山から下りたらこんな店 - 副隊長の自己満足

山から下りて、ひと風呂浴びてから一杯やるのは醍醐味の一つ。しかし、最近はどっちが主なのか、判らなくなってきた・・・。

Wikipediaによれば、「道志山塊」とは相模川の支流、桂川と、同じく支流の道志川に挟まれた地域の山、と定義されている(この出典は何だろうか)。概ね同意するが、それだと石老山や高柄山、倉岳山なども入ってしまう。これらを「道志山塊」に入れるのはやや抵抗があり、「中央線沿線の山」とするか、または「桂川右岸の山」とするのが座りが良い気がする。
従って、個人的に「道志山塊」は上記の定義にある桂川の代わりに、相模川支流秋山川の右岸及び桂川支流大旅川の左岸、かつ厳道峠より西側、とするのがベターな感じだ(ちょっとややこしいけど)。そうすると阿夫利山は「中央線沿線の山」、秋山二十六夜山は「道志山塊」に入ることになる。この辺りが賛否が分かれるところかも知れない。
そんな「道志山塊」は、概ね主だった山は既に登頂済みだけれど、縦走したことはあまり無い。特に、菜畑山と朝日山の間、赤鞍ヶ岳(別名:ワラビタタキ)と厳道峠の間は未踏破領域だったのでこの際、道志村に1泊してまとめてトレースしてみようと思い立った。やはり季節的には秋から冬にかけてがよろしかろうと、温めていたプランを今回、実行することにした(山行記録はこちら)。
宿は、20年ぐらい前に泊まったことがある「道志温泉日野出屋 」に、と思っていたが、このコロナ禍のせいか残念ながら休業中。代わりに選んだのが「北の勢堂」という民宿だった。無生野から朝日山へ上がり、菜畑山まで縦走した後、道志道に出たところで宿の車でピックアップしてもらう。
そのまま宿の風呂に入るのかと思ったら、「道志の湯」に連れていきますよ、とのこと。村民割引クーポン券(200円引き)を貰っていくことになった。湯上りビールを呑む時間が遅くなったのが、ちょっとだけ悔しかった。

