山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

2020年12月

姫神山で程良い足慣らしをしたその晩は、盛岡駅前の東横インに宿泊。ドタバタで松本で作った会員カードを、それなりに有効活用している(と云ってもこれでやっと4回目)。チェックインしてシャワーを浴びたら、夕食を喰いに出かける。外は本降りの雨、明日の天気が思いやられる。
盛岡の歓楽街は駅前よりも北上川を渡った先にある様だが、今宵は開運橋のすぐ手前にある「ももどり駅前食堂」へ入ることにした。この店は、橋の先にある「沢内甚句」という店の姉妹店だった。いまだ感染者ゼロ(8月末時点では19名になった)の岩手県にある店に入るのは、首都圏から来た我々としてはやや緊張する。
店側もかなり対策を講じているように見受けられ、東京周辺の店よりもしっかりしている感じ。テーブルには透明アクリル板の衝立が置いてあるし、おしぼりも頻繁に交換するし、要求しなくても料理には必ず取り箸が付いてくる。かといって、ホスピタリティは全く疎かにしておらず、気配りもちゃんとしている。なかなかの店である。
生ビール(中580円税別、以下同様)で乾杯したら、各自思い思いの料理を頼む。焼き餃子(470円)、大根のビール漬け(420円)、寄せ豆富(420円)、たたき胡瓜(400円)、ミズの酢味噌和え(600円)、ももどり(970円)、きのこ柳川(800円)、豚肉の生姜焼き(650円)、揚げ出し豆富(680円)、あみ茸おろし(480円)など、がんがん注文。締めに太巻き寿司(???円)を頼んだひともいた。小生はもう締めに炭水化物は卒業した(以前はおにぎりやラーメンを喰ったことはあったが)ので手は出さず。日本酒は、浜千鳥・純米(300ml、1,150円)と酔右衛門・特別純米(300ml、1,500円)を味わった。
全般的になかなか郷土色が出た料理で、特にミズは初めてお目にかかった。東北では結構ポピュラーな山菜のようである(翌々日に、小岩井農場の道端にわんさか生えていた)。また別の季節に行けば、違った料理が食べられそうで楽しみだ。

076 今宵のディナーはここ。

077 見にくいがアクリル板衝立越しに乾杯。

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078 ここは料理が美味かった。

「石川啄木記念館」で明治時代の生活に触れた後は、再びタクシーに乗って渋民駅へ向かう。運転手は一見、無口のようだが喋り出すと止まらない。頼みもしないのに色々な話を聞かせてくれる。その中で、この辺りは水が豊富で、渇水には無縁だという話を披露してくれた。
その水源は川の水ではなく地下水だという。富士山のように広大な岩手山の裾野に降った雨が伏流水となるらしい。地図を見ると、確かに岩手山の東側斜面は北上川までの間には大して大きな川は見られない。一方、いくつかの小さな川が岩手山の裾野から急に現れ、北上川に注いでいる。まさしく富士山の御殿場や富士宮辺りで見られる感じとよく似ている。御殿場市の水源も地下水(富士山と箱根山の伏流水)だと聞いたことがある。
渋民駅の手前でもコンビニに寄ってもらい、また缶ビールを手に入れた。渋民駅は、今でこそ第3セクター、IGRいわて銀河鉄道の駅だが、かつてはJR東日本の幹線、東北本線の駅だった。上野駅から青森駅まで日本最長の営業キロを持つ路線だったが、東北新幹線の八戸および新青森延伸に伴って盛岡駅から先が「IGRいわて銀河鉄道」と「青い森鉄道」に移ったため、最長ではなくなった(現在の最長は山陰本線)。
ちなみにIGRいわて銀河鉄道は、第3セクターとしては珍しく営業収益が黒字である。昨年度の決算を見てみると旅客運輸収入が約12億円であるのに対して、鉄道線路使用料収入が27億円もある。これは恐らくJR貨物からの貨物列車運行料金だと思われ、旧東北本線であったことの恩恵が大きい。
JR時代の渋民駅を知らないが、駅の雰囲気はきっとそのままなのだろう。無人駅だが、味わい深い建物である。待っていると、IGR7000系100番台がやってきた。JR東日本の701系と同じ車体だが、外装のカラーリングが違うとまた別の車両のように感じる。中は姫神山側がロングシートで岩手山側はクロスシートという、面白い配置になっていた。

