山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

各国料理

相老駅から「特急りょうもう」に乗って東武線を一路南下、今宵は北千住で途中下車する。Woodyさんとひろちゃんとは「お疲れ様でした~」とここでお別れ。今日はまだ店を決めていないので、駅の西側へ出て呑み屋街をぶらぶらとしながら、何処へ入ろうかと店を物色してみる。
目に止まったのは、「海ごはん山ごはん」と云う名のダイニングバー(明らかに居酒屋ではない)。看板を見れば無国籍料理的創作料理の店だと。北千住らしくない感じだが、ちょっと面白そうなのでここにしてみた。
入ると店員に「3階へどうぞ」と云われ、酔っ払いには危なそうな急勾配の階段を上がる。我々が山スタイルなので、3階へ通されたのか? このフロアにはオープンエアのテラス席があるし、更には屋上もあるみたい(夏限定か?)なので、都合4フロアもある店ということだ。
店の雰囲気は何となく南国の島を彷彿させる。「山ごはん」というよりも「海ごはん」な感じ。水沼温泉センターでビールを呑んでからだいぶ経ち、また生ビール(480円税別、以下同様)が呑みたくなったので注文。また、ビールが何杯も呑める季節になった。
つまみには、ソフトシェルクラブ~シークァーサーチリ~(780円)、海老とあさりと帆立とトマトの和風アヒージョ・バケット付き(680円)、旬野菜のグリル(850円)、3種のポテトサラダ(780円)を注文。ソフトシェルクラブが出てくるところは、やはり南国。ふと、マレーシアとかシンガポールを思い出す。旬野菜のグリルが唯一、「山ごはん」か。ポテトサラダ3種は、かぼちゃ、カレー味、アンチョビ味。確かに、無国籍な雰囲気は出ている。
北千住にはまだまだ入ってみたい店がいっぱいあるので、またこの店に入るのはいつになるか判らないが、ここは大人数でワイワイやるには良さそうな店、そういう機会には来てみようと思う。

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インドネシア滞在が長い方に、今日の夕食はローカルフードの店に行かないかと誘われた。もちろんウェルカム、二つ返事で行くことになった。
行ってみれば、広場のような公園の両側に長さ100メートル以上に渡ってトタン屋根を設えたところに、屋台のような店がずらりと並んでいる。いわゆるここはフードコートなのだ。我々が入った屋台には"MBAK DEWI"と書いてある。ここは牛肉料理が美味いとのこと。既に我々の仲間(フィリピン・エンジニア・グループ)も来ていた。
"mbak"とは、ジャワ語でお姉さんという意味。つまり"MBAK DEWI"で、「デウィ姉さん(の店)」ということになるらしい。実際、見回してみると、"MBAK 何某"という看板がそこここにある。日本だって、例えば新橋に「まこちゃん」なんていう居酒屋があるが、それと同じだ。
これが典型的なインドネシア料理なのかは判らないが、まったく英語が通じないローカルの店なので、こういう店に入れるようになれば、もうどの店だろうがOK。選択肢は無限に広がる。でももうちょっと、少なくとも料理の名前ぐらいは覚えておかないといけないだろうと思う。
料理は皆に倣って、"IGA BAKAR"を注文。牛のあばら肉を直火で焼いたもの(いわゆるリブロースト)とのこと。これにご飯とスープが付いてIDR30,000(≒240円)だから、やはり牛肉はジャワ料理としては比較的高級品なのだ。さっそくかぶりついてみる。
いままでインドネシアで散々、牛肉には痛い目に遭ってきたが、ここの"IGA BAKAR"は骨から肉がするりと外れる。多少スジっぽいが、あっさり噛み切れる。じっくり焼いてあるのだろう。噛み切れる、というだけでも十分価値があるが、甘辛な味付けもなかなか良い。やはり、我々が知らないところで、美味いものが眠っているのだと知った。それにしてもビールが欲しい。

