修験道の世界であり、それが現在でも生き続けているのだと実感できる。
途中で観える、小猫の耳のような七面山(反対側から観ると片側の耳は大岩壁だと気が付く)も「靡」のひとつで、鬼の棲みか(≒他界)なのだそうだ。ということは、あれは「猫の耳」ではなく、「鬼の角」なのか。
とにかく至る処に神仏の気配が感じられるが、特に大日岳を越えた先にある「第38靡 深仙宿」は、役行者がここで瞑想行を行うと、数多くの仙人や神々が現れたと伝えられている神聖な場所。実際、この場所に佇んでいると現世を忘れてしまいそう(このままあの世に往ってしまいそう)だ。かの西行は、ここで月を愛でて「深き山に澄みける月を見ざりせば思出もなき我身ならまし」と詠んでいる。
その役行者、全国様々な場所に祀られていて、神化した存在とも云えるが、その弟子として知られた前鬼、後鬼の子孫が営む宿坊が、今も「前鬼」という場所(かつては集落だったのだろうが、今は一軒だけ)にあり、これが今夜の宿「小仲坊」である。役行者から授けられた「大峰行者の修行を助けよ」という遺言を1,300年以上守り続けている訳だ。ちなみに「前鬼」も「靡」のひとつなので、ここはまだ俗界ではない。
ご主人(というか宿坊なのでご住職というべきか)は前鬼から数えてなんと61代目だという五鬼助(ごきじょ)義之さん。お会いしてみると気さくな方で、ご先祖が「鬼」であるとはとても思えない。
修行中の方3名(おひとりは東京在住の女性)も同宿。お気楽な我々は夕食を摂るといつものように忽ち睡魔に襲われ、午後8時にはもう布団の中。隣の部屋での修験者の方々とご住職夫妻との楽しそうな会話(修験者が楽しそうに語らうのもなんとなく不思議)は、その後も暫く続いていたようだ。
朝食時、五鬼助さんと行者の方との話に耳を傾けていると、関西で有名な「ビリケン」のモチーフはなんとご先祖の「後鬼」だったとのこと(詳しくはこちらの方のブログを参照願いたい)。まったくここにいると、俗界では観ないもの、聞かないことばかりだ。

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今度の山行は、奈良の大峰。大峰どころか、抑々個人的に関西の山は今回が初めて。大峰と云えば山上ヶ岳が有名だが、深田百名山狙いの者にとっては最高峰の八経ヶ岳となる。山上ヶ岳はこのご時世であっても(フェミニストですらタジタジの)女人結界の中にあるし今回の参加者は男子は小生のみ、而して今回は後者に登ることとし、でも折角の機会なので奥駈道を少々辿って前鬼へ下るプランにした(山行記録はこちら)。
初日は行者還トンネル西口から弥山(みせん)小屋まで。家を午前5時に出ても、登山口にようやく着くのは11時30分。やっぱり大峰となるとアプローチに時間が(勿論運賃も)掛かる。関西近郊の自家用車でやってきた登山者はとっくに登り始めていて、登山口前の駐車場には吃驚するほど車が停まっている。
奥駈道に上るころには、もう八経ヶ岳から下りてくる登山者と頻繁にすれ違うようになる。今日は天気が良いので、東側の見通しが利くところでは、山上ヶ岳まで連なる奥駈道の全貌が見渡せ、いつの日にか彼方の方にも行ってみたいという気持ちになる。奥には大台ヶ原と思しき山も視認できる。一方、目を南に転ずると、茫洋とした紀伊山地が果てしなく広がっていて、何処まで見えているのか判らない。いったい、どの辺りが熊野なのだろうか。
弥山には午後3時過ぎに到着。山頂には立派な天河大弁財天奥ノ院があって、その前からは八経ヶ岳が良く見える。弥山小屋はなかなか大きな小屋だが、今日の宿泊者は約30人ぐらいだろうか。訊けば、来週末には営業終了とのこと。そのためか、料理のメインディッシュはハンバーグでなく塩シャケだった。
寝る段になっても、客室はストーブが無いと寒いくらい。関西だったらもうちょっと暖かいかも、と思っていたが関東とちっとも変わらないので少しだけ吃驚した。

