「有乳湯」で温まった後、「ますや旅館」に戻ると既に玄関の扉は開いていた。我々の部屋は本館2階。聞けば、本館に泊まる客は我々だけだという(他の客は別館とか離れとか)。明治40年頃に建てられた木造3階の建物は文化財に指定されているだけあって重厚だが、その反面かなり古びている。廊下には暖房が入っていないので外気並みに寒々しい。
共同浴場の「有乳湯」では湯上りビールを呑めなかった(牛乳とかコーヒー牛乳とかはあった)ので、部屋に入ったら多少寒くてもとりあえず呑みたい。襖や障子の建付けがかなり狂っていて(当然だがアルミサッシュなどは使われていない)、隙間風で寒い。温風ヒータが無いと凍えそうである。それはともかく、ぎしぎし鳴る階段を降り、若女将にビールを所望すると「部屋へお持ちします」と。
やがてビールが「おまちどうさま」と到着。漸く人心地ついた。その後、乾きものをつまみ、日本酒をちびちびやりながら、今日の山行について回想。この夕食までの、頭の中がほぼ空っぽ状態なモラトリアムが至福の時間である。
そうするうちに夕食。食事処は別室。行くと、既に料理がずらりと並んでいる(毎度の事乍ら、旅館の夕食って不思議と記憶に残らない。別に何処でも同じということはないものの、特徴が無いせいか、似たり寄ったりな料理のせいか、それとも品数が多過ぎて覚えられないせいか、分からない)。でもそれぞれ美味かったし、やはりご飯に辿り着けないほど量もたっぷりだった。
腹の皮が突っ張ると瞼の皮が緩むので、忽ち眠くなる。部屋は余りに寒いので温風ヒーターは点けっぱなしにしようか迷ったが、やはり点けずに就寝。翌朝、さっそく温風ヒーターを付けて、朝食の時間までに荷物のパッキングをしているうちに、腰がバキバキっときて動けなくなった。・・・重症かも知れない。
共同浴場の「有乳湯」では湯上りビールを呑めなかった(牛乳とかコーヒー牛乳とかはあった)ので、部屋に入ったら多少寒くてもとりあえず呑みたい。襖や障子の建付けがかなり狂っていて(当然だがアルミサッシュなどは使われていない)、隙間風で寒い。温風ヒータが無いと凍えそうである。それはともかく、ぎしぎし鳴る階段を降り、若女将にビールを所望すると「部屋へお持ちします」と。
やがてビールが「おまちどうさま」と到着。漸く人心地ついた。その後、乾きものをつまみ、日本酒をちびちびやりながら、今日の山行について回想。この夕食までの、頭の中がほぼ空っぽ状態なモラトリアムが至福の時間である。
そうするうちに夕食。食事処は別室。行くと、既に料理がずらりと並んでいる(毎度の事乍ら、旅館の夕食って不思議と記憶に残らない。別に何処でも同じということはないものの、特徴が無いせいか、似たり寄ったりな料理のせいか、それとも品数が多過ぎて覚えられないせいか、分からない)。でもそれぞれ美味かったし、やはりご飯に辿り着けないほど量もたっぷりだった。
腹の皮が突っ張ると瞼の皮が緩むので、忽ち眠くなる。部屋は余りに寒いので温風ヒーターは点けっぱなしにしようか迷ったが、やはり点けずに就寝。翌朝、さっそく温風ヒーターを付けて、朝食の時間までに荷物のパッキングをしているうちに、腰がバキバキっときて動けなくなった。・・・重症かも知れない。