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今回のプカロンガン滞在中のタクシー移動では、小生より年長の日本人か、欧米人が同乗者。年長者の方も欧米人も、夕食は基本的に自炊しているとのこと。その欧米人は、時々別の欧米人と一緒に、数少ないウェスタンスタイルの店(プカロンガン市外)へ呑みに行くようだった。ハード・リカーが置いてあるらしいが、(怪しげなので)日本人は誰も入ったことがない店だと聞く。
小生も釣られて、スーパーで買ってきた食パン(酵母の匂いが日本と違うのでどうも気になる)と牛肉ハムとチーズでサンドウィッチで簡単に済ますことが多くなった。これだけだと味気ないので(って云うか、牛肉ハムが不味いので)、とある(道に面していないし看板も無いので知る人ぞ知る)闇の酒店から仕入れたビンタン・ビール(500mlロング缶でIDR40,000≒300円)をグビグビやりながらの夕食。ビールがあれば、物悲しい食事も多少、華やぐ。
而して、夕食を外食する機会はすっかり無くなった。でもサンドウィッチのワンパターンではさすがに飽きる。そこで週に1、2回は、同乗者に断りを入れて「ポジョッ」に寄って貰う(ケンタッキーフライドチキンは、自ら積極的に行きたいとは思わないので行かず仕舞い)。
「ポジョッ」はもうテイクアウトばかり。店の若女将(?)も、小生を見れば、直ちにテイクアウト用の油紙にご飯をよそって待ち構える。チョイスするのは、基本的に青菜の煮物と玉子と鶏肉だが、他にも色々な料理がある。なかなか得体が知れないので手が出ないが(何しろインドネシア語しか通じないので、聞きようが無い)、ある時、魚らしきものが目に入ったのでそれを頼んでみた。値段は鶏肉と違いは無く、しめてIDR15,000(≒110円)ぐらい。
その魚は素揚げではなく、珍しく焼き魚だった。何だかよく判らないが、イワシのような感じ。脂のノリはいまいちだが味は悪くない。いままで魚と云えば揚げたものばかりだったので、インドネシアには揚げ物しかないのかと思っていたが違った。けれども、これを(使い捨ての軟なプラスチック製)フォークとスプーンで喰うのはなかなか難しい。やっぱり焼き魚は箸に限る。

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最近、近所にイタリアンレストランが開店した、ということをSNSで知った。地域の情報を得るには(女性には「井戸端会議」と云う手段があるのかも知れないが)、ひと昔前までは自治体の広報誌や新聞の折込、ミニコミ誌などだった。この頃はFacebookやTwitterなどのSNSが便利。新しい店が出来たとか、近所で交通事故があっただの、パトカーが何処何処で張っているだの、やけに地域に密着した情報がタイムリーに得られる。ミニコミ誌や地域新聞は受難の時代だろう。
ともかく、徒歩圏内にはイタリアンレストランは無かったので(いままでの最寄は自転車で約10分)、さっそく行ってみた。その場所には以前、居酒屋かスナックがあったはずだが、ちっとも思い出せない。店の看板は手作り感がいっぱい。ぱっと見、「Luce」と読み難い。でもイタリアンらしい雰囲気は伝わってくる。
入ってみると、L字カウンターと奥にも壁に向かったカウンター席がある。先客は無し。夫婦でやっているようで、毎日わざわざ、さいたま市からやってくるとのこと、「大変ですね」と云えば「そうでもないです」とのこと。まだ気合が充実しているように感じられる。
まず頼んだビール(グラス540円)はクラフトビールとのこと(何処のブランドか忘れた)。その後はハウスワイン赤をデカンタ(980円)でもらった。
料理は、手作り鴨ハムのサラダ仕立て(680円)、イワシのマリネ(680円)、ジェノベーゼリガトーニ(880円)、石川産ワラサのソテー・オルガノ風味トマトソースをもらう。ビールのつまみに「サービスです」とシュー生地に挟まったパテ(何のパテだったか忘れた)が出てきた。
ジェノベーゼはバジルペーストかと思ったら全然違った。「こういうのもジェノベーゼです」とシェフの解説。料理は何れも本格的だか、個性的なアレンジもあってシェフのアイデアが感じられる。これからがとても楽しみである。

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大学同級生同士のプチ忘年会。東京の呑み屋事情に詳しいアユラシが幹事。小生は、この頃、東京以外の呑み屋にはやけに詳しくなってきたが(例えば、所沢や、立川、高尾、大月、大宮、松田等々は我ながら地元民並みに詳しい)、代わりに都心はすっかり疎くなってきた。今はせいぜい浅草や北千住ぐらいか。そんなアユラシが選んだ店は、なんと「フーターズ」だった。そんな店で忘年会とは、型破りだなー、と感心。
入ったことは勿論無かったが、その名前とそこがどんな店かぐらいはよーく知っている。小生がテキサス・ベイタウンにいた頃、話の種にフーターズに行こうと若者中心に盛り上がったが(小生も末席に加えてもらえそうだったが)、皆忙しくて都合が合わず、結局実現はしなかった(連れて行ってもらえなかっただけかも知れない)。
日本にフーターズは7店舗もあるらしい(つい最近、民事再生法の適用を申請したので、それでどうなるのかは不明)。いずれにせよ、銀座ナインにも店が出来ていたとは知らなかった。銀座の雰囲気とはやや相容れない感じもあるが、まあ良かろう。ここで接客する女性は全てタンクトップにホットパンツのチアリーディング・スタイル(男性従業員はごく普通の格好)で、いかにもアメリカナイズされた雰囲気を盛り上げる。
アユラシがチョイスしたのは、5,000円で呑み放題のコース。料理はサラダ、カナッペ、フライドチキン、タコスチップス、ムール貝のワイン蒸し、リブステーキ、ジャンバラヤなど、これもいわゆるアメリカン。量は、我々には十分過ぎるほどである。
そのうち、女性従業員が皆通路に出てきて、音楽に合わせ我々を盛り上げる。最後は客の我々と記念撮影。徹頭徹尾、如何にもアメリカンな文化を体現している店である。