042 眺めが良くなってきた。

052 お参り。

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「青梅麦酒(おうめばくしゅ)」でまったりできたものの、やっぱり汗を流してさっぱりしたい。意外にも、青梅には銭湯が無い。そこで青梅で日帰り温泉となると、最寄は「かんぽの宿 青梅」か「河辺温泉 梅の湯」の二択。前者は歩いて行けるが、多摩川の対岸にあるため、それなりにアップダウンがある。
一方、後者は、二つ先の河辺駅で途中下車する煩わしさはあるものの、駅前にあって便利。どちらにしますかねと他の3人に下駄を預けると、一致した意見は「かんぽの宿 青梅」。皆、歩くのは厭わないが、電車の乗り降りは面倒なのだ。逆に云えば、今回のように山から下りた場所が青梅で無い限り、「かんぽの宿 青梅」へ行くことは望まないということになる。今回は千載一遇のチャンスかも知れない。
市街地を南へ辿ると、多摩川へ向かってずんずん下る。風呂上りの後の登り返しが厳しい。夏だったら、またひと汗掻きそうだ。下がり切ったところには歩行者専用にしては随分立派な橋が架かっている。川は相変わらず濁っているし、河岸の木々にはゴミや流木が引っ掛かっていて台風の爪痕が生々しい。橋を渡り切ったところから「かんぽの宿 青梅」までは登り返す。ここまで丁度20分。
「かんぽの宿 青梅」は随分、立派な建物。フロントで1,020円を支払いエレベータへ。この7階に、天然温泉の「鮎美(あゆみ)の湯」がある。丁度この建物は、多摩川がヘアピンのようにうねっている基部に位置しているので、頗る眺望が良い。湯船に浸かった目線の高さでも、雄大な眺めが楽しめる。
とは云っても長湯はせず、さっと出て再び1階へ戻り喫茶「かわせみ」に入る。ラストオーダーの15時30分直前だったが、ビールを呑むことができた(他の三人は時間切れ)。店内では、卒業してン十年目の小学校か中学校の同窓会にやってきたと思しき集団(女性が大多数)が談笑中だった。

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朝7時過ぎに苗場山山頂ヒュッテを出て、広々として気持ちが良い湿原をしばし逍遥してから、またテーブルマウンテンの端から急降下。このちゃんはやけに慎重に下るが、一度手を突いて骨折している過去があるのでさもありなん。だいいち、ズルッと滑って手を突いたら骨折する恐れが有るとなると、滑っても手を突けば済むと思っている小生だったら、ここに限らずそもそも山径なんて(っていうか、たとえ木道だってつるっと滑ることがあるし)恐ろしくって歩けない。
滑ったら、手が突けなけりゃゴロンと転がってしまう方がいいか(柔道の受身が役に立つかな)。ここだったら転がっても何処かで引っ掛かって止まるだろうが、勿論そうはいかない場所もあるだろうし・・・。
などと考えながら下っていくうちに、大きな沢に出た。「山口館」の前を流れる清津川だろう。橋を渡って川原を進むと、建物が現れた。これが待ちに待った「山口館」、もう40年近く恋焦がれてきた宿だ。
午前中に着いてしまったが、それもまた一興。入口の前に冷水に浸かったビールが目に入り、さっそくいただく。部屋に案内してもらったら、さっそく風呂へ浸かりに行く。誰もいないだろうと思ったら、意外にも直ぐ後から数人がやってきた。どうやら日帰り温泉へ入りにやってきたらしい。夕食時に出会った温泉女子3人組もそうだったが、ここの湯が好きで往復5時間を掛けて何度も入りに来る人は結構いるのだと知る。確かにここの露天風呂は唯一無二、よくぞこんなところに温泉を見つけたものだ。
さっぱりしたら、昼寝をしたり本を読んだりして静かな午後を過ごす。昨日の苗場山頂ヒュッテといい、二日続けてこんなにのんびり、贅沢な時間を過ごしたのは、守門岳へ登るため入広瀬で泊まって以来だろう。
今年初めて舞茸が採れたとのことで、夕食で天ぷらにして美味しくいただいた翌朝のこと。昨年、跡取りを亡くされたため、やむなくこの宿を引継ぎ先を探していると仰っていたこの宿の主に、思いもかけず秘蔵?の「舞茸ノート」を見せて貰った。舞茸を(数年後のサイクルで)収穫できる場所というのは決まっている、つまり菌床は基本的に動かないのだと知って吃驚。ここの温泉もそうだが、このノートも貴重な宝物といっていい。

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IMG_3106_お疲れ様、乾杯!

