山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

宿泊施設

散歩から帰ったら先ず風呂だ。徳沢で風呂に入れるなんて、全く贅沢なことである(まだ山に登ってもいないうちに、こんなのでいいのだろうか、という気持ちもちょっとだけ擡げる)。多少、カランからのお湯の出が悪くても、そんなのはたいした問題ではない。さっぱりして温まったら、自動販売機で缶ビールを買って部屋呑み開始。
毎度のことながら、ビールをグビっとやって、畳の上で脱力するのはとてもリッチな気分にさせてくれるが、しかもここは徳沢、窓の外を見れば木々の間からまだ残雪の前穂・明神が望める。こんなシチュエーションはとても言葉では表せない。
しかしふと我に返れば、気掛かりなのは明日の天気。天気予報が伝える限り、明日は午後から雨、そしてそれは明後日まで続く見込みとのこと。雨の中、標高2,600mを超える稜線歩きするのは気が進まないし、風に吹かれたらそんな暢気も云っていられない。もし蝶ヶ岳に登らなければどうするか、代わりの山プランは流石に見つからないので、日程を前倒しにするしかないか。そうなると・・・、などと考えているうちに酔いも程よく回ってきたし、もう夕食の時間だ。対策は後回し。
食事はダイニングルーム。メインディッシュはハンバーグだが、イワナの塩焼きも付いている。明神の嘉門次小屋のイワナ塩焼きは有名だし、上高地周辺の店はたいてい、魚の塩焼きはアユでもヤマメでもなく、イワナだ。確かに梓川にはいっぱい泳いでいると思うが、ここは国立公園内、基本的に枯葉の一枚も採ってはいけないのだから魚なんて以ての外。多分、養殖イワナだろうが、何故かイワナが出てくればここで喰うのに相応しいと、客にウケる。不思議だ。
徳沢ロッジは新しくて、シック。部屋の設えも、食事も全く文句ない。接客は洗練されているとは云えないものの、コスパ的に1泊2食付13,500円は、この界隈では一番かも知れない。

DSC_0058

DSC01151

DSC01152

DSC01153

DSC01154

DSC01156

DSC01157

DSC01158

DSC01159

IMG_2308

DSC01160

DSCF8111

DSC01161

DSC01162

DSC01163

DSC01164

IMG_0341

DSC01165

DSCF8109

DSC01167

DSCF8114

DSC01168

DSC01169

DSCF8113

DSCF8115

DSC01170

越後の山も、越後湯沢界隈であれば日帰りも可能だが、米山となるとそうはいかない。今回、米山登山のために、なおちゃんにチョイスしてもらった宿は「わすけ」という、上下浜にある民宿。この地区には他にも2、3軒宿があった。今日の泊まり客はそれほどいないようだったが、大広間では宴会が入っていた。
男部屋は2階の北向きの六畳間。畳敷きで床の間もある純和室。一方、女部屋は西向きの十畳間。我々の宴会場はこちらに決定。荷物を置いたらともかく風呂だ。風呂場(男湯)は、ひとりで入るには充分過ぎる大きさである。
風呂上りは十畳間でひとりビール。夕食は6時からということで、ちょっとだけまったり。やがて夕食タイム。場所は1階の個室。今日のコースのお品書きがあり、数えて見るとご飯まで含め全9品。ご飯は地元産コシヒカリだが、たぶんそこまでは辿り着けないだろう。
民宿なので、見栄えよりもボリュームとか味で勝負しているのかと思いきや(見縊って済みません)、見栄えも味も凄い。ここは立派に割烹宿なのだと判る。刺身だけでもボリュームたっぷり、6種類もある。せっかく大女将さん(?)の説明を聞いたが直ぐ忘れた。
煮魚の真鯛も大振りなので、刺身と煮魚だけでかなり腹にきた。もう食べるのに一生懸命。酒はなかなか進まない。大女将曰く、この宿の名物はイカスミコロッケなのだそうだ。これじゃあもう、コロッケは喰えそうもないと思っていたが、出てきたのはひとくちサイズだったのでなんとか喰えた。
地図を見れば、この宿は海までわずか300mぐらしか離れていない。折角だから海を見に行けばよかったと思ったが後の祭り。翌朝は、上下浜駅まで歩いて10分(車だったら2分)の距離なのに、わざわざ車で送って貰った。この宿が人気なのはとても良く判った。

DSC00891

DSC_0013

DSC_0014

DSC00892

DSC00893

DSC00894

DSC00895

DSC00896

DSC00897

DSCF7952

DSC00899

DSC00900

DSC00901

お食事の館・旅人の宿 わすけのHP

今回の出張では、ホテル・ホリゾンでは泊まった数だけ、朝食は1階のレストランで摂った。ビュッフェ形式のせいもあるかも知れないが、不思議と飽きない。ビュッフェ形式だからこそ、必要な量だけ食べることが出来るにもかかわらず、ついつい意地汚く食べ過ぎてしまう。これもまったく不思議である。
勿論、ホテル住いの日本人や欧米人の中にはインドネシア料理が全然苦手な人もいて、そういう人は自分の部屋で自炊するか(朝はたいていの場合、スーパーマーケットで買ってきたパン食らしいが、パスタを作る人もいるらしい)、限られたウェスタンスタイルの料理(主食になるのはトーストかシリアル+ミルク、副食にはフレンチフライかオムレツかチキンソーセージかビーフソーセージぐらいか)だけで粘り強く食い繋ぐようだ。
やや偏るが、昼食と夕食でなんとかなるので問題は無いのだろう。偏食と云えば、朝食で出てくる野菜はほぼ、パターンが決まっている。ブロッコリー、にんじん、ベビーコーン(日本のよりだいぶ太いので、ベビーよりもヤングという感じ)、ポテトといんげん。年間を通じて、これが全て。
昼食や夕食の場合であっても、これにトマトやきゅうり(日本のよりだいぶ太い)、白菜、青菜が加わるぐらい。季節(乾季か雨季)によって違いがあるとも思えない。赤道直下の国は、意外と野菜のバリエーションが限られているのだろうか。
野菜はこんな感じだし、魚は白身魚のフライぐらい、肉は堅くて不味い牛肉を除けば鶏肉ばかり。そう考えると、果物の種類は例外的に豊富だが、インドネシアの食生活がそれほど豊かだとは感じられない。一方、日本は魚は云うに及ばず(肉類のバリエーションは欧米にはまったく敵わないが、インドネシアよりは遥かにマシだし)、野菜のバリエーションは(もちろん金さえ出せばだが)比較にならないくらい豊富だと改めて感じる。