072 渋民駅に到着。

073 今はいわて銀河鉄道線のローカル駅。

074 これで盛岡へ移動。

075 山から下りたら車内で。

今回は岩手山を目指すため盛岡までやって来た。岩手山は早朝から登らないと下りてこられないので、前夜泊が必要。でも時間が勿体ないので、1日目は軽い山に登ってみようと選んでみたのが姫神山だった。タクシーの運転手から姫神山の伝説を聞いたところによると、岩手山をめぐって早池峰山と三角関係だったとのこと(何方が正妻で妾かは忘れた)。
城内コースから登って一本杉コースを下ることにした(山行記録はこちら)。姫神山は小さいながらも裾野が広がっている独立峰のせいで、登り始めは緩やか。奥多摩や丹沢辺りと違って植林帯が無く、一歩目から自然林だからか、明るくてとてもいい雰囲気だ。それと、やや時期外れながらも、ヤマジノホトトギスやソバナ、ウツボグサをはじめ色々な花が咲いていた。「新・花の百名山」(田中澄江著、文藝春秋社)では、ガンコウランが取り上げられていたが、気が付かなかった。
山頂付近になると巨石が積み重なったような状態となり、急に展望が開ける。すぐ西の岩手山はガスの中。その手前から爆裂音が聞こえてくるが、たぶん自衛隊の演習場からだろう(「陸上自衛隊岩手山中演習場」がそれ。以前は「滝沢演習場」と呼んでいたような記憶がある)。南に目を向けると、巨大な風力発電機が9本並んで見えている。風が心地良い。2時間弱で山頂に到着。手頃な山だ。
一本杉登山口に下りたら、タクシーに乗って石川啄木記念館に寄ってみた。でもその前にコンビニに寄ってもらい、缶ビールをゲット。タクシーには待ってもらっているので、缶ビールを呑みながら運転手とちょっとだけ世間話。
石川啄木記念館よりも、その隣に渋民尋常小学校と石川啄木が暮らしていた家が移設、復元されていて、こちらの方に惹かれた。建物の中に入ると、窓があっても中は随分と暗い。電灯の発明は偉大だと感じた。

011 段々と勾配が上がってきた。

012 とても歩き易い登り。

015 ミヤマウツボグサのようだ。

016 この山はヤマジノホトトギスと・・・

018 またクルマユリ。

024 ツリガネニンジンかと思ったら・・・

027 調べてみるとジャコウソウかな。

029 山頂直下は巨石が積み重なっている。

032 山頂は目の前。

036 もう一枚。

037 ヤマハハコ。

038 風が心地良い。

043 クガイソウかな。

047 ガクアジサイ。

051 忽ち六合目。

056 ヌスビトハギ。

062 こっちのほうが短い。

064 旧渋民尋常小学校校舎から見た記念館。

065 旧渋民尋常小学校校舎。

066 校舎の2階の廊下。

067 教室。

068 用務員室。

069 こんな建物もあった。

070 旧齋藤家の方がずっと奥に長い。

071 灯りが無いとかなり暗い。

063 石川啄木記念館に到着の前に缶ビールをゲット。

今回は折角、甲斐大和駅へ下りてきたので、締めは駅前にある「雅」に入ってみようと心に決めていた。以前、隊長と凸さんと一度入ったことだけは覚えていたが、どこの山の帰りなのか、それは何年前のことだか、ちっとも思い出せず。過去の記録を紐解いてみると、もう13年前ものことだと知る(その時の記録はこちら)。
それは古部山から徳並沢ノ頭まで歩いたときのこと。それで記憶が蘇ってきたのは、梅雨の最中なのに何故か快晴で、お蔭で暑くて暑くて喉が渇いたので(当時としては珍しく)大月の「よしの湯」で汗を流すまで我慢できず、電車の待ち時間を利用して「雅」に入ってビールを呑んだのだった。その頃は、その界隈の山に登ったら、汗を流すのは決まって「よしの湯」だった。「よしの湯」が廃業したのは「雅」に入った翌年のことだ。
「砥草庵」を出たあと、タクシーに乗って予約せずに「雅」へ行ってみたら、応対した女性店員が何だか考え込んで、直ぐには答えてくれなかったが結局はOK、なんとかなった。ここは靴を脱いで上がるスタイル。入ってみると、どうやら法事の席が入っていたため悩んだようだ。しかもCOVID-19のせいで、席の数も制限している様子。我々の直後やってきた客は、「満席です」とすげなく断られていた。危ないところだった。
この店はコロナ対策が結構徹底している。アルコール除菌、検温、透明アクリル板衝立は勿論、調味料、マヨネーズや醤油まで使い切りパックを各自で使用するようになっていた。生ビールでアクリル板越しに乾杯したら、料理を次々に注文。この店は酒のつまみになるような一品料理が結構ある。今日は6人なので色々頼んで料理を楽しむことが出来た。

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危うく熱中症になりそうな状態で、ヨタヨタとなんとか「田野の湯」に転がり込んで事なきを得た後のこと。アルコール除菌し、検温し、氏名・年齢・住所・入館時間を記帳し、入浴料を払ってからようやく地下階にある風呂場へ行くと、全て照明が消えていた。でも風呂はちゃんと沸いているようだ。小生が一番風呂なのか、それともここへ来る客は、省エネ意識が徹底しているのかどうか分からない。ともかく、脱衣所と風呂場の照明を全て点けてから入湯。
ここは一般的な立ち寄り湯としてはカランの数は少ないものの、内湯は銭湯並みの大きさだし露天風呂だってあるし、何れにしてもたった独りで入るには贅沢過ぎる。外は相変わらずクソ暑いのに、露天風呂に浸かっているとそう感じないのは不思議だ。
山の上は暑さを感じなかったのでそれなりに涼しかったのだろう、わざわざやって来ただけのことはあった。さっきまで居たくせに、もう破魔射場丸が恋しい。ともかくさっぱりしたら、なるべく汗をかかないよう木陰を拾いつつ、そろりそろりと砥草庵へと向かう(後になって退館時間を記入し忘れたことに気が付いた)。
暖簾を潜ると、店内には客も店員もいない。エアコンもあまり効いていない。奥に声を掛けたら、店主と思しき人が出てきた。何処でも座って良さそうだが、ソーシャルディスタンス的には囲炉裏の周りが良さそうだ。花番さんは居ないようで、店主自らお茶を持って来たので、直ぐに生ビールを注文する。
ビールを呷りひと息ついたところで、後続メンバーが次々と到着し、その度に五月雨的に生ビールが注文されていく。ここには一般的な蕎麦屋にしては一品料理が豊富。馬もつ煮、なす焼き、大根サラダ、こんにゃく田楽を頼んだ。折角の蕎麦屋なのに蕎麦を手繰らないのは申し訳ないが、この後を予定しているので勘弁してもらった。きっと、次回は蕎麦を頂こうと思う。