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「かつら」を出たら、いつのまにか外はとっぷり暮れていたが、時計を見ればまだ宵の口。なおちゃんにはもう一軒、ちょっとだけ付き合ってもらうことにした。
大月駅前はこの季節らしく、富士山をモチーフにしたイルミネーションが綺麗だ。だが、見ている客は殆ど見当たらないので、少々物悲しさも漂っている。
2軒目は毛色を変えて、駅前ロータリーの反対側にある「月cafe」にしてみた。名前はカフェでも、普通に西洋料理が出てくることは、我々は良く承知している。ここはかつて「アダージッシモ」という店名だった頃に、かなり贔屓にさせてもらっていたが、名前が「月cafe」に変わってからは3年ぶり(前回はこちら)の入店である。
入ってみると、まだ早い時間にも拘らず(2階はわからないが)1階は先客なし。昼間は近所の有閑マダムがランチに来ることがありそうだが、夜はこんなものか。
近所のオヤジ連中が管を巻く感じの店じゃないし、出張か何かで独りでやってきたビジネスマンも呑むだけだったら「庄屋」や「魚民」に入りそうだし、女性のお酌が欲しかったら路地裏スナックに入るだろうし、このようなスタイルの店は大月ではなかなか難しそうな気がする。
それでも我々が知る限りもう10数年やっているのだから(HPによれば1965年からやっているのだそうだ)、それなりに客は付いているはず、我々のような闖入者目当てで無いことは確かだ。
折角の洋食なので、ワインをグラスで貰うことにした。つまみにはトリッパのトマト煮込み(1,550円)をチョイスしてみる。しっかり煮込んであって、蕩ける舌触り。こんな料理が喰えるのだから、山から下りたら偶にはここに寄ってみたくなるのも道理だが、不思議と他に登山姿の客を見ることは無い。何故だろう。帰りはご主人のお見送りを受ける。また来ます、と店を後にした。

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「いせ源」で満ち足りた気分になったあと、カミさんが葛飾応為の「吉原格子先之図」を見たいというので、太田記念美術館へ足を運んでみた。原宿なんて、久しぶりだ。勇んでいってみると、くだんの応為作品は見当たらず(当然ながら、館内は写真撮影禁止である)。
考えてみるに、ここの美術館は所蔵作品が1万2千点もあるのに、展示スペースの広さから見て、実際に展示されている作品はその十分の一にも満たないのではと思われる。展示作品は毎月のように入れ替えがあるらしく、更には何処かの展覧会に貸し出されている可能性も含めれば、無作為に出かけて応為作品に出会うのは至難の業だろう。何れにしても次回は、電話で確認してからやってくるとしよう。
ともかくせっかく表参道までやってきたので、何処かの店に入ってみようと、表参道の裏道へ入ってみる。
なにやら若者が群がっている店があった。看板には、THE ALLEY LUJIAOXIANG(ジ・アレイ・ルージャオシャン)と書かれている。「ルージャオシャン」なんて中国語っぽいな、と思ってググッて見ると、果たして台湾発祥で、アジアや北米などでもグローバルに展開しているという、話題のティースタンドらしい。
渋谷や新宿にもあるとのこと。アルコールは置いてないようなので、小生には全く無用の存在だが(だいいち、並んで待つほどのシロモノなのか)、それにしても台湾発の店が今のファッションとは、時代は変わったものだ。
とりあえずその「ルージャオシャン」はスルーした先に、Zip Zap(ジップザップ)という小洒落たカフェ・レストランがあった。ここならビールが呑めそうだと、入ってみる。メニューを開けば、ここのビールはハートランドだ。ちょっとうれしい。さっそく注文。カミさんは、嬉々としてコーヒーとケーキを注文した。

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インドネシアにいると、3人寄れば文殊の知恵の如く、3人寄ると呑み喰いの話になることが多い。偶々、或る御仁が帰宅時のタクシーに乗っているとき、或る店の前を通った際にタクシーの運転手から「この店はビールが出る」と聞いたとのこと。そりゃビッグニュースだ!とさっそくオヤジ4人でその店に行くことになった。こういうアクションはたいてい仕事より早い。
そこは、いつもの通勤経路にある「サムデラ・シーフード(Samudera Seafood)」という店。以前からやっていたらしいが、ごく最近、新装オープンになったようである。それが証拠に、入ってみると店内には建材の匂いが漂っているし、まだ建材の切れ端が片付いていない状態だ。
店内には何人かのローカル客がいて、我々をもの珍しくジロジロ。店員がやってきて、2階へ通される。其処には先客はだれもいない。カラオケ大会でも出来そうな場所である。若い男性店員が注文取りにやってきたので、さっそく「ビール」を頼むと「今は無い」、と変なことをいう。どうすれば「有る」のか、オヤジ達がしつこく問い質すと、どうやらビールは近所から買ってくれば「有る」という事らしい。どれだけの時間が必要かと聞けば、30分はかからないとの返事。それじゃあ頼もうか、となった。
結果、若者が云うとおり、30分以内にビールが現れたが、残念ながら温い。これから氷で冷やすという。まあ、そんな時間感覚はしょうがない。料理をゆっくり喰っているうちに、ちょっとだけ冷えたビールを呑むことが出来た。しめてIDR765,900(≒6,130円)、一人あたま1,500円はまあまあか。肝心のビールは、大瓶一本IDR85,000(≒680円)だった。
ところでこの店、メニューには"Samudera"とあるが、看板には"Samudra"と書いてある。察するに誰かの名前か何かの固有名詞だと思うのだが、きっとどっちかが合っていて、もう一方は間違いなのだ。そんな名前を間違えるな!と突っ込みたいところだが、ゆるいインドネシアのこと、どっちでもいいんじゃないの?と、答えが返ってきそうな気がする。