DSC_0244

DSC_0262

DSC_0245

DSC_0246

DSC_0247

DSC_0251

DSC_0252

DSC_0256

DSC_0257

DSC_0258

DSC_0263

DSC_0264

DSC_0266

DSC_0268

DSC_0270

DSC_0272

DSC_0279

かの手塚宗求氏が建てた「コロボックルヒュッテ」に泊ってきた。20代の頃に「邂逅の山」を読んで、そのヒュッテの存在を知ることとなったが、実際に訪れたのはそれから30年以上も経って今回が初めてになってしまった。しかしこれはこれで、自然な成り行きだった。
なにせ20代から30代の頃は正直(大抵の男子は水平よりも、なるべく垂直に近いほうを好む傾向ゆえ)、車山の如くゆったりしたアスピーテ型火山(この頃はこんな呼び方はしない?)には全く魅力を感じないものだが(男性でも偶にはそうでない方もいるだろうが)、馬齢を重ねると不思議とそんなことは大した問題ではなくなり、それなりの良さも感じるようになる。ましてや今回のようにスノーシューで登るとなると、このゆったり感が実にちょうど良いのだ。
「コロボックルヒュッテ」へは直接車でやって来られるし、風呂にも入れるので、もはや山小屋とは云えないかも知れないものの、周りに建物が無い一軒家なので俗世間とは隔絶されている。小屋の周りには鎮守の森の如く、大きな木々が植わっていて(これも手塚宗求氏の手によるもの)、車山周辺の何処から見てもそれと直ぐに判る。
小屋の主人は勿論、代替わりしていて、子息が経営しているが、実際には雇われ管理人夫婦(と犬)が我々を出迎えてくれた。客室は4つあるようだったが、今日は我々4人だけの貸切状態、有り難く2部屋使わせていただいた。
まきストーブがある1階の食堂兼カフェテリアもいい雰囲気だけど、2階の談話室に炬燵があって妙に居心地が良い。本棚には手塚宗求氏の著作が収まっているので、外を彷徨くのに疲れたら、ここで本を読みながら過ごすのも悪く無さそうである。
ニッコウキスゲが咲き乱れる頃もさぞかし良いだろうけど、ストーブの火を眺めたり、炬燵でぬくぬく寝っ転がりながらビールをちびちびやるのは堪らなく良い。また来るのはたぶん、スノーシューを担いでくる時だろうと思う。

070 ヒュッテに戻ってきた。

071 薪ストーブが温かい。

072 談話室にて寛ぐ。

DSC00700

DSC00701

DSC00703

DSCF7715

DSC00704

DSC00705

DSCF7668

DSC00707

DSC00708

DSC00709

DSCF7670

DSC00710

DSC00711

DSC_0192

DSC_0191

DSC_0190

DSC_0189

DSC00763

DSC00766

DSC00764

DSC00765

DSCF7719

DSCF7721

DSCF7722

今シーズンは、徹底的にスノーシューハイクを楽しもうと画策し今回が第3弾。目指すは信州、高ボッチ山。随分昔に一度、高ボッチ山に登ったことがあった。その時はカミさんを連れて塩尻峠から登り、崖の湯温泉へ下ったはずだ。北アルプスの眺めを求めて登ったつもりが、全く見えず仕舞いだった。
今回はスノーシューハイクが目的で、あわよくば北アルプスの眺望も得られれば、と思っていた。ところが折角スノーシューを担いでいったのに、結局ほぼ雪は無く、結果的にはボッカ訓練をしただけに終わった。それでも山頂から諏訪湖を見下ろすことも出来たし、その奥に微かな富士山が視認できたので、まあまあの成果だろう。
山頂付近は木が全く無いので、空がとても近くて広い。こんな時期だし、雪も無いせいか、見渡す限り誰もいない。人口密度は4人/数平方キロメートル。それにしても、高ボッチ山が鹿のフンだらけで驚いた。牧草は鹿のえさになってしまっているようだ。
今宵の宿は「ブリーズベイリゾート塩尻かたおか」というホテル。かつてはJAが保有していた「アスティかたおか」という、JA共済連長野が運営していた、天然温泉(天徳温泉)を備えた宿泊保養施設だったそうだ。10畳の部屋を独り占め。風呂場も、他に誰も居らずに貸切状態。
食事は夕食、朝食ともビュッフェ形式。品数は決して多くは無いが、我々の基礎代謝にはまったく十分。建物全体としてはやや古びてはいるが、1泊2食呑み放題付で10,630円(税別)はそれなりにお得感はある。
早朝、窓の外を覗いてみれば、モルゲンロートの北アルプス連峰が見えた。これだけでも来た甲斐があったというものだ。

