山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

ドライブイン・休憩所

忘年山行2日目は昨日から持ち越した、達磨山から金冠山を巡って富士山を眺めようというプラン(山の記録はこちら)。戸田BSを7時5分発のバスに乗るため、朝食は6時でお願いすると、「峯松」のオヤジは快く了解してくれ、さらに、何だったら戸田峠まで送るけど、とまで云ってくれたので、有難く言葉に甘えることにした。
峠までの道中、「峯松」のオヤジからは、戸田には一時期、民宿が300軒もあったのに今はたった13軒だとか、幕末に戸田沖でロシアの船が難破したことがあり、戸田の船大工が洋式の船を造ってあげて(洋式の造船は、日本で初めてか二番目ぐらいらしい)送り出したという美談まで披露してくれた。
「峯松」のオヤジに礼を云って戸田峠から先ず南下。狙い通り今日は快晴。昨日とプランを入れ替えて大正解だ。登り出してみると、日が当たらないところは霜が降りていて滑り易い。少し登ればもう富士山が姿を現し、海が見え、南アルプスが見えてくる。こんな景色は伊豆ならでは。昨日泊まった戸田の街も眼下に見える。たった一晩だけだったが、戸田がちょっとだけ愛おしい。
達磨山は360度の大展望。目を凝らすと、南アルプスは白根三山まで見えている。愛鷹山が邪魔しなければたぶん、甲斐駒ヶ岳だって見えそうだ。富士のすぐ左には八ヶ岳も。今日は八ヶ岳から海が見えるのか~と、ちょっと吃驚。
戸田峠まで戻ったら(ここには自動販売機ひとつ無い)、バスの時間まで余りないので、急いで金冠山を往復し、そのままビールが置いてあると期待している「だるま山高原レストハウス」まで歩いて下ることにした(小生以外は無理せず戸田峠でバス待ち)。途中、結構、若者のグループが金冠山を目指してぞろぞろ登ってくる。ほぼ我々の世界だった達磨山とは随分違う。
「だるま山高原レストハウス」に着くと、直ちに外に掲示されているメニューに注目。何度も見返したが、ビールの文字が見当たらず。マジか。諦めきれず店に入って直接確認するも、やっぱり無いと。偶々今日はトレランの大会があるみたいで、駐車場には若者たちが屯していて楽しそう。ツーリング族もかなりいる。そんな光景を横目で見つつ、虚しくバスを待った。

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093 南アルプスが見えてきた。

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両俣小屋の炬燵でのんびりしていた時のこと、我々とほぼ同じタイミングで到着した単独行のおじさん(我々よりもひと回りぐらい上の方か)が小屋主の星さんと話をしているのを何気なく聞いているうちに、実は単独行ではなく数人の女性の連れがいて、先に行くと云い置いて小屋にやってきたのだと。しかし1時間経っても2時間経っても、女子チームはやってこない。星さんに「別行動は遭難の第一歩」だと咎められて、もしやと思ったおじさんはまた出て行ったが程なく帰ってきて、女子チームも無事到着したのだった(到着が遅れたため夕食は無し、別売のカップラーメンをすすっていた)。でもそのおじさんが独り言のように云うには、女子達は歩きながらもぺちゃくちゃ煩くってたまらない、なので先に来たのだと。議員さんにでもなった方がいい、とも。実際、おじさんの気持ちはとても良く判った(小屋の中でも、野呂川林道でも)。それに、とても他人事とは思えない、何処も変わらないのだと激しく同情した。閑話休題。
両俣小屋から野呂川出合BSまで2時間弱、ちょっと早過ぎたので1時間ほどバスを待つ。20人ぐらい並んだのは皆、両俣小屋宿泊(含、テント泊)組だ。その後、広河原に着いても1時間以上も乗り継ぎ待ち。もうちょっとスムーズにならないものか、と思ってしまうのは都市に住んでいる悲しい性だろう。
バス停で漫然としているのも気が利かない、ぶらぶら歩き回り「インフォメーションセンター」へ入ってみる。基本的にビジターセンターのような施設だが、2階には売店があるし、よく見るとなんと缶ビールを売っている。
しかし何故か、こっそりと売っている感じで、これほど人がいるのにビールを呑んでいる輩がいない。置いてあることに気が付かないのか、未だ時間が早い(午前11時頃)ので気が引けるのか、それともこれから2時間バスに乗るのでトイレが心配だからなのか判らない。でも気にせず、遠慮なくいただこう。すっかり汗が引いてしまったあとだが、それでもやっぱり美味い。ありがたい。