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この頃の仕事の行き帰りは、欧米系とタクシー同乗の場合が多かったので、帰りは基本的に何処かの店に寄る事は無い。今週は久々日本人二人(どちらも小生よりかなり年長)が同乗者。道中色々な話をされるるので興味深く聞く。
このあいだはこんなことがあった、あんなことがあったなどと、主に仕事の話。それはいつ頃のことですかと訊くと、20代の頃の話だとか、澄まして仰るのでびっくり。ん十年も前の話を、「このあいだ」のように話すのはさすが年長者。見習わなくては他山の石としなくては、と感じ入る。
お二人とも、プカロンガン在住が小生よりもずっと長いので、基本的に夕食は部屋で自炊するとのこと。炊飯器やフライパンを始め、基本的な調理用具は揃えてあるそうだ。でもさすがにコンロは電気コンロ一つだそうで(ホテルの部屋の電気容量は、たかが知れているはず)、そんな凝った料理は無理のようである。
おひと方は「今日はビーフステーキ」とかで、もうひと方は考え中とのこと。100%外食の小生は、今日もホテルのルームサービスにするかどうかだが、久しぶりに「ポジョッ」にしてみようと思いついた。
お二人に断わりを入れ、テイクアウトするので店の前でちょっとだけ待っていて欲しいと告げる。すると、今宵の食事をどうしようか決めかねていた御仁も車を降り、一緒に店でテイクアウトすると仰る。
小生の今日のおかずもテンペの煮物と、空芯菜の煮物。何だかパターン化してきたが、結構、飽きないものである。女将が器用に御飯とおかずを紙に包み、プラスチックバックに入れてくれる。これで100円そこそこなのだから毎度恐縮だ。
運転手にIDR2,000札(≒16円)を渡せば、それはそのまま手旗を持った「お助け人」に渡り、今日も首尾よく帰宅となった。さて冷蔵庫から缶ビールを取り出して、テレビを見ながら夕食としよう。

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「パラゴン」の地下にある「ハイパーマート」でコピ・ルアク(Kopi Luwak)探していたときのこと、同行者はかつてバカンスでインドネシアにやってきたとき、まさにジャコウネコを飼っている農園に連れて行ってもらったことがあると話し出した。コーヒー豆さえあれば、別にジャコウネコは農園でなくても(インドネシア国内であれば)何処でも飼えるはず、スマランにもあるかも知れない、と呟きつつ「スターバックス」でスマホを検索し始めた同行者。
やがて、ここが可能性がありそうだと云い出し、行ってみようということになる。場所は昨日、ワインを呑みに行った高台の一角らしい。「パラゴン」を出て、待たせておいたタクシーに乗り込み、また、青空市の中をトロトロ進む。
急坂を上がり、高台の高級住宅街をうろうろ。なかなか見つからず、辺りにいた人にタクシー運転手に聞いて貰いながら進むと「ここがそうだ」とタクシーが止まった。看板も無いし、門も閉まっている。建物は民家と違いが判らない。同行者が、ホームページにあった電話番号にかけてみると、今は営業していないとの返事。残念だが、そんなこともある。他にも候補があるようなので、また次回にしようとなった。店を探す旅も、また楽しからず哉。
そうこうしているうちにいつのまにか昼時。もう店に入るのも面倒なので、来るときに見た「KFC」で済ますことにした。こういうときにはファストフード店は便利である。Google Mapで見る限り、「KFC」はスマランだけでも、10店舗以上はある。チキン好きなインドネシア人にとっては、マクドナルドやキング・バーガーよりも遥かに人気である。チキンチーズハンバーガーIDR20,000(≒160円)を車内で喰って、また3時間掛けてプカロンガンへ戻る。すっかりリフレッシュできた。