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IMG_3112_青湯 奥の野天風呂です

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昨年、突然の海外出張で、計画していた山行(その時の記録はこちら)をドタキャンしたため、改めて仕切り直ししたリベンジ計画。今回は苗場山山頂で1泊し、下って赤湯でもう1泊するという超のんびり贅沢プラン。台風来襲のため、暫し進路予想とにらめっこしたが、何とかなりそうなので予定通りに出発した。
和田小屋からの径(祓川コース)は岩ゴロゴロで歩き難いところもあるが、基本的にはしっかり整備されていて、順調に高度を稼げる。しかし、深田百名山へ登る径にしては、行き交う登山者が随分と少ない。やはり台風の進路が危ぶまれたせいだろう。
神楽ヶ峰から一旦下って暫しの急登を我慢すれば、突然、目の前に平坦な世界。ガスに包まれていて視界は無いが、まさしくテーブルマウンテンの縁に立ったと実感する。湿原は草紅葉の季節を迎えているようだ。ここから今日泊まる山頂ヒュッテ(正式名称は「苗場山自然体験交流センター」という青少年向きな名前)まではもう、指呼の距離である。
丁度昼時なので小屋の中はガランとしているが、結局、今宵の宿泊客は収容人数(定員92名)の半分にも満たない程度だった。やはり天候を危ぶんでキャンセルが出たらしい。おかげで、我々は伸び伸びゆったりできる。この建物は1998年に出来たということだから、もう20年以上経っているわけだが、それにしてはキレイで手入れが行き届いている印象だ。山頂にある小屋にしては、トイレも水洗(浄化槽方式)で申し分ない。
到着したら先ず、売店(兼受付)で缶ビールをゲットし、外のテラスでグビっとやる。晴れていたらさぞや気分がいいだろうが、視界ゼロだし段々冷えてくるので、適当なところで切り上げて、続きは談話室でのんびりする。ここもなかなか居心地が良い。
翌朝は、予想外に良い天気で、ご来光を拝むこともできた。朝日に照らされた湿原は、言葉に表せないほど美しい彼岸の世界。次回は花の咲く頃に来て、秋山郷に下るとしようか。

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両俣小屋は、随分前から(たぶん30年ぐらい前から)いっぺん泊まってみたいと思っていた。もちろん、「41人の嵐」に描かれた1982年の出来事を知ったせいもあるが(本は読んでいない)、他の小屋とは違ってのんびりできそうな感じが気になっていた。山ヤよりも釣り師に有名と聞いたことも、更に云えば何もせずにぼ~っとしたい人間が集まるところとの話も知っていた。少なくとも南アルプスの北半分(三伏峠以北)にある山小屋の中では、最高にディープな山小屋だろうと想像していた。
とはいえ、釣り師や独りになりたい人のように、単に野呂川を遡って行くだけでは山ヤがすたる。となれば一般的には、①北沢峠から仙丈ヶ岳を越えていくか、②三伏峠から塩見岳を越えていくか、③広河原から北岳、間ノ岳を越えていくか、あるいは④大門沢から農鳥岳を越えていくか、という4つの選択肢がある。
2泊3日で、という制約を加えると②と④の選択は無くなり、③は前泊する白根御池小屋か肩ノ小屋が激混みしそうなので却下すれば、自ずから仙丈ヶ岳を越えるのが真っ当だろうと分かる。長大な仙塩尾根のうち、三峰岳と仙丈ヶ岳の間は小生にとっての空白地帯なのだが、このうち仙丈ヶ岳と野呂川越の間をトレースすることもできる。
実際に歩いてみると、仙塩尾根は単調で長いだけの退屈な尾根歩きかと思っていたが、豈図らんや、なかなか変化に富んでいるし、少なくとも半分ぐらいは眺めが抜群に良いし、眺めが無い樹林帯もこれぞ南アルプスというしっとりした感じだし、なにしろ人が少ないという点でも大いに気に入った(山行記録はこちら)。
辿り着いた両俣小屋は、予想通りひっそりした場所にある小屋、野呂川の流れが見えて開放感は十分、小屋主の星さんの人柄もあって大層居心地がよろしい。この次は、なんとか三峰岳と野呂川越の間をトレースするタイミングでまた来たい。しかし、単に野呂川を遡って来るのもなんか良さそうだなあ。

