タワ尾根の紅葉鑑賞にはやや時期外れかと懸念したが、意外にもっていてくれた(山の記録はこちら)。今年は秋の訪れが早かったが、冬はもう少し先の様子。オロセ尾根も、タワ尾根の下部も丁度見頃と云ってよさそうだ。
宮内敏雄著「奥多摩」(昭和19年刊)によれば、「・・・タワ尾根の現在のその山嶺はタラ・イバラ・篶竹と、二軒小屋尾根にも劣らぬ頑強なブッシュの連続で、・・・」とあり、全く隔世の感がある。奥多摩ばかり歩き廻っていた我が高校山岳部時代であっても、タワ尾根だけは登山対象外の扱いだった。途中、「篶坂ノ丸」というピークがあるが、この「篶」こそ篠竹であり、山名に残る通りの竹藪だったに違いない。
ところが今では、山名が場違いに思われるほど、面影すら見られない。幅広い尾根の何処を通っても問題ないほど、立木と倒木以外になんら障害が無い。キレイさっぱり篠竹が無くなっている。そのおかげで、見事な新緑や紅葉を愛でに、多くの登山者が訪れるようになってきた。
ネットを調べてみると、2000年頃はまだ竹藪があったようだ。そのあとに花が咲いて再生するはずが、何故かそうならなかったようだ。そう云えばこの頃、奥多摩だけでなく、大菩薩連嶺でも笹の花が咲き、一斉に枯れているのを目撃したが、タワ尾根と同じようなことが起こるのだろうか。犯人は鹿か? もし、数多いる鹿くんたちが、笹の花を食べ尽くしたりすると(鹿が笹の花を喰うのかは判らない。誰か知ってますか?)、そこで一巻の終わりになる。そういう意味では数10年に一回咲いて一斉に枯れ、再生を待つと云うのは、かなりリスクが高いように感じる。針の穴を通すような瞬間に、鹿くんの大群が待ち構えていたら一溜りもない。小生は別に、笹藪マニアでも、藪漕ぎ大好きでもないが、今後の成り行きには興味がある。
今回も、我々が「ウトウノ頭」から下り始めると、あとからあとから登山者がやってきた。なかには、そのまま滝谷ノ峰(タワ尾根ノ頭)まで抜け、長沢背稜へ回ると云っていたツワモノもいた。みんな若者。タワ尾根が人跡未踏の世界だったことは知る由もない。
最後の急勾配を慎重に下れば一石山神社。その目の前に日原鍾乳洞売店はある。もちろん、単なる売店ではなく、テーブル席もたっぷりある。云わば、セルフサービス式の食堂である。ここで、まだ汗が引かないうちにビールを呑むことができる。ここも「山の駅」と云っていいだろう。我々にとって、とても理想的な場所にあるのだ。タワ尾根から下りてきたら、この店に限る。

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