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大菩薩連嶺の破魔射場丸を登る場合、マイカー利用派は湯ノ丸峠から往復、公共交通利用派は湯ノ丸峠から破魔射場丸を経て米背負峠から下るようなパターンが一般的。バリエーションとなると、鹿鳴ノ滝から東南尾根に上がるトレースがネット上で散見され、以前からこれを辿ってみる計画を温めていた。
ところが「令和元年台風第19号」が関東地方を直撃したせいで、山間部の沢沿い道路、山道が多く崩壊したとニュースが報じていた為、鹿鳴ノ滝へ向かうジョーロザス沢もさぞや酷いことになっただろうと想像し考えあぐねた末、やはりリスクは取らないことにしようと、今回は終始、尾根を辿ることにした。
実際に辿ってみればほぼ、けもの道同然でも、尾根を外さなければ特に問題はない(山行記録はこちら)。かつての破魔射場丸東南尾根は、この方の記録を読む限り篶竹の藪が煩かったようだが、今は全て枯れていて通行にまったく支障はない。一般道と合流する辺りはお花畑となっていて、コウリンカ(紅輪花)が丁度見頃だった。
破魔射場丸の山頂標識は「ハマイバ」となっている。もはや「破魔射場丸」でも「ハマイバ丸」でもない。こんな名前に誰がした?と思ってしまう。ちなみに大月駅と桑西集落を繋ぐバスの終点は「ハマイバ前」。このバス停名だと「ハマイバ」にすぐ登れそうだが、実際は相当離れているので大変だし、尾根に取り付いてからも今回の我々の如くそれなりに扱かれる。努々、バス停名と山名を短絡的に繋げてはならない。
破魔射場丸からは大谷ヶ丸、コンドウ丸、曲沢峠を経て景徳院へ下った。景徳院から「大和福祉センター・田野の湯」までは僅かに登る必要があるが、山を下りればまさに真夏、ここが一番辛かった。なんとか熱中症にならずに「田野の湯」に到着。ここは7年ぶり(その時の記録はこちら)。
受付で、アルコール除菌して金を払って検温したら、37度。こんな日に外を歩いてきたら、そりゃそうだよ。でももし37.5度だったら入らせて呉れないとのことで、そうなったら逆上して係員の首を絞めるか、その前に頭に血がのぼって昏倒したかも知れない。危ういところでなんとかサッパリできた。

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「河口湖ステーション・イン」で汗を流してサッパリしたら、預けておいたリュックサックを回収して「平井売店」の2階へ。1階は売店、2階は食堂という、観光地ではポピュラーなスタイルの店。ここは約4年半ぶり(前回はこちら)の入店。
毎度感じていることなので毎度書くが、一大観光地の表玄関である河口湖駅前には、何故かランチタイムとディナータイムの間を切れ目なく開いていて一杯やれる店が殆どない。最近、「ほうとう不動」なる店が出来たが、その名の通り「ほうとう」がウリだけあって、酒の肴になるものは馬刺しぐらいしかないのでいまいち。
駅前には他に「土屋食堂」という定食屋があり、ここには一品料理もいくつかある(「平井売店」よりも多い)のだが、残念ながら午後2時半で閉店してしまう。徒歩圏内にあるのは「平井売店」以外たぶんここだけ。そうなると選択肢はほぼ一択、自ずから「平井売店」しかないのだ。
ここしかないのに、「平井売店」は驚くほど空いている(失礼!)。ということは、昼下がりに河口湖駅へやって来る輩は酒なんかは不要で、せいぜい炭水化物を摂れればいいのだ。ニーズが無いので、酒を出す店を切れ目なく営業する必要が無いということだ。「平井売店」も俺達も、絶滅危惧種なのかも知れない。
ともあれそうなると絶滅危惧種同志、共存共栄を心掛ける必要がある。山から下りて河口湖駅に戻ってきたら、脇目も振らずここへ入ることにしよう。
風呂上りビールを呑んだら料理を注文。ここにある一品料理をすべて発注だ。ワカサギは漁の季節ではない筈だが、メニューにはちゃんとある。このワカサギは何処からやってきたのか、もしかして豊洲付近の冷凍倉庫からか、などと下種な勘繰りはイケナイ。共存共栄を忘れてはイケナイ。あくまでも、このワカサギは河口湖で獲れたものだ。ありがたい、ありがたい。