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元々の計画では大菩薩連嶺の、川胡桃沢ノ頭から牛奥ノ雁ヶ腹摺山へ辿る予定だったが、今回は偶々女性の参加者が無く男性2人だけ、男同士の山行では「つまらない」と正直Woodyさんが仰るので中止とし、代わりに独りで奥多摩の小川谷林道へ行ってみることにした。
日原川支流、小川谷は高校生の頃から通い慣れたエリアだが、件の3.11大震災で谷の入口にある燕岩が部分崩落し、危険なため長らく通行止めになっていた。当然、酉谷山へ登ることも叶わなくなったので、酉谷山は奥多摩の中でも益々奥深い山となった。
その後、洞門を設置する工事が行われ、それが完了したのか昨年末から通行できるようになったと聞いていたので、いつか覗きに行ってみようとタイミングを見計らっていた。コンクリートシェルター洞門が、どんなシロモノなのかにも興味があった。それに加え、林道の終点から三又へ下る道も崩壊しているとのこと、いつの日かまた三又でテント泊してみたいので、その偵察も兼ねた。
残暑が厳しく、東日原から歩き始めてすぐ汗が吹き出てくる。一石山神社の先に辿り着くと、噂どおりの洞門があった。確かに立派な造りだが、北アルプスの扇沢バスターミナル手前にあるようなスノーシェッドと見掛け上の違いは判らない。どのくらいの岩が落ちてきても大丈夫なのか、やや気になる。
その先は懐かしい林道。決して林道歩きは楽しいものではないが、久しぶりなので結構ウキウキしながら辿る。この8年間、全く誰も歩かなかった訳ではないだろうけど、昔の記憶以上に周りの緑がえばっているような気がする。所々、崩れた土砂や岩が道を遮っているので、車が通行できるようになるのはまだ暫く先のようだ。
林道終点に近い広場(旧駐車場)から、山道に入るところにはトラロープが張ってあって通せんぼ。ロープを潜ってその先を少し進むと、トラバース気味な道が幅数メートル、地すべりで流されていた。よく見ると、簡易的なロープが張ってあり、これを頼りに渡ることは可能と思われた。これならば、次回はテントを背負っても来られそうだ(でもその後、台風19号がやってきたためどうなったのか、また確かめに行く必要があるだろうし、それ以前に日原街道が復旧しないことには話が始まらない)。
林道をまたテクテクと戻り、再び出来立てほやほやの燕岩洞門を潜れば、目の前の日原鍾乳洞売店に飛び込む。店内には家族連れが数組いて皆、アイスクリームや清涼飲料水などを飲んでいる。小生は当然、ビール。店内はエアコンが無く汗が一向に引かないが、キンキンに冷えたビールがやけに美味かった。