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今日は偶々、タクシー同乗者が「彼女」と食事とのことで別行動、帰りが一人になったので久しぶりに「ポジョッ」に行ってみることにした。先週も今週も、タクシー同乗者は欧米系(イギリス人)。一緒にジャワ料理店なんて行くはずも無い。
この同乗者、奥方がベトナムのホーチミン・シティに住んでいるらしいが(偶に帰るらしいが)、今日の夕食の相手はやはりホーチミン・シティからやってきた(若い)ベトナム女性だと。ちなみにこのイギリス野郎は小生よりも遥かに年上。浮気なのかどうかはさておき、そういう話をいけしゃあしゃあと、同乗者たる日本人(小生)へ喋る神経がどうも理解できない。欧米系は総じて、そういうところは無神経な程オープンである。
「ポジョッ」に到着。ひとりなので誰憚ることなく、そのままタクシーを待たせ、店内へ。小生の手ぶり一つで、いつもの女将はテイクアウトだと理解してくれ、直ちに油紙の上に白飯を載せて待ち構える。今日は何にしようかと一瞬だけ考え、鶏卵(の煮物)とテンペ(の煮物)と空芯菜(の煮物)にした。
これでも価格はIDR12,000(≒96円)。やっぱりテイクアウトは申し訳ないほど安い。車に戻って運転手にIDR2,000札を渡すと、それは直ぐさま「横断お助け人」へ。路肩から車線に出るだけなので簡単だが、その「横断お助け人」の役割はそこまで。10数メートルほど直進した後右折してホテルへ入るには、今度そこにはホテルお抱えの「横断お助け人」が待ち構えている。
部屋に戻ったら早速、包みを広げて夕食。いつものことながら、香辛料は(インドネシアにしては)極めて抑え目で、やさしい味。あっという間に平らげた。
日本の料理的には、これだけのおかずでこれだけのご飯を喰えるのか、バランスが悪いのでは、と思う向きもあるかも知れないが、インドネシア料理(マレーシア料理も同様)は煮物の汁だけで飯が喰えるという感じ、まったく心配なく、ぺろりとご飯が無くなってしまう。これがなかなか病みつきになるのだ。

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また今週の夕食も、ケンタッキーフライドチキンで始まった。こんなことは、もちろん日本でも無いことだが、偶には変わった境遇に身を置くのも悪くない。タクシーの同乗パートナーが変われば、また自ずから行き先も変わるもの。これで、KFCのチキンチーズバーガーが病みつきになってしまい、日本に戻ってもひたすら食べ続ける、なんてことに果してなるだろうか。我が家の近所で云えば、イトーヨーカドーや、ららぽーとにKFCはあるらしいが、さてどうなるか。映画を観るときに、買って持っていくぐらいか(当然ながら、持ち込みは禁止だが)。閑話休題。
今宵のテイクアウトは、チキンチーズバーガー(IDR20,000≒160円)だけにした。これにフライドチキンを付けると、食べられなくはないけれど、やっぱりこの頃ちょっと重い感じがしてきた。こちらにいると全く動かないので(歩くのはトイレに行くときだけ)、摂取した脂肪分はそのまま腰に沈積していくのみだ。
いつも感じることだけど、テイクアウトだと、買ったときにはふっくらしていたバンズが、食べる頃には冷えてやや萎びた状態になる。味は悪くは無いが、見た目はちょっといただけないな、と。やっぱりハンバーガーも出来立てが見た目にも美味い。
朝、昼しっかり喰っているので、夕食はこんなものでもいい筈だが、今日はちょっと物足りなかったのか、買っておいた食パンを一枚喰う気になった。食パンは、その辺のスーパーでも割とちゃんとしたものが買える(しかし、香りがちょっと日本のものと違う。酵母の種類が違うのか?)。さすがにパンだけでは味気ないので、やはり買っておいたスライスチーズとハムを挟む。
ハムは、もちろんポークではなく、ビーフ。何故かスーパーには、チキンハムが見当たらない(たしかマレーシアでは、チキンハムが主流だった)。ビーフハムは色々試したが、どれも何となく香りや味がいまいちだし(余り美味そうな香りがしない)、それに安い部位を使っているのか、ときどきスジっぽいのに当たることがある。そういえば昔、日本でもそんなハムがあったような気がして、ちょっとだけトリップした。

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仕事帰りに今宵も再び、若者達とKFC詣で。基本的にチキンが大好きで、かつ欧米の食文化にも興味があるインドネシア人にとって、KFCはピッタリくる店なのだろう、それが証拠に既にインドネシア国内では600店を超えているらしい。しかしインドネシアは広い。島の数からして1万以上もあるらしいから、まだまだ成長の余地はたっぷりある(ちなみに、日本は1,000店ちょっと)。
かたやマクドナルドとなると、日本では3,000店を軽く超えているのに、インドネシアでは100店ほどしかない。たぶん、ここプカロンガンには店舗が無い。人口が30万人を超えるような都市で、マクドナルドが1軒も無いのは、日本人的にはちょっとびっくりだ。もちろん、インドネシア人だってビーフを食う。しかし、マクドナルドの営業努力が足りないというよりは、やはりインドネシア人はビーフよりはチキンの方を好む性向のせいかと感じる。
そもそも、店で出てくる牛肉はたいていの場合、筋っぽくって硬い。顎が疲れるし、歯の隙間に挟まる。街中を移動するトラックに乗せられた牛を見ても、皆、痩せてして栄養状態が良い様には思えない(≒美味そうに見えない)。そのイメージがインドネシア人に刷り込まれていて、ビーフ、しいてはハンバーガーに人気が集らないのではなかろうか。
先週も似たようなものだったが、今週のおやじタクシードライバーに「KFCへ行ってくれ」と云っても、「へ、KFC?って何?」という感じで、まったく話が通じなかった(而して日本人若者がナビゲート)。タクシードライバーのくせに、KFCそのものを知らなくていいのか、と心配してしまう。少なくともまだ、KFCがあらゆる世代に受け入れられている訳ではなさそうだ。今回は、チキンウィング(IDR8,500≒68円)を2本買った。これで136円とは、かなりお得である。