001 【第1日目】無生野の先のバス停留所から出発。9時27分

003 傾斜は徐々に強くなる。

005 北尾根を登るのでなかなか日が当たらない。

007 手彫りの標識。

008 パソコンによる標識。

013 飛龍山も見えてきた。

015 大菩薩連嶺の右奥には奥秩父の破風山か。

021 サンショ平に到着。11時22分。

024 鞍部から東京の高層ビル群が見えた。

026 これから標高差200m強の登り。

030 渋い山頂標識。

031 日溜まりのひと時。

037 また下り。

041 岩戸ノ峰に到着。

044 下り切ったところが道志口峠。13時27分

046 上がったところがブドウ岩ノ頭。

051 まだ下る。

052 ここが最低鞍部。

055 立木の手掛かりが有難い。

056 踏みしめる落葉の音。

059 ようやく傾斜が緩んだ。

060 菜畑山に到着。

061 目の前には加入道山と大室山。

065 この時間の富士山はシルエット。

066 暫し憩う。

068 初めは真っ直ぐ下り・・・

072 重力に逆らわずに下るだけ。

074 夕日と富士とススキ。

080 風呂は「道志の湯」。村民価格500円で入浴。

081 「道志の湯」で漸くビールにありつく。

何を思ったのか急にカミさんが大相撲を見ようと云うので、午後休暇を取って行くことにした。11月場所は本来は九州場所だが、このウィズコロナ時代なので国技館開催。実は国技館なんて入るのも初めてだ。両国駅で降りたのは午後3時。駅を出ると直ぐに幟と太鼓櫓が目に入り、気分が盛り上がる。
入口でチケットの確認と検温、手のアルコール消毒。升席は疎らで埋まっているのは3割ぐらいだろうか。1階の土産物売り場をちょっとぶらぶらし、せっかくなので手拭いを買ってみた。椅子席の我々は2階へ。椅子席の客は更に少なくてせいぜい2割(席の販売自体も1つ置きになっている)。今場所の興行は5,000人が上限とのことだったが、これではとてもそんなに入っていないだろう。
席での飲食は禁止されているし、声援も禁止なので実に静か。聞こえてくるのは力士の息遣いと、立ち合い時に頭がぶつかる鈍くてエグい音と、勝敗が決まった直後の拍手ぐらい。取り組みが淡々と進む感じである。そのせいか気になるのは、取組よりも土俵の周りで裁付袴姿で働く人々だ。
彼らはいわゆる「呼出」と称される職員。これまでにも、次に対戦する力士の名前を「呼び上げ」したり、拍子木を打ち鳴らしたり、土俵を箒で掃いたりするのはテレビ観戦でも目にしたが、生観戦しているとそれ以外にも様々な仕事をしていると判る。それがまた一切言葉を交わさずに、全てタイムリーでかつ無駄がなく、淀みがない。特に各力士の付き人との、座布団と濡れタオルの受け渡しのタイミングが何度見ても見事で、ホトホト感心した。取組自体は、2横綱2大関が休場だったので、いまいち盛り上がらず。
両国で相撲観戦の後は「ちゃんこ鍋」と相場が決まっているかも知れないが、我々は「ももんじや」に入ってみた。1718年創業という超老舗の、山くじら(ぼたん肉)のすき焼きを出す店。建物はそんなに古くは無い。店の外に、猪のはく製がぶら下がっているのは余計な感じ(店内に置く場所が無くなったせいか)。客間は細かく襖で仕切られているので良く判らないが、半分以上は埋まっているようだった。
鍋に、猪すね肉の煮込みや鹿ロースト、猪チャーシュー、シャーベットが付いて6,000円(税別)のコース。肉は全く臭みは無く、柔らか。割下の出汁加減、塩加減も申し分ない。最後はうどんで締めた。我々2人には丁度いい量だったが、育ち盛り、働き盛りには追加が必要かも知れない。

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「奥京」を出ると外はとっぷりと日が暮れていたが、店の中も暗めだったので驚かない。タイミング良く発車する18時6分発の高尾行各駅停車に乗る。この電車は小淵沢始発だったが、ガラガラ状態。酒が入ると勢いが付いて、甲府からだったら「あずさ」に乗りたくもなるものの、次はまだ30分以上先だし、高尾でちょっと引っ掛かってみたい気持ちもあったので各駅停車で帰ることにした。
子供の頃から、JR高尾駅に特急が停まればそれなりに需要はあるだろうと思ってきたが、いまだに実現していない。高尾駅に停めると、京王線に乗客を持って行かれる恐れがあるとJRは思っているのかも知れないが、少なくともそれは顧客目線ではないし、高尾駅に停まるのであれば特急に乗ろうか、と思う客だっている筈。多様な乗客のニーズに応えるには、例えば「かいじ」ぐらいは停めても良いのではなかろうか。小生は武蔵野線利用族なので関係ないけど(西国分寺駅には100年経っても停車しないだろうな)。
それにしても毎度思うけれど、ロングシートの列車で帰るのは、平日、ひと仕事終えて家に帰るのとあまり変わりがないので、オフ感が全く無くて詰まらない。それに加え、この高尾行は甲斐大和駅で7分、四方津駅で8分も停車する。四方津駅の停車は「あずさ50号」に抜かれるのだから致し方無いとして、甲斐大和駅では単に停車しているだけ。砂を噛むような7分間。ダイヤの組み方に問題があるとしか思えない。
高尾駅に19時44分到着。京王線組3人と別れてから、南口に出て、つい先週入ったばっかりの「たまの里」へ転がり込む。今日もやっぱり客は疎ら。やはり奥のテーブル席へ案内される。やはりもうビールではなく、日本酒。またも緑川・純米(780円税込、以下同様)をいただく。いつもながらこの酒、全体のバランスが良いと思う。茄子揚げ浸し(480円)とイカゲソ揚げ(450円)をつまみながら、ちびちびやって今回の山行を締め括った。

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「つつじヶ崎温泉」で汗を流し身体はサッパリできたものの、ここでは喉の渇きが癒せない(≒風呂上がりの一杯が呑めない)と判ったところで、ともかくも何処へ駈け込もうか、と暫し思い悩む。時間は午後3時半過ぎ。メンバーは6人。ランチでもディナーでも無い土曜日の昼下がりに、一杯やれる店を探すのに毎度思い悩んでいるのは小生だけではないと思うものの、世の中にそれに適う店のなんと少ないことか。
甲府で数少ない選択肢のうち、北口の「きり」という蕎麦屋はたしか中休みが無かった筈だが、検索するといつの間にか休むようになっていた。残りの選択肢は、ほうとう屋の「小作」ぐらい思い付かず。ほうとうはちょっと重いかと、ネット検索をしていると見つかったのは「葡萄屋」という南口にある洋食屋と、「オープンカフェ まるごとやまなし館」。何方もヨコメシ系、今日はそんな雰囲気じゃないかな。
中休みがある店でも、このご時世だとやっている可能性もあるかも知れないと、モノは試しで駅前にある蕎麦屋の「奥京」へ電話を入れてみれば、OKですと。店のホームページでは通しで営業しているようだが、食べログの記載と違うし(午後3時から5時まで休み)、もしかすると電話をすれば時間外でも入れてくれるのか、それとも電話を受けた人の勇み足なのかも知れないが、兎に角、入れると判ればタクシーでまっしぐら。
入ってみると、照明控えめな店内。外との明暗差が激しいので目が眩んで良く見えないが、落ち着いた雰囲気。それにしても、なかなか店に通されない。奥で何やらモメている感じ(やっぱり店側で行き違いがあった?)。でも我々としては、来てしまったらこちらのもの、まさか今から追い出されることは無いだろう、お手並み拝見と余裕で待つ。
やがて通されたのは、10人ぐらいは座れそうな、掘り炬燵形式の長テーブル席がある部屋。ちゃんとアクリル板の仕切りも設置されている。当然ながら他に客はいないので、ゆったり気分でビールを呑ませてもらった。蕎麦屋にしてはかなりつまみも豊富(甲府の蕎麦屋の定番「鳥もつ煮」もいただいた)なので、色々頼んで味わせてもらい満足した。(中休み無しが間違いでなければ)是非また来たい。