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久しぶりに北沢峠を訪れることになった。これまで北沢峠は数え切れないほど通ったが、「仙水小屋」に1回、「長衛小屋」に1回泊まった以外は、全てテント泊ばかりだった。長衛小屋前のテント場には春夏秋冬、合わせて何度か泊まった。
今回は仙丈ヶ岳を越えて仙塩尾根を辿り、両俣小屋まで縦走する予定なので軽量化を優先、3回目の山小屋泊まり。となると、泊まる小屋はもう、「こもれび山荘」にするしかない。北沢峠バス停の目の前にある「こもれび山荘」、昔は「長衛荘」と呼ばれていた頃から随分立派に見えて、テント泊する我が身が恨めしく思ったこともあった。
外観の瀟洒な造りは変わっていない。しかし中は意外にこじんまりとした感じ。入ると目の前は食堂兼談話室で、右手の奥はカーテンで独りずつの間仕切りがある寝室(いわゆる個室では無いけれど)、左手は厨房と管理人室、2階は昔乍らの大部屋スタイルの寝室だ。基本的に完全予約制なので、刺身になった気分で寝るしかない某山小屋の如く、詰め込まれる心配が無いのがうれしい。
今日、甲斐駒ヶ岳に登った、との~とタイミング良く小屋で再会し、もう1泊するという(つまり明日は仙丈ヶ岳までごいっしょ)。1泊目は2階の大部屋だったが、2泊目はカーテン仕切りがある1階とのこと、連泊すると待遇が上がるようだ。我々は今日、一歩も歩いていないので疲れていないが、それでもお疲れさんとビール(伊那のクラフトビールだった)で乾杯。表のベンチの方が気持ちが良さそうだったが、意外に外は冷えるので、談話室でしばしまったりする。
やがて夕食。ここは料理がちょっと違う。献立は「あさりとチキンのクリームシチュー」に始まり、「ペンネアラビアータ」、「ビーンズミックスサラダ」、「サーモンの香草焼き・タルタルソースがけ」、そしてデザートが「チーズヨーグルト・ミックスベリーのせ」。すごいなあ、ここ。

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せっかく「日原鍾乳洞売店」でビールを呑んだけれど、東日原バス停までの道のりがそれなりにあるので、またひと汗かく。たとえ缶ビール1本でも、確実に足が重くなっているからなおさらだ。さぞかし日原鍾乳洞の中は涼しいだろうなと想像してみるが、それで汗が引くことはない。
やっとこ東日原に着くと、2台のバスが待っていた。でも客はせいぜい座席半分が埋まるぐらいか。まだ発車まで時間があるが、ここでビールが呑める訳でもなし、さっさとバスに乗り込み、エアコンの吹き出し口を自分に向け、漸くひと心地つく。やっぱり、こんな季節に奥多摩へ来るのは間違いかと少々後悔。途中のバス停からは、殆ど客は乗って来なかった。
いつも思うが、川乗橋から川苔山を目指すハイカーは多いが、川乗橋をゴールにするハイカーが殆ど居ないのは何故だろう。今日も朝のバスでは乗客の半分が川乗橋BSで降りたが、復路のバスで乗ってきたハイカーはゼロ。ガイドブックに書かれているモデルコースがそうなっているのか。謎だ。個人的には、川乗橋に缶ビールの自動販売機が無いことが、ここをゴールとするには気が乗らない一因だけれど、まさか皆さんもそうなのか。
奥多摩駅に着いてみると、何やら広場が賑やか、看板に「オクタマーフェスト(奥多摩クラフトビールフェスティバル)」とある。もちろん興味津々。しかしともかく汗を流してさっぱりしたい。今日は独りなので何処でもいいが、芋を洗うような「もえぎの湯」には行く気が起こらない。結局やっぱり入り慣れた「玉翠荘」に足が向いた。
いつものようにフロントで宿の主に750円を支払ったら、リュックサックを縁台の上に置いて男湯がある地下1階へ。先客は若者お二人だけだったが、ほぼ入れ替わりのタイミングだったので、あとは一人だけで湯船に浸かりさっぱりした。さて次は「オクタマーフェスト」を覗いてみることにしよう。