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今日の夕食は馴染みの者同士、おやじ3人で「チン・ロン」に行きましょうか、という話になった。行ってみると、店内のテーブル席はほぼ埋まっていて、大カラオケ大会(?)の真っ最中だった。ぱっと見、すべて華僑系のようである。おばちゃん達は、やけに派手に着飾っているが(おやじ達もそれなりだが)、きっとここに関西のおばちゃんが混ざっていたとしても、見分けはつきそうに無い。
どういう集まりなのか判らないが、中国本土にルーツを持つ者達のコネクションネットワークがあるのだろう。日本で云えば、県人会のようなものか。みんなビールを呑んでいい調子だ。華僑でイスラム教徒というのはやはり少ないのだろう。
それにしてもこんなところに、我々が混ざって呑み喰いするのはゾッとするな、と思っていたら、流石に店も気を使ってくれて、皆さんはこちらにどうぞと、扉で仕切られたVIPルームに通される。隔離されたのは我々だけではなかったが、これならばカラオケで話が遮られるということはなさそうだ。
それにしてもこのプカロンガンでは、華僑系はかなりマイノリティのはずだが(恐らく5%以下?)、皆さん、総じて裕福そうである。この町でも時々見かけことがあるが、やけに高いコンクリート塀で囲まれていて、その塀の上にはご丁寧にも鋭く尖ったガラスの破片が埋め込まれている家がいくつもある。いかにも金が唸っていそうな雰囲気を醸しているが、きっと今ここに居る連中も、そんな屋敷に住んでいるに違いない。
このようなひと握りのマイノリティが町の経済を牛耳っている構図は、ジャカルタだけに限らず、ここプカロンガンのような地方都市でもちゃんと成り立つ。お隣マレーシアでもそうだった。こんな店に入っても、そんなインドネシア社会の縮図を感じられる。

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小生がタクシーで同行する人は、比較的、ウェスタン・フード(≒ローカル・フード以外)を好むものが多いので、夕食にローカルフードを食す機会が少ない。偶々今日は、同行者が他の人たちと飲み会があるということで、小生はひとりでタクシーを利用することとなった。
このまま真っ直ぐホテルへ帰ってもいいが、ならばせっかくなので「ポジョッ」に行ってみようか、と思い立ち、ドライバーに告げる。しかし、今週のドライバーくんはきょとんとしていて、まったく要領を得ない。そんな店あったかな、ってな感じ。ホテルの目の前だよ、と云っても通じない。そのうち、ちょっと他のドライバーに聞いてくるよ、云い残して車を降りていった。
やがて戻ってきたドライバーは、なんだ、あのジャワ料理レストランのことだったのか、と判った様子で苦笑い。ジャワ料理の店に行くとは思わなかったよ、と云う。日本人は皆、ウェスタン・フード・レストランばかりだと決めてかかっていたようだ。
考えてみれば当たり前だが、ここはインドネシアではなくジャワなんだ、ここで喰うローカルフードはジャワ料理なんだ、と改めて感じる。
「ポジョッ」に着いても車を返さず、ちょっと待っていて呉れ、とドライバーくんに云いおいて、店に入る。いつものように、身振りでテイクアウトと説明(そろそろ、インドネシア語でテイクアウトとはなんて云うのか、覚えたほうがいいかも知れぬ)。
テンペの煮物と、空芯菜の煮物をチョイス、IDR50,000札を渡すと、おつりがIDR41,200も返ってきた。つまり、IDR8,800(≒70円)だった。やすっ!