高ボッチ山の中腹にて
高ボッチ牧場にて
高ボッチ山頂にて
ひょうたん池にて
「ブリーズベイリゾート塩尻かたおか」にて

DSC00384

DSC00385

DSC00386

DSC00387

DSC00388

DSC00404

DSC00389

DSC00390

DSC00391

DSC00392

DSC00394

DSC00397

DSC00400

DSC00402

DSC_0150

DSC00403

DSC00405

DSC00406

DSC00408

海外出張が予定されていたのが、急転直下、出張が不要となり中止となった。急に出張するのは良くあるが、キャンセルになるのはそうは多くない感じ。ともあれグッドニュース、土日が潰れずに済んだので、急遽、すでになおちゃんがプランしていた上高地スノーシューツアーに便乗させてもらう。
当日は天気としてはいまいちと云うか、普通の冬らしい空模様。釜トンネルに入る頃から雪がちらつきだし、河童橋まで往復した間は降ったり止んだりの状態。でも流石は上高地、たとえ穂高連峰が見えなくても、冬の上高地らしい雰囲気は十分に味わえる。有象無象の老若男女異人邦人がやってくる、夏の喧騒とは異なる別世界。釜トンネルは、仙境と俗界をつなぐタイムトンネルとも云えるだろう。
思ったより、スノーシューを履いてうろうろしているハイカーが結構いた。しかしかなりトレースは踏まれているので、つぼ足でもそれなりに何とかなった感じ。
上高地の雪を堪能し釜トンネルの入口まで戻ったら、宿の送迎車がお出迎え。個人的には、26年ぶりの宿泊である。確かその頃はまだトンネル出口に建て替えて間もない頃だった。更にその数年前の正月に、まだトンネルの手前にあった頃の坂巻温泉にも泊ったことがある。かなり鄙びた宿だった。風呂がやけに熱かったので、偶々窓の外にあったツララをもぎ取って入れ、丁度良い湯加減になって悦に入った覚えがある。
宿に着いたら先ずは温泉。それもせっかくなので露天風呂にしましょうとWoodyさんと共に向かう。降り頻る雪の中で服を脱ぐのは勇気がいるし身体を洗っている時間は凍えるが、湯船に浸かってしまえばもう極楽である。
ほどほどに温まった後、風呂上りは部屋に戻ってやっぱりビール。あとは夕食に時間になるまで、炬燵に入りながら持参した酒をちびちびやる。この時間がもう最高だ。

上高地トンネル出口にて
田代池近くにて
梓川畔にて
河童橋にて
上高地バスターミナルにて
大正池ホテル前にて
坂巻温泉旅館の露天風呂にて

DSC00214

DSC00215

DSC00223

DSC00227

DSC00228

DSC00229

DSC00233

DSC00234

DSCF7389

DSC_0133

DSC00238

050 一足先に湯上り乾杯。

DSCF7390

DSC00239

DSCF7391

DSC00240

DSC00241

DSCF7392

DSC00242

DSC00243

DSC_0135

DSC_0136

DSCF7394

DSCF7395

DSCF7396

DSCF7397

DSC00244

DSC00245




以前から、標高2千メートルにあるランプの温泉宿として有名な「高峰温泉旅館」。といっても、昔は今のように山の上ではなく、谷沿いあったので(昔の五万分の一地形図では、位置がだいぶ違っていた記憶がある)、場所を移して建て替えたのは30数年前のこと。
今回、その「高峰温泉旅館」へやってきたのは実に11年ぶり(記録はこちら)となった。そのときは、篭ノ登山と水ノ塔山に登った(隊長と小生とタマちゃんはマイスノーシュー)。高峰高原は、標高が高いので、厳冬期でなくても雪質が良いという評判で、スキー場もある。
小生にとっては高山植物が咲く季節よりも、雪の方が魅力を感じるせいか、いまだに無積雪期にやってきたことはない。雪山に登れなくなったら来るのを楽しみにとっておこう、という感じである。
黒斑山から下りて、スキー場で生ビールを呷った後は、迎えの雪上車に乗ってスキー場を横切り「高峰温泉旅館」へ向かい、ほんの数分で到着。宿の佇まいは、基本的に11年前と変わっていない感じ。ともかくも、先ずは風呂だ。露天風呂はちょっと離れているので、手っ取り早い内湯でさっぱりする。
風呂場の脇にあった自動販売機で、変わったビールを買う。雷電カンヌキIPAなんて初めてだが、よく見れば地元東御市の、オラホビールのブランドらしい。缶のデザインも斬新的。呑んでみると、苦味もさることながら香りも悪くない。IBUは63とのことだが、それほどではなくかなり呑み易い。
皆が風呂から戻ってからも暫し、部屋呑み。窓から丁度、夕暮れが望め、いい感じだ。さすが、標高2,000mの宿だけのことはある。谷沿いからここへ移転したのは大正解だろう。また次にここへ来るときも、雪見酒がいいと思う。