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立山・室堂三日目の朝は再び曇天だが、もう帰るだけだけなので別に気にならない。「みくりが池温泉」に別れを告げ、石畳の径を室堂まで辿る。まだ7時前だが、結構、歩いている観光客がいる。若者が集団で歩いていたりして賑やかだ。
室堂バスターミナルに着いたら、バス待ちの時間を利用して暫し土産物を物色する。との~は宅急便が必要なほど、段ボール箱1個分の大人買いをしていた。小生は2999(剱岳の標高)と書かれた帽子を購入。トロリーバスとロープウェイとケーブルカーを乗り継いで黒四ダムへ移動する。
毎度思うことだけれど、乗り継ぎは初めて利用する者にとってはそれなりに楽しめるだろうが、小生は些か面倒臭い。これを全てトロリーバス(≒車道トンネル)に出来なかったのは、技術的な問題(例えばトンネルにしたら傾斜がきつ過ぎる等)だったのだろうか(室堂の標高は2,450mに対して、黒四ダムは1,470m)。それとも乗り継ぎの度に、土産物屋とか食事処等で金を落としてもらう算段があったのではなかろうか、と邪推をしてみたくなる。
黒四ダムからはまた電気バスに乗ってやっとこさ、扇沢バスターミナルに到着。天候が回復してきたこともあって、我々とは逆に黒四ダム方面に向かう電気バスを待つ人々の行列が凄い。
そんな喧騒を尻目に、我々は長野行バスの待ち時間を利用して、レストハウスでひと休み。広々としたレストハウスに我々3人以外の客は無し。ここへ入るのは14年ぶり?(立山、剱岳を登ったとき以来)かと思われる。
レストハウスの窓から見えるのは、これまた車でほぼ一杯になった広大な駐車場。これだけの数でやってきた観光客が皆、凡そ1万円近いアルペンルート通行料金を支払っているのか、すると関西電力(の子会社)には億単位の日銭が入る訳かと算盤を弾いてみる。凄いなあと単純に感心した。

148 朝の黒四ダム。

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152 バス待ちで一杯。

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北アルプス・蝶ヶ岳&涸沢(実際は、蝶ヶ岳は敗退して涸沢のみ)へ行った翌週は、ちょいと軽い山にしようと、久しぶりに大岳山に登ってみることにした。しかし一般道から登るのはとっくに飽きたし、出来るだけ人ごみを避けたいので、以前からちょっと気になっていた御坂尾根を登ってみることを思い付いた。そのついでに、未だ入ったことが無い大岳鍾乳洞も覗いてみようという趣向である。
登ってみれば、尾根の取り付きから縦走路に出るまで、殆ど無駄のない一直線な登りで、とても気持ちイイ。最後は巨大な岩(護摩壇岩というらしい)を巻き、泥の急斜面を這い蹲って一気に登れば、縦走路にポンと出る。途端に現実に戻った感じ。思ったとおり山頂は激混みなので、ちょっと馬頭刈尾根側に下ったところでランチ。遠くで雷が鳴り出したようなので、さっさと下山する。
帰路は大岳沢に沿って下る一般道、大滝までは意外に静かな山旅を楽しめるが、立派な大滝はそれなりに観光客もやってくるので、もうここから先は下界だ。暫く林道を下れば大岳鍾乳洞に到着。入口には売店があり、キャンプ場の受付所でもあるせいか、うれしいことに缶ビールを売っている。ということで、鍾乳洞へ入る前に売店内のテーブルでグビっとやった。今日は陽気がいいのでビールが一段と美味い。
受付で600円を払うと、簡易ヘルメットを渡される。ヘルメットが必要な理由は、鍾乳洞に入ってみると良く判る。洞窟内は思ったよりも狭く、曲がりくねっているし、しかも照明も十分ではないので、つい岩に頭をぶつけしまう。
どれが鍾乳石なのか分からないところもあるが、それはともかくとして洞内は半袖では凍えるくらい涼しく、中腰にならないと潜れないところや、梯子を登ったり降りたりと、家族経営の手作り感満載の鍾乳洞は大人でも結構楽しめた。近くには「三合鍾乳洞」という鍾乳洞もある。また、山と絡めて行ってみようかと思う。