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「天下茶屋」からの富士山の眺めをちょっと期待していたのだが、残念ながら全く影も形も見えず仕舞い。前回もそうだったが、まだ「天下茶屋」から富士山を見たことが無い。
「富嶽百景」にもあるように、それまで太宰治は富士山には雪が相応しいと思い続けていたのに、「富士には、月見草がよく似合ふ。」との台詞を思い付いたのは、「天下茶屋」に3ヶ月ほど逗留するようになってからのことらしい。
そんな「天下茶屋」へ折角山を越えてやって来たのに、肝心の富士山は見えないし、辺りに月見草(実際にはマツヨイグサ)も見当たらず。いつになったら太宰治の気分に浸れるのか。やはり3ヶ月位逗留しないとダメか(勿論、今は宿ではない)。
ともあれビールで喉を潤したら、富士と月見草のことはすっかり忘れ、呼んだタクシーに乗って河口湖目指して駆け下る。富士急・河口湖駅に着いたら、とりあえず上り特急「富士回遊48号」の指定席券を購入。それにしても、ひと頃は駅前辺りには日本人よりも外国人の方が多いのではないか、と思う程だったが、今は閑散としていて、切符を買うのも楽チンだ。
切符を買ったら次は風呂。いつものように、駅前にある「河口湖ステーション・イン」へ。ここは王岳の帰り道に寄って以来、1年半ぶり。その時は、フロントに行くと海外旅行客がチェックイン中だったが、今日はやっぱり誰も居らず。
4階の風呂場まで息を切らせて登り、ひと風呂浴びる。男風呂の先客は登山姿のお一人のみ。ここの風呂場は眺めが良いのに今日も富士は見えない。ここもそういう巡り合わせが多い。サッパリしたら、風呂上りビールはここで呑まず、隣の店へ向かった。

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今日は久しぶりに御坂山塊の盟主、黒岳。4年前の前回は、北尾根から登って南尾根を下る、変化に富んだ山行だったが(その時の記録はこちら)、今回は新道の御坂トンネル入口から上がり、天下茶屋に下るという、云わばクラシックルート。天下茶屋に寄るのも、三ッ峠山から下って以来、4年ぶりとなる(その時の記録はこちら)。
天下茶屋行のバスはCOVID-19の影響(?)で運休中なので、三ッ峠入口までタクシーを利用(でもこのバス、運行していたとしても小生は始発電車でも漸く間に合うような運行時刻なので、使い勝手がヒジョーに悪い)。タクシー運転手曰く、観光客は多少戻りつつあるとのこと。
暫くは沢沿いの径。予想以上に踏まれていない様子でワイルド、何回か渡渉を繰り返すが靴を濡らす程ではない。ハイカーは誰も見掛けない(三ッ峠入口で前を歩いていた中年夫婦はその後、黒岳と御坂峠の中間で出会った)。やがて南尾根に上れば、激登りで黒岳山頂手前の展望台。目の前の筈の富士山はすっぽりガスの中。今日は梅雨明け日なのに期待外れ。木々に覆われた山頂には数名が屯していた。
この先、御坂峠までは暫くブナばかりの中を歩く。これほど立派なブナの森があったとは記憶になかったが、思い起こせば北尾根の中腹も(勾配はもう少しきついが)やはりブナの森が広がっていた。つまり黒岳の北東側一帯はかなり広範囲にブナ林があるようだ。出来るならば、このゆったりした東尾根の途中でテント泊でもしたい感じだ。
御坂山を越えれば天下茶屋はもうすぐ。客の入りはだいぶ少ない。バスは来ないし、車かバイクでやって来る客ばかりなので、ビールを呑んでいる輩は見当たらない。我々は堂々と一杯やらせていただく。つまみになりそうなのはこんにゃくおでんの田楽だけなのは、ちょっと物足りない。ビールの売れ行きが少ないのであれば仕方がないし、茶屋には相応しくないかも知れないが、それでも是非、もつ煮(含、鳥もつ煮)とか天ぷら、枝豆でも置いていただくことを一考願いたい。

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「もえぎの湯」で汗を流した後は、湯上りビールは一応呑んだものの、何処かに入って小腹を満たしたい(なにせ考えてみれば、昼飯は今のところビールと枝豆だけだ)。そこで、予約はしていないけど念のため「バテレ」を覗いてみると、やっぱりというかこのコロナ禍であっても満席状態の人気ぶり。それにしても、外のテラス席ならばいざ知らず、屋内(といっても引き戸は開いているので「密閉」ではない)で満席状態は少々「密集」と「密接」が気になる。
然らば左様ならと、今度は念のために覗いた「天益」も大盛況。もとより「密接」が避けられそうにないカウンター席にはちょっと入る気にならない。ではとりあえず立川まで移動しようかと、やってきた青梅線に乗り込むことにした。
さて立川で、呑み気より喰い気となればやはり中華か、そうなると思い付く店はそう多くない。皆の一致した結論は「五十番」だ。ビフォーコロナであれば予約を入れておかないと断られることも多かった人気の店だが、今どきならば大丈夫かなと直行してみれば、果たして全然OK(笑)。
マスターに「何処でもどうぞ」と云われたので、6人掛けの円卓を3人で占領させてもらった。このくらいが、ウィズコロナ時代のニューノーマル、だったら我々のような客にとってはウェルカムだが、店のマスターは心の中で泣いているだろう。隣の4人掛けテーブルでは、我々より年配の男子3人(学校の同窓生か)が「密接」状態で盛り上がっている。
もうビールは良い感じなので、ドラゴンハイボール(476円税込、以下同様)で乾杯。その後は紹興酒をチビチビ。各自思い思いの料理を注文して(ちなみに小生は皮蛋豆腐を喰いたかった気分)、結局、三条の湯往復に終わった、でも意外と様々な人との出会いがあって充実したテント山行を振り返った。