客室からの眺め
ダイニングルーム

024 高峰温泉の雪上車が迎えに来た。

DSC_0018

DSC_0019

DSC_0021

DSC_0022

DSC_0024

DSC_0025

DSCF7282

DSCF7283

DSCF7284

IMG_2136

DSCF7287

DSC_0026

IMG_2138

DSC_0027

DSC_0028

DSC_0029

DSC_0030

DSC_0031

DSC_0032

DSC_0033

DSC_0034

DSC_0035

DSC_0036

DSC_0037

DSC_0038

DSCF7275

DSCF7277

DSCF7279

DSC_0055

DSC_0056

DSC_0061

DSC_0065

DSC_0067

DSC_0069

DSC_0079

DSC_0083

DSC_0084

DSCF7319

DSCF7321

DSCF7325

DSCF7327

昨年の12月15日~16日に引き続き、日帰りの山を2日続けて登ろうという企画を立て、1日目は鍋割山稜を登り、松田で打ち上げ。こんなプランは殆どやったことが無かったが、約4か月間のインドネシア滞在の鬱憤が出たかたちである。でも、意外に楽しい。
15日のみの参加の方とは新松田駅で別れ、翌日も登る小生とWoodyさんは、揃って小田原の「ホテルとざんコンフォート」に宿泊するために小田原駅へ移動。ホテルは駅直近の、繁華街の真ん中なので極めて便利である。
料金は1泊朝食付きで8,200円。ちょっと高め。朝食はホテル内ではなく、駅前ビルにある「カフェ・バーPRONTO」のレギュラーモーニングメニューを食べられるプランになっている。
部屋は、直近の12月15日に泊まった「より道の湯」の客室と較べたら段違いに広い。しかし、インドネシア・プカロンガンで、IDR500,000(≒4,000円)で泊まれるホテルと較べるとだいぶ狭い。何を基準にすべきか判らなくなってきているが、日本としてはまあまあの大きさと云えるだろう。
トイレとシャワーは同じユニット内にあるが、洗面所はベッドルームに設えてあって、ちょっと変則的な配置である。さっそく荷物を置いてシャワーを浴びる。
入ってみると、やけに狭いシャワールームだと感じた(腕を水平に伸ばすことができない)のだが、それを皆に云うと、インドネシアのホテルの広いシャワールームに慣れたからじゃないの、とバッサリ。そういうことも踏まえた上での発言だったつもりだが、聞き入れてもらえなかった。
さっぱりしたあとは、Woodyさんと夜の小田原の街に繰り出した。さて何処へ行きましょうかね?

DSC00043

DSC00027

DSC00028

DSC00029

DSC00030

DSC00044

"Wikipedia"によれば、御坂山塊の東の端は高川山、最西端は四尾連湖畔の大畠山、蛾ヶ岳なのだそうだ。アクセスの点から、日帰りだったらどうしても東側の山ばかり行くことが多くなる。そこで今回は新年会を兼ねて泊りがけで、御坂山塊の西の外れに行ってみようと考えた。ネットを見ると、皆さん、JR市川本町駅から通しで歩く記録が多い。こちとら、そんな気概は無いし、使えるものは使うのが主義。四尾連湖の登山口までタクシーを飛ばした。
四尾連湖から精進湖までは、思ったとおりに長丁場だった。途中、蛾ヶ岳迄に3つのパーティーと遭遇したが(その先でも単独行と遭遇したが、本当に人間だったのか、もしくは尻尾の隠し方が上手だった狢だったかどうかは確信が持てない)、その後は精進湖に着くまでまことに静かな山旅を楽しむことが出来た(山の記録はこちら)。
今宵の宿は、精進湖畔にある「精進レークホテル」。富士山が目の前に見えるはずの、絶好の場所にあるのだが、生憎、富士山は雲の中だった。我々の後から、中国系観光客の団体がやってきていた。我々が風呂に入り、部屋でちょっとまったりした後、午後6時丁度にダイニングルームへ行くと、中国系団体客はもう食事が終わったところだった(その状況はこちら)。
つまり、彼らは宿に着いたら直ちに夕食だったようだ。何故そんなに急いだのか判らない。この後、何かイベントでもあるのだろうか。ともあれ団体旅行は何かと慌しいようである。一方、朝は、我々が出発する頃になっても、中国系団体はまだ朝食時間では無かった様子だった。
宿はやや古びた印象はあるものの、清潔で快適。風呂も開放的でなかなか良い。唯一の難点は(山に登る輩が云うセリフでは無いかも知れないが)、エレベータが無く、階段でしか移動できないことだろうか。

蛾ヶ岳登山口にて
蛾ヶ岳山頂にて
釈迦ヶ岳山頂にて

DSC09906

DSC09907

DSC09908

DSCF7101

DSC09909

DSC09910

DSC09911

DSC09912

DSC09913

DSCF7099

DSC09914

DSC09915

DSC09916




偶に、大晦日の晩に宿に泊って新年を迎えることがある。たぶん今回は3回目、前回はもう10年ぐらい前の箱根「俵石閣」だったはず。名前は忘れたが、何処かの雑誌("男の隠れ家"だったか?)の記事で、俵石閣の廊下(濡れ縁?)に浴衣姿の俳優・奥田瑛二が、頬杖を突きながらゴロ寝している写真が妙に魅力的で、思わず行ってみたのだが、期待通り実に渋い宿だった。紅白歌合戦を見たいカミさんにとっては、客室にテレビが無いのが唯一の欠点だったか(紅白歌合戦が終わるまで、テレビがある談話室に籠っきりだった)。残念ながら、その「俵石閣」はもう廃業してしまった。
今回は万座温泉の「日進館」。白濁した湯が有名の万座温泉にあって、最も古くて常連客も多いと聞く。さぞかし良い宿だろうと期待して行ってみた。
宿に入ると、ロビーはチェックインを待つ客で溢れんばかり。随分な盛況ぶり、さすが人気の宿だ。漸く順番が来て客室へ。部屋はごく普通な感じだが、窓から見える雪景色はなかなかのものである。これならば良い雪見酒が呑めそう。ひと息ついたら風呂へ。露天風呂は流石に寒そうなので内湯へいってみる。風呂場は湯気が充満してよく見えないが、かなり広そうで雰囲気も良い。いかにも湯治場という感じである。湯も、噂通りの乳白色だ。
風呂上りは、部屋でビールを呑んで雪景色をぼーっと眺める。ここまではまったく申し分ない感じだったが、実は夕食、朝食(どちらもビュッフェ形式)がかなりプア。これならば、伊東園グループの熱海「シーズンホテル」の方が、遥かに種類も豊富だ(アルコールもタダだったし)。いくら正月料金とはいえ、これで25,000円はどーかなー、とかなり疑問に感じた。湯が良いので、皆、それに惑わされているのでなかろうか。

