ひとしきり蕎麦を手繰って満足した後、再び、ますむらひろし氏のラッピングバスに乗って米沢駅へ戻り、13時40分発「つばさ142号」に乗車。
米沢駅を発車すると、かのイザベラ・バードが「東洋のアルカディア」と称えた米沢盆地の眺めは忽ち潰え、狭い沢沿いの山裾へ分け入っていく。すると線路脇に残雪が現れ、進むにつれてその量が増す。米沢市街では欠片も見当たらなかったが、さすが板谷峠は違う。
昔からこの峠路は奥羽本線の難所中の難所(最大勾配が38‰)で、大正から昭和にかけては、珍しい5動軸タイプの4110形SLが活躍していたことで(ごく一部のSLファンの間で)有名。ここで使われていた4122号機(例えば、こちらの方のHPをご覧あれ)がその後、北海道の三菱鉱業美唄鉄道へ譲渡され、1970年代初頭まで使われていたので、当時の鉄道雑誌(「鉄道ファン」か「鉄道ジャーナル」)の写真で見た覚えがある(残念ながら、実物を見に行くチャンスは訪れないまま廃車となってしまった)。
かつては、途中にある4つの駅(大沢駅、峠駅、板谷駅、赤岩駅)がスイッチバックになっていた。線路(本線)が急勾配であることから、途中の駅を水平に保つためにスイッチバックを使って停車せざるを得なかったもの。中央本線の初狩駅も以前はそうだった。現在では、「つばさ」は苦も無く板谷峠を越えて行く。途中、スノーシェルターの様な「大沢駅」、「峠駅」そして「板谷駅」が車窓から視認できる。
スイッチバックと云えば、一切経山に登るために前日、姥湯温泉に泊まった時のこと。「峠駅」から宿の送迎車で姥湯温泉へ向かったのだが、途中が余りに急勾配なため、なんと車道がスイッチバックになっていた。現在は道路が改修されて無くなってしまったようだが、車のスイッチバックを体験したのは後にも先にもこの時だけだ。

DSC05737

DSC05738

DSC05739

DSC05740

DSC05741

DSC05742