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「山の休憩所かゑる」で朝からビールで良い気持になった後、再び伊東さんが留浦BSまで送って呉れた。全くお世話になりっぱなしだ。(今朝、丹波方面の通行止めは解除され、丹波発のバスも運行開始したらしいが)伊東さんが「この時間だったら留浦始発があるのに」と云いながら、通りすがりに鴨沢西BSでバス待ちの登山客を見送る。自分たちだけであれば予め調べもするが、完全に頼り切っているので楽チンだし、お得だ。
留浦BSの真ん前には、やはり伊東さんから「この店、美味しいよ」と教えて貰った「島勝」という食堂がある。寄ってみたい気もするが、もうすぐバスの時間なのでまたの機会にする。やって来たバスに乗るのは我々だけ。しかし峰谷BSや水根BSから結構なハイカーが乗ってきて、それなりに一杯になる。まだ昼時なのにもうこれだけ山から下りてきたのは、我々と同じく皆、雨にうんざりしたせいかも知れない。
奥多摩駅に到着。今日は大して汗は掻いていないが、やはりサッパリしたいので風呂に行きたい。最寄りは馴染みの「玉翠荘」だが、この天気だし今の時間だったら空いているだろうと「もえぎの湯」へ行ってみると、読み通りにすっと入れた。
(こんな天気でもキャンプしに来たと思しき)若者たちはそれなりに居たが、渋滞しがちな洗い場も空いていて、露天風呂も静かだった。しかしその割には食事処は結構、テーブルが埋まっている。目立つのは家族連れ。やはりキャンプ帰りなのだろうか。
何とかテーブルを確保し、ビールセット(860円)をオーダー。さっき「山の休憩所かゑる」で缶ビール2本呑んだのに、風呂から上がればまた美味し。

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予報通り2日目も朝から雨なので、雲取山に登るのは止めにしてちょっとだけ二度寝。といっても一度起きると、そうは寝られない。目が冴えてしまったら、タブレットを取り出して暫し読書。テントのすぐ脇の沢は、昨日に較べるとやや静かになった(水量が減った)ようだ。
そのうちにモソモソ起き出して、お湯を沸かし各テントに配給。小生の朝飯は、モンベルの「ベーコントマトクリーム・リゾッタ」(440円税別)。お湯を注いで待つこと3分。アルファ米を喰う機会が少ないので、偶には良い感じ。味付けも程々に美味い。これで100g足らずなのだから、軽量化の強い味方である。
腹が満たされたら、特に急ぐ必要も無いがもう下るだけと決まったので、雨が降り止まない中、テント撤収開始。軽量テントでもそれなりに水を含むので、感覚的には重さ2倍ぐらいになってしまったみたい。やっぱり雨は恨めしい。
昨晩は結局、我々以外に3張のテントが増えていた(でも小屋の食堂には現れなかった)。我々の隣のテント(若者カップル)は、我々よりも早くテントを撤収していた。そのまま帰るのかなと思っていたら、そのうちに上に登り始めた。この雨の中、テントを背負って雲取山を越える気でいるらしい。さすが若者、大したものだ。
我々は後山林道をテクテク下り、あっという間にゲートまで着いた。やはり下りは楽チンだ。途中ですっかり雨は上がった。早速電話を掛けると、昨日の(9年前までくろがね小屋で小屋番をやっていた)伊東さんが直ぐに迎えに来てくれた。まったくありがたいことだ。
そのお返しに、「山の休憩所かゑる」に着いたらまだ午前中だけど3人共ビールをいただく(小生は2本呑んだ)。ここにはネコが4匹住んでいるとのこと、この日は「小池さん」と「トニー」の2匹とご対面。どちらもちっとも人見知りしないし、「トニー」は直ぐに人の膝上に乗って来るので驚いた。我が家のネコとはもう7年以上付き合っているが、そんなことは絶対しない(カミさんにもしない)。