DSC_0677

DSC_0678

DSC_0679

DSC_0680

DSC_0681

DSC_0682

DSC_0683

DSC_0685

DSC_0686

DSC_0687

DSC_0690

DSC_0689

DSC_0688

DSC_0691

DSC_0692

DSC_0693

DSC_0694

DSC_0695

DSC_0697

DSC_0698

DSC_0699

DSC_0700

伊予ヶ岳と富山に登った後は、岩井駅から館山駅までたった3駅ながら各駅停車の旅。それにしても、15時20分発を逃すと次は16時45分まで無いので、危ないところだった。浜金谷や保田辺りほど海に近いところを走るわけではないが、いつも乗る中央線や青梅線とは違い、そこはかとなく南国ムードが感じられる眺めがいい。
駅に着いたらタクシーに乗って、今宵の宿「まるへい民宿」へ。釣宿になっているだけあって、海に至近の場所にある。今日は冷たい風が吹いていて、外にいると凍えてくる。こんな天気でもじっとアタリを待つ釣り人の気が知れない。小生は断然、喰うだけの方がいい。
部屋に案内されると、廊下や階段、洗面所、客室内、食堂内等、至るところに注意書きがある。就寝時の布団の敷き方や座卓の収納方法、ひいては鍋蓋の置き場所まで、懇切丁寧に説明がある。全部読むだけでひと苦労しそうであるが、書いてあることは基本的に常識的なことが多いので、斜めに読んでも問題なさそうである。廊下や階段には何故か、さかなくんの絵がいっぱい。訊けば、さかなくんとここのご主人は懇意なのだそうだ。
風呂は2つあるとのことで、男女各々同時に利用可能。しかし家庭風呂並みの大きさなので、少なくとも小生が入った方は一人ずつがお勧め。風呂上りにビールをやったあと、ちびちびと酒を呑みまどろむ。
やがて夕食の時間。刺身に始まって揚げ物、煮物までずらり。インドネシアも海洋国家なのに、何故か魚よりも鶏肉を喰う機会が多く、魚介類に飢えていたが、その鬱屈を一掃する魚介尽くし。量が気になったが、ご飯を除けば何とか喰い切ることが出来、満足、満足。それでも、2年前に泊った西伊豆「美晴荘」の圧倒的なボリュームと較べてしまうと、割高感は否めない。「美晴荘」を体験したせいで、我々の幸せの幅が狭くなってしまったようだ。
(まるへい民宿の食堂)

DSC09782

DSC09783

DSC_0651

DSC_0656

DSC_0652

DSC09784

DSC_0653

DSC_0654

DSC_0655

DSC09785

DSC09786

DSC09787

DSC09790

DSC09788

DSC09789

DSC09791

DSC09792

DSC09793

DSC09794

DSC09795

DSC09796

DSC09797

DSC09798

DSC09799

DSC09800

房総は東京に近い分、人気が集まるため値段が高くなるようだ。

今回、塩田平の山を登るために、別所温泉街でリーズナブルな宿が無いか検索した結果、「つるや旅館」が見つかった。これまで別所温泉には何度かやってきたが、何れも駅からまっすぐ西へ延びるメインストリートにある宿ばかり泊っていた。この「つるや旅館」は、北向観音のちょっと南に寄ったところの、坂道の途中にあって、個人的にはかなり新鮮なエリア。1泊2食付12,960円は、この辺りの旅館としてはリーズナブルだろう。
界隈の山は何故か松林が多く、松茸山となっているらしい。更に坂を上るとその松茸を喰わせる店があるようだ。一度でいいから、死ぬまでに松茸尽くし料理を喰ってみたい。それはともかく、独鈷山から下って別所温泉に戻ってきた後のこと。さっき入った「大師湯」は温まることはできたものの、石鹸が使えないので、残念ながら未だサッパリできていない。
なので、宿に着いたら真っ先にまた風呂だ。着替えだけを持って風呂場へいくと、まだ誰も入っていない一番風呂の様子。ここは加温も加水もしていない、正真正銘の源泉かけ流しの湯だそうである。
めでたくサッパリ出来た後は、フロントに寄ってビールを頼み、さっそく部屋呑み。その後は、グッチー師匠が差し入れてくださった白ワイン「中志津2018」をいただく。単に呑ませて貰っただけの輩が云う台詞ではないが、これまで二度呑ませていただいた経験から、今回のワインはとても素晴らしい出来だと感じた。中志津に於いて2018年は、「偉大なる年」だったようだ。
それにしてもこの宿は、ハードウェア(料理だけでなく建物や調度品)もソフトウェア(接客)も、まったく昭和のままだ。テレビはブラウン管方式だし、電話も黒電話。昨今たいていの旅館は、宿の人が部屋まで案内したあとは、もう顔を出すことはほぼ無いが、ここ「つるや」は、やれ「お茶を入れます」だの、「食事の支度が出来た」だの、何度もやってくる。それはそれで、なんだか新鮮だ。