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房総の山旅2日目。当初の計画では、せっかくなので千葉県で一番高い愛宕山(それでも標高はたったの408.2m)に登ろうと考えていたが、よくよく調べてみれば、山頂を保有している自衛隊峯岡山分屯基地が受付ているのは、毎週火曜日と木曜日、並びに第1、第3土曜日、日曜日のみとのこと。12月30日は第5日曜日なので、残念無念アウトだった。そのため、やむなく千葉県標高第2位の鹿野山(白鳥山、標高379m)に登ることにした。
千葉の山は土地勘が無く、全般的に疎い。どのコースをチョイスしようか、以前に、そもそもどの辺りに山があるのかも良く判らない。大抵の場合、先ずは昭文社の「山と高原地図」で概要を掴むのが手っ取り早いが、千葉の山は対象になっていない。そうなると、昔は国土地理院の20万分の1地勢図、その次は5万分の1地形図を買って来たものだが、昨今は自宅、移動中に限らず(会社でも)ネット検索。やはり、ヤマレコかYAMAPが多い。
調べた限りでは、白鳥山は車を最大限利用すれば、僅か15分で登れてしまう。でもそれじゃあ流石に山登りにならないので、標高35mの秋元城址入口から登ってみることにした。山らしい感じは、秋元浅間山を越えた辺りまでで、あとは白鳥山の登り口まで、車が行き交う舗装道をテクテクと水平移動。こういう道になると途端に女子連が姦しくなるので、声が届かないくらい離れて単独行気分に浸る。
目出度く白鳥山に登頂を果たした後、展望台から九十九谷を眺めつつ野点タイム。もうこれで基本的に山は終了だが、ついでに神野寺にも参拝。五色幕も飾られて、初詣の受け入れ準備は済んでいるようだ。このちゃん、ひろちゃんは、しっかり御朱印もゲット。
あとはタクシーを呼んで帰るだけだが、何処かビールを呑める店が無いものか。道々、探してみたが見当たらず。神野寺の目の前に「よるべさ物産館」なる観光施設があったので、恐る恐る覗いてみれば、もつ煮や牛乳などはあったが、ビールは見当たらず。あったのは日本酒「鹿野山」のカップ酒。もつ煮だったら、牛乳よりも日本酒でしょ、と一杯やることにした。夏じゃないので、日本酒でも悪くない。
(神野寺の全天球イメージ)

088 実際の九十九谷はこの真下。

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今回は、天祖山から長沢背稜を経て、タワ尾根を下るロングコースにトライ(山の記録はこちら)。このコースでは天祖山が標高1,723mで一番高いが、かたや日原川を隔てて隣の鷹ノ巣山(1,737m)が似たような標高で常にハイカーで賑わっているのに較べると、寂しいくらいに人影が薄い。やはり山頂の眺望が無いせいか。でもそのお蔭で、今でも静かなる山である。
天祖山に登るのは、我々の山の会では初めてだと思うし、個人的にも恐らく高校時代以来のはず。その頃は、天祖山から長沢背稜までの間は、篠竹に覆われていて踏み跡らしい踏み跡は無く、奇特な者だけの世界。まともにテントを張る場所も無く、無理やり篠竹を押し倒して張った記憶がある。そんなところでも寝ることが出来たのは、高校生の逞しさか。篠竹が密生したタワ尾根に至ってはまったく人跡未到の世界で、そもそも近寄ることもしなかった。そんな世界が都内にもあった。
今回行ってみると、あれほど篠竹が生い茂っていた梯子坂ノクビレは、きれいさっぱり。極めて見通しが良い。篠竹の痕跡すら見当たらない。天祖山の登山口から長沢背稜までシームレス、まったく違和感が無い。
長沢背稜からの善知鳥ノ頭の登りは、意外に鋸状で手応えが感じられた。単独行だとルートファインディングが難しいかも知れない。その後のタワ尾根の下りは、左の枝尾根に迷い込みそうなところが2ヶ所あるが、其々トラロープが張られていて、大衆化が進んでいるように感じた。
八丁橋から一石山神社まで、休憩を入れてほぼ7時間でトレース完了。我々にとって上々吉と云えそうだ。すぐ目の前の日原鍾乳洞売店に雪崩れ込む。ここは2年半ぶり(前回はこちら)。辿り着いた時点では身体が火照っていて、汗が止まらない状態だったが、顔を洗ってキンキンに冷えたビールを呷ればさっぱりすっきり。今日もビールがたまらなく美味かった。