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ウィズコロナ時代になり山小屋には泊まりにくくなったので、代わりにテント泊にしようと久しぶりに三条の湯へ行くことにしてみた。1日目は三条の湯まで、2日目は空身で雲取山往復するとして、7月の最終週ならばもう梅雨も明けているだろうと目論んでいたのに、今年はとにかく良く降るし、まだ明けない(結局、明けたのは8月1日)。テント泊なのに当日も朝から本降りでは、気分も盛り上がらない(山行記録はこちら)。
奥多摩駅のバス停には先客が2名、うち1名は関西からやって来たという(深田百名山の雲取山狙いの)、小生と同年配の男性。土地勘が無いので、と云いながら色々質問された。今日は七ツ石小屋に泊まる予定とのこと。もう1名は建築工学専攻の東工大大学院生だというスウェーデン男子。リュックサックがやけに小さいので日帰りのようだが、欧米系男子なら本降りの雨だって雲取山往復は問題ないだろう。丹波行のバスは、青梅街道が鴨沢から先、大雨で通行止めになっているので留浦BS止まり。昔のバスは留浦行きが普通だったので、何だか懐かしい。
傘を差して歩き始めたら偶々鴨沢登山口にいた人に「三条の湯へ行くんだったらゲートまで送っていくよ」と声を掛けて貰う。勿論、断る理由なんてない。何だか見たことがある人だなと思っていたら、車の中で話を聞いていくうちに、以前泊まった「くろがね小屋」の小屋番だった人と判る。奇遇だ。明日も電話を呉れれば迎えに来るよ、と有難い言葉を掛けてもらいつつ後山林道を歩き出す。
雨の林道歩きは、それ程嫌いではない。カンカン照りに歩くよりはずっと良い。緑は濃いし、沢の水量がやけに多い。沢に落ちたらそのまま奥多摩湖まで直行だろうな等と妄想しつつ、2時間半程で三条の湯に到着。
とりあえずチェックインし、缶ビールを入手してからテントサイトまで戻り(小屋と高低差が30mぐらいあるので結構大変)、雨の中テント設営。3人ともニーモ1人用だが小生はブレイズ、なおちゃんがタニ、このちゃんがホーネットと三者三様。パーツや設営方法もそれぞれ違っていて、技術改良の跡が垣間見られる。
テントから顔とビールを出して乾杯した後、夕食は小屋の食堂を使わせてもらえないかと小屋に上がってみると、小屋番さんに「小屋泊まり客に支障が出ない範囲でどうぞ」と云われる(結局、その晩は誰も来なかった)。
食堂の一番奥に陣取り、つまみを喰いながらだらだらと吞み始める。風呂が沸いたと聞いたので、早速入らせてもらう。当然、一番風呂。湯上りに食堂に戻りまたビールを呑む。そのうち小屋番さん(山岸さん)が現れ、我々と暫しおしゃべり、様々な山談義を聞かせてもらいながら、贅沢で楽しいひと時を過ごした。やっぱり偶には山小屋がいいもんだ。

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喫茶「ダ・ビンチ」を出てから、再び旧軽井沢をそぞろ歩き。それにしても閑散としたメインストリート。今では想像できないことだが、1980年代頃の浅草は若者にとって魅力的な街では無くなり、午後8時ぐらいになると飲食店も含め各店舗のシャッターが下りて寂しいくらいだったが、そんなことを思い出すくらい、今の旧軽井沢はひと気が少ない。
一方、軽井沢駅の南側のプリンス・アウトレットには、今日もかなりの数の車がやってきていて結構な賑わいの様子。駅の北と南で明暗がくっきりしている。ひと通り買い物を済ませたら、「万平ホテル」へ向かう。途中、軽井沢会テニスコートを眺めると、えらくカラフルなウェアを着たオヤジがラケットを振っていた。ここは白いウェア限定だったはずだが、会則が変わったのか。日動画廊の軽井沢店は開いているのを見たことが無い。
ホテルに戻ったら車に乗って移動。そろそろ昼飯時になるので、これもカミさんが予約していた店へと向かう。場所は中軽井沢、バイパス沿いの「千住博美術館」の近く。この辺りは、「TOEDA」や「無限」、「エルミタージュ・ド・タムラ」、「無彩庵・池田」など、美味しい店が多い。
今日ランチをする「菊水」は、いわゆる洋食屋。以前、旧軽井沢にあった老舗とのことで、代替わりを期に中軽井沢へ移転したらしい。シェフ夫婦だけでやっているためか、10数人しか入れないこじんまりとした店で、予約ですぐ一杯になってしまう(開店直後にやって来た客が丁重に断られていた)。
メンチカツ(1,930円)とチキンカツレツ(1,680円)の何方にしようか迷った挙句、チキンをオーダー。何れもミネストローネスープ、サラダ、ライス、コーヒーが付いている。かなり大ぶりなチキンだったが、美味しいのでペロリと平らげてしまった。大満足。次に来たら、メンチカツを喰うつもりだ。

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ゆったり朝食を摂った後、10時ぎりぎりまで部屋でうだうだしてからチェックアウト、荷物を車に置いてから再び旧軽井沢をぶらぶら。今朝も人影は疎らだ。カミさんは「沢屋」でジャムをいくつか仕入れる。そのあと「ギャラリー藤井」や「軽井沢アルテギャラリー」に飾られた絵画を冷やかしで眺めつつ北上。
「軽井沢デリカテッセン」に入って、ソーセージや合鴨の燻製などを買い込む。軽井沢に何軒もある有名な「腸詰屋」も悪くはないが、だいたいいつもこちらの方がお気に入り。ここで反転して南下。朝から陽気が良いので、カミさんが「ミカド珈琲」でモカソフトが喰いたいと云い出すが、何故か未だ開いていない。残念ですねと諦めて戻り、「マライカ」という海外雑貨店でカミさんがインド(?)の小物を物色。この店はやけにエアコンの利きが良いので暫し、涼む。
「フランスベーカリー」でフランスパンなどを購入。小生も喉が渇いてきたので、ここの2階にある「喫茶ダ・ヴィンチ」に入ろうかということになった。たぶん2回目の入店。植物がいっぱいの窓から、旧軽井沢のメインストリートを行き交うひとびとが眺められる。
先客はおらず、既に営業時間なのに店内は暗い。我々が入ってから照明が点いた。やや腰が曲がったマスターが現れて曰く、この頃は客が少ないので今日は店を開くのを躊躇していたとのこと。(でも下に看板が出てましたよ、と小生)
なにも訊かないうちにマスターは話し始め、家は東京にあるそうで、シーズン中は軽井沢のアパートに住み込んでここまで通っていると。「フランスベーカリー」の主人が、かの「万平ホテル」で修業していた頃の話やら、アパートの近くに「熊魚庵」(万平ホテルに入っている京都の割烹)の寮があって、若い料理人が遅くまで騒いでいて煩いだの、この頃店を閉めるところが増えただの、とにかく話好きで、話し出したら止まらない。一瞬だけ間が空いたところで、すかさずビールを注文した。
もう何十年もやっている(具体的に何年だったかもう忘れた)が、疲れてきたのでそろそろ店を閉めようと思っているとしみじみ云う。この頃その手の話を聞くことが多い。何れにしても、尋ねもしないのに随分、軽井沢の昔話を聞かせて貰った。この店が閉じるのは誠に残念、出来る限り頑張って欲しい。