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また日本人若者連に連れられて、今宵も仮設店舗のKFCへ行くことになった。前回から3日しか経っていないが、それもまた佳し。今週のタクシー運転手は、KFCが仮店舗で営業していることを知らなかったようだ。我々が普段使っているタクシー会社はスマランが拠点なので、プカロンガンの店に余り詳しくないのは不思議ではないが、それでも偶々やってきた日本人の方が、インドネシア人よりも店を知っているというのは、やはりちょっと不思議な気はする。
今日は、チキンチーズバーガーと、チキンウィングにしてみた。チキンウィングは既に出来上がったものがあるが、チキンチーズバーガーはこれから作るので、5分お待ち下さいとのこと。
そこそこ客が来ているが、火事に遭う前の店舗では、大変人気で大行列ができたらしく、並ぶのが大変だったと、日本男子は云う。並んでいると、ちゃんと並んでいない者や割り込んで来る者などが居たりするのはまあ許せるとして(それはそれで許せないと思うけど)、店員が仕事をほったらかして、店に来た友達とべちゃべちゃしゃべっているのが腹が立つ、とのこと。その気持ちは判る。しかしこれは国民性と云うよりも、単に教育の問題だろう。日本のKFCの教育はどんなものか知らないが、あまりそのような話は聞いたことがない。
いずれにしても旧店舗は、そんなこんなで結構待たされて、一向に行列が減らなかったそうだ。それに較べれば、今は楽。店側としては売り上げは下がっているかも知れないが、少なくとも我々としては、このままここで仮店舗のままの方が良い。
仮店舗の今日のレジ係は、何故かおじさんである。インドネシアでも一般に、レジ係は若い女の子が多いと思うが、何故だろう。エアコンが無くて、蚊がぶんぶん飛んでいるところは、若い女の子に嫌われるのか。同行の若者は、女の子の方が良かったかも知れないが、小生はおじさんで全く問題ない。インドネシアでKFCのチキンバーガーをテイクアウトするんだったら、てきぱき働くおじさんがレジ係の、テント店舗が良いと思う。

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プカロンガンにも、ケンタッキー・フライドチキン(KFC)があることを知った。今週のタクシーで同乗した日本人若者に「寄っていいですか?」と聞かれ、一も二もなく同意。行ってみると、何故か仮設テントだ。訊くところによると、入っていたショッピングモールが火事に罹災したためらしい。でもこんな状態でも営業ができるんだ、とちょっとびっくり。
いっそのこと、(暑くて蚊に刺されるかも知れないことはさておき)ずっとこのまま営業を続ければ、テナント料もかからないだろうし(土地の場所代は取られているかも知れない)、一層、儲かるんじゃなかろうか、と思う。我々も、テイクアウトだけならば、この暑さや蚊はあまり問題ではない(このテントの中で喰う気は起こらないなあ)。もしかすると、テントではメニューの種類に制約があるのかな。
小生は、チキンフィレクリスピーIDR18,000(≒144円)と、チキンチーズバーガーIDR19,000(≒152円)をチョイス、テイクアウトチャージ(つまり持ち帰り用の箱代)IDR1,000(≒8円)で、しめてIDR38,000(≒304円)だった。日本で久しくKFCなんて入っていないので、相場が判らないが、日本の半値ぐらいだろうか。
チキンフィレクリスピーもチキンチーズバーガーも、普通に美味い。ということは、この味にはインドネシアらしさは感じられない。ケチャップだけでなく、チリソース(サンバルソース)も付いてくるところが唯一、らしいところだろうか(まあ、使いませんけど)。まだ20代の、今日同行した若者は、プカロンガンで「KFCが一番美味い」と断言した。アメリカナイズした味覚には、きっとそう感じるだろうと思う。小生には、週一ぐらいだったらKFCでもぜんぜん悪くない。でも、喰ったのは恐らく20年ぶりぐらいだと思う。

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朝夕の通勤の車は、同乗者が時々入れ替わる。今日はフィリピンから来ているエンジニア達と一緒。彼ら曰く、ここプカロンガンの物価は、彼らが住むフィリピン・セブ島よりも安いとのこと。へー、そうなんだと純粋に驚く。日本やシンガポールに較べれば、東南アジアの国々は似たり寄ったり、フィリピンとインドネシアの物価水準も大して違わないだろうと漠然に思っていたが、そんなことはなくそれなりに違うようだ。それでも彼らは、夕食をホテルのルームサービスで済ませるようなことはしない。かといって自炊道具を揃えている訳でもなく、やはり専ら、ローカルの人たちが入る食堂に行くのだそうだ。
その一つが、小生もこれまで何回か入ったことがある「ポジョッ」(Pojok)。でも彼らは、その場で食べることはせず、毎度持ち帰るんだ、と云う。何故?と訊けば、だって、暑くって蚊がぶんぶん飛んでいる所で喰うよりも(たとえ刺されなくても)、空調が利いたホテルの部屋の方がいいでしょ?と。そりゃあ、そうだ。でも、フィリピン人に気付かされるとは思わなかった。
小生も車を降りて「ポジョッ」へ付いて行く。フィリピン・エンジニア君もインドネシア語を解せないので、身振り手振りでテイクアウトと告げる。小生は「こいつと同じ」と指をさすだけ。いつもの女将さん(?)は、油紙のような2枚の紙を重ね合わせた上にご飯をよそい、何にする?と目で聞いてくる。テンペの炒め物と、魚の南蛮漬けのようなものを乗せてもらい、IDR15,000(≒120円)。テイクアウトの方が、安いような気がする。ご飯とおかずは、実に手際よく紙の中へ丸め込まれ、袋に入れて渡された。
もう車は返してしまったので、テイクアウトしたあと、いったいどうするのかとフィリピン・エンジニア君に付いて行くと、バンバン車やバイクが行き交う国道沿いをさらに西へ進み、丁度我々のホテルの真正面まで来た。道路の反対側には、ホテルが雇っている「横断お助け人」がいる。すると、その「お助け人」が我々に気が付き、笛を吹き鳴らし旗を振りながら、こちらに向かって渡ってくるではないか。要するに、我々を迎えにきてくれた訳だ。後は、また戻っていく「お助け人」にくっ付いて渡るだけ。当然、お金はタダ。フィリピン・エンジニア君のコスト節約術に感心した。