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元々、この日は赤城山に登る計画を立てていたが、その週の月曜日、つまり1月22日にそこそこ雪が降ったので、こりゃスノーシューでも無いと登れそうにないかなと判断し、計画を変更することにした。そこで思い付いたのは飯能の先、奥武蔵の低山だった。
飯能市を貫く吾野川の、源流域である顔振峠から刈場坂峠あたりは、尾根上を立派な車道(奥武蔵グリーンライン)が貫いているので、たとえ眺めが良くても緑が奇麗でも、車がバンバン走る脇をとことこ歩く気はなかなか起きない。
そうなるとここへ来るための条件は、道路が凍結するか積雪するかして、車が入って来れないこと。つまり冬のこの時期しかない訳だが、偶々1月22日に降った雪は、赤城山だったら負担だが、奥武蔵だったら丁度良い雪なのではないかと思い至った訳。
結果、程々に雪は積もっていたし、雪の無いところでもガッチガチのアイスバーン。果たして車は上がって来られず、甚だクレージーなオフロードライダーひとりを刈場坂峠で見掛けただけだった(同程度にクレージーな単独トレイルランナーが薄着で走っていたのと、我々並みにちょっとだけクレージーな単独行スノーシューハイカーとすれ違った)ので、広い車道はほぼ我々だけの世界。概ね良い天気で申し分ない。虚空蔵峠から旧正丸峠までは、本格的な雪山を味わうことが出来た(山の記録はこちら)。
旧正丸峠から一気に下れば、ほぼ1時間で正丸駅に到着。そのまま駅には向かわずに、隣りにある「正丸駅売店」に入る。およそ3年ぶりだ(前回はこちら)。中はストーブが焚かれていてぽっかぽか。先客は何処かの工事現場帰りの作業服姿が4名程だけ。スパッツを外すのももどかしく、ビール(ロング缶)を購入。汗が引かないうちに、ビールをグビッと呑むことが出来た。ありがたい、ありがたい。

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タワ尾根の紅葉鑑賞にはやや時期外れかと懸念したが、意外にもっていてくれた(山の記録はこちら)。今年は秋の訪れが早かったが、冬はもう少し先の様子。オロセ尾根も、タワ尾根の下部も丁度見頃と云ってよさそうだ。
宮内敏雄著「奥多摩」(昭和19年刊)によれば、「・・・タワ尾根の現在のその山嶺はタラ・イバラ・篶竹と、二軒小屋尾根にも劣らぬ頑強なブッシュの連続で、・・・」とあり、全く隔世の感がある。奥多摩ばかり歩き廻っていた我が高校山岳部時代であっても、タワ尾根だけは登山対象外の扱いだった。途中、「篶坂ノ丸」というピークがあるが、この「篶」こそ篠竹であり、山名に残る通りの竹藪だったに違いない。
ところが今では、山名が場違いに思われるほど、面影すら見られない。幅広い尾根の何処を通っても問題ないほど、立木と倒木以外になんら障害が無い。キレイさっぱり篠竹が無くなっている。そのおかげで、見事な新緑や紅葉を愛でに、多くの登山者が訪れるようになってきた。
ネットを調べてみると、2000年頃はまだ竹藪があったようだ。そのあとに花が咲いて再生するはずが、何故かそうならなかったようだ。そう云えばこの頃、奥多摩だけでなく、大菩薩連嶺でも笹の花が咲き、一斉に枯れているのを目撃したが、タワ尾根と同じようなことが起こるのだろうか。犯人は鹿か? もし、数多いる鹿くんたちが、笹の花を食べ尽くしたりすると(鹿が笹の花を喰うのかは判らない。誰か知ってますか?)、そこで一巻の終わりになる。そういう意味では数10年に一回咲いて一斉に枯れ、再生を待つと云うのは、かなりリスクが高いように感じる。針の穴を通すような瞬間に、鹿くんの大群が待ち構えていたら一溜りもない。小生は別に、笹藪マニアでも、藪漕ぎ大好きでもないが、今後の成り行きには興味がある。
今回も、我々が「ウトウノ頭」から下り始めると、あとからあとから登山者がやってきた。なかには、そのまま滝谷ノ峰(タワ尾根ノ頭)まで抜け、長沢背稜へ回ると云っていたツワモノもいた。みんな若者。タワ尾根が人跡未踏の世界だったことは知る由もない。
最後の急勾配を慎重に下れば一石山神社。その目の前に日原鍾乳洞売店はある。もちろん、単なる売店ではなく、テーブル席もたっぷりある。云わば、セルフサービス式の食堂である。ここで、まだ汗が引かないうちにビールを呑むことができる。ここも「山の駅」と云っていいだろう。我々にとって、とても理想的な場所にあるのだ。タワ尾根から下りてきたら、この店に限る。