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COVID-19が発生してから初めての万平ホテルであるが、相変わらず「カフェテラス」は人気が高いようでロビーのソファーで入店待ちをしている客もチラホラいた。考えてみれば、ここに入ったのは1回ぐらいかも知れない。今度、来た時にでももし空いていれば入ってみるか。
「川上庵」から戻ってきたのはまだ宵の口だったが(7時過ぎ)、その「カフェテリア」は既に営業終了。この時期であれば寒くも暑くも無いのだから、日が暮れてからも営業して良さそうな気もするが。代わりに「バー」にでも入ろうかと一瞬思ったがやめにして、部屋に戻ってベッドで本を読んでいたら、2、3ページ繰ったぐらいでストンと寝入った。
それと引き換えに朝の目覚めは早い。散歩でもしようかと一瞬思ったが、やっぱりやめにした。窓を開けると外気はだいぶ涼しい。ベッドに戻って暫しまた読書。そのうちに朝食の時間になる。営業開始時間に合わせて1階へ降りると、既にメインダイニングの扉は開いていて、気の早い客が既に結構入っていた。
入ると、朝食は和食にするか洋食にするかと聞かれた。コロナ禍のせいか、和食処「熊魚庵」は閉まっていて、メインダイニングで何方も食べられるようになっているのだ。何れにしてもメインダイニングで和食を喰ったことは無いので(もしかすると万平ホテル始まって以来では?)、カミさん共々和食にしてみた。
すると、和食はメインの部屋、洋食は庭園に面したサンルームに振り分けられると判った。庭に面したテーブルが良かったのでちょっと残念。もし喰いたいものが違えば、夫婦でも離れ離れになる訳だ。これはコロナのせいと云うよりも、サービス上の都合(もしかして匂いが混ざらないようにという配慮?)なのかも知れない。何れにしてもちょっとだけ貴重な(?)経験になった。

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ランチをした後、いつものルーチーン的に車をホテルの駐車場に置いてから旧軽井沢をぶらぶら。別段どうってことは無く、だいたい目的もなく毎度同じ道を歩くだけ。だから意図はしないものの、以前との違いには気が付く。結果的には「あれ、以前あったあの店が無くなっているな」とか、「この店は何時の間にか出来たな」とかを毎度確認しているようなものだ。
今回、直ぐに気が付いたのは、とにかく行き交う観光客が滅茶苦茶少ないってことと、閉まっている店が目立つこと。単に一時的に閉まっているだけか、それともコロナ禍で閉業しているのかは不明なれど、旧軽井沢のメインストリートでもシャッターが下りた店がやけに多い。そのせいで、こんな時期にも拘わらず「ここが旧軽井沢・・・?」と思うほど閑散としている。
一旦ホテルに戻りチェックインをしたあと、ベッドで本を読みながらうたた寝をし、夕方になってからまた旧軽井沢へ繰り出す。昼はフレンチだったので夕食は和食の方が良いだろうと、旧軽ロータリーにある「川上庵」にしてみたのだった。
店に入ってみると、各テーブルはほぼ埋まっていた。窓際の席だったので、道を隔てて反対側にある「ベーカリー&レストラン沢村」も結構客が入っていることが分かる。径を歩いている輩は少ないが、それなりに客は旧軽井沢に来ているということか。密になっている程ではないが、軽井沢に来て初めて何となく他人との物理的距離が気になる。
メニューを見れば、やはり「川上庵」らしいというか、蕎麦屋らしからぬメニューが並んでいる。ビール(サッポロ エーデルピルス生中750円税別、以下同様)で喉を潤したら、日本所は斬九郎・特別純米芳醇辛口(900円)に切り替え、その肴に、彩り野菜の揚げびたし(950円)や生麩の田楽(820円)、鴨ロースのたたき(1,290円)、鶏もも肉の炭火粗塩焼き(1,500円)などを味わった。