DSC_0621

DSC_0622

DSC_0623

DSC09676

DSC09677

DSC09678

DSC09679

DSC09680

DSC09681

DSC09682

DSC09683

DSC09685

DSC09686

3ヶ月ぶりにグマヤホテルに泊まることになった。前回は仕事だったが今回は完全プライベートなので自腹。スマランには、他にも気が利いたホテルはあるのかも知れないが、我々の仲間内ではこのホテルがリーズナブルでしかも設備が充実しているという点で人気が高い。
第一に、設備が新しい。部屋は無駄に広いし、TV画面も部屋の大きさに相応して十分過ぎるサイズ。当然ながら金庫もあるし、クロゼットもたっぷりな大きさ(定宿のホテル・ホリゾンには何れも無い)。1泊ではなんとも勿体無い。切り取って、プカロンガンのホテル・ホリゾンへ持ち帰りたい。日頃、ホテル・ホリゾンではシャワーしかないので、バスタブに浸かるのも楽しみのひとつ。
ここのトイレはウォシュレットが付いている。ホテル・ホリゾンのそれは、インドネシアで一般的なハンディータイプのウォシュレット。これって、使い方にコツが要る(この頃、だいぶ慣れてきて、周りを水浸しにせずに済むようになった)が、日本式ではそんな手間は要らない。
朝食は勿論ビュッフェタイプ、これはホテル・ホリゾンと同様だが、中身はだいぶ異なる。ホリゾンは基本的にローカル料理で、ウェスタンは卵焼きとソーセージ、トーストぐらいだが(日本食は基本的には無し)、グマヤはローカル、チャイニーズ、ウェスタン、ジャパニーズまで、夫々が充実している。とてもじゃないが、全部は味見出来ない。
ということで優れた点が多々あるにもかかわらずこれで1泊朝食付きが、日本円で約7,500円なのだからちょっと驚く。このホテルが東京にあったならば、どう考えても20,000円、いやいや30,000円は下らないはずである。偶にはこのようなホテルに泊って日頃の息抜きをしたくなる、皆の気持ちがとても良く判る。

DSC_0352

DSC_0353

DSC_0354

DSC_0356

DSC_0355

DSC_0385

DSC_0387

DSC_0388

DSC_0389

DSC_0386

夕食後、ベッドに寝転がって本(電子書籍)を読んでいると、ドアフォンが鳴った。時計を見れば午後9時。小生にとってはもうそろそろ寝る時間だ。今頃なんだろうとドアを開けると、ボーイが「ハッピー・サンクスギヴィング!」と云いながら、四角いプレートを差し出した。
なんでサンクスギヴィングなんだろうと思いつつ、とりあえず「ありがとう」と受け取る。プレートには、短冊切りのパンのようなものと、メッセージカードが乗っている。カードには、"Thank you for staying with us. We hope this cake can brighten up your day."などと書いてある。パンじゃなくて、ケーキだ。
サンクスギヴィングはちょっと早過ぎるんじゃないかと調べてみれば、11月の第4木曜日、まだ再来週の話だ。それとも、インドネシアのサンクスギヴィングは今週なのか? まあ、そんなことはどうでもいいか。
日本人的には、イスラム教徒ばかりの国だから、サンクスギヴィングも無いだろうと思ってしまうが、実はインドネシアの祝祭日には、イスラム教由来だけでなく、キリスト教や仏教、ヒンズー教にまつわるものがちゃんと含まれている(但し、サンクスギヴィング・デーは祝祭日ではない)。中国的な春節だって立派に祝祭日だ。これは、イスラム教徒だって他宗教の休みを楽しんじゃおうという、良いとこ取りの如何にもインドネシア的発想である(マレーシアも同様)。日本では、宗教的にニュートラルじゃないと祝祭日になり難いので(右翼も左翼も文句を云うので)、日本人には、インドネシア人やマレーシア人の無邪気さが羨ましい。話が逸れた。
ともかく、たっぷり夕食を摂った後なので、今日はとても無理。翌朝に喰うことにし、ケーキは冷蔵庫へ。翌朝、齧り付いてみると、(インドネシアらしく無く)ちょっとだけ甘くって、中にはチーズも練り込まれていて、生地はしっとり。なんだかんだ、結局全部喰ってしまった。なかなかイケる。なんて云う名前のケーキだろうか。もちろん、朝食はこれでやめにした。

DSC_0342

この頃、夕食は2日に1回はホテルで喰うパターンになっている。選ぶのは、対象がNasi(ご飯)か、Mie(中華麺)か、Udon(うどん)か、Mihun(米粉)か、Kwey Teow(河粉)かは別にして、安易にGoreng(炒め物)ばかり頼んでいた。
Nasiは、たいてい朝飯と昼飯で喰うことになるので、夕食には余り多くはない、というか意識的に外している。そうなると基本的に麺類。その日の気分(寺田寅彦曰く、その日の宇宙線被曝量次第)で決めることが多いが、Udonは必ずしもいつも在庫がある訳ではないので巡り会うことは少なく、残りの3種類を入れ代わり立ち代わりでチョイスしていた。
今日はふと、馬鹿の一つ覚えみたいにGorengではなく、偶には違った料理方法にしてみようと、Siramを選んでみることにした(たぶん、今日の宇宙線被曝量は殊の外、多かったようだ)。
なんちゃらSiramという料理がいくつかあるのは、メニューで見ていて知ってはいたが、どのような料理方法かは聞いたことが無かった。今回改めて聞いてみると、なかなか端的に説明するのは難しそう。喋る方のインドネシアボーイも、聞く方の日本人オヤジも、英語力はほぼ同程度、彼の表現力では、小生の頭の中に確固たるイメージがなかなか浮かんでこなかったが、どうやらなんとなく、あんかけのようなものらしい、というところまで判った。ならば、それにしてみようと、Kwey Teow Siram Ayam Chasio(IDR45,000≒360円税別、サービス料別)を注文。Ayamは鶏肉、Chasioは叉焼である。
部屋で待っていると、ボーイがKwey Teow Siram Ayamを持って登場。あんかけというよりも、炒めた最後に片栗粉でとろみをつけたもので、広東料理でよくある感じ。これならばGorengよりもいいかも知れない。今後は、こっちを主体にすることにした(当然かも知れないが、Nasi Siramという料理はメニューには無い)。