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ジャカルタ到着後、いつものようにターミナル2の外へ出ると、むあ~っと暑く気だるいインドネシアの大気に包まれる。辺りはまだターミナル3の整備工事が続いている。こんな暑さの中、ご苦労なことだと思うが、実際、だらしなく座り込んだりしている作業員もいる。彼らに較べれば、こっちはまだマシかなと、スーツケースを転がしてスカイトレインの駅に行き、ターミナル3へ移動。
標識が少ないせいか、単に見逃したせいか、チェックインカウンターは上だと判っているのに、なんとなくエスカレータで1階まで降りてしまい、何処かにエレベータでも無いかと探したが見つからず、結局またさっきのエスカレータまで戻ってガルーダ・インドネシア航空のカウンターへ。
チェックインと手荷物検査を済ませて漸く、出発ゲートがあるフロアへ到着する。さて、このあとどうするか。いつものことながら、ジャカルタ着が15時55分で、次のスマラン行きGA246便が19時35分発なので、この時間に夕食を喰うべきところなのだが、GA246でも例のランチボックス(ディナーボックス)が出てくるので、(大して楽しみではないが)丸ごと食べなくても多少腹を空けておかないと勿体無い。そうなると、ここで喰うのは麺類ぐらいが望ましいか、などと考える。
そんな頭でうろうろしていると、ちょうどうってつけの店があった。"Happy Chappy Chinese"と、ちょっとダサい名前の中国カフェ。お子様御用達じゃああるまいし、こんな名前でも客が入るのだから(自分も入ったことはさておき)、不思議と云うかインドネシア人の感覚はちょっと理解できない。
頼んだのはやきそば(Chick Chow Mein Egg Noodle、IDR65,000≒520円)とアイスウーロン茶(IDR35,000≒280円)で、きっちりIDR100,000(≒800円)だった。やきそばは、上海風でまあまあの味。アイスウーロン茶はプラスチック容器に入って出てくるのだが、何故か蓋がシールされていて、ストローを突き刺さないと飲めない。このシールは何処で封じたの? なにしろ、中に氷が入っているのだから、ついさっき、そこでやったとしか思えないが、わざわざシーラーを使ってここまでやる必要性がいまいち判らないのだが・・・。次回は、そのシーラー器具を拝見したい。

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海外出張前の最後の晩、三郷中央駅の目の前にある「パスタの家 CIELO」にカミさんと入る。いつのまにか、もう一年ぶり(前回はこちら)。まったく月日の経つのが早い。その間に、ずいぶん客の入りが増えてきたようだ。我々が入った時点で先客は二組だけだったが、後からも続々と家族連れの客がやってきて、気が付いてみると客は七組で、ほぼ全てのテーブルが埋まった状態。こんなことは、一年前までには無かった。
一方、厨房は一人だけで、あとはフロア係の若者(たぶん学生)だけ。これだけの規模の店がいっぱいになると、さすがに一人では無理だろう。実際、なかなか料理がやってこない状況が続く。我々はワインを呑んでいるのでまだマシだけれど、そうでない客はみんなでスマホに集中。
やがて、ようやくぽつりぽつりと料理が出て来だしたが、間延び感は否めない。みんな、意外に我慢強く待っているのは、スマホで気が紛れているせいだろう。
そういえば、今はもう閉まってしまった居酒屋だが、銀座ナインの一角にあった。店のサイズは、この店並みながら、客席数はこの二倍くらいあって(つまり、都心の店らしく密度が高い)、それを老夫婦だけでこなしていて感心したものだが、あの店は居酒屋なのでそんな手の込んだ料理は出さない。だからやっていけていたのだろう。一番料理らしい料理は、「とんかつのおろしぽんず掛け」だった。あれは、とても美味かった。
その銀座の居酒屋と比較すれば、イタリア料理だからどうしても手がかかる。ファミレス的に温めるだけを基本にすると能率は上がるだろうが、客は「サイゼリア」にとられてしまうだろう。そうなると、要は厨房1名ではもうこなせない状況なのだから、人を増やすしかなさそうだ。この店もそろそろ、そういう分岐点に来ていることを認識すべきなようだ。

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