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すっかり涼しくなってきたので、久しぶりに甲府の北にある低山、奥秩父の前衛とも云える山塊(そもそも甲斐の国なのに"秩父の奥"という呼び方には昔から違和感があった)に足を踏み込んでみることにした(と云っても計画したのは残暑厳しき頃)。帯那山そのものは1時間程で登れてしまうので面白味は少ないが、そこから塔岩川左岸尾根(仮称)を辿り阿梨山を通って甲府市街地まで延々と下ってみた。無風快晴で絶好の行楽日和だった(山行記録はこちら)。
帯那山山頂から南に富士山、北に金峰山が望め、眺めは申し分ない。ここはサクラの名所になっていたと思ったが、今はすっかり立木が無くなり切株だけが残っている。下り始めると、一部林道を辿る部分からは東に大菩薩連嶺、西に甲斐駒ヶ岳を始めとする南アルプス連峰が望めるが、尾根を辿るようになると暫くはほぼ、眺望が利かない。
阿梨山(手前に吽梨山、中之岳があって、合わせて阿吽三山というらしい)を過ぎて、支尾根に入ると突然眺めが良い露岩帯に出る。富士山から南アルプスがぐるりと見渡せ、眼下には千代田湖も視認できる。まさしく白砂青松なこの場所には、国土地理院の地図を見る限り地名が付いていないようだ。
この界隈には、他にも風化した花崗岩が露出しているところ(例えば昇仙峡の羅漢寺山など)が点在しているので、わざわざこの場所を目指してくる輩もいないのだろう。その分、小さな天上の楽園を独り占めできる。
あとは下帯那町、上帯那町に点在する集落を横切り、金子(きんす)峠から甲府盆地めがけて下る。ちょっとだけ武田神社に寄り道し、丁度見頃の紅葉を愛でる。
ここまで結構歩いたが、風呂は更にもうちょっと歩いた「つつじヶ崎温泉」に浸かることにした。かなり質素な日帰り温泉のような銭湯。やはりここも天然温泉。でも宴会場があったりするので、やや風変わりな経営スタイルである。
さっぱりした後に「露天風呂あったでしょ?」となおちゃんに云われ、男湯には無かったと答えたが、念のためもう一度脱衣所まで戻ってみると、果たして脱衣所から風呂場へ通じる扉の右脇にもう一つ扉があって、そこが露天風呂だった。脱衣所から二手に分けられているスタイルも珍しい。
それにしても、ここは(宴会場では呑めるのに)休憩スペースではビールを呑めないので(これも新型コロナのせい?)、みんなが揃うまで水も飲まず悶々としながら待った。

01 帯那山登山口までタクシー乗車。

02 標識は必要最低限。

04 今日はいい天気。

05 登りは緩やか。

07 帯那山に到着。

08 奥秩父連峰が目の前。

09 金峰山クローズアップ。

10 富士山はひときわ高い。

16 見越山を通過。

17 白峰三山と左奥に塩見岳。

26 見上げれば良い感じの色。

30 吽梨山だった。マジか。

32 阿吽三山とは知らなかった。

36 古い標識。

40 木漏れ日が気持ちいい。

42 英語名の山があるとは思わなかった。

44 もう急な下りは無い。

45 ここにも英語山名。

46 ずんずん下る。

47 ちょっと岩々してきた。

55 自然が作り出した庭園。

60 と思ってもまた足を止める。

61 不思議な場所だ。

62 こうなるまでどれだけの年月が経ったのか。

67 もうすぐ甲府盆地。

69 躑躅ヶ崎の紅葉その1。

71 躑躅ヶ崎の紅葉その3。

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