DSC_0293

やや定刻より遅れたが、無事スマラン空港に到着。外を見ると、窓ガラスが濡れている。久しぶりに見た、インドネシアの雨。これから雨季が始まるらしいので、イヤというほど見られるのだろう。バッゲージ・クレームでも滞りなく荷物は出てきた。もうちょっと早い時間に着けば、何処かの店に入って一杯やってみようかとも思ったかも知れないが、すでに午後9時を過ぎ、そんな気持ちにもなれない。ホテルへ行って寝るだけだ。
更には、空港に着くまでは、迎えの運転手に、何処かの「闇の酒屋」に寄ってビールを買いたい、と我が儘を告げようかとも思っていたが、別に一日や二日呑めなくったって、そのストレスで胃に悪いことも無かろう、もう俎板の上に乗った鯉だ、ジタバタしないことにした。
インドネシアのホテルやオフィス・ビルには、ほぼ間違いなく屋根付きの車寄せが付いている。ここ"HOM Hotel"だって、車をぐるりと回せるほどのスペースはないものの、立派な屋根が迫り出している。以前は、ラグジュアリーな雰囲気を醸し出す演出かと思っていたが、実際に東南アジアの国に来てみてみると、これは全く実用的な手段なのだと判る。今夜もこの屋根が無かったら、車から降りた瞬間ずぶ濡れになったはず。日本でも、ゲリラ豪雨が日常化すれば、このようなスタイルを見習う必要があるかも知れない。
翌朝はやっぱり4時ごろ、何処か近くのモスクから流れてくる、大音声のアザーンで叩き起こされる。でもそのままでは起きず、うつらうつらしているうちに、だんだん外が明るくなるので、諦めて起床。カーテンを開いて外を見れば、窓の下には競技場が見えた。なにやらこんな朝から走っている者もいる。ご苦労なことだ。いや違う、こんな時間だからこそ走っている者がいるのだ、と気が付いた。真昼間にトラックを走るなんて、いくらインドネシア人でもしないはずだ。

DSC_0268

DSC_0269


天気もいまいちだし、先週の志賀山に登った際、右膝の脇の筋をちょっと伸ばしたので(古傷の再発のようなもの)、今週はちょっと軽めの山ということで、大菩薩連嶺に平行して連なる日川尾根に行ってみることにした(山の記録はこちら)。
この尾根は、いったん上がってしまえば殆どアップダウンが無く(なにしろピークらしいピークが無い)、しかもバス停がある上日川峠が終点なので、最後に麓へ下るようなことにもならない。まこと、膝の具合が悪い者にとっては好都合なところで、しかも人気が無いので静かなのが更に良い。
嵯峨塩館前からの登りも、ほんの一時間我慢すればもう尾根の上。あとはゆったり稜線漫歩。行き掛けの駄賃に、尾根上からほんの少々外れた「梅子婆」(仮称、標高1,540mぐらい)に寄り道。あとは忠実に尾根を北上する。途中、下日川峠の先で、相次いで二人の中高年男子単独行とすれ違った。こちらもそうだが、むこうも「こんな尾根を歩くなんて、酔狂な連中だなあ」と思ったに違いない。
今回の最高点は1,637m峰、地形図上の破線はその三角点を通るようになっているものの、実際の踏み跡は巻いてしまっている。こちらも、あえて三角点を踏むようなことはせず、淡々と先へ進む。
午後1時過ぎに、上日川峠に到着。4月に大菩薩嶺北尾根を登って以来、ほぼ半年振りにまた「ロッヂ長兵衛」にやってきた(前回はこちら)。こんな天気の割には、ハイカーでかなり賑わっている。やはり目当ては大菩薩嶺か。若者が多いようだ。やや肌寒いが、やっぱりビールを呑みたい。缶ビールにしようか、生ビールにしようかちょっと迷ったが、折角なので生ビール(600円)で、お疲れさんの乾杯。
建物の煙突から煙が出ている。あの薪ストーブの煙だろう。寒いのでストーブの前で呑みたい感じ。どうせならこのまままた、「ロッヂ長兵衛」に泊りたいところだ。......おっとあぶない、あぶない、そんな訳にはいかない、明日は海外出張の準備をしなくてはならない。しまった、ついうっかり現実に戻ってしまった。

DSC09503

DSC09504

DSC09505

DSC09509

DSC09508

DSC09510

DSC09511

DSC09512

2日目は岩菅山に登るため、蓮池BSから一ノ瀬BSまでバス移動。一番バスは思ったとおり、我々の貸切状態。空は、今にも泣き出しそうな雲行きだ。どこまで降られずに登れるか。昨日、右膝脇の筋をちょっと伸ばして痛みは残っているが、まあなんとかなるだろう。
歩き始めから、アライタ沢を渡るまでの用水路沿いの道はほぼ平坦で、丁度紅葉が見頃。那須の、峠の茶屋を越えて三斗小屋温泉までの水平歩道を彷彿させる。途中でちょっと腹ごしらえ。今日は宿の朝食は食べられなかったが、弁当は用意してくれた。それをいただく。
沢から離れ2つ目の急登に掛かった辺りで、とうとう雨が落ち始め、視界もゼロ状態。気温もどんどん下がる感じだ。こうなるとさすがの女子連も黙って登るだけとなる。必ずしも、天候が悪くて残念なことばかりではない。途中、30人余りの学生の集団が下りて来て、我々とすれ違う。彼らは雨でも賑やかだ。
やがて山頂に到着。眺望なし。寒いので山頂直下の避難小屋に這い込んで小休止。先客は1パーティーのみ。証拠写真を撮ったら、長居してもいいことは何も無い、さっさと下山。雨の中、下りも黙々と歩くだけと思ったら、登頂して気分は晴れたと見えて、女子連は忽ち姦しくなる。
あとの楽しみは、一ノ瀬で一杯やれるかどうか、だったが、下りてみるとホテルは数多く立ち並んでいるものの、ひっそり、ひと気が無い。バス停待合所で、各ホテル宛の新聞が並んでいるのを見れば、ホテルには誰かが居るようだとわかるが、営業しているところは見当たらず。バスがやってくるまで、悶々と時を過ごすだけとなった。
ホテルに戻ったら、今日も先ず風呂。今日もやはり貸切。風呂から上ればビールが待っている。ちょっと小腹が空いているので、昼の弁当の残りを摘まむ。しばらくまどろんでいると、もう夕飯の時間なので、食堂へ移動。今日の献立一覧をみると、昨晩と違うメニューになっている。これはありがたい。メインは虹鱒のホイル焼き。こういうので一杯やるのは最高だ。