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紀伊田辺で昼食を取った後、まだ復路フライトの出発時刻までだいぶがあったので、噂に聞いた世界遺産・熊野古道を覗きに行くことにした。紀伊田辺駅前にある、観光案内所で情報を仕入れる。熊野古道は、紀伊路、小辺路(こへち)、中辺路(なかへち)、大辺路(おおへち)、伊勢路と5本あるようだが、田辺にはこのうち3本が交わっている。このなかから、熊野本宮大社へと向かう、中辺路をチョイス。これだけで、全長105kmあるそうである。
いきなり田辺駅前から歩きだすことも可能のようだが、街中だけで終わっては面白くないので、ちょっと山中に分け入ってみようと車で、目印となる「熊野古道館」を目指す。しばらく富田川に沿って遡ると、次第に山が迫って来る。途中、「大塔」という地名(村?)があるが、後醍醐天皇の皇子、護良親王は、またの名を大塔宮と云ったはずだが、それと関係があるのだろうか。
大塔宮を巡る物語は、様々な場所に伝説として残っている。大塔宮の愛妾だった雛鶴姫が、大塔宮の子を産んだあと亡くなったのが、(JR上野原駅からバスに乗って終点にある)無生野のすぐ先にある、現在の雛鶴神社と聞いたことがある。実際、雛鶴峠へ登る途中で、雛鶴姫の像が建っているのを見たこともある。鎌倉から無生野まで逃げて来た、ということだろう。
富田川に石船(いしぶり)川が合流する地点に、「熊野古道館」と「滝尻王子」がある。住所は中辺路町。川の音が響く。「熊野古道館」は立派な観光案内所だが客はほぼゼロ。案内係の女性が、可哀想なほど暇そうだった。「滝尻王子」とは神社だが、この熊野古道には「**王子」という名前の神社が、道祖神の如く点々とある。「滝尻王子」から先は完全な山道。足拵えはまったく普通の靴(カミさんはサンダル)だが、せっかくなので熊野古道をちょびっとだけ歩いてみた。
いきなりの急登。後から単独行の外国人がやってきて、あっという間に抜かれた。その後、復路でも外国人夫婦と行違う。さすがここは世界遺産だ。ひと汗かいて辿り着いたところに「胎内くぐり」、その直ぐ先に「不寝王子」があり、ここで引き返すことにした。川の音は遠ざかり、深山の雰囲気。まだ、この先も登りのようである。
「滝尻王子」まで戻ると、直ぐ傍に「みずもと商店」という店があり、看板に「地ビールと鮎あります」とある。こりゃ、魅力的だ。中に入ると、この近所に民家なんか無さそうだが、数人の子供たちが屯している。なんとなく居場所が無いのでビールだけを購入し出ようとすると、女将さんが「まだ香りが足りないですが」と云いつつ、松茸はいかがですか、と。1パック3本1,000円はお値打ちかなと思い、お土産としてそれも頂くことに。
缶ビールを携えて、滝尻王子の入口にある無料休憩所でひと心地ついた。いつかそのうち、この中辺路を踏破してみたい気がしてきた。

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正丸駅前にはその名も「正丸駅売店」というシンプルな名前の店がある。この界隈にはほとんど店が無いので、登山者にとっても、ツーリング愛好者にとっても便利な店である。が、我々にとっては特に、ビールが呑める貴重な場所である。
アサヒスーパードライロング缶で309円と、酒屋で買う価格よりちょっぴり高いだけで、しっかり暖房が利いた店内のテーブル席に着き、グラスで頂くことが出来るのは有り難い。勿論、電車の時刻を見計らって呑むことができ、そして何よりも、山から下ってきたばかりで、汗も引かないうちにビールを呷ることが出来るのが最高である。この美味さに気が付いたら最後、下りの道はビールしか考えられなくなるので、もう大変なのである。

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