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ヨナヨナエールで喉を癒した後、引き続きショッピングモールをふらふら。「ブルックスブラザース」が経営破綻したというニュースを聞いたばかりだったので、プリンス・アウトレット店もそのうちに無くなるかも知れないと思い、覗いてみたが結局、気に入ったものが見当たらず。経営復活には貢献できず。
そうこうしているうちに、そろそろ昼飯の時間。カミさんが予約を入れていた「ドメイヌ・ドゥ・ミクニ」は信濃追分にあるようなので、30分ぐらいかかるはず、ちょっと早めに移動する。行ってみると、辺りはやはり別荘地らしく、軽井沢界隈と大して雰囲気は変わらない。
「ドメイヌ・ドゥ・ミクニ」は、周りを樹木が覆っている一軒家、なかなかの雰囲気である。案内された席は、入ってすぐの建物で、広々とした庭に面した一階の部屋。他にテーブルが3つ、隣に我々よりは遥かに年配の夫婦、ギャルソンとの会話も堂に入っていて、やって来たのは初めてではないよ感が滲み出ている。
コロナ禍で、多少はテーブル間隔を広げているのかも知れない。何れにせよ、ゆったりした感じである。2階からも賑やかな声が聞こえてくるので、そちらにも席(団体席?)があるのだろう。我々が予約したのは5,800円(税込)のランチコース。メインは魚か肉を選ぶようになっている。
小生は「信州・大王イワナのグリエ、日向夏とタケノコ、海藻マリネ風味、そのビネグレットソース」なるシロモノをチョイス(なんて長い料理名だ!)。「大王イワナ」は初めて食するが、「信州サーモン」と同様、3倍体なのでかなり大ぶり。特にクセは無い。ワインはソムリエにお任せでグラスで白を貰う(カミさんはノンアルビールなので、遠慮して1杯だけ)。
ところでこのコースにはデザートが2つ付いている。そんなの初めて。折角出てきたのでうっかり全部食べたが、後から考えればこれはカミさんの策略だったようだ。

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黒金山からゴトメキ・遠見山を歩いた翌日は、ちょっと遅めの5時に起きてカミさんが駆る車に乗って関越道を下る。このような場合には朝食は大抵、何処かのサービスエリアで休憩がてら摂ることになっていて、今日は高坂サービスエリアに入ることにした。
駐車場は半分も埋まっていないくらいで、フードコートもガラガラ。ちょっとだけ考えて、塩豚骨味玉ラーメン(920円)を喰ってみた。玉ねぎのみじん切りが入っていて八王子ラーメン風だが、これでも横浜家系らしい。麺はまあまあで味玉は普通に美味いが、スープの塩味が強過ぎで旨味もいまいち。概してサービスエリアの喰いものは、コスパが良いとは云えない。
関越道から上信越道に入ると、目の前に妙義山の奇景が見えて来る。今日は天気が良いが、上信越道を走るときは天気がいまいち悪いことが多いので、随分久しぶりに見えた気がする。「大」の字も良く見える。横川サービスエリアには寄らず、そのまま碓氷軽井沢インターを下りて県道松井田軽井沢線に乗る。
脇に聳え立つ高岩も全貌が望めた。群馬・長野の県境を越えると、滑り降りる様に軽井沢へ到着。まだ時間は早いので、プリンス・アウトレットの駐車場に停め、スターバックスに入る。この頃、スターバックスでコーヒーを飲むのはここだけだ。ミニチュア犬を連れた客が多い。店の前をやけに毛並みが良いゴールデンレトリーバーを連れた夫婦が通り過ぎるのを眺めつつ、コーヒーを飲んだ。
やがて開店時間になり、ショッピングモールをぶらぶら。今日は朝から日差しが強くて暑い。この頃、物欲はすっかり枯れてきたが、それでも2、3の買い物をした後、丁度目に付いた「クラフトザウルス ビアテラス」に入り込み、ヨナヨナエールを頼む。喉が渇いていたので貪るように呑んだ。ビールはオアシスだ。

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ゴトメキ界隈での倒木跨ぎ地獄で時間を喰ったせいで当初計画より随分と遅れ、「はやぶさ温泉」からタクシーで塩山駅に着いた時点で20時。もう今日は何処にも寄らず、このまま帰るのが無難だろう、塩山駅のキオスクで酒を買い込んで車内で一杯やりながら帰ろうかと話していた。
駅に着いて階段を上がり、観光案内所も兼ねているキオスクへ入ろうとしたら、シャッターが下りていた。青天の霹靂、まさかの営業終了だ。
こんな時間でもう営業終了なのか、迂闊だったと、気を取り直して再び階段を下りて駅前ロータリーを見渡すが、開いている店が見当たらない。そうだ、確かあそこに酒屋があったはず、と思って走って行ったらやっぱり閉まっていた。塩山は20時でもう深夜なのだ。こんな時に限って今日は、リュックサックには何も入っていない(少なくともウィズコロナ時代以前であれば、たいてい日本酒がリュックに忍ばせてあった)。
がっくり、気を落として列車を待つことになった。シラフで上り特急列車に乗るのも久しぶりだ。こんな時間なので車内販売だって期待出来ないし、そもそも車内販売なんてウィズコロナで止めてしまったじゃないかとマイナス思考。
やって来たのは「特急かいじ」。乗車率は、半分近くが埋まっている感じ。外は真っ暗なので景色を眺めることも出来ない。ブルーな気持ちでいると、そのうち、まさかの車内販売がやってきた。地獄に仏とはこのことだ。缶酎ハイとカップ酒とじゃがりこを買って、ありがたく呑ませていただく。こんなに車内販売が嬉しいことは無かった。ついさっきまでモノクロトーンだった車内が、突然フルカラーになった。

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