DSC09379

DSC09383

DSC09388

DSC09391

DSC09392

DSC_0219

DSC09400

DSC09401

DSC09402

DSC09407

DSC09404

DSC09405

DSC09406

DSC09408

DSC09411

DSC09415

DSC09418

木戸池BSにやってきた湯田中行きバスは、小生を含め数人しか乗っていなかったが、下車した蓮池BSからは、入れ替わりに随分多くの中高年(主に女性)が乗り込んできた。何処かで紅葉狩り(というか紅葉を見ながらのおしゃべり)を楽しんで、もうお帰りということかも知れない。
スキーシーズンでないとこんなものかも知れないが、皆、車でやってきて、ちゃちゃっと紅葉を見たらおしまいじゃあ、ちょっと勿体ない。或る瞬間を眺めるだけでなく、夜明けから夕暮れまで移ろい行く光に照らされた紅葉の変化を堪能することこそが、ここへやってくる価値ではなかろうか。
そんな中高年集団を見送った後、宿に戻る。女子達はもう風呂から上がっている頃だろう。こちらも3階の部屋に荷物を置いて、さっそく1階の風呂場に直行。帰りに2階にある自動販売機でビールを買うために、500円硬貨1枚を懐に忍ばせる。思ったとおり、風呂場には誰もいなかった。
窓の外はさして眺めは無いが、視界を遮るのは色付いた葉っぱなので、それなりに風情は良い。ここの源泉は単純硫黄泉(源泉 61.0℃)というが、硫化水素臭は微かに感じられる程度。山の下りでちょっと脛に傷を負ったので(まあ、生傷は絶えないもの)、片足だけ湯船から出してゆったり浸かる。
部屋に戻ったら、さっそくビールをグビっとやる。は~~、いつものことだが堪えられない。窓の外を見ると、目の前に東舘山から赤石山までの稜線を彩る紅葉の或る部分が夕日に照らされて、申し分ない眺めである。そのうち女子達も集まり、ワインやら日本酒やらをいただく。
ここ「ホテル白樺荘」は、大きからず小さからずの、程よい規模である。シーズンオフなので、館内は閑散としている。夕食時になったので食堂へ向かうと、宿泊客は、我々以外に3組ぐらいのようだ。この時期の志賀高原は、紅葉の絶景が見られるのにも拘らず、ホテルは至って静かという、とても贅沢な時間を過ごせる場所である。

DSC09367

DSC09368

DSC09396

DSC09398

DSC09399

DSC09371

DSC09369

DSC09370

DSC09372

DSC09373

DSC09375

スマランから移動し、スーツケースはタクシーで預かって貰ったまま、暫し仕事に没頭。夕刻、そのタクシーで「ホテル・ホリゾン」へ向かいチェックイン。たかだか2回目とは云え、やっぱり慣れたホテルだと何となくほっとする。ヒトは慣れない環境では無意識のうちに緊張しているらしい。
今回は3階の部屋。眺めは悪いが、窓枠はちゃんと嵌っているので、隙間から蚊が侵入していることはなさそう。せっかく電子蚊取りの詰め替え用まで用意してきたのだが、活躍する機会は無いかも知れない。前回はツインの部屋だったが今回はセミダブル。相変わらず、衣装箪笥が見当たらない。皆さん、どうしているのだろうか。まさか箪笥を持ち込んでいるのかしらん。
今回やって来るに当たって知ったことだが、テレビのローカルのチャンネルながら、日本を紹介する"WAKU WAKU JAPAN"という名のチャンネルがあり、このホテルでも見られる。日本を紹介する番組だけでなく、民放のバラエティやドラマを、インドネシア語字幕で放送している。
NHKワールドプレミアムはもちろんNHKの番組(たぶんEテレ)だけだが、これはこれで見る機会はある。土曜日や日曜日の日中は、何故か子供番組ばかりなので、その間は"WAKU WAKU JAPAN"を見ることになるだろうが、朝や夜は、ニュースを見る機会が多い。別にインドネシアで日本のニュースを見たからと云って、何か役立つことがある訳でもないが、何となく見てしまう。
生活パターンが単調なので、朝ドラや大河ドラマは、ほぼ必然的に毎回見る。インドネシアでも、日本とリアルタイムで放送している。朝ドラなんて見続けるのは、何十年ぶりかも知れない。土曜の朝は、朝ドラの流れで「チコちゃんに叱られる」を見てしまうが、仕事に出かける時間が6時30分なので(日本時間で8時30分)なので、いつも話の途中で部屋を出ざるを得ないのがやや残念である。

DSC_0045

DSC_0044

DSC_0046

↑このページのトップヘ