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「剣御前小舎」に泊まった翌朝のこと。相変わらず外は暴風雨のようで、小舎をミシミシ、ガタガタ揺らしている。朝食中でも状況は変わらない。たとえこのまま室堂へ下るにしても、こんな天候で外に出るのは気乗りがしない。それは我々以外の方々(皆さんも元々、剣岳狙いだった)も同様のようで、8時過ぎまで皆、談話室でうだうだしていた。
そのうち、関西からやってきたというパーティーはそのまま室堂へ下りると云って出て行った。もうひとつのパーティーは、奥大日岳方面へ向かうという。外に出て様子を見てみると、雲の動きは速いし気温も低いが雨は止んだようだ。
この様子であれば別山ぐらいだったら往復できそうだと、我々も支度をして出かけてみる。ところが歩いているうちにみるみる天候が回復し出し、別山に着く頃には剣岳だけでなく後立山連峰も見えてきた。だったらもうちょっと行ってみようと、結局、立山・雄山まで登ってしまった。
朝までの天気から云えば仕方がないにせよ、「剣御前小舎」から真っ直ぐ帰ってしまった関西パーティーは今頃悔しい思いをしているだろう。気の毒だったが、結果的には文字通り劇的に天気が回復して、雄山を下る頃には晴れ間が広がり、「室堂小舎」へ下る頃はほぼ快晴になった。我々はラッキーだった。
「室堂小舎」からはピクニック気分、晴れた室堂平は天上の楽園だ。そして4年ぶり(その時のレポはこちら)に「みくりが池温泉」に到着。チェックインは後回しにして、さっそくテラスのベンチに座り、生ビールで乾杯。4年前に比べればだいぶ気温は低いが、ひと仕事(?)終えてテラスで呑むビールはなんたってサイコーだ。

047 参拝。

048 剱岳が姿を現した。

053 一番奥が白馬岳。

056 剱岳を入れて記念撮影。

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060 爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳。

070 次は富士ノ折立。

074 富士ノ折立と大汝山の鞍部に出た。

077 大汝休憩所でひと休み。

079 大汝山に到着。

084 槍ヶ岳も見えた。

088 それでもう一回。

096 社務所に到着。

103 もう一枚。

111 向かいの山は龍王岳、下は一の越山荘。

114 ここから先は遊歩道。

119 ここは撮影ポイント。

124 立山が眩しい。

127 立山をバックに。

134 ここは絶好の撮影ポイント。

135 待ちかねたこの一杯。

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136 夕食もまた一杯。

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142 みくりが池温泉、また来る日まで。

立山・室堂までやってきた。そもそもの計画では剣岳を登るつもりだったのだが、天気予報を見てさっさと諦め、その代わりに立山でも登るかと考えていたのに(山の記録はこちら)、バスターミナルの建物を出ると叩き付けるような土砂降り。これではせいぜい剣御前小舎の往復ぐらいが関の山、と諦め歩き出す。小舎までは3時間足らずの我慢だ。
幸い風はそれほど強くはない(≒飛ばされそうになるほどではない)が、豪雨で登山道は川のようになっている。雨具を叩き付ける雨音が煩い。ところが、「クライマーズ・ハイ」じゃないけど苛酷な環境になればなるほどアドレナリンかエンドルフィンがそれなりに分泌されるようで、大してめげることなくむしろこの状況を楽しみながら、思った以上に早く剣御前小舎に到着。
扉を開けて入ると中は静寂、ほっこり暖かい別世界。こういうときの小屋は心強い。登山客は見かけず、従業員も手持ち無沙汰な様子。荷物を整理し、濡れたものをさっさと乾燥室内にぶら下げたら、売店でビールをゲット、食堂で乾杯、グビっとやってまったりする。とても外が嵐とは思えない。
あとは酒をちびちびやりつつ、談話室で高校野球の決勝をのんびり見る。談話室は独占状態で、テレビもストーブも占有だ。明日は明日の風が吹くとばかり、今を楽しむ。甲子園の熱気と、外の嵐と、談話室ののんびりさとの対比が面白い。
やがて夕食の知らせ。結局、我々以外に9名がやってきたようだ。従業員数と大して変わらない。この天気にしては意外に多いというか、この時期にこれしか泊り客がいないというか。何れにしても、困難を乗り越えた先には恩恵が待っている。

