奥多摩の山から下りて奥多摩駅へ戻る時、思い出す店がある。今でこそ駅前界隈には10軒を超す飲食店(≒小生の定義では、アルコールを置いてあって、かつ某かの肴もある店)が軒を連ねているが、10年くらい前までは、飲食店と言えば「寿々喜家」か「丸花」くらいしかなかった。駅前でちょっと寄って行こうかというときに、何度か「丸花」に入ったことがある。決して「寿々喜家」が美味しくないということではないが、何となく「丸花」の店の佇まいが気に入っていた(学生や会社員になりたての頃は、逆に「寿々喜家」ばかりだった。飲み気より喰い気ならば「寿々喜家」ということだろうか)。
「丸花」は外観も勿論、昔から思い切り枯れていたが、内装もまた、良い具合に枯れていた。ざるそばで締める前、酒はいつも澤乃井・純米四合瓶。隊長とタマちゃんと凸さんが揃うと、1本ではもちろん足らない(それで勢いが付いて、立川あたりで梯子するのは言うまでもない。なにせその頃は毎度のように終電近くまで飲んでいた)。簡単なつまみ(刺身とか野沢菜漬だったっけ?)があったように思う。その店がいつのまにか閉店になっていた(2010年11月撮影のGoogleストリートビューでは、店の入口に張り紙(さすがに文言は読めない)がしてあるのが分かる)。
いつ頃から行っていなかったのかはっきりしないが、拙い山の記録に残していた限りでは、2004年7月のようである。そのあたりから奥多摩駅前では飲むことをせず(角の「スーパー小川」で電車内用のビールだけ仕入れ)、立川「だるま」等へ直行するようになったのかも知れない。その頃でも店のお母さんはだいぶ齢を召されていたように記憶しているので、もう厨房に立てなくなったということが閉店の原因かもしれない。もっと行っていれば良かった、と閉まった後にいつも気が付く。こちらがだんだん渋い店が好みになってきたのに、逆にそういう店が次第に無くなっていくのは、世の倣いとは言え全く残念である。これから益々、未だ営業中の骨董品的飲食店を今のうちできるだけ通うことになりそうだ。

28