008 室堂到着。土砂降り。

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024 ここまででずぶ濡れ。

025 でもこれがあればチャラ。

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032 夕食の時間。

033 今日の宿泊者は我々を含め12名。

039 【第2日目】朝食は5人だけ。

040 雨は止んだが風は強い。

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今週は両神山。こんなクソ暑い時期に、それほど高山ではない両神山に登るのはやや酔狂かも知れないと思ったが、山頂には数人のハイカーが屯していたし、あとからもどんどん登ってくる。流石は深田百名山だけのことはある。でも殆どが日向大谷からのピストン。一方、我々は上落合橋からスタートし、日向大谷へ下るのが今回のプラン。西岳、東岳を越えてきた輩は他に見かけなかった(山の記録はこちら)。
個人的に八丁峠~剣ヶ峰間を辿るのは14年ぶり、しかも今回は逆コースなので、気分的にはかなり新鮮である。実際に辿ってみると、記憶以上に鎖が長いと感じたし、岩が濡れているところもあってなかなか気を抜けない。八丁峠から剣ヶ峰まで2.7kmしかないのに、およそ3時間も要した。
一方、剣ヶ峰から日向大谷までは拍子抜けするほど楽チンだ。しかし15時10分発のバスには間に合わなかったので、「両神山荘」でのんびりビールを呑みながらタクシーを待つことにした。思っていた通り、「両神山荘」は渋かった。
さっそくビールを頼む。この季節、ビールがあればいくらでもタクシーを待てる(秩父から呼ぶのでたっぷり時間が掛かる)。外は暑いからこっちでどうぞと女将さんに呼ばれ、玄関で呑ませていただく。なんとなく田舎にあるおじいちゃんおばあちゃんの実家(そんなところに実家は無いけれど)に帰った気分に浸れる。ご主人は畳部屋で甲子園の高校野球を観戦中だ。
女将さんにはいろいろ話を聞かせてもらったなかで、この界隈に人が住んでいる家はもはやここだけとのこと。何処かのテレビ番組じゃないけれど、正真正銘のポツンと一軒家の秘境なのだ。近いうちにここへ泊まりに来てみたい。

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3年前、八ヶ岳のキレット小屋に泊まってみたいと思い立ち、そのために、おそらく最短ルートだろうツルネ東稜を登ることにしたのだったが、悪天候で諦めて(その時の顛末はこちら)今回が再挑戦。バスを降りて暫くはちゃんとした径だったが、途中からは、土砂が洗い流され大きな石ばかり残った河原のようになって、甚だ歩き難い。
その後は地獄谷に出て、やはり巨石がゴロゴロしたところを縫って進む。ツルネ東稜に取り付くまでは10数回の渡渉が必要なため、沢の水量が一番の気掛かりだったが、結果的にはそれ程でもなく、1回も靴を脱ぐこと無く無事クリア。噂に聞いた出合小屋は左岸にあるとばかり思い込んでいたが、今回、右岸にあることを知った。
ツルネ東稜は想像通りに容赦のない登りだったが、ぐいぐい高度が上がるのを実感できる。天気は悪くとも、ガスの中に権現岳や大天狗などがちらりと見えると、気分は次第に高揚してくる。概ね予定通りの時間でツルネまで登り切り、明るいうちにキレット小屋到着。
小屋番一人だけで切り盛りしているのにちょっと吃驚。高見石小屋やくろがね小屋でもそんなことがあったが、それは積雪期のこと。今夜の宿泊客は我々以外に10人程度、うれしいことに我々には偶々(キャンセルがあったらしい)個室が与えられた。荷物を整理し濡れたものを干したら、さっそくビールをゲット。グビっとやれば、ツルネ東稜の苦労は忽ち報いられる。やはり毎年1回ぐらいは、登り堪えがあるところを登るべきだと実感。
夕食は釜炊きご飯のカレーライス。懐かしい味がする。同じテーブルに、単独行の女性がいた。訊けば旦那と二人、真教寺尾根を登っている途中、旦那がギブアップしたので置いてきたとのこと。旦那はそのまま家に帰って明日たぶん、迎えに来て呉れるはずという。なかなかドライな関係だといたく感心した。女王陛下としもべの関係